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赤い林檎

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2部分:第二章


第二章

「その時はな」
「わかったよ。じゃあな」
「ああ。また縁があったらな」
「またな」
 こう言い合って男と別れた。そうしてそのバラックの闇市の中を進む。その途中でこの歌をやけに聴くのだった。
「赤い林檎に唇寄せて~~~~」
「林檎ねえ」
 その言葉にふと考えを向けることになった。
「そういえば何か」
 それを聞いて周囲のその闇市を見回す。するとだった。
「林檎を売ってる店が多いな」
 そのことに気付いたのだった。
 見れば林檎を売っている店がやたら多い、とにかく林檎はふんだんにあった。
「林檎は好きだけれどな」
 自分の好みも口にした彼だった。
「とりあえず家に戻るか。話はそれからだな」
 こうして彼は実家の場所に戻った。するとそこにあった家は。すっかり形が変わってしまってそこに建っているのであった。
 表札もだった。吉岡という名前がこれまた焼け落ちた後の木材に書かれていた。その粗末なバラックの家の前にそれがあった。
「おい、何だよこれ」
 その姿形を一変させてしまった我が家を見て思わず苦笑いになった彼だった。
「まさか誰かが火付けしたってんじゃないだろうな」
「あれっ、崇兄貴じゃないか」
 ここで横から彼に声をかける者がいた。
「やっと戻って来たんだね」
「ああ、御前か」
 そこに彼とそっくりの髪だけ丸坊主の若い男がいた。背が高いのも同じだった。
「御前無事だったんだな」
「家族は皆無事だったよ」
 その彼はこう崇に答えた。
「それはね」
「それじゃあ親父もお袋もか」
「生きてるよ」
 また崇に答えたのだった。
「進兄貴も丁度フィピンから帰って来たし」
「あいつはフィリピンだったのか」
「それで今田舎の方に行ってるよ」
 そうしているというのだった。
「米とかの買出しにね」
「それでか」
「それで俺はだけれど」
「ああ守、御前はどうだったんだ?」
 ここでこの彼の名前を言って問うたのだった。右手の人差し指で指し示しながら。
「それで」
「俺は何とかね」
 笑顔で兄に応える彼だった。
「この調子でね。生きてるよ」
「そうか」
「今店をやってるんだ」
 そして今の状況も話すのだった。
「店をね」
「店をか」
「ちょっと向こうの闇市で残飯カレーをさ」
「ああ、あそこか」
 崇はそれを聞いてすぐに頷いた。彼が指差したその方向はだった。
「今さっきまで俺がいた場所だぞ」
「あれっ、そうだったんだ」
「ああ。あそこの闇市な」
 彼もまたそれまで自分がいたその闇市の方を指差すのだった。
「そこを歩いてここまで来たんだよ」
「そうだったんだ」
「あそこにいたのか」
「そうさ。お米は兄貴が調達してきてね」
「御前が作ってるのか」
「兄貴もそれをやるかい?」
 ここで長兄にこのことを提案するのだった。
「よかったらさ」
「そうだな。それじゃあな」
 それを聞いて頷く崇だった。
「丁度仕事をどうしようかって思ってたところだったしな」
「今はもう生きるので精一杯だからね」
 そんな時代だった。とにかく何もない。それで誰もがまず食べて生きることに必死だった、そうした時代であったのだ。それは彼等もなのだ。
 
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