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三人の神父

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1部分:第一章


第一章

                    三人の神父
 バルカン半島、今で言うとクロアチアの辺りだろうか。とりあえずその辺りの話だ。
 この辺りは昔から何かと騒がしく物騒な話が多かった。第一次世界大戦が起こったのもセルビアだったからしそのセルビアと犬猿の仲だったのがクロアチアである。民族的にも複雑だが宗教的にも実に複雑な場所である。丁度その第一次世界大戦が終わった直後のこの辺りに二人の修道僧が歩いていた。黒い法衣を着て頭の頂上を剃っている。質素であるが実に清潔な身なりをしていた。手には聖書があり首からはロザリオをかけている。
 荒野であった。人もおらず見えるのは乾いた土地と枯れた木々だけだ。草も碌に生えてはいない。それを見て若い方の僧侶が悲しい顔で述べた。
「やはり酷いものですね」
「はい」
 年配の僧侶がそれに応えて頷く。二人は悲しい顔で道を進んでいた。
「これも戦乱のせいでしょうか」
「それ以外に理由はありますか?」
 年老いた僧侶は若い僧侶に問い返す。
「全てはそのせいです」
「この辺りもまたあの戦争に巻き込まれたのですね」
「いえ、それよりも前からです」
 年老いた僧侶は答える。
「前から」
「ベネヴィクトさん」
 年老いた僧侶はここで若い僧侶の名を呼んできた。
「何でしょうか」
「貴方は確かイタリア生まれでしたね」
「ええ」
 ベネヴィクトと呼ばれたその若い僧はその問いにこくりと頷いてきた。
「それは以前に申し上げた通りです」
「そうですか。私はオーストリアの生まれです」
「おや、そうだったのですか」
 ベネヴィクトはその言葉に目を少しだけ丸くさせた。意外といった顔であった。年老いた僧の瞳は黒く髪も黒だ。顔立ちもそれ程ゲルマンの雰囲気はない。それに対してベネヴィクトは茶色い髪と目の美男子で朗らかな印象を受ける。それを見ると彼がラテン系であるのがすぐにわかる。
「そうです。それでここにも来たことがあります」
「それは初耳でした、グレゴリオさん」
 ベネヴィクトは年老いた僧侶の名を呼んで応える。
「貴方がここに来られたこともあったとは」
「ここに来たのは医師について行ってのことでした」
「それは何時頃ですか?」
「もう二十年も前になるでしょうか」
 前を進みながら答える。道は埃だらけで碌に整備もされてはいない。やはり通り掛かる人影は全くなく何もない荒野だけが広がり二人はその道を進むだけであった。
「ここに来たことがありまして」
「その時は何があったのですか?」
「同じです」
 グレゴリオは嘆息してベネヴィクトに答えてきた。
「あの戦争と同じことが起こっていました」
「そうだったのですか」
 ベネヴィクトはグレゴリオのその言葉を聞いて悲しい目になった。その目で俯く。
「じゃあその時のことは」
「今でもはっきり覚えています」
 彼はそう述べる。
「隣人同士が争い醜く殺し合う。しかも同じ神の下で」
「同じ神の下で」
「例え兄弟であってもです。民族が違うという理由だけで」
「民族がですか」
「他にも争う理由はありました」
 彼はまた述べた。風が吹いてきたが乾いた風だった。埃だけが舞い二人の法衣に付く。
「同じ民族であっても神が違うという理由で」
「ここの複雑さは私も存じているつもりです」
 ベネヴィクトは悲しい顔をしたままのグレゴリオに述べてきた。
「戦争が絶えなかったことも」
 この半島、一時期ユーゴスラビアと呼ばれた地域に様々なものが詰まっていたのだ。二つの文字に三つの宗教、四つの言語、五つの民族、六つの共和国、七つの隣国という言葉が第二次世界大戦後にあった。そうした地域である。様々な民族が様々な宗教、文字、言語と共に入り混じりモザイクとなっていたのである。しかも混血もあった。全てが複雑に入り組んだ社会だったのである。
 二人はローマからここの教会に派遣されてきているのだ。つまりカトリックである。この半島にはカトリックも存在し力を持っていたのである。
「ですが。この有様は」
「ベネヴィクトさん、貴方はここには来られたことはないのですね」
「はい、そうです」
 ベネヴィクトはあらためてそれを答えてきた。
「フランスやスペインには行ったことがありますが」
「どちらもカトリックの力が強い国です」
「ええ、その通りです」
 グレゴリオのその言葉にこくりと頷く。彼はグレゴリオの横を歩いている。年老いた彼の足に合わせてわざとゆっくりめに歩いている。
「特にスペインはそうでした」
「異なる宗教が共にある社会は御存知なかったのですね」
「そうです」
 また質問に答えて頷く。
「そうしたことは何も」
「それは私も同じでした」
 グレゴリオは前を見て歩きながら述べる。目は遠くのものを見る感じであった。
「オーストリアのカトリックの強い地域にいましたから」
「はあ」
「最初にここに来た時は特に何も考えてはいませんでした」
「どう思われていましたか?」
「普通の戦争だと思っていました」
 そう述べる。
「よくあるような銃や剣を使った。しかし」
「しかし?」
 グレゴリオの言葉に顔を向ける。その顔が怪訝なものになっていた。
 
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