ダンジョンに復讐を求めるの間違っているだろうか
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傀儡師
「ノエルさんっ!待ってください!」
「遅いっ!それでは間に合わない!」
ノエルが駆ける後ろ、リズは息を上がらせながらも必死に足を動かしていた。
場所は四階層。
先に走り出していたリズを見付けてノエルは彼女を連れてダンジョンに飛び込んでいた。
先ほどから幾度となく会敵していたが、ことごとく無視している。追い掛けてくるモンスターもいたが、すぐに引き離されて姿を消した。
「ノエルさんが早過ぎるんですよ~」
「貴様が遅いだけだ!それと、私の名を気安く呼ぶな!」
「ひどいですっ!というか、冷たいです!デイドラより冷たいです!」
と、息がさらに上がるにも拘わらず、叫ぶ。
とは言っても、リズが叫ぶのも無理はなく、リズがLv,1であるのに対してノエルはLv,3なのだ。
数値からはそれほど差は感じられないかもしれないが、冒険者の大半がLv,1の下級冒険者で、それ以上の上級冒険者がほんの一握りであることから、二人の間には歴然たる差があるとわかるだろう。
「デイドラの名も気安く口にするな!私は貴様を認めたわけではない!」
「す、すいませんー。それと何ですが、少しだけでいいので待ってもらえませんか~?」
「間に合わないと言っているだろう!助けたければ、走れ!」
と、懇願を一言のもとに切り捨てられたリズは、
「うー、わかりましたよ!走ったままでも短文ならできますよ!」
少し投げやりに言った。
「?それはどう――」
【我が半身を成す大いなる精霊よ】
『それはどういう意味だ』と、問おうとしたノエルの耳に澄んだ声が滑り込んだ。その声には威厳こそないものの、隠然たる重みがあった。
その声にノエルはつられるように振り向く。
(平行詠唱…………だと)
そして、目に入ったのは足を止めることなく、瞑目し澄麗な言葉を紡ぐリズの姿だった。
――『平行詠唱』。
暴威となり得る魔力を御するために動きを止めて全神経を傾ける必要がある詠唱を他事と平行して行う危険を伴う行動。
であるが、
【癒しによって、その至大なる霊威を示せ】
リズはそれを苦もなく成し遂げる。
詠唱を終えたリズの身体からは彼女を包み込むように燐光が染み出した。
と同時に上がっていた息は次第に静まり、肌を濡らしていた汗も跡形もなく消えた。
「貴様…………」
「ふっふ~。驚いてぐぅの音も出ませんか?まあ、しょうがないですけれどね」
リズは軽くなった足でノエルに並走すると得意顔で言った。
「前を向かないと危ないぞ」
「へっ?ふぎゅっ!」
リズはよそ見していたために迫り出した通路の壁にびたんと言う効果音が聞こえてきそうな感じに正面衝突した。
そして、大の字で張り付いた壁からべりべりと剥がれていくと、最後には床に背中から倒れた。
目を回すリズの額にできた小さくないこぶもノエルが覗き込む前で燐光に包まれてみるみるうちにひいていった。
「貴様、エルフか――それとも精霊か?」
ノエルはリズが平行詠唱している場面を眼前に浮かべながら訊く。
「ち、ちがいまひゅ~」
(…………だろうな、まさかこんな奴が同族でも、あの精霊族であるはずもない)
と、呂律が回っていないリズを見下ろしてノエルは結論を下した。
「おい、行くぞ」
ノエルは乱暴にリズの腕を掴むと、立たせようとした――そんな時だった。
「そこの女ども。何か困っているようだが手を貸してやろうか?」
男の下卑た野太い声が響いた。
振り向くと、そこには声を裏切らない汚らしい手入れのされていない防具を身につけている醜悪な顔の冒険者が、その男と大差ない醜悪な仲間を二人連れて立っていた。
その男共は遠慮のかけらもない下心がありありと窺える眼差しでノエルの肢体を舐めるように眺めていた。
「困ってなどいない。だから視界から消えろ。目障りだ」
取り付く余地も残さず、ノエルは拒絶と嫌悪の意志をあらわにして言った。
「ああん?良心から言ってんだぞ!」
「そうだ、そうだ。エレス様の好意を無下にするとは!」
「何様のつもりだ、下級冒険者風情で!」
リーダーらしき男が顔を真っ赤にして怒鳴ると、続けて取り巻きがリーダーの影から叫んだ。
「はっ、私が下級冒険者だと?貴様等の目は節穴か?」
だが、もちろんそれに怯むことなく、ノエルは剣呑な声音で言った。
その瞳には危なげな光が宿っていて、取り巻き達はそれに飛び上がるように驚くと、さっとリーダーらしき男の後ろに隠れた。
だが、豪胆なのか、鈍感なのか、馬鹿なのか、リーダーらしき男は物怖じせず吠えた。
「節穴だと!?防具も武器も持っていない小娘が下級冒険者ではないと言うのか?俺を馬鹿にするのも大概にしろ!」
ノエルは男の言葉にはっとして自分の身体を見た。
そして、自分が薄い上衣とハーフパンツという完全寝巻きの姿であると視認すると、初めて、自分がホームから着の身着のままで飛び出したことを思い出し、今更の如く、かーっと一瞬で顔を赤くさせた。
「だが、今日は気分がいいから許してやってもいい。何と言っても、朝一番でダンジョンに潜ったら死体だらけだったからな」
が、男が哄笑しながら言った言葉にノエルは、はたと何かに考え至ったのか、落ち着きを取り戻し、目を細めた。
「……そうか、なら死体があったところまで案内してもらおうか」
ノエルは顔を上げると、何とでもないように言った。
「ああ!?馬鹿なのかお前は、自分の立場を弁え――」
ともすれば、不遜であると受け取られる態度に男がついに怒りを爆発させようとしたその時。
【我が主神より賜った魔力を紡ぐは我が言霊】
清流の音のような声がそれを遮った。
【紡がるるは不断なる幻怪の糸】
「え、詠唱だと…………お、お前等あいつの詠唱を止めろ!命令だ!」
「えっ、ここはリーダーが――」
と、いつ詠唱が終わり発動するか分からない魔法に怯え、それを阻む役を醜く押し付けあっている間に詠唱は終りに近づく。
【糸を操るは我が十指。縛さるるは哀れなる汝】
「わ、わかった、貴様の言うことは聞こう。だから、詠唱を止めろ。いや、止めてくれ」
詠唱を阻むことを諦めたリーダーの男は情けない声で訴えたが、ノエルは聞く耳も持たず、瞑目する。
【心を羈束され、我が従僕たる傀儡となれ】
そして、詠唱と終わりとともに開眼した。
その瞳は暗紫色の淡い光を発していた。
暗闇に浮かび上がる瞳に思わず見惚れていた男共にノエルは両の手の平を見せ付けるように突き出す。
そして、一瞬後に指先から瞳と同色の直径1Cの棒が伸びたと思ったときには、棒は夥しい本数の糸にわかれ、触手のようにうごめいた。
「うあああああああっ!!」
男共の悲鳴のような叫び声に反応したのか、揺らめいていただけの糸は意志を持ったように男共に伸び、身体に巻き付いた。
やがて、なにか喚きながら暴れる男共が見えなくなるまで糸が巻き付くと、繭となった糸と男共はぴくりとも動かなくなり、場を静寂が支配した。
そして、間もなく、糸が次第に空気に溶け込むように輪郭を薄めていくと、その場には魂を抜かれたように立つ男共が残った。
「では、案内してもらおうか」
その男共に、瞳が正常に戻ったノエルが命令する。
「わかりました。こちらです」
すると、生気のない声音で不似合いな丁寧口調でリーダーの男が答えた。
これがノエルの魔法のひとつ――『カイライノロンド』
内容は、
・目が合った最大三体のモンスター、または人間を半永久的に精神支配。
・三体以上の場合はランダム選出。
であり、ノエルが『冥境の傀儡師』と呼ばれる所以である。
「よし、おい、お前、いつまでそうしているつもりだ、置いていくぞ」
「ふ、ふぁい」
いまだ目を回しているリズはノエルに気の抜けた返事をするとよろめきながら立った。
それを確認すると、ノエルはリーダーに走っていくと言い、走り出した。
その後を従順に走る男三人とふらふらと走るリズが続いた。
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