| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

幻影想夜

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第六夜「アクシデント!」



 それは、とある春の日の夕べ。とても幻想的な光景だった。
 ある意味で…。
「正樹くん、久しぶりっ!」
 そう言って、絶世の美女様に声をかけられた。そりゃもう、男だったら直ぐにでも飛び付きたくなる程の美人。
 ただ…176cmの僕と同じ背丈?まぁ、今の日本じゃこんなもんなのかも…。とかアホなことを頭ん中でフラフラと考えてた…。
「私のこと忘れちゃったの?もぅ、冷たい人ねぇ。」
 誰だったか、まるで記憶がない…。ドッキリか?それとも新手の嫌がらせってやつ?こんな美人さん、一度会ったら忘れるわけがないっ!
 うん、全く知らん美人さんだ!僕は頭の中で、こう結論づけた。
「あのぅ…、全く分かんないんですけど?どちら様でしたっけ?」
 僕はやや間の抜けた返事をしてみた。
「あなたのような美人さんだったら、忘れる筈ないんすけど…。でも、ほんとに覚えが無いんすよねぇ。」
 そう続けて言うと、その美人さん、唐突に笑いだした。
 な、何ごとだっ!?
「ああ可笑しいっ!ほんとに分からないの?あれだけ遊んであげた、お向かいさんを忘れるなんて。全く失礼しちゃうわっ!」
 お向かいさん?いやぁ、お向かいの阿部さんとこは男兄弟だったはず。姉や妹がいるなんて聞いたこともない。
「ハァ~ッ、今の日本ってこんなにも冷たいのねぇ~。あんなに私の後ろに付いて回ってたくせに…。」
 …ッ!まさか…
「あなたもしや…隼人兄ちゃんっ!?」
「ご名答~!なんですぐに気付いてくんないかなぁ。でも、お兄ちゃんは止してくれる?今の名前は夏希だ・か・らッ!」

 ありえねぇ…!アンビリーバブルな展開だよ、こりゃ…。


   ☆  ☆  ☆


 僕は小学校の時、いわゆる「いじめられっ子」だった。そんな僕を見兼ねたお向かいの隼人兄は、僕がいじめられてるとこを見つけては、相手を牽制して僕を助けてくれてたんだ。
 その頃、僕は身体が弱かったためによく学校を休んでたんだけど、その時に僕をいじめたヤツを見つけてはコテンパンに伸してたらしい…。そのたんび生傷を作って、先生や両親に怒られてたようだけど。
 そんな隼人兄は、僕にとってはヒーローだった。ようは「ガキ大将」って感じなんだけどね?だから僕は隼人兄に憧れ、その後ろに付いて回ってたって訳だ。

 …がっ!

「ねぇ、なんでこんなことになってんの?」
 僕は顔を引きつらせながら、あの<カッコイイお兄ちゃん>が<絶世の美女>になってしまったことに、どう反応してよいやら分かんなかった。女の子にあれだけモテまくっていたのに…!
「決まってるでしょ?男が好きだからよっ!私は絶対生み違われたんだわって、そう思ったのっ!」
 いやぁ、そんなにストレートに胸張っていわなくても…ねぇ…。もしもしぃ?この胸、本物ですか~?

 僕は固まっていた。この展開は急すぎて、僕のIQでは脳をフル回転させても処理に困る…。
「あのぅ…、下って切っちゃったの?」
 僕ぁなにを聞いてるんじゃあ~っ!普通そんなこと聞かねぇって!僕の中の中途半端な知識よ!今すぐここから出てけっ!
「まだちゃんとあるわよ?」
 と、僕の手をあらぬところに押し当てた。うむ、慣れた感触が…。
「って!人の手をこんなとこに押し付けんなって!」
 慌てて僕は手を引っ込めた。何考えてんだ、隼人兄!いや、NEW夏希姉っ!
「別にいいじゃない?減るもんじゃなし。それとも、こんなの付いてるお姉さんは嫌?」
 え~と、そんな目をされましても…。ちょっとクラッとくるけど。
「そういうんじゃないって。ほんと、変わってないね。中身だけ。そう言えば中学の頃…」
 僕が現実逃避を始めると、そうはさせまいとNEW夏希姉が言った。
「もうっ!一人でトリップしてないで!さ、帰るわよ。昔もこうやって二人で帰ったわねぇ。」
 いや、あなたの弟の拓くんも一緒でしたよ…。それにあなたはバリバリのやんちゃ坊主だったくせにっ!この状況とは雲泥の差!いやいや、そんなこと考えている場合ではない。
「隼人兄…もとい、夏希姉。おじさんたち、知ってんの?この事。」
 半眼になってNEW夏希姉を見た。
「ノン・プロブレムぅ~っ!」
 枯れ木に花が咲いてしまうかのような、バカ明るい声で言う。
 オイオイ…、大丈夫なのか?まぁ、この人のことだ、なんとかなるかも知れんが…。
 でも、弟の拓はどう思うだろう?おじさんたちとは一悶着あるだろうけどね。ってか、無くちゃおかしいだろ?

   ☆  ☆  ☆

 隣の家はよく柿食う客?お向かいさんの夕べはとても賑やかだった。
 いやぁ、町内全域にこだましてたんじゃないのか?聞きたくなくても聞こえてくるし…。
 うちの両親にも伝えてある…ってか、勝手に上がり込んで挨拶してたしねぇ…。
 その時、半眼になって僕を見ていた両親の目…痛かったよ…とっても…。
 あっと、お向かいの阿部さんとこはと言えば…

「要はオカマじゃねぇかっ!どの面下げて帰って来やがったっ!この世間知らずの恥曝しめっ!」
 おぅおぅ、おじさん張り切ってるねぇ。
「てやんでぃっ!このわからずやのタコオヤジっ!悔しかったら毛ぇ生やしてみせなっ!」
 おおっとっ!これは痛いっ!これは痛いぞっ!
「な、なにぬかしやがるっ!テメェもいずれこうなるってんだ!女になんかになりやがってっ!世間様は許しっちゃくれねぇぞっ!!」
「あんたっ!そんなに怒鳴ってると血圧が…!」
 おばさんも大変だ…気の毒に…
「おめぇは引っ込んでろっ!この腐った息子を更正させられんっだったら、おれぁ何でもすらぃっ!」
「どうしても私が女になることが認められないってのねっ!」
 おおっ!少しばかり女に戻ってる。
「おぅよ!そんな息子、認める訳にゃいかねぇなっ!うちに娘はいねぇんだ。どうしてもそんなチャランポランな格好してぇってんだったら、この家から出ていきやがれっ!二度とこの家の敷居を…っ!」

 バタンッ…。

 言わんこっちゃない…。
 数分後、救急車が到着して、おじさんは運ばれていった。こうなるとは思っていたけど…。二人とも頑固なんだもんなぁ…。

   ☆  ☆  ☆

 おじさんの容体は少しばかり入院すればよくなるとのこと。
 NEW夏希姉はと言えば…荷物を纏めて出ていく支度をしていた。そんなとこへ…
「隼人や、別に父さんだって全くのわからずやって訳じゃないんだよ?ただねぇ、息子が三年も音信不通でいざ帰ってきてみたら…これじゃあねぇ。母さんだってそりゃ驚いたさ。でもね、私だって親さ。隼人がそうしたいって自分で決めたんだったら、口出しするつもりなんてないよ。今日、拓が帰ってくるから、理由、聞かせとくれ。父さんはすぐにカッとなっちまって、訳も聞かず仕舞いだったしね。今更何言われたって驚きゃしないよっ!腹は据わってるから、しっかり聞かせとくれよ?」
 と、こう言っておばさんが止めたと言う。
 何でそんなこと知ってるかって?そりゃ、なぜか僕の部屋にNEW夏希姉が押し掛けて来てるからだ。
「だからさぁ、その時に一緒にいてもらうと助かるかなぁ~って…ねっ?」
 「ねっ?」って言われてもねぇ…。僕はまぁったくの部外者ですからぁ~。
 …いや、またそんな目をしないで下さいよ…。コロッと堕っちゃいそうですよ…。いくら以前男とはいえ、童貞の僕には堪えますよっ!
 えっ?計算ずくですか?ちょっと卑怯ですよ?あっ…でも、アレ付いてるんでしょ?それを考えれば、理性を保てますから!残念!
「あれだけ助けてあげたのに、恩を仇で返すのね?」
 う…痛いですよ、NEW夏希姉っ!
「分かりましたっ!行けばいいんでしょ?行けばっ!」
 もう自棄だ。どうなっても知らん…。
「ありがと~!」
 NEW夏希姉が抱きついてきた!うむ、柔らかさ半分硬さ半分…微妙~な感覚ですなぁ。僕の頭の中は、“もう、ど~でもい~や~”の人々でお祭騒ぎ。もうなんも考えられません…。

   ☆  ☆  ☆

 なぜかそこには、僕とNEW夏希姉、おばさんと帰ってきた拓くんの四人が睨み合っていた。
 僕は…睨まれてる方…なのか?
「兄さんっ!どうしてこんなことになってんだよっ!」
 拓くんが火蓋を切った。相当キレてんなぁ…拓くん。彼、昔から怒ると恐いんだよねぇ。
「拓。そんな大声出して、みっともないよ!」
 おぉ、おばさん…言葉に偽り無しですね!
「で、何で佐々木さんとこの正くんまでいるんだい?どうせ隼人が頼みに行ったんだろうけど。ごめんねぇ、なんか巻き込んじまって。まぁ、コーヒーでも。」
「いやぁ、お構いなく~」
 って…和んでどうする?
 しかし、僕は手渡されたコーヒーを「ありがとうございます。頂きます。」とか言っちゃって、ちゃっかり飲み始めてるし…。

 この静寂…痛いですよ!何か三人の目から光線なんか出て、火花が散ってるのが見えそう…。
 うぅ…帰りたい…。
「あらぁ、正樹くん?今、帰りたいって思った?」
 はぅっ!気付かれた!
「い、いやぁ、ハハハハハハ…。それにしても拓くん久しぶりだねぇ…。」
 僕は何とか話題を逸らそうと必死だが…
「正兄ちゃん、どうしてこんなとこにいるんだよ。正兄ちゃんは知ってたの?隼兄がこんなバカになってたの。」
 うぅぅぅ…藪蛇だったぁぁぁ~っ!
「い、いやぁ、僕はこの前街で声を掛けられるまで気付かなかったんだ。この人が隼人兄だって思い出すってこと無理だったから…」
 何言ってんだ僕?ちょっと日本語変だよな?
「あらぁ、でも何とか気付いてくれたでしょ?」
 そう言ってNEW夏希姉が僕の顔を突いた。
 止めて下さい。目の前の二つの視線が、もっすごく痛いですからっ!
「で、隼人?何でこんなことになったんだい?」
 おばさんが突っ込んだ質問を投げてきた。直球勝負ってか?拓くんも目をギラギラさせて、NEW夏希姉を睨んでる…。
「そのことねぇ…。理由は一つっ切りよ?」
 真顔で言う。一体どんな理由なんだ?
「で?その理由はっ?」
 暫らくは無言のまま、空間で三つ巴の戦いが続いていた。
 そして、一気に決着がついてしまうのだった。

「私、ずっと正樹くんのことが好きで、女性になれば好きになってもらえると思ったの!」

 ポカァ~ン…。

 NEW夏希姉以外の三人は、口を半開きにして茫然自失状態に陥った。
 この人、今もっすごく変なこと言わなかった?
「えっと…兄さん…?誰が…何だって…?」
「だからぁ、わたしが正樹くんを好きってことよ。」
 何回も言わせんなぁっ!拓っ!後で覚えてろよっ!!
「後は正樹くん次第ってことだねぇ。」
 おばさんっ!頬杖ついて何ちゅうこと言われますのんっ!
「正樹くんはどう思ってるの?」
 三人の視線が痛いッス!針のむしろですか?ここは!
「えぇっとですねぇ…。」
 正直な話、別にいいかなぁ~と思ってることも事実なんだよなぁ…。知らない相手でもなし、アレがついてても外見は絶世の美女だしねぇ…。
 僕が思案していると、なぜか拓くんが…
「ここはいっそ、この憐れな兄を頼みますっ!」
 何言い出すんだ!?お前、一応は弟だろうがっ!
 しかし、追い打ちはこれだけじゃなかった。
「そうだねぇ、もう成るようにしかなんないし…。正樹くん、隼人のこと宜しくねぇ。」
 いやぁ、そんな「この犬もらって下さい」風な顔されましても…!

 ハハ…、まぁいいや。こんな人生も返って面白いかもねぇ…。
「じゃあ、まずは友達からということで。ね、夏希さん?」
 NEW夏希姉は、頭の上でフラダンスしてる外人さんが見えるくらいホケェ~っとした顔をしてる。
 僕のどこが良かったんだか分からんが。ちょっと聞いてみようか?
「ねぇ、僕のどこを好きになったの?」
「あのね、全部なのよ。弱いとこも強いとこも全部。もう、なんで気付かないかなぁ。」
 そんなこと言われてもねぇ…。要するに、僕を庇ってたのって、他のヤツにいじめさせたくなかったってことだったのか?計算ずくですか?この話も無下に断ることが出来ないようにしてたんじゃないですか?

 まぁ…全ては後の祭りだよなぁ…。
「じゃあ僕は、今度から正兄のこと、ほんとの<兄さん>って呼んでもいいよねっ?だって隼兄は姉さんになっちゃったんだから。」
 え~っと、拓くん?なんでそんなにキラキラした瞳をしているの?
「拓っ!お前まで隼人と同じ道に走らないどくれよっ!?」
 おばさん…痛いよ?もっすごく痛いって感じだよ!
「ねぇ、夏希って呼んでね?私は…マサマサって呼ぶから!」
 マサマサってなにっ?もう少しマシな呼び方してくれよっ!!


―とんだ人生のアクシデントだっ!―



 さて、ドタバタ喜劇の始まりです。どうしてこんなことになったやら?変り者の一家と犠牲者一名。そちらの家族も了承済みってんだから、もはや救われぬ身ってか?
 いやはや、どんな人生を歩むことやら…。それは神のみぞ知る。と、いったところでしょうか?お後がよろしいようで…。




「ちっともよろしかねぇよっ!!」



       end...



 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧