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失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】

作者:月下美人
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原作開始【第二巻相当】
  第二十三話「ある女生徒の挑戦」

 
前書き
 意外と調子が良かったので書き上げました。
 

 


 私の名前は朱染萌香。誇り高きバンパイアだ。


 私の視線の先には三人の男がいる。


 一人はこの学校、陽海学園の教師にしてただ一人の人間、須藤先生。いつも傍にはペットの小狐がおり、今日は頭の上に乗っかっていた。


 もう二人は知らん。ネクタイの色からして同じ一年だろう。


「シネェ、クサレセンコォォォォォォ――!!」


「教師に向かってなんだ、その口の利き方は!」


「ゲハァ……ッ!」


 一年の坊主頭がイカレタ形相で先生に突っ込み、見事な肘鉄をカウンターで食らった。


 傍から見ればただの肘鉄だ。それも人間の。


 威力も勢いも然程無いように見える。しかし、坊主頭の胸部からメキッと鈍い音が鳴るとトラックに跳ねられたかのように豪快に吹き飛んだ。


「ヒャッハー! ニクー!!」


「先生は食い物では、ないっ!」


「オプス!」


 口から涎を流しながら肥満体質の男が先生に襲い掛かり、脳天に踵落しを食らって地面に撃墜する。


 顔面を地面にめり込ませ強制的に土下座状態になった男の尻を先生の頭に乗った小狐が燃やした。


「アッチャアアアー!! ミ、ミズゥゥゥー!」


「ほれ、ご要望の水だ」


 近くの窓を開けると、男の襟首を掴み投げ飛ばした。


 三階から放物線を描き、プールへと落ちる。


 水しぶきを上げたところを見届けた先生は無情にもピシャッと勢いよく窓を閉めた。


「――で、なんだったかな?」


「あ、ああ……」


 そこで改めて私に向き直った。


 それまでの行動や今の戦いを見て、改めて"強い"と感じる。


 人間の成人男性にしては平均的な身長。大体一七〇センチ強辺りか。肩甲骨の高さまである艶のある黒髪をうなじ辺りで一括りにしている。


 その性格は温和。しかしこの妖怪が通う学園で広域最高指導員という肩書きを持つ実力者。


 なによりも力を重視する弱肉強食の世界で多くの妖怪たちを組み伏せ、文字通り叩き潰してきた男だ。基本温和な性格だが怒らすと怖い。……たぶん。


 入学初日から私はこの男――先生を観察していた。


 私は『力の大妖』バンパイアだ。大妖の名に恥じない実力を有していると自負しているし、習慣的に己を鍛えている。


 今まで多くの妖をこの足で一蹴してきた。私の容姿は母様譲りの美貌のようで色んな男が寄ってくる。


 とくに男に興味があるわけではない私はすべての誘いを断ってきた。すると、男は手の平を返し力ずくで私をものにしようとしてくる。まあこちらも力ずくで返り討ちにしてきたが。


 今まで私が勝てなかったのは母様と亜愛姉さま、刈愛姉さまの三人だけだ。三人とも勝てないまでも手傷を負わせることは出来た。


 しかし……。


 この男は――須藤先生だけは……。


 勝てるビジョンが浮かばない。


 どんなに頑張っても、どんな状況でも、勝機というものを見出せないのだ。


 対峙しなくても勝てる勝てないはなんとなく分かる。それはある程度の力量があれば自ずと相手との実力差を感じ取ることが出来るからだ。


 しかし、先生が相手だとまったくビジョンが浮かばない。まるで地の底から高峰を仰ぎ見ているかのようだ。


 戦ってみたい、この先生と……。


 私の力がどこまで通用するのか、戦ってみたい……!


「呼び止めてすまない」


「気にしないでくれ。それで?」


「ああ。急な話になるんだが――」


 お互いの距離は五メートル。


 私は抑圧していた妖気を解放した。


「――手合わせを願う」


 私の言葉に先生はきょとんとした顔を見せた。


「手合わせ? 理由を聞いてもいいかな?」


「なに。先生は人間でありながら恐らく私よりも上の実力者だ。純粋に私の力がどこまで通用するのか試したいだけだ」


 一瞬、先生は遠い目をすると苦笑しながら頷いた。


「……なるほど。いいだろう。だがここだと回りに被害が出るだろうから、場所を変えるぞ」


 そう言って背中を向ける先生に私は素直に従う。





   †                    †                    †





 先生が向かった先は屋上だった。屋上は常に開放されているがこの日は無人のようだ。


「……閉じよ、空間よ。我は他者の侵入を拒否する」


 十メートルほど距離を取りぶつぶつと何かを口にすると、屋上を囲むように紫色のドーム上の結界が現れた。


 ……先生は結界まで操るのか。


「これでここには誰も立ち入ることができない。結界内は修復することもできるから朱染も全力を出しても大丈夫だ」


「それはありがたいな。私が全力を出すとどうしても被害が出てしまうからな」


『力の大妖』であるバンパイアにとってこの世は脆く、壊れやすい。


 どうしても力を振るうと周囲の物を壊してしまいがちになる。まだ力の緻密なコントロールができなかった私はよく家のものを壊しては母様に叱られたものだ。


「先に一本入れたほうが勝ちにしよう」


「構わない」


 妖力を全身に巡らせる。


 戦闘態勢を取る私とは対照的に先生は身構える様子もなく、だらりと両腕を垂らして立っているだけだ。


「構えなくていいのか?」


 先生はフッと軽く笑うと聞き捨てならない言葉を口にした。


「今の朱染の実力なら必要ない。どこからでもかかって来なさい」


「……っ、その言葉、後で後悔しても知らんぞッ!」


 一息で十メートルの間合いを潰し、勢いが乗った右の上段蹴りを放つ。


 先生は首を傾けるだけで回避した。


「……ふっ!」


 空振りした蹴り足の軌道を無理やり戻し、後ろ蹴りへ移行する。


 完璧な死角からの蹴り。しかしこれも頭を軽く下げただけで回避された。


「はっ!」


 なら避け難い胴を狙う!


 戻した足を軸に左の中段回し蹴りが空気を鋭く切り裂くが、一歩下がっただけで難なく回避された。


 上手い……っ、私でも気付けないレベルで間合いを調整している!


 先ほどから彼我の距離に変化がない。完璧に間合いを制している証拠だった。


「それなら……!」


 避けられない距離で攻める……!


 さらに二歩踏み込み腕が届く距離まで近づく。


 大きく踏み込んだ右のストレート。ボッと大気に穴を穿ち先生の顔面へ放った。


「おっと」


 先生は手の甲で滑らすようにして軌道を反らした。


 暖簾を潜るような気安さで難なく往なす。


「……くっ」


 一手で駄目なら二手、二手で駄目なら三手で。


 手数を増やし瞬きも許さない速度で攻勢に出る。


「おっとっと」


 しかし、これらすべてを先生は危なげなく往なしていく。


 半身の姿勢を崩すことなく手の平で、手の甲で。


 それも片手で捌いていく……!


「くそっ……!」


 なぜだ、なぜこうも簡単に反らすことができるんだ。私の攻撃はそんなにも軽いのか!?


 私たちバンパイアが『力の大妖』と呼ばれる所以、それはとある能力にある。


 それが妖力を『力』に還元する能力。私たちバンパイアが誇る力というのは純粋な筋力ではなく、この能力によって還元された力を指すのだ。


 還元された力のそれは純粋な筋力とは比べ物にならない効果を発揮する。幼子がコンクリートを粉々に砕くことができることからどれほどのものか想像できるだろう。


 私も能力の恩恵を十分に受けている。いや、むしろ母様の血を色濃く受け継いでいるため同族より還元率が圧倒的に上なのだ。


 能力を使えばコンクリートなど脆い豆腐でしかなく、鉄筋を軽く捻じ曲げることもできる。筋肉馬鹿な妖怪どもを文字通り得意な蹴りで一蹴してきた。


 いくら先生といえども人間の筋力では反らすことなんて出来ないはず。


 それなのに、なぜ……!


「こうも悉く往なすことができるんだ……!」


「ふむ」


 いつの間にか焦燥感に彩られていた私を先生はどこまでも冷静に観察してくる。


 その心の底まで見極めようとする視線に一旦冷静さを取り戻した。


 アスファルトを蹴り大きく距離を取る。


 再び間合いが開くが先生は追撃することなく見送った。


 軽く息を切らせる私とは対照的に先生は呼吸一つ乱していない。


 それが心に小さくないダメージを与えた。


「先生、一つ聞かせてくれ」


「ん?」


「……私の拳は軽いか?」


「ふむ……」


 私の問いに先生は顎に手を当てた。


「軽いか重いかで言えば、重いな。それにスピードもある。恐らく並の者なら避ける間もないだろう」


「それならなぜ、先生はああも簡単に避けれるんだ?」


 それが不思議で仕方ない。


 本来なら手合わせの最中にこういうことを聞くべきではないだろうし、答えてもくれないだろう。


 しかし、先生は人が良いのか嫌な顔一つせずに教えてくれた。


「いいかい、朱染。どんなに重い攻撃でも、身体的な接触による攻撃なら必ず力が篭る場所、力が集中する場所というものが存在する」


 気軽な足取りで私の元まで歩み寄ってきた先生は「腕を突き出してごらん」と言ってきた。


 どうやら解説をしてくれるらしい。


 素直に腕を前に出した。


「そのまま力を込めて動かさないように。いいか、絶対に動かないくらい力を込めるんだ。……うん、今この腕は一本の鉄の棒と化している」


 先生が私の腕を動かそうとするが、言われた通り能力を使って力を込めているので動かない。


「そして、今この腕……というよりは身体全体に力が篭っているわけだが、その中でもとりわけ“ここ”に力が集中しているんだ」


 肘の少し先を指差す。指摘された私自身は特に過剰に力が篭っているようには感じられない。


 しかし先生はその部分を軽く手刀で叩くと、それまでビクともしなかった腕が数センチ動いた。


「――と、まあこのようにその集中している場所を動かすと力全体が流れるわけだな。もちろんこれだけで朱染の力を完全に流せるわけではないが」


 まあそれはまたの機会にだな。


 そう言い残して先ほどと同じ距離まで律儀に遠ざかった。


「後はあれだな。目がどこを攻撃するか雄弁と物語っているぞ。もう少し目線に考慮するべきだな。……さて、今度は先生が攻めるとしよう。次の授業もあるからあまり時間も掛けられないしな」


 ゆらっと先生の身体が揺らめいたと思うと、次の瞬間には眼前に迫っていた。


 瞬きもしていないのに目で追えなかった。まるで次のシーンを切り取り貼り付けたかのようだ。


 息を詰める私に先生がニヤッと口元を歪めた。


「避けれない攻撃というものを見せてやろう」


 先生が掻き消える。


 そして――。


 私は数多の拳と足に囲まれた。


 拳、手刀、足刀。それらが私の周囲、三百六十度を取り囲んでいる。


 しかし、それらも一瞬。瞬きの間だった。


 シュバッ、というような音ともにそれらすべてが掻き消えた。


「え……あっ」


 虚をつかれたことに一瞬だけ呆けてしまった私は首筋に走った衝撃に我に返った。


 振り返れば右手を手刀の形にした先生が私の首筋を叩いたところだった。


「まだまだだな朱染」


“まだまだだな、萌香”


 苦笑しながらそう口にする先生の姿が一瞬だけ誰かと被って見えた。


 頭を振って気を取り直し、改めて先生と向き直る。


「この勝負は先生の勝ちでいいかな?」


「……ああ。あなたの勝ちだ」


 やはりこの先生になら……。


 私は改めて、自分の考えを肯定した。

 
 

 
後書き
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