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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第148話 救出

 正宗が黄忠を従えた後、正宗は彼の部屋で冥琳と榮菜に会っていた。彼女達は旅支度を既に済ませ、蔡瑁討伐のため、それぞれの役目のために洛陽と冀州へと向かおうとしていた。

「蔡徳珪討伐のための軍は先発隊三万を榮菜に本隊五万を星に任せます。星の代わりに幽州との国境の守りとして水蓮を配置いたします。いかがでしょうか?」
「それでいい。揚羽には既に早馬を出しているのだな?」

 正宗は冥琳の説明に深く頷き、揚羽のことを質問した。

「滞り無く。一週間後には揚羽殿の元に連絡がつくかと。義祖父様と袁周陽様へのご説明は揚羽殿にお任せしております。それと司隷州における蔡徳珪と劉景升の風評の流布もお任せするつもりです」

 正宗の祖父と袁逢への蔡瑁討伐の働きかけと司隷州への風評の流布は揚羽に任された。

「二人共頼むぞ」
「正宗様、お任せください」

 彼女達は正宗に拱手して返事すると、足早に去っていった。正宗は彼女達の後姿を見送りながら物思いに耽ける。

「お邪魔でしょうか〜?」

 冥琳と榮菜が完全に去ったのを見計らい彼の部屋に入ってきた人物がいた。七乃である。彼女は満面の笑みを浮かべ部屋の中に入ってきた。彼女は仕事着であるメイド服に身を包んでいた。

「いいや。冥琳や榮菜に気を使う必要はないぞ。七乃、お前のことは身内と思っている」
「ふふふ。嬉しいお言葉感謝いたします。でも、美羽様は差し上げませんからね」

 七乃はドス黒いオーラを放ちながら正宗に笑みを浮かべて言った。彼女のミスマッチな雰囲気に正宗はほくそ笑む。

「七乃がいれば美羽の身辺は安全だな。私が荊州を去った後のこと頼んだぞ」
「正宗様にお願いされなくても私が美羽様をお守りします。あれ以来、美羽様には十分な護衛をつけていますのでご心配なく。蔡徳珪さんには一杯食わされました。真逆、宛城内に間者を飼っていたなんて。でも、その間者も正宗様が掃除してくださるんで助かります」

 七乃は悪意のない無邪気な笑みを正宗に向けた。

「黄漢升の娘は無事なのだろうな?」

 正宗は彼女に本題を切り出した。七乃は笑みを浮かべたまま頷いた。

「無事です。間者達の身元は蔡徳珪さんの私臣のようですよ。一応、黄承彦(こうしょうげん)さんの遠縁なので気が引けるのでしょうね。窮屈な生活のようですが無体な扱いは受けていませんでした」

 七乃は笑顔で淡々と黄忠の娘・璃々の置かれている状況を説明していた。正宗は七乃の説明を受け、彼女の情報収拾能力がかなりのものである驚いている様子だった。表向きは渚が仕切っているが、裏向きの取り仕切っている七乃の方が南陽郡の隅々まで知り尽くしているのではないだろうか。

「七乃、鳳徳公と司馬徳操の所在は知っているか?」

 正宗は徐ろに彼女に質問した。

「正宗様、唐突すぎますよ。黄漢升さんの娘のことなどどうでもいいんですか? よっ。冷血漢っ!」

 七乃は正宗の質問に気分を害した表情をせず正宗に毒づいた。正宗も彼女の喋りに慣れているのか何も言わない。

「あれ〜。ここは切り返してくださいよ〜。最近、美羽様は正宗様のせいで生真面目すぎて、私のことを痛い人みたいに見るんですよ。ひどいと思いません?」

 七乃は満面の笑みを浮かべ正宗に皮肉を言った。正宗は苦笑いを浮かべる。七乃は笑顔のまま正宗のことを見ていた。

「言わないと駄目か?」
「鳳徳公さんと司馬徳操さんの居場所を知りたくないんですか?」

 七乃は表情を変えずに正宗を畳み込むように告げた。

「ははははっ! 褒め言葉嬉しく思うぞ――! もっと褒めていいぞっ!」

 正宗は半ばやけくそになりながら七乃に言った。

「よっ! 極悪人っ――!」

 七乃もノリノリで正宗に毒を吐いた。その後、しばらく正宗と七乃の掛け合いが行われるのだった。



「正宗様、お陰で満足できました。ありがとうございます」

 七乃は機嫌良さそうに正宗に言った。対する正宗は疲労感を感じさせる表情だった。

「七乃、鳳徳公と司馬徳操の所在を教えてくれ」

 正宗の言葉に七乃は「何のことです?」という表情で顎に人差し指を当てて考えこむ仕草をした。

「この私にあんな真似をさせておいて教えないなどないだろうな」

 正宗が額に青筋を浮かびあがらせ怒りを抑え七乃に言うと彼女は口に右手を当ててわざとらしく笑った。

「正宗様、冗談ですっ! 忘れるわけないじゃないですか〜。後でお教えいたします。まずは黄漢升さんの娘さんの救出が先ではないですか?」

 七乃は笑いながら話題を逸らした。正宗も黄忠の娘の件を出され怒りを飲む込まざる負えなかった。

「そうだな。今晩、黄漢升の娘を監禁している商家の屋敷を襲撃するつもりでいる。七乃、お前は私達が襲撃するのに合わせ屋敷に忍び込み娘を救い出して欲しい」

 七乃はうんうんと頷き正宗の説明を聞いていた。

「分かりました。でも幼女を誘拐するような異常者を私の可愛い部下が相手するなんて大変ですよね」

 七乃の話だけ聞く限りだと危険な雰囲気を感じてしまう。正宗もそう感じたのか嫌なそうな表情だった。

「何が欲しいのだ?」
「えっ!? ひどいです〜。私はただ可愛い部下のことを心配しただけですよ。本当に。私が何か強請っているなんて酷い!」

 七乃は白い布を取り出し涙を拭く真似をしだした。

「七乃、今回の襲撃に力を貸してくれたら褒美を出させて欲しい。何か欲しいものはないか?」

 正宗はため息を着きながら七乃に告げた。

「そんな悪いです。私何か見返りを欲しいなんて、これっぽちも思っていないですよ」

 七乃はオーバリアクションを取って正宗の申し出を拒否する素振りをした。

「七乃、どうしても褒美を受け取って欲しい」
「そうですか。そんなに正宗様に仰られては断るのも失礼ですよね」

 七乃は満面の笑みを正宗に返した。

「褒美は何が欲しい」
「珍しい武器が欲しいです」

 七乃は正宗に即答した。この様子だと彼女は以前から正宗からもらいたいものがあったのだろう。

「珍しい武器?」

 正宗は七乃の言葉に要領を得ない表情をしていた。

「正宗様は何やら武器の研究に熱心だと麗羽様から小耳に挟んだことがあるんです」
「何のことだ?」

 正宗は素知らぬ顔で七乃に答えた。

「んっもう。隠さないんですいいじゃないですか〜」
「珍しい武器なんて知らないな。長い槍のことか?」
「そんなものわざわざくださいなんて言いませんよ」

 七乃は正宗に食い下がった。正宗は彼女が欲しているのは「銃」でないかと察した。もう、これ以上隠しても七乃が引き下がる気配はないと感じた正宗は隠すのを諦めた。

「あれは暗殺には向かないぞ。それに音が大きいため、武器として隠密性に欠ける。お前の率いる暗兵には不向きだし、扱いが難しいため冀州での訓練が必要になるぞ」
「構いませんよ。正宗様が不向きと思われても、私にとっては役立つかもしれないじゃないですか?」

 七乃は正宗の説明など意に介さない様子だった。

「分かった。黄漢升の娘の救出に成功した暁には銃を提供しよう。銃の管理はくれぐれも厳重に頼むぞ。あの武器は戦を激変させかねないからな」
「やっぱり面白そうな武器だったみたいですね。わかっています。銃の訓練を受ける候補者を冀州に送りますのでよろしくお願いしますね」

 七乃は意味深な笑みを浮かべ正宗に言った。

「黄漢升の娘の救出の件よろしく頼む」
「お任せください」

 七乃は正宗に拱手して頭を下げた。その後、彼女は一部の乱れのない礼儀正しい所作でお辞儀をして部屋を去って言った。

「これで準備は整ったな」

 正宗は部屋から出ると中庭から除く空を見つめていた。




 宛城某所――

 空には月が出いていた。既に人の気配は辺りに感じられない。漆黒の闇夜に月明かりだけが大地を照らしていた。その闇を縫うように整然とした完全武装した兵士達が駆け足で進軍していた。
 その兵士達に混ざり馬に騎乗した者達がいた。正宗と朱里と泉と愛紗である。

「正宗様、私達は屋敷の周囲を囲むためにここで別行動させていただきます」

 正宗は朱里に声を掛けられ頷いた。

「正宗様、ご武運を!」

 泉はすれ違い様に正宗に言った。

「泉、頼んだぞ。一人も逃がしては意味がない。無理に逃げようとする者達は斬って構わない」

 正宗は泉と朱里に対して言った。二人は正宗に頷いて返事した。彼女たちは兵二千の内、五百ずつ率いて去っていった。正宗は彼女達を見送った後、残りの兵を率い愛紗とともに問題の商家の屋敷に兵を進軍させた。



 数刻後(一時間位)、正宗は目的地についた。商家の屋敷近辺に近づいた辺りから、正宗は兵達にゆっくり進軍するように指示を出していた。屋敷の家人に兵達の気配を察知されないためだ。屋敷の家人は寝静まっているのか、人の声は聞こえなかった。正宗に付き従った兵達は目的地についたことで、緊張した表情をしていた。彼らは事前に屋敷に黄忠の娘が蔡瑁の配下に拘束されていると説明を受けていた。皆、黄巾の乱より正宗に付き従った歴戦の兵士達である。その中でも正宗への忠誠の厚い者達であるため、肉親を誘拐し暗殺者にしたてた蔡瑁の配下に対して義憤に満ちていた。事実、兵士達は屋敷への突入は未だかと正宗に視線を向けていた。
 正宗も兵士達の放つに雰囲気を察していたが、何かを待っているように時々周囲に視線を向けていた。

「劉将軍、諸葛相と満郎中令が準備が整ったとのことです」

 騎乗する正宗の足元に近衛の兵士の一人が片膝を着き拱手して言った。その兵士の後ろに二人の連絡役の兵士が同じく控えていた。正宗は力強く頷いた。

 正宗は双天戟を軽々と左手で持ったまま、右手で腰に指した片手剣を抜き放ち、その剣の切っ先を屋敷に向けた。

「弓兵! 火矢を屋敷に放て」

 正宗は弓兵に命令した。弓兵達は全面に進み出ると火矢を放つ。彼らは正宗の指示に指示従い、二射目、三者目と次々に火矢を屋敷に放った。それを見計らい正宗は馬上から兵士達を見回した。

「蔡徳珪の配下による下劣極まりない所業を許すわけにはいかない。勇敢なる我が兵士達よ! 一人も屋敷から逃がすことまかりならんぞ! 抗う者達は斬り捨てて構わん! 屋敷を制圧するのだ!」

 正宗は彼に従う兵達に向けて雄叫びを上げた。彼の声に呼応するように兵士達も雄叫びを上げる。辺りに兵士達のけたたましい声が鳴り響く。それを皮切りに剣を抜刀した兵士達が屋敷の門に向かって駆けた。兵士達は手慣れた動きで門の前で破城槌を準備し、あっという間に門を突き破り突入を開始する。

「正宗様、私も奸賊を捕らえに向かってもよろしいでしょうか?」

 正宗の横にいる愛紗が言った。

「構わないぞ。屋敷にいる蔡徳珪の家臣を拘束せよ。生きて捕らえれば一番がいいが、無理なら殺しても構わん」

 正宗は愛紗に言った。愛紗は「畏まりました」と頷くと馬から降り、青龍偃月刀を勢い良く振り被ると門に突入する兵達に紛れて屋敷に入っていった。
 愛紗と兵士達が突入し直ぐに屋敷から家人の者達と思われる悲鳴や叫び声が聞こえてきた。その後、鋼の武器がぶつかり合う金属音と怒声が人々の喧騒に混じる。そして、屋敷内から火の手が上がりだした。遠目からも煌々と輝く炎が暗闇を照らしていた。

「正宗様、七乃殿の暗兵は我らの突入のどさくさに紛れ屋敷の裏手から侵入したとのことです」

 屋敷周辺を封鎖しているはずの泉が現れた。彼女は騎乗したまま正宗に駆け寄り、彼にだけ聞こえるように囁いいた。正宗は泉の報告に頷く。

「屋敷の封鎖は問題ないであろうな」
「はい、私は配下に恵まれていますので」

 泉は正宗に言った。正宗は笑みを浮かべた。

「泉、なかなか言う様になったな。これからが楽しみだ。この私とともにこれからも着いてこい」
「正宗様に捨てられようと、私は正宗様のために槍を振るう所存です」

 泉は正宗に笑い返した。



 正宗が商家を襲撃して半刻(十五分位)もすると、騒ぎを聞きつけた周辺の住民が集まってきていた。高級官吏や上流層の者達が多く住んでいる区画ということもあり、身なりの良い者達が何事かと集まり、遠巻きに正宗達のことを眺めていた。
 そのとき、屋敷の門からすすで汚れた男が足をふらつかさせて兵士達に連行されてきた。黄忠の娘の誘拐に関わっていた屋敷の主人だ。彼の名は張玄白。騎乗する正宗の門前に引き出され張玄白は正宗を恐怖に満ちた表情で体を震るわせて見ていた。甲冑に身を包んだ正宗と兵士達の中に一人置かれれば恐怖するのは当然と言えた。それも屋敷を襲撃した人物の前なら尚更だろう。

「張玄白だな」

 正宗は威厳に満ちた態度で詰問した。張玄白は正宗に何も返事出来ずにいた。

「清河王、直々の質問だ。素直に答えろ!」

 泉が馬上より張玄白の喉元に槍の切っ先を向けた。

「そそその通りででごごごおざいます」

 張玄白は震える声で正宗に言った。

「貴様、黄漢升の娘を誘拐し、彼の者を脅迫した蔡徳珪に加担し私を襲撃することに協力したな」

 正宗はわざわざ周囲に聞こえるような大きな声で張玄白に言った。張玄白は正宗の声の大きさに体を緊張させていた。

「しし知りりりままません。わ私はししがない商人にごございます。そんな恐れ多いことするはずがございません」
「知らんというのか?」

 張玄白は顔を必死に下げた。

「では奴は誰だというのだ。あれは蔡徳珪の私臣であろう!」

 正宗は張玄白に向かって怒鳴ると、視線を門の方に向けた。その瞬間、遠巻きで見つめていた者達も騒ぎ出した。そこには血塗れになり息絶え絶えの大男が愛紗に首元を掴まれ引きづられていた。張玄白は当初引きずられる者が何者か分からなかったようだった。しかし、近づいてくるに従い、恐怖に引きつった表情に変わっていた。

「正宗様、奸賊を引き立ててきました」

 愛紗は大男を軽々と正宗の門前に突き出した。男は寝間着同然の姿で体中血塗れだった。この男が投降を拒否して抗った証拠といえた。

「愛紗、よくやった」

 愛紗は正宗の面前まで進みであると片膝をつき拱手をした。

「勿体無きお言葉! これからも励みます」

 正宗は愛紗の返答に頷くと、張玄白に視線を戻した。

「お前の屋敷から何故に蔡徳珪の私臣がいる? お前が蔡氏と蔡徳珪の祖父の代より商いがあることは知っている。この者がお前の屋敷にいた理由を説明せよ」

 正宗は張玄白を追い込むように言った。張玄白の顔は青ざめ震えていた。彼は現在血塗れになって倒れている男に命じて黄忠の娘を屋敷の外に連れ出そうと考えたのかもしれない。張玄白の表情からは絶望に満ちた表情を浮かべていることからも、それに近いことを行おうとしていたのだろう。

「清河王、私は被害者でございます! 蔡徳珪様に脅されて泣く泣く黄漢升様のご息女を監禁しておりました! わ私は誘拐には関わっておりません。誓って誘拐には関わっておりません。黄漢升様のご息女には出来るかぎり不自由ないようにしてきました。どうか。どうか。私にお慈悲を――!」

 張玄白は正宗の面前でなりふり構わず地面に頭を擦りつけて喋り初めた。

「では知っていることを全て吐け」
「そそれは」

 張玄白は正宗の提案に狼狽えた表情に変わった。長らく蔡氏と懇意にして商売してきた彼の一族にとって蔡氏を裏切ることは身の破滅を意味することなのだろう。未だ蔡氏は健在なのだ。正宗が荊州を完全に掌握しているなら、彼もなし崩し的に保身に走ったことだろう。彼からは明らかに蔡氏を完全に裏切ることに抵抗を感じているようだった。彼は既に「蔡瑁に脅されて協力した」と言っている。彼はそれが裏切りであると気づいていないようだった。あまりに気が動転して冷静な判断がつかないのだろう。

「余に黄漢升の娘を誘拐した一部始終を話すことを拒否するか?」

 正宗は冷徹な視線を張玄白に向けた。

「滅相もございません! ですが蔡徳珪様を裏切れば私達一族はどうなるかわかりません」

 張玄白は正宗の斬り殺されると思ったのか震えながら必死に弁明した。

「逆賊に味方する貴様も同じく逆賊。大人しく話せば罪を軽くしてやる。ただし、お前達一族は南陽郡から放逐させてもらうがな」
「放逐。そのような無体な! 私達一族に野垂れ死ねと仰るのですか!」

 張玄白は正宗の面前に更に近づき、正宗を仰ぎ見るように必死の形相で訴えた。

「余を殺そうとする計画に加担したお前が何を言っているのだ?」

 正宗は張玄白を侮蔑するような視線を向けた。

「では黄漢升様はいかがなさるのです!? 人質を取られたとはいえ、貴方様を殺そうしたではありませんか?」

 張玄白は自らの罪を棚に上げて黄忠を糾弾した。正宗の表情から温度が引いていくのが傍からみても分かった。張玄白もそれを感じ取ったのか黙った。

「黄漢升は余のために蔡徳珪を討伐する軍に参加すると申し出た。お前はどうなのだ?」

 正宗は暗に張玄白に対して「味方になるつもりがあるのか?」と聞いていた。正宗の返した言葉に張玄白は言葉を失った。黄忠は劉表を裏切ったのだ。正宗はわざわざ声を高くして喋っているため遠目で見ている者達の耳にも聞こえていた。周囲からざわめきが聞こえてきた。

「私も貴方様にご協力すれば温情をいただけるのでしょうか?」

 意を決した張玄白は正宗におどおどしながら質問した。

「蔡徳珪を討伐するまでは豫州にでも疎開していろ。討伐が住めば南陽郡に戻ること許す」
「誠でございます?」
「疑うなら書状にしたためてやる」

 張玄白が何かを喋ろうとした時、彼は喋ることなく首がおかしな方向に折れて前のめりに倒れ込んだ。血塗れになった男が凄まじい形相で立ち上がると張玄白の首をへし折ったのだ。続いて正宗に襲いかかろうとするが、愛紗から背中越しに青龍偃月刀で叩き斬られ絶命した。

「敵ながら天晴な奴だ」

 正宗は愛紗に斬られた名前も知らない男に馬上より声を掛けた。

「この者達の扱いはどうされます」

 泉が張玄白と蔡瑁の家臣を交互に見た。正宗は暫し考えていた。

「張玄白は遺体を遺族に返してやれ。この者一族は蔡徳珪討伐まで南陽郡より追放せよ」

 そう言うと愛紗に斬られた男に視線を移すと暫し見ていた。

「名の知れぬ勇士の扱いだが。その男の行為は万死に値する。しかし、その忠節は真のものでもある。だが、最後まで蔡徳珪に味方した以上、逆賊として扱わざる負えまい。その男の首は市中に晒し、その体は野に打ち捨てよ」

 正宗の言葉から張玄白を殺した男への情けが一瞬感じられたが、衆人の中でけじめをつけるため敢えて苛烈な裁きを下した。信賞必罰。これを徹底することで正宗は蔡瑁に与する者達に揺さぶりを掛けたのだった。蔡瑁に味方する者達はことどとく逆賊として扱う。正宗の宣言とも取れる言動だった。

 正宗が裁きを下した頃、黄忠の娘・璃々が朱里が乗る馬に一緒に乗って現れた。この様子を遠巻きに見ていた者達は更に動揺していた。先程までの一部始終を見ていただけに璃々の登場は動揺に拍車を駆けるのは十分だった。辺りはからは「真逆、蔡徳珪様が黄漢升様の娘を誘拐するなんて」、「蔡徳珪様ならあり得なくもない」など彼らは口々に蔡瑁のことを話していた。正宗は周囲の声を耳にしながら、兵士達によって片付けれていく張玄白と男を黙って見ていた。



 二人分の遺体が片付けられた後を見計らい朱里が正宗に近づいてきた。馬に乗る璃々は眠たそうな表情で正宗のことを見ていた。

「朱里、その娘が黄漢升の娘か?」

 黄忠と同じく特徴的な紫色の髪色をした幼女。正宗の記憶にもある璃々だった。

「はい」
「お兄ちゃん、お母さんは何処? このおねえちゃんがお母さんに会わせてくれるって言ったの」

 璃々は正宗のことを不安そうな表情で見つめていた。

「お母さんには直ぐに会える」
「本当に?」
「ああ本当だ」

 正宗は璃々に優しく微笑んだ。彼の表情に安心したのか璃々は満面の笑みを返した。だが眠いのかうとうとしだしたかと思うと、朱里にもたれ掛かるように眠りだした。その姿を正宗は微笑ましそうに見つめていた。



 日が開けると愛紗に討ち取られた蔡瑁の家臣の首は触れとともに市中に晒された。これにより蔡瑁による黄忠の娘を誘拐した件が白日の元に晒された。この事実は荊州中に激震を走らせた。 
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