オラリオは今日も平和です
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ハーフエルフの日記
△月〇日 晴れ
職場にいるヒューマンの先輩が日記を付けているらしいので、私も今日から始めてみる。
とは言っても、初めての日記で何を書けばいいのかなどまったく分からないので、職場の先輩について書いてみる。
勿論明日からは頑張って日記を書こうと思う。
『優しい人』。それが私が彼に抱いた第一印象である。
15才でギルドに所属した私に、当時19才の彼は色々なことを教えてくれた。私が何かミスをしても、ニコニコしながら「初めの内は仕方がない」と言って、後始末までしてくれた。
仕事が期限までに終わりそうになく、夜遅くまで仕事をしていた時も、彼は何も言わずに私の仕事を手伝ってくれた。さらに、その後睡魔に負けてしまい、眠ってしまった私の代わりに、仕事を終わらせてくれたのだ。入ったばかりの私に課せられた仕事など、彼の半分にも満たないし、彼の労働時間は私の倍以上なのにも関わらず、苦しそうな顔一つせずに笑顔で仕事を手伝ってくれる。
同僚のミイシャも彼には結構借りがあるようだ。
顔はカッコイイ部類の上、いつもニコニコしていて誰にでも優しいため、ギルドの女性局員や女冒険者の大半が彼に好意を寄せているのだが、彼は一向に気づかない。
ま、まあそんなところも彼のいいところなんだけど。
でも。いつもニコニコと笑い、周りに弱みなど見せない彼が、たった一度だけまったく笑っていない表情をした時があった。
私がギルドに就職して一ヶ月程経った頃だっただろうか。【ソーマ・ファミリア】の第三級冒険者――――つまりLv.3の冒険者が、魔石やドロップアイテムの換金額に納得がいかず、ギルド内で暴れ始めたのだ。
時間帯的には他の冒険者―――それもLv.3の冒険者を鎮圧できる冒険者などいない時間帯で、私達ギルド員が止めるしかなかった。
しかし女性局員は勿論のこと、男性局員もが冒険者を怖がり、受付の奥で身を震わせていた。
仕方がないと言えばそうなのだが、情けないと思ってしまった。とは言っても私も当然その冒険者に恐怖していたし、膝は震えていた。
ふと彼はどうしているのだろう、と思ったが、今日彼はギルドの地下でウラノス様と何か重要な話をしているようで、朝から受付に姿を見せていなかったのをすぐに思い出し、思考を中断した。
余程提示された金額が気に入らなかったのか、冒険者はエントランスにあるソファーやテーブルを破壊していった。しかしそれだけでは冒険者の怒りは収まらなかったようで、とうとうカウンターの内側へと入ってきて、書類が積まれているワークデスクを破壊し始めた。
流石に我慢できなくなった私は、震える膝を必死に押さえ、「いい加減にしてくださいッ!!」と冒険者に怒鳴った。しかし、冷静を欠いた冒険者が15才の少女の言葉を聴く筈もなく、私は頬を叩かれ、あっさりと壁まで吹き飛ばされる。
簡単に吹き飛ばされた私は壁にぶつかり、床に倒れこむ。冒険者はそのままズンズンと倒れている私に近づいて来て、右足を振り上げた。
足を振り上げる動作を見て、蹴られると思った私は、咄嗟に瞳をギュっと瞑って、襲ってくる痛みに耐えようとする…………が、痛みが私を襲うことはなかった。
不思議に思った私は、恐る恐る瞳を開くと同時に、思わず顔が熱くなるのを感じた。まるでタイミングを見計らってたように颯爽と現れた彼は、冒険者の蹴りを左足でいとも簡単に止めていたのだ。私達ギルドの職員は他のファミリアとは違って、【神の恩恵】を授かっていない。にも関わらず、彼は第三級冒険者の攻撃を止めていた。
よく見ると、彼は左足で冒険者の蹴りを止めていたが、反対の右足で軸足を踏みつけ、蹴りの威力を押さえた上、膝をクッションのように使い、完璧に蹴りの威力を消していた。
彼は左足で冒険者の蹴りを止めたまま、「どうされましたか?」と笑顔で尋ねていた。いや、正確には口元こそ笑っていたが、瞳は笑っておらず、得体の知れない威圧感が出ていた。
そんな彼の態度に、冒険者は益々腹を立てたようで、すぐさま拳を突き出し、彼の顔を殴ろうとした。しかし彼は上体を低くしてソレをかわし、続けて繰り出されるラッシュも全て避けていた。
一切の無駄がない回避術に私が見惚れていると、彼が何か数字を呟いていることに気がついた。「2、3、5、7、11、13、17………」と、不規則ながらもどんどん増えていく数字に私は首を傾げるが、すぐに理解することになった。
ソレは彼が冒険者の攻撃を避けて、反撃できる回数だった。私の目にはまったく見えることがない攻撃のため、中途半端に飛ばされながら数えられている数字も納得できたし、彼が数字を数えていくたびに冒険者の顔が青ざめていくことが何よりの証拠だった。
さらに彼は反撃のチャンスがあるにも関わらず、一度も攻撃はしていない。そのことがより一層恐怖感を煽ったのだろう。とうとう冒険者は悲鳴を上げながらギルドの外へ逃げ出していった。
そして訪れる静寂。しかし次の瞬間には拍手と歓声の嵐。職員たちが一斉に彼の元へと駆け寄り、感謝の言葉を投げかける。
ここに来てようやく彼はいつものニコニコとした表情となった。私も立ち上がってお礼を言おうと思ったのだが、忘れていた痛みが再びやってきて、私は意識を失った。
そして翌日、目が覚めた私を待っていたのは、やたらとフカフカなベッドと、傍に備えてある椅子で器用に眠っている彼だった。どうやら私は彼の家で寝ていたらしい。つまり使っていたベッドも彼の物。そこまで考えて、私は顔を真っ赤に染めた。
慌てて眠っている彼を起こし、事情を説明してもらうと、どうやら私は気を失った後、彼の家に運び込まれたようで、傷の手当もしっかりとしてあった。
ついでに、どうして冒険者に反撃しなかったのか尋ねると、「僕はギルドの役員で、向こうは冒険者。僕が彼をを攻撃できるはずがないじゃないか」といつものニコニコフェイスで言われた。たしかにギルドはいかなる理由があっても、他のファミリアと敵対関係を築くわけにはいかない。他のファミリアとの敵対はギルドの信用を大きく没落させるだろう。
あの状況でそこまで考えていたんだ、と私は彼に対する印象を改めた。私の中で彼は『優しい人』ではなく、『頼れるカッコイイ先輩』となった。
それからと言うもの、私は何故か彼が他の女性と話しているのを見ると、無性に腹が立ったり、彼と出かける日の前日は中々眠れなかったりしていた。三年前に、彼が【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタイン氏とティオナ・ヒリュテ氏の担当アドバイザーになった時など、自分でも分かるくらい暗黒オーラが立ち昇っていた。
この気持ちに気付いたのは、一年ほど前にミイシャに指摘されてからだった。
私は現在ギルドの先輩で、上司でもある『アレン・シーカー』さんに恋をしています。
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