ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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追憶の惨劇と契り篇
51.獰猛なる化物
「ったく……なんだってんだよ!」
彩斗が苛立ちの声を上げる。
六宮を獅子王機関の少女達に任せて海原を追ってきたもののすぐに見失ってしまった。だが、彼がどこへ向かったのかは彩斗でもわかる。あの異様な魔力が出現した地点だ。
しかしどういうことなのだ。異様な魔力が至る所に出現したせいで位置が全くわからない。
彩斗に魔力を探知するようなことは出来ない。この気配も“神意の暁”が強大な魔力量であるからこそ認知できるだけだ。
「……どの魔力が柚木なんだよ」
考えを巡らせていたその時だった。鳥類の咆哮が耳を劈いた。まるで苦痛で絶叫しているように聞こえる。間違いなくその叫びは眷獣によるものだ。
咆哮がした方向へと振り向いた。この街で一番大きな病院。柚木や美鈴達が集まっていた場所の上空に神々しく輝く黄金の翼。現実離れした大きな肉体を持つ梟。
「……見つけたぞ」
あの梟は海原を止める時にもいた。黄金の翼を持つ梟が柚木の眷獣だとするならあの場所にいるはずだ。確証は出来ない。だが、少しでも可能性があるのならそれに賭けてみる。
もとより彩斗に残された道などほとんど残っていないのだからだ。
気付いた時には彩斗はそちらへと向けて走り出していた。
見えてはいるもののここから病院までは距離は一キロは近くはある。ここから全力疾走でも十分くらいはかかる。その上、彩斗は先ほどの戦闘の疲労で足が思うように動いてくれない。それでもがむしゃらに足を動かして前へと進んでいく。
その時だった。身体中が総毛立つような嫌な感覚。それが彩斗のすぐ背後からしている。
考えるよりも早く体が反射的に右へと飛び込んだ。
すると先ほどまで彩斗がいた場所へ火炎が一線となって進んでいた。危うく丸焦げにされるところだった。
その攻撃を放った者を確認しようとする前に次の火炎がこちらへと襲いかかってくる。今度は持っていた近未来形状をしている銀色の刀で振り上げる。刃に当たった炎はまるで避けていくように真っ二つに別れる。
「……あぶっねぇ」
今度こそ彩斗はその人物を捉えた。
年齢は二十代くらい。ド派手な真っ赤な髪、顔はいかにも怖い人というような鋭い目つきにタトゥーまで入っている。服装も動きにくそうな全身スーツ。
これだけでは街で見かけたら絡みたくない人だが、こいつは少し違った。彼の瞳は髪と同じように真っ赤に染まっているのだ。
それは吸血鬼の証でもある緋色の瞳。
「テメェも“神意の暁”の一人か?」
赤髪はこちらを脅すように闘争心むき出しで訊いてくる。
「いえ、俺は違います」
そうか、と赤髪が後ろを振り向いた瞬間だった。とてつもない悪寒が再び、襲いかかってくる。
地面を蹴り上げて後方へと飛び退く。すると先ほどまで彩斗がいた位置に巨大な火柱が出現する。これは先ほどと同様の魔術だ。
「んなこと信じると思ったかよ! この場に居る時点でテメェが“神意の暁”っつうのは丸わかりなんだよ!」
赤髪が獰猛な笑みを浮かべてこちらへと続けて熱線がこちらへと襲いかかってくる。
後方に飛び退いた時のバランスを修正する間も無く飛んできた攻撃に重心が崩れた無理な体勢から銀の刀を振り上げる。
二つに分裂した熱線がわずかに両肩をかすめていく。それだけでかなりの痛みが彩斗を襲う。昨日の怪我も癒えていない状態でこれ以上のダメージを受ければただではすまないかもしれない。現に先ほどの戦いでも大きな怪我自体は負ってはいないが足にはかなりのガタがきている。
「さすがは吸血鬼の身体能力ってところか? だが、俺はそんなに甘くねーよ!」
鮮血に染め上げた右腕を天へと高々と突き上げる。大気へ膨大な量の魔力が放出されていく。
この感覚は吸血鬼が自らの血の中に住まわせている眷獣をこの世界へと解き放つ時の感覚だ。
止めなくては……。人間である彩斗が真祖と並び立つ吸血鬼に勝つためには本体である肉体に戦闘不能レベルのダメージを与えなければならない。吸血鬼の肉体は人間同様に脆弱。殴られれば痛いし、刺されれば血が出る。痛覚もちゃんとある。だが、眷獣が出現すれば本体に近づくことさえも困難になる。
その間にも魔力の塊は何かの形を形成していく。
彩斗は地面を前へと蹴り上げて赤髪との距離を一気に詰める。
策があるわけではない。むしろ考えなど何もない。だが、彩斗の体は思考することよりも動くことを選んだ。
銀色の刃が地面と当たって何度も引っ掻いたような異音が鳴る。手には嫌な振動が伝わってくる。
魔力から何かが飛び出そうとしていた。紅蓮をまとった頭角。金属質の硬質な体毛。二つの紅の宝石がこちらを睨みつけている。
その姿は恐怖そのものだ。人の命をまるで赤子の手でも捻るように消すことができる最悪の化身たる一体。だが、それも姿を現せばこそ真の力を発揮する。
姿を現さなければいないも同然。確認できないものは存在などしない。
「うおぉぉ───ッ!」
雄叫びをあげながら彩斗は地面を思いっきり上へと蹴り上げた。その距離約九メートル。
なぜそんな位置で踏み切ったのか彩斗自身もわからない。走り幅跳びの要領で跳んでは見たが、九メートルなどという距離を跳躍できるほど彩斗の運動神経はよくはない。常人よりも少し上というくらいだ。しかも、今は刀を持っている。
確実に届くわけがない。しかしこの一撃が届くと彩斗はわかっていた。それがどうしてかと言われても答えることはできないだろう。それでもわかるものはわかるのだ。
彩斗の体は重力によって従って放物線に沿って落下していく。跳躍とともに肩に担ぎ上げた銀色の刀を赤髪の体が刀身の範囲内に入った瞬間に全力を込めて振り下ろした。
寸前に赤髪は後ろへと飛び退いた。しかし、銀の刀の刃先が確実に胸から腹部へとかけて鮮血の一線を描いた。
「うがぁ───ッ!?」
声にならない悲鳴をあげながら赤髪がその場に倒れこんだ。相手は吸血鬼なのだ。少しくらいのダメージで死んでしまうことはない。
「この……やろ、う」
かすれかすれの声の赤髪が立ち上がる。そこまで深く抉られたわけではない。しかし確実に赤髪の傷を負わせた。
「だけど残念だったな……テメェの負けだよ」
不敵な笑みを浮かべて赤髪はそう口にした。その瞬間だった。爆炎がこちらへと向けて襲いかかってくる。
回避できるような大きさではない。
どうする?
銀の刀で止められるのか?
明らかに今までのものとは質量も威力も桁外れに違う。
そうか。これは眷獣による攻撃だ。結局、召喚を防ぐことができなかったということだ。
そんなことを考えている間にも爆炎はこちらへと迫ってくる。
一か八かにかけて彩斗は銀の刀に意識を集中して爆炎へと立ち向かう。
止められるのはずがない。だが、それでも出来ることはやってみる。思考するだけでは何も始まらない。後悔するなら行動に移してからだ。
死も覚悟しながら爆炎を睨みつけた。
すると聞き覚えのある響きを耳が捉えた。
「獅子の御門たる高神の剣帝が崇め奉る──!」
祝詞だ。荒々しく紡がれていく声とともに人影が彩斗の前へと飛び出た。
長く綺麗な黒髪、幼顔の少女が近未来形状の銀の刀を突き出しながら祝詞を紡いでく。その声に呼応するように銀の刀の輝きが増していく。
「虚栄の魔刀、夢幻の真龍、神域の翼膜をもちて闇夜を穿つ力とならん──!」
神々しい輝きを放つ黄金の翼が銀の刀から展開される。その翼はどこかで見たことがあった気がした。
黄金の翼が爆炎と激突した瞬間にまるで何もなかったと言わんばかりに跡形もなく爆炎は消滅した。
その光景に呆気にとられている彩斗に黒髪の少女が振り返る。そして第一声目が、
「何考えてるの!? あなたはバカなの!?」
言い返そうとするが少女のあまりの怒りように少し後ずさる。
「眷獣の攻撃が“六式降魔剣・試”で止められると思ってたの! そんなの無理に決まってるよ!」
またよくわからない名前が出てきたが、どうやら彩斗が持っている武器のことを言っているのだろう。しかし、現にさっきはこの刀で止めることはできた。
いや、あれは海原曰く“神意の暁”のうちの誰かが彩斗の攻撃に合わせて力を貸しているのだったか。
「つっても先に攻撃ふっかけてきたのはあっちだしよ」
「それでも相手が“神意の暁”ってわかってるのに戦うのがおかしいよ!」
「それはお前も一緒だろうが!」
痛いところをついたのか少女はぐぅ、と変な声を漏らした。
「ボ、ボクは、少しなら対抗できる手段があるからいいの!」
「そんなこと言ったら俺だって今はあるわ!」
獅子王機関の少女から奪った銀色の刀を自慢げに見せつける。
「それって唯里から奪ったやつでしょ!」
先ほどの少女の名前だろうか。あまり否定はできないがこれのおかげで何度もピンチを救ってもらっている。
「なにイチャついてやがんだよ!」
赤髪の男が叫ぶとともにことらへと熱線を飛ばしてくる。それを対処しようと動いた少女だったが上空から再び爆炎が襲いかかってくる。
正面と上方向からの攻撃。どちらも防がなくてはならないが、彩斗に眷獣の攻撃は防ぐことはできない。少女は眷獣の攻撃も熱線もどちらも防ぐことができるが同時には不可能。
ならば……
彩斗は少女の前へと飛び出て銀の刀を上げて上段の構えをする。
動揺したような声を上げた少女だったが瞬時に彩斗の考えを見抜いて上空から飛来する爆炎を睨む。
銀の煌めきが同時に二つの炎を切り裂いた。乾いたような音とともに迫り来る爆炎は跡形もなく消滅した。
「本当に無茶なことばかりするね、君って」
唇を尖らせて少女が言う。
「それはお互い様だろうが」
銀の刀を地面に支えにしながら彩斗は呟く。
そしてほぼ同時に赤髪の吸血鬼を睨みつけた。
「なに調子こいてやがんだよ。吸血鬼風情が───ッ!?」
赤髪を中心に爆発的な魔力が大気へと放出されていく。赤く燃えるように噴きだされる魔力。それは憤怒の色だ。
彩斗たちは呆然とその光景を見続けていた。止めなければならないのに。
筋肉は自らの役目を忘れたかのようにただの塊に変わる。
目の前のそれは獰猛な笑みを浮かべて、こちらを睨みつけた。
それとほぼ同時だった。彩斗の真正面から業火が襲ってくる。真正面からの攻撃。通常の状態ならば普通に回避できたのかもしれない。いや、それも無理だっただろう。
大きさが桁外れに違いすぎた。あれは眷獣が放った一撃だろうか。そういえば、眷獣はどこへ行ったのだろう。ここから全魔力を注いで刀を振り下ろせば回避できるだろう。少女の刀なら回避できるはずだ。
脳は思考を続ける。しかしそのどれもが不可能のような気がしてくる。そして彩斗の脳はその機能を停止させる。
「あぶないッ!」
その声が響いた時には彩斗の体は地面に倒されていた。
なにが起きたのだろう、と考えようとすると目の前に先ほどの黒髪の少女がいた。
彩斗に覆いかぶさるようにしている。
一体彼女はなにをしているんだ?
すると彼女のすぐ真上を赤い何かが横切っていく。
「うぐぅ…………ッ!?」
なにが起きたのだろう……?
なぜこんなに少女は苦しんでいるのだろう……?
理由がわからない。
「だ……だい、じょう……ぶ……」
消え入りそうなほどか細い声が彩斗の消えかけていた意識を覚醒させる。
「な、なんで……」
少女は彩斗を庇うために自ら攻撃を受けたのだ。彼女一人なら攻撃を回避することができたかもしれないのに。
それでも少女は彩斗を守ってくれた。
「これ、で……おあいこ、だね」
無理に繕った笑顔をこちらに向ける。
「おあいこ……?」
まさかあの時のことを言っているのか。彩斗が爆炎から少女を助けたことを言っているのか。
少女はそのまま彩斗の上に倒れてくる。
大丈夫か、と言おうとした彩斗の目に映ったのは背中の酷い火傷だった。
肌は黒く焦げ、至る所から血が吹き出している。
「お、俺の……俺のせいで……」
一瞬でも勝てると思ったせいで、逃げなかったせいで、この子は……
…………ふざけるな。
なんで関係のないこの少女が俺の代わりに傷かなければならない!
込み上げてくる怒りは抑えることができなほどに膨れ上がっていく。
こいつのせいで……こんな奴らがいるから……
───こいつを殺さないと
『人は誰しも心の獣を飼っている』
自分ではなく、しかし自分の一部である獰猛な獣を。
その中にはごく稀に存在してしまう。
獣ではなく……化け物を飼っている者が……
一度鎖から解き放たれた獣は、すぐには治らない。ならばそれが化け物ならどうだ?
その答えは全てを壊し尽くすまでそいつが止まることは一切ない。
縛り付けられていた獰猛な化け物は音もなく、感覚もなく鎖を解き放った。
激しい火傷が痛覚を刺激していたのは一瞬だった。もはや痛みと呼べる物は感じることはない。
ただ背中が熱いというような感覚だけが残っている。
逢崎友妃が庇った少年が今にも泣きそうな目でこちらを見ている。
なんで泣きそうなの、と言おうとした。しかし掠れた音が出るだけで言葉は届かない。
たかが一撃受けただけでこれだけの傷になってしまう。やはり人間と眷獣の間には大きな差があったのだ。
わかっていたことではあった。最初に言われたことだった。
『天地がひっくり返ろうがあんたたちじゃ勝てるような相手じゃないからね』
その通りだ。対抗する手段があっても勝つことができるというわけではない。友妃にできたのはただの抵抗だった。
それでもせめて、彼だけは逃さなければいけない。無関係の人間というわけではないが、それでも彼はこの祭典に巻き込まれただけなんだ。
どうにかして逃さなければ……
最後の力を振り絞るように友妃は腕に力を込めて体を起こそうとする。しかし体が言うことを聞くことはなかった。
背中がやられてしまっているせいで腕が動かない。
もうダメだ、と諦めかけた時、友妃の耳は微かな音を捉えた。
「……遠矢の病を断ちて破滅せし未来を救い給え」
それは祝詞だった。なんの感情もこもっていないただ言葉を並べているだけのような祝詞。
すると背中にじんわりと温かい感触が広がった。それはみるみるうちに友妃の背中から熱さを奪っていく。
体が軽くなった気がした。今一度、腕に力を込めてみる。
ぎこちなくはあるがしっかりと体は動く。上半身を起こして彼を探す。
「え……?」
そんな声が口からは漏れた。
なんで?
どうしてあなたがそれを?
頭の中にはそんな疑問がグルグル回る。
友妃の視界に映ったのは、髪を風で揺らし、かなりボロボロになった制服で赤髪の吸血鬼と睨みつけている先ほどの少年。その手には、獅子王機関の兵器、“無式断裂降魔剣”が握られていた。
まさか、そんなことがあるわけがない。
友妃は何度も否定する。あの武器は友妃以外の人間が使用することはできないと師匠である縁堂縁が言っていた。確かにただの武器として使用することなら誰でも可能だ。
だが、先ほどの回復は間違いなく“夢幻龍”によるもの。無意識下で友妃が発動させたという可能性がゼロかと言われればわからない。
それでも今、夢幻龍が彼の手に握られているとなるとその可能性は万に一つとなってくる。
「んだよ、テメェ? そんな武器一本で俺を止められると思ってるのかよ」
侮辱がこもった笑い声を上げる赤髪の吸血鬼。しかしそれに全く反応することがない少年。
明らかに先ほどの雰囲気が違う。切羽詰まっているような感じではない。怒りに身を任せているような感じでもない。冷静。違う。冷酷という言葉が今の彼にはふさわしいような姿になっている。
「なんとか言ったらどうだよ、この野郎!」
憤怒の表情とともに再びこの世に姿を現した紅蓮の角を持つ牛が咆哮する。すると先ほどの業火が彼めがけて襲いかかる。
「あぶないッ!?」
体を動かそうとしたがすぐには動かなかった。言うことを聞いた時にはもう少年の寸前まで迫っていた。
もう避けられるような距離ではない。
夢幻龍は友妃以外には操れない。だから防御することもできない。
助けられないかったという罪悪感が襲う。すると少年が銀色の刀を横に薙ぐ。
次の瞬間、迫り来る業火はまるで不可視の斬撃にでも斬られたかのように真っ二つに分離していく。
その光景に友妃と赤髪は驚愕する。
前者は使えない剣を使えていることに、後者は今までの防げなかったものを防いでいることに。
だが、二人のことなどまるで関係がないかのように少年はただ赤髪の吸血鬼を睨み続ける。
「この程度かよ……十一番目」
「て、テメェ……なぜ知っている」
「さぁな? オレが知っていようとテメェには関係のねぇ話だろうが」
不敵、いや、不気味な笑みを浮かべる少年に一歩後退する。
「どうしたよ? 見掛け倒しか?」
「んだと、テメェ!」
赤髪が怒りを露わにする。それに呼応するように眷獣の角に爆炎がまとわれる。
すると空気中から何かが出現してくる。それは炎が反射して幻想的に輝いている銀色の刃だ。それが闇夜の中に無数に浮いている。
「死ねよ! 吸血鬼──ッ!?」
叫びとともに少年の方を向いた銀色の刃は一斉に降り注いだ。
一つ一つ撃ち落とせるような数ではない。かといって夢幻龍の祝詞で防げるようなものは友妃が知っている限りはない。
銀の刃は音を立てて、少年へと降り注いだ。
彼は避けるどころか夢幻龍を構えようともしない。そしてその初撃が少年の腹部を突き刺さった。あまりの勢いで貫通し地面へと突き刺さる。
舞い上がる砂煙りの中で鮮血が飛び散る。倒れる彼に追い討ちするように無数の銀の刃は貫いていく。
「い……い、や……いや───ッ!?」
友妃は叫ぶことしかできなかった。自分の無力さを恨みながら。
舞い上がった砂煙りの中に倒れる人影。その至る所に何かが刺さっている。
「はははは!? 死んだ、死んだぞ! 見掛け倒しはどっちだよ!」
勝利の笑い。ではなく、恐怖から抜け出たことによる安堵の笑いという感じだ。
呆然と座り込んでいる友妃。今度は自分の番だ。赤髪の吸血鬼は正常な判断でいまは動けていない。
多分、友妃のことも吸血鬼だと思っているか、見られたということで殺しかねない。
戦わなくてはいけない。これでは彼の犠牲が無駄になってしまう。
立ち上がろうとする。しかし、まだ力が入らない。
すると突然、赤髪の笑い声が止まる。そして大きく目を見開いて一点のみを凝視して驚愕の表情を浮かべている。
友妃もそちらへと顔を向ける。
「あ……」
小さく声が漏れた。目頭が熱くなってくる。
奇跡を見た。そこにはいるはずのない人物がなに食わぬ顔で立っている。
「……やはりそんなものか、十一番目」
先ほど目の前でやられた彼がそこにはいた。
「な、なんでだ……お、前は……さっき死んだはずだ!」
赤髪の吸血鬼の驚愕など知らぬように彼は近未来形状の銀刀をやや後ろに構える。
「今度はこっちから行くぞ」
冷たい声とともに少年は地面を蹴り上げて前へと疾駆する。
「獅子の御門たる高神の剣帝が崇め奉る──」
夢幻龍が真の力を発揮するための祝詞だ。なぜそんなものをこの少年が知っているのだろうか。
「虚栄の魔刀、夢幻の真龍、全てを見透かし、秩序を守護する神の逆鱗に触れし者たちよ、自らの愚かさを後悔し、裁きを受けよ!」
いや、こんな祝詞を友妃は知らない。
すると銀の刀に導かれたかのように一瞬で闇夜に同化する漆黒の雷雲が現れていた。
そこからはいつ雷が落ちてもおかしくないほどに不気味な雰囲気が漂っている。
「と、止めろ、“剛硬なる闘牛”!」
少年を止めようと赤髪の吸血鬼が叫ぶ。今度は空気中に鉄の塊が出現する。それは形を変えて三メートルは軽く超えるであろう大剣へと変化する。
まるで錬金術でも見ているようだ。
ノーモーションで振り下ろされる巨剣を回避することはできない。かといって弾きかえすことも今の友妃にはできない。
すると振り下ろされる大剣めがけて暗雲から一筋の光が降り注いだ。その寸瞬遅れて、大気を劈く爆音が響き渡る。
あまりの大きさに耳を塞ぎこむ。考えるまでもなくそれが雷だということが理解できた。
しかし、これほど近距離で落ちたところを見るのは初めてだ。まるで振り下ろされる大剣を邪魔するようにだ。
雷が直撃した大剣はボロボロと崩れていき、元の鉄の塊へと戻っていく。
さらに追い討ちでもするかのように無数の光が鉄の塊へと降り注ぐ。
もはや原型を留められないほどに砕かれた鉄の塊。
これが先ほどの祝詞による力なのだろうか。そうだとするならば友妃が今までの使ってきた祝詞による魔力とは全くというほど異質なものだ。
驚愕で動けずにいる赤髪の吸血鬼。落下してくる鉄の塊を回避しながら速度を一切落とすことなく突き進む少年の姿を捉えた。しかし、その時には赤髪の体は彼の刃のテリトリーの中へと入っていた。
そして斜め下から一気に振り上げられた。
「ぐぅ……は───ッ!?」
鮮血が大気中へと飛び散った。
倒れそうになるがギリギリで持ちこたえる。しかし、それがわかっていたかのように彼は再び銀色の煌めきを描いた。左肩から侵入し、まるで手応えすらないようにスッと右の脇腹の抜けていった。
声すらあげることなく赤髪の吸血鬼は地面に崩れ落ちた。
「……落ちたか」
黒髪の少年は小さく呟いて冷たい目で倒れる吸血鬼を見下ろす。その姿を友妃はただの呆然と見ることしかできなかった。
「少しは骨のありそうなのがァ、いんじゃねェか」
闇夜から聞こえた声に瞬時に全身に寒気が走った。
そちらの方向へと振り返る。
雲の切れ間から覗いた月がその姿を照らす。不気味に輝く金色の髪が風に揺れ、不敵な笑みを浮かべる少年。
その瞳は……鮮血のように綺麗な赤で染まっていた。
後書き
今回の相手は暴走も何もしていない神意の暁ということにしました。
名前すら出てくることなく彩斗に倒された十一番目の“神意の暁”でしたが、彼も普通に戦えばかなり強いはずなんですけどね。
そして書いてて思ったんですが、友妃の性格がいまと若干違うというのはまだ彩斗のことを信じてないということです。決してキャラ崩壊してるわけではないです。
彩斗も何者かにとらわれて覚醒しました。
次回は、ついに彩斗と金髪の吸血鬼が戦う予定です。
誤字脱字、おかしなところ、質問などがありましたら感想などでおしらせください。
また読んでいただければ幸いです。
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