武后の罠
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6部分:第六章
第六章
「御二人のことをよりお調べ下さい」
「そうすれば真実がわかります」
「そんなことはない」
だが高宗は。このことをすぐに否定したのだった。
「二人は朕を殺そうとした。これは間違いない」
「何故そう言えるのですか」
「それを。お話下さい」
「昭儀が言っている」
これが高宗の答えであった。
「だからだ。間違いがあろう筈がない」
「馬鹿な」
無忌は今の言葉を聞いて思わず唖然とした顔を見せた。
「陛下、何を言われるのですか」
「何かだと?」
「そうです。もう一度よくお考え下さい」
そしてまた彼に言うのだった。
「もう一度。是非」
「考えよというのか」
「そうです。昭儀のことも」
「その通りです。無忌殿の言われる通りです」
遂良もまた必死の顔で高宗に進言する。
「昭儀は。何かよからぬことを胸に抱いております」
「そなた等」
二人は心から高宗に対して進言した。だがそれはかえって逆効果になってしまった。高宗の顔が見る見るうちに不機嫌なものになっていく。それが何よりの証拠だった。
「昭儀を疑っておるのか」
「その通りです」
「陛下、何とぞ」
「昭儀を疑うか」
彼はそれに対して怒った。つまり二人の進言は逆効果になるばかりであったのだ。
「もうよい、下がれ」
「!?何と」
「陛下、今何と」
「下がれと言っておるのだ」
不機嫌さをさらに増した言葉であった。
「そなた等の顔はもう見たくもない。下がれ」
「陛下、ですが何とぞ」
「御二人についてはもう一度」
「連れて行け」
高宗はもう二人には発言どころか自分の前にいることさえ許さなかった。不機嫌そのものの顔で周りの者に対して言うだけであった。
「そしてその方等。暫し謹慎して頭を冷やすのだ」
「馬鹿な、これで唐は」
「豹に翼を与えてしまった」
その豹が誰のことであるのかもう言うまでもなかった。
「終わりだ。これでもう」
「御二人もまた」
「さあ、御二方」
「陛下の御言葉です」
項垂れその場に崩れ落ちる二人に近衛の兵達が近寄り声をかけた。
「ですから今は」
「お下がり下さい」
「・・・・・・止むを得ぬか」
「ですが陛下」
「言うな」
高宗の方でそれ以上は言わせなかった。もう何もかもが終わっている証拠だった。
「下がれ。そのままな」
「・・・・・・くっ」
「昭儀め」
兵達に促され朝廷を後にする彼等はもう今回の事件の黒幕はわかっていた。だがそれに何をすることも出来ず空しくその場を後にするのだった。二人の后が皇帝の勅命により捕らえられ皇后及び后の座を追われたのはすぐであった。二人の重臣達はその知らせを己が邸宅に置いて苦々しく聞くだけであった。
だが二人はその中で。あることがわかっていた。それは。
「これで終わらぬな」
「御二人も。そして唐も」
彼等にはわかっていたのだった。これから何が起こるのか。そしてそれはすぐに起こった。投獄されてしまった二人に対して新たに処罰が下されたのである。その処罰は身の毛もよだつ恐ろしいものであった。
「まずは手足を切り取れ」
拷問吏達にかなりの重職にある宦官から指示が下された。
「よいな、まずは手足を」
「御二人の手足を切り取るのですか」
「そうだ」
彼は手足を切り取るという残忍な処罰を聞いて驚きを隠せない拷問吏達にまた告げた。
「手足をだ。確かに聞いたな」
「あの、毒ではないのですか」
拷問吏ノ一人がおずおずと宦官に対して問うた。
「毒では」
「毒か」
「はい」
この時代高貴な身分にある者は処刑ではなく自ら死ぬように命じられるのが常だった。その際に毒が使われたのである。だが今回はそれどころか滅多にないような惨たらしい処刑である為に彼等は戸惑いを見せていたのである。
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