偉大な二人
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1部分:第一章
第一章
偉大な二人
互いにだ。ドイツを代表する芸術家である。
ルードヴィッヒ=フォン=ベートーベンにヨハン=ヴォルフガング=フォン=ゲーテはだ。
何と知り合い同士だった。このことを聞いてだ。
誰もがだ。こう言うのだった。
「あの偏屈な二人が知り合いとは」
「よく何も起こらないな」
「ゲーテさんも頑固だがな」
知性は確かにかなりのものだ。しかしなのだ。
ゲーテは中々気難しい人物だった。その知性故にだろうか。そしてだ。
ベートーベンについてはだ。さらに言われるのだった。
「あの御仁は頑固どころじゃない」
「頑迷だ」
彼の場合はそこまで至っていた。
「しかも癇癪持ちで尊大でだ」
「おまけに気難しいどころじゃない」
「しかもプライドが異常に高い」
「困った御仁だ」
それがベートーベンだった。耳が悪いということも彼のそうした性格に影響していたのかも知れない。そしてお世辞にもよくはない家庭環境もまた。
そのベートーベンがゲーテと一緒にいる。それならばだった。
「絶対に何か起こるな」
「間違いなくな」
「そうならない筈がないぞ」
皆こう予想していた。そしてだ。
この予想は見事的中したのだった。果たして見事かどうか言うべきかという問題もあるが。
ある公園、広く緑がよく手入れされたその場所をだ。ベートーベンとゲーテは二人並んで歩きだ。その公園の中を見ながら話をしていた。しかしだ。
ベートーベンは常に大声で言っていた。彼は耳が悪く自分の声を聞く為にわざと大声を出していたのだ。
そのことはわかっていてもだ。あまりにも大声でだ。ゲーテはだ。
辟易しながらだ。ベートーベンの話を聞く方に回っていた。
ベートーベンはひっきりなしに話していく。彼はとにかく大声で喋る。そこにだ。
二人の前をある馬車が通った。それは貴族の馬車だった。本来は頭を下げてそれが通り過ぎるのを待つのが礼儀である。しかしそれでもだった。
ベートーベンは頭を下げない。それどころかふんぞり返ってさえいる。彼はいつもこう言っていた。
「私の音楽は偉大なのだ」
まさに尊大そのものの言葉である。
「万人がひれ伏すものだ」
本気でそう考えていたのだ。
「それでどうして王侯貴族になぞ頭を下げねばならない」
自身の音楽と彼自身は同じだった。それがベートーベンの考えだった。
それ故にだ。彼はこの時代も頭を下げなかったのだ。ふんぞり返ってさえいた。尚彼は礼儀作法というもの、貴族に対するものも嫌っていた。そもそも貴族が嫌いだったらしい。
しかしだ。ゲーテはだ。その彼の横でだ。
礼儀正しい仕草で頭を下げた。右手を己の前にして。そうしてその馬車が通り過ぎるのを待ったのだ。
ベートーベンはその光景を見た。それも一部始終だ。その馬車が通り過ぎてからだ。
ゲーテは頭を上げた。その彼に対してだ。ベートーベンは胸倉を掴まんばかりにして言って来た。
「今何をしたのだ」
「何かとは?」
「何故貴殿程の人物が貴族などに頭を下げる」
ゲーテの芸術は認めていた。確かにだ。
しかしだからこそだ。余計に彼は言うのだった。
「それは何故だ」
「何故かとは。あの方はだ」
「あの方!?」
「そうだ。私によくしてくれている方なのだ」
その人物の馬車だったというのだ。
「だからだ。礼儀を正したのだ」
「貴族にか」
「貴族だと駄目だというのか?」
「貴殿の芸術は貴族等に頭を下げるものなのか」
ベートーベンの言い分はこうであった。
「貴族なぞ何だというのだ。芸術の前には何の価値がある」
「いや、人としての礼儀だ」
「礼儀!?そんなものが何になる」
ベートーベンはまだ言う。
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