『DIGITAL MONSTER X-EVOLUTION:Another-X』
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第一幕:【境界線】
――――目を閉じよ。
さすれば、もう醜い物など見えはしない。
――――耳を塞げ。
さすれば、もう煩い音など聞こえはしない。
――――身を縮めて閉籠れ。
さすれば、もう恐い思いなどすることはない。
――――だが、心せよ。
それでも、【滅び】はお前を逃さない。
誰も、それから逃れることは出来ない――――
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第一幕:【境界線】
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1人――――否、1体の“影”が、切立った崖淵で佇んでいた。
流動する溶岩。/渦巻く大気。/震える大地。
眼前には、灼熱色の原始世界が広がっている。
暗雲に雷鳴が轟くも、“影”は仁王立ちしたまま身動ぎ1つ起こさない。
「…………」
“影”は一言も言葉を発さない。が、その背は雄弁に多くを語っていた。
雄々しさ。猛々しさ。凛々しさ。神々しさ。
それらを内包した“力強さ”がカタチを成し、炎のようなオーラとなって、
その背から立ち昇っているようにすら見える。
…………否。決して、それは比喩などではなく。
事実、その“影”の背後――――というより全身から、沸き上がるオーラが実体を成している。
一言で形容するならば、それは“焔の竜人”。
剥き出しにした牙と、筋骨隆々とした両腕が、滾るほどの“野性”を如実に表していた。
――――近寄りがたい、威圧感。
心得の無い者では、視界に納めただけで崩れ落ちるほどの、覇気。
畏れられ、敬われるべき存在が、そこに君臨していた。
「…………」
“影”は無言のまま、崖淵からの光景を臨んでいた。
見下すでもなく、睨みつけるでもなく。ただただ、目の前に広がる景観を臨んでいた。
無限のようにも思えた、張りつめた静寂。
だがそれは、不意な言葉によって破られた。
「――――ガンクゥモン? こんなところで何をしている」
穏やかな、しかし荘厳な印象を受ける、凛とした声――――変化は、“劇的”だった。
“影”から現れた“焔の竜人”は、その声が発せられるのと同時に、握りしめた剛拳を
声の主へと叩きつけた。
――――地が裂け、砕ける。
――――瓦礫が飛び、粉塵が舞う。
――――着弾跡には、抉れた大地。
哀れ、声の主は粉砕四散――――は、していなかった。
「…………デュークモンか」
“ガンクゥモン”と呼ばれた“影”は、何事も無かったかのように振り向いた。
その視線の先には、クレーターから1歩だけ左に離れた位置で、平然としている騎士の姿が在った。
…………白銀と紅蓮に彩られたその騎士の名は、“デュークモン”。
どうやら“焔の竜人”の剛拳を、命中する直前で回避したらしい。
が、それをガンクゥモンは一瞥して、視線を前に戻してしまう。
そして、背中越しに言葉を続ける。
「“ヒヌカムイ”への対応が9ナノセカンドも遅いぞ。腑抜けたか」
「突然現れての開口一番がそれか…………」
一方的に辛辣な口調のガンクゥモンに、デュークモンは苦々しく返した。
ガンクゥモンの背では“焔の竜人”――――“ヒヌカムイ”がそれを見て、
勝ち誇るかのように牙を剥き出しにしていた。
「…………現役がこの為体では、いつまで経っても儂が隠居できぬではないか」
「………………」
遉に何か言い返してやろうかと言葉を吟味し始めたデュークモンだったが、不意にある事に気が付いた。
「…………そう云えば、今日は貴公1人か?」
言ってからデュークモンは、ガンクゥモンがいつも連れていた、1体のデジモンを思い出していた。
…………記憶に残っている印象として、あれは――――そう、小さな“白い竜”だった。
骨を連想させる白い外観に、体色とは対照的な赤いマフラー。
鋭い牙や爪は見る者に対して獰猛にその攻撃性を訴え、頭の先から尾の先端にまで、触れるモノ全てを
切り刻まんとする姿勢が見て取れた。
対照的に、その瞳は理知に富んだ色をしており、徒に暴力を揮ったり、無闇に他者を
傷つけたりするような振る舞いは、決してしないだろう。
名は――――確か、“ハックモン”。
ガンクゥモン自らがそう銘打った、“次代の担い手”。
「珍しいな。彼とは一緒ではないのか?」
「最近、拾いモノをしてな。今は、其奴らに預けてある」
「…………拾いモノ?」
応よ、とガンクゥモンは答えた。
「何処よりかは知らぬが、どうにも【旧世界】の方々を生き流れておったようでな。
偶さか通り掛った儂らが見つけて……………………で、拾った」
「発見から結果までの過程が丸ごと飛んでいるぞ。もう少し詳細を――――いや、待て」
デュークモンの声に、ふと苦味が篭った。
何とも表現しがたい、複雑な声音だった。
「…………ガンクゥモン。1つ訊くが」
「何だ。改まって」
「少し前に、【旧世界】の陸地1つが消し飛んだ異変があったのだが…………まさか、」
「察しが良いな。その折だ」
そう言い切ったガンクゥモンには、詫びの表情も、後悔の姿勢も無かった。
己が所業に、揺るがぬ自信があるからこその、言動であろうが。
「あの時、よりにもよって【闇黒の海】が干渉しとった」
「【闇黒の海】…………“情報の宇宙”を廻遊する、トップクラスの『禁忌情報』か」
――――『禁忌情報』。
その名の通り【デジタルワールド】に於いて、全ての接触を禁じられている“情報群”のことである。
基より“情報の宇宙”より数多の“情報”を得ることによって【デジタルワールド】は
存在しているのだが、それら全てが有用であるとは限らない。
触れること自体が、害となる“情報”も在るのだ。
最たるものが【闇黒の海】と呼ばれるもので、“情報”としての段階では只の情報群に過ぎないが、
【デジタルワールド】との接触により、内包された“名状しがたい世界”が顕現するのだ。
暗く、陰鬱で、悪意と害意が蔓延する悍ましき“世界”。
常識、尊厳、生命の全てが狂い切った、悪夢のような“宇宙”。
しかもこれらは【デジタルワールド】と接触するまで“情報”でしかない為、根絶することが出来ない。
故に執るべき対策は、干渉を受けた箇所ごと【デジタルワールド】から強引に消し飛ばすしかないのだ。
「…………言っておくが、儂が“ヒヌカムイ”で消し飛ばさねば、事は陸地1つでは済まなかったのだぞ」
「…………そうだな。聞くにも幸い、デジモンの被害は無かったようだからな」
それ以上を、デュークモンは語らなかった。
已むを得まい、『禁忌情報』扱いの案件は本来、口外すら禁じられているのだから。
加えて、“陸地の消滅”という被害があったにせよ、既に異変は解決している。
これ以上の言及は、不要である。
「成程。するとその拾いモノとやらは“次代の担い手”と共に、今は【旧世界】にか?」
「否。今は『ベルサンディ』だ」
「『ベルサンディターミナル』…………? なら、貴公は何故この『ウルドターミナル』に?」
訝しがるデュークモンに対し、ガンクゥモンは笑みを浮かべながら言った。
「…………なぁに、“箱舟”の往く先の“箱庭”が仕上がったと聞いて、少しの検分していたところよ」
そう。
此処は新たに設けられた【NDW】。
肥大化しすぎた【旧世界】の崩壊の危機に備えて、急遽、別次元に設けられた新世界。
その1つが此処、『ウルドターミナル』。
『過去』の名を持つこの世界は、太古の『原始世界』を基盤にした、最も過酷な世界である。
因みに『ウルドターミナル』、『ベルサンディターミナル』の他、『スクルドターミナル』の3世界と、
それらを管理する【統合統括機構】から、この【NDW】は成り立っている。
…………とはいえ、現在【NDW】は正式稼働前の最終点検前。
この場に居る両者を除けば、伽藍も同じである。
――――ガンクゥモンの言う“箱庭”とは、言い得て妙だった。
「何だ、すると貴公の目的は、修行に適するか否かの下見か」
「端的に言えばそんなところだ。惰弱な世界なぞ、彼奴には不要よ。
…………ふむ、此処は御主の管轄か? デュークモン」
少し呆れた声音のデュークモンだったが、その言葉も殆ど聞き流されているようだった。
「そうだ…………が、どうした。藪から棒に」
言葉通りに周囲を検分していたガンクゥモンは――――ふと、デュークモンに向き直る。
「…………暫くの間、『ウルドターミナル』の管理権限――――儂に譲渡せんか?」
意外な申し出に、少し言葉に詰まるデュークモン。
が、直ぐに言葉は吐いて出た。
「吾は特に構わぬが…………他の者たちに、一言ぐらいの断りは要るだろう」
「それは断る。何故に、儂が伺いを立てる様な真似をせねばらなん」
予想通りのガンクゥモンの反応に、デュークモンも用意していた言葉を返す。
「皆への示しと云うものがある。それにこうでもしないと、貴公は中々召集に応じないではないか。
いい加減、存在も怪しまれ始めているぞ。それでも良いのか?」
「好きにさせておけば良い。浅慮短慮な輩なぞ、一々相手にしてはキリがないわ」
だがガンクゥモンも、頑なに首を縦に振ろうとはしない。
ならば、とデュークモンは切札を切った。
「…………ガンクゥモン、これは貴公の為ではない。貴公の弟子を想っての忠告だぞ」
「…………何?」
間髪入れず、デュークモンは続ける。
「たしか今、貴公の弟子は『ベルサンディ』に居ると言ったな…………。
良いか? 『ベルサンディ』の担当は、“オメガモン”だ。
正式稼働前の【NDW】に無断侵入した上に、事前申請無しで“入界”したとあっては、
問答無用で討滅されてしまうぞ?」
――――“オメガモン”。
『厳粛なる正義の執行者』。『白銀の聖騎士』。『闇に終止符を打つ者』。
呼び名は数あれど、それらが示すのは尊敬と畏怖。
【デジタルワールド】で、彼の名を知らぬ者は居ない。
む、とガンクゥモンは唸った。
少しの逡巡はあったが、遉に修行の一環としては、厳し過ぎると判断したのだろう。
額を掻きながら、観念したように嘆息した。
「仕方無い。今の彼奴では、まだ荷が勝つ相手か…………」
「そのうち挑ませるような算段もやめておけ。弟子に酷過ぎるだろう」
渋々と立ち去り始めたその背中に、「まったく酷い師だ」と、デュークモンは零すと、
「放っておけ」と返事が返ってきた。
…………それで、会話は終わりの筈だった。
少なくとも、デュークモン自身は。
「――――【プロジェクト・ノア】。御主はどう思う、デュークモン」
…………それは唐突な、最後の問いだった。
つづく
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