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防空壕

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3部分:第三章


第三章

「戦争で全部焼けてね」
「本当に何もなかったの?」
「そう言っても信じられないだろうね」
「うん、やっぱり」
 良太は素直に答える。それはとても想像できなかった。
「ここがそうだったなんて」
「それで昼にこの辺りを歩いていると」
 源五郎は昔を懐かしみながら話す。自分の頭の中の記憶を辿りながら。
「空襲警報が鳴って」
「それでここに逃げ込んでなのかな」
「そう。それで」
 公園に入る。良太もそれについて行く。
「ここにね」
 すぐにアジトを見つけた。源五郎の目はそれを見つけて細いものになった。
「入って。敵が帰るまで隠れていたんだ」
「アジトだったんだね」
「ううん、少し違うね」
 それは否定する。首を横に振ってみせる。
「それは」
「そうなんだ」
「逃げ込んでいたから」
 源五郎はこう孫に語った。
「だから僕達の間では本当に防空壕だったんだ」
「アジトじゃなくて」
「そうだよ。けれど」
 アジトの中に入る。その中も知っているのがわかる。足取りが実に慣れたものであった。むしろ良太の方が慣れていない程であった。
「この中で。いた時は」
「どうしていたの?」
「皆と一緒の時はあれこれ話したり」
 目を細めながらの言葉だった。
「一人の時も置いてあったメンコをしたりして。それなりに楽しかったけれどね」
「戦争でもそうだったんだ」
「そうだよ、戦争でもね」
 そのアジトの中に座り込んで孫と向かい合った。そうして蝋燭の火を点けてその中でまた話をするのであった。
「こうして時間を過ごしたんだ。それでも子供だったから」
「今の僕達みたいに?」
「そう」
 孫の言葉に頷いてみせる。
「こうしていつも話していたよ、その時は」
「けれど。アジトじゃなかったんだね」
 良太はそのことを考える。考えればそうなのだ。源五郎にとってはアジトではなく防空壕なのだ。そのことに気付いたのであった。
「お爺ちゃんにとっては」
「そうだよ。楽しい思い出ばかりじゃない」
 それも言う。
「助かる為にここに飛び込んだりしてきたから。だから」
「怖い思いもしたんだ」
「けれどいつもここまで入ったら怖くなくなったんだ」
 また目が細まる。やはり昔のことを思い出しているのだ。
「安心できたよ。だからここでも遊べたんだ」
「そうだったんだ」
「そうした意味では良太と同じかな」
 こう語ってみせる。
「多分だけれど」
「けれど。全然違うんだね」
 良太はこれもわかった。
「戦争があったから。昔は」
「それでも良太と同じで遊んでいたんだ」
 それは言う。
「同じこともあれば違うことだってあるんだ」
「そういうものなんだ」
「そう。それにしても」
 今度は過去と今を見ていた。その中で自分の孫に話す。
「良太がここで遊んでいるなんて。これも縁なのかな」
「ねえお爺ちゃん」
 良太はここでふと考えた。そうして源五郎に対して言う。
「ひょっとしたらだけれど」
「うん」
「僕の子供とか孫もここで遊ぶのかな」
 そう祖父に対して言うのであった。
「それはどうかな」
「それは有り得るだろうね」
 源五郎はそれに応えて穏やかな笑みを浮かべて良太に対して言うのであった。
「良太がずっとこの街にいればね」
「やっぱりそうなるんだ」
「可能性はないわけじゃないよ」
 それをまた言ってみせる。
「僕だってそうだったんだしね」
「そうかあ。そうしたらやっぱり」
 ここでずっと先の未来を見るのだった。とても想像すらできはしない未来だけれど。それを見るのであった。
「僕もやっぱり。今のお爺ちゃんみたいに」
「なれると思うよ」
 穏やかな声でまた孫に言ってきた。
「きっとね」
「じゃあその時また話すよ」
 良太も笑顔になって。源五郎に言う。
「ここでお爺ちゃんと話したことと同じことをね」
「その時街はまた変わっているだろうけれど」
 源五郎はそれだけはわかっていた。既に彼が子供の頃と今で街は完全に変わってしまっていたからだ。それで今も変わり続けている。だからそれだけはわかるのであった。
「人は同じだからね」
「同じなんだ」
「僕は変わっていないから」
 確かに源五郎はあの時の心をまだ持っていると言えた。素朴で純粋な子供の心を。戦争があってもそれからも色々なことがあっても。彼は変わってはいないのだった。
「良太もね。きっと」
「そうだね。それじゃあ」
 良太は頷いてまた言う。
「お爺ちゃんみたいにお話するよ」
「うん、絶対にね」
 そう祖父とアジト、つまり防空壕の中で言い合いそれからも楽しく話をするのであった。そうして月日が経ち。もうすっかり髪の毛が白くなってしまった良太は孫の修を連れて散歩をしていた。既に街は完全に変わっている。人類が宇宙に出るのも普通になってしまっていた。
「ねえお爺ちゃん」
「何だい?」
 自分の手を握っている優しい孫に対して穏やかな笑顔を向けて応えた。
「僕、アジトを持っているんだ」
「ほう、アジトを」
 その言葉を聞いて来たと思った。待ち望んでいたその時がだ。
「うん、公園のね」
「そうか、そうか」
 それを聞いてさらに微笑む。ここまでも同じだったからだ。
「それでそのアジトは何処にあるのかな」
「うん、それはね」
 そうしてまたあの公園に入るのだった。あの頃からまた全然変わってしまった公園だけれどあのアジトだけは変わってはいなかった。良太はそのことをまた知るのであった。孫とあの時と同じように話をしながら。ここまでも何もかもが同じなのであった。


防空壕   完


                 2008・1・7
 
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