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バーチスティラントの魔導師達

作者:書架
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能力主義

 
前書き
新規登場人物

レリーシェ=フォン=フルビアリス
アレンの姉。次期司書有力候補。 

 
「………あっつーい……………。」
少年は、森の中にいた。人間の国から難なく出国してはや数時間。それでもまだ、少年は歩き続けていた。蒼いコートを羽織ったままの、暑苦しい格好で。
魔導師は、人里離れた場所に住む者と人間に紛れて生活する者の2つに分かれている。少年の家は前者である故、こんなにも深い森の中を何時間も歩かなければならないのだ。
「……………あ、やっと見えた…。」
少年はぽつりと呟くと、ようやく森を抜けて少し広い空間に出た。
そこに建っていたのは、チューダー様式のそこそこ大きな屋敷。この密林には不似合いなほどの威厳と風格を漂わせ、普通の人間が住んでいる気はしない。もし偶然にも人間がこの屋敷を見つけても、その門を叩くなどという行動をとらずに記憶から抹消しようとするだろう。それほど、奇妙な雰囲気のある屋敷なのである。
少年は何の躊躇いもなく、またノックすらせずに気怠そうな顔で門の扉を開けた。

「ただいまー………。」
「お帰りなさい。少し遅かったですね。」
少年が扉を開けた先には仏頂面の少年の母親が立っていた。
金色の髪を項でまとめ上げ、ゆったりとした白のワンピースを着ている。アクセサリーの類は身に着けていないのだが、それでも高貴で厳格な雰囲気をまとっている。
「ちょっと、騎士に声を掛けられて。」
「何と言いました?」
「『ハーヴィ家の一人息子』。」
「理由は。」
「最近、父親の言うことを聞かずに出歩くことが多いらしいから。」
何かとおつかいなどで入国する機会の多い少年は、国内の情報に敏感である。国内情勢によっては詐称する人物も変えなくてはいけないのだが…。
「ハーヴィ家は、最近名が出てきた貴族ですね。そんな人間を偽ればどうなります?」
「……………。」
少年は答えに詰まった。ふと思いついた家名であったため、特に考えずに『催眠の書』の写しを使ってしまったのだ。
「国内情勢を知るより、基本的な情報をしっかり頭に叩き込みなさい。いいですね。」
「は、はい……。」
無表情で注意されるのは、感情が読めないために実は最も怖いことなのである。少し落ち込んだ様子を見せるも、少年の母親は無慈悲に手を出した。
「さて、まさか幻書は持ち帰ってきましたね?」
慌てて少年が本を開き、出てきたあの寒々しい表紙の本を差し出す。それから漂う冷気を確かめると、女性は右手に携えて地下へと続く階段の方へ向かった。しかし下る前に、少年の方を一度向く。
「掃除やらは、任せましたよ。」
そう一言だけ言うと、足早に階段を下りて行ってしまった。

少年の家系、即ちフルビアリス家は本と言葉の魔法である"バルニフィカス"の魔導師家系である。そのため、ほぼ全員が重症なビブリオマニアである。この屋敷に巨大な地下書庫がいくつも存在するのは、それが理由だ。
しかも、この屋敷に存在するのは「普通の本」だけではない。
フルビアリス家は「幻書」と呼ばれる強大な力を持つ魔導書をも収集している。名の通り本来は存在しないはずの書物であるため人間に渡らないように、またその力を利用するように。
幻書は自ら読み手を選ぶものがほとんどで、選ばれでもしない限り決して恩恵がもたらされることはない。
それ故に、フルビアリス家には代々書物管理をするための"司書"が存在する。"司書"は本に関する知識や自身の持つ魔力の量及び質で決まり、幻書達が直々に任命する。幻書側が強い魔力を好むため、強い魔力を持つ"司書"に惹かれるのだ。
何より本を愛し、本から愛される。それが、"司書"なのだ。
現在の司書は少年の母親。次の司書は………。
「やっぱり、姉さんかな。」
少年には姉が一人いる。極度の読書狂で、睡眠時間以外は書庫に入り浸っている。魔力も少年を凌いでおり、両親や古書店店長、さらには他の魔導師達からは「フルビアリス家の最高傑作かもしれない」とも言われている。故に母親は教育に熱を入れ、様々な書物が手に入り次第全て真っ先に姉に届ける。
それは同時に、弟である少年は全て独学で学ばなくてはならないということである。
元から家事が下手である母親に代わって家の管理を行いつつ、自分で魔法の勉強をする。それが、少年の日常であった。
大量の書物に囲まれて母親から直々に魔法を教わっている姉と、母親から許可を取って借りてきた本を用いて自ら勉強している少年。普通に考えれば、次代司書は少年の姉だ。

しかしこの少年の姉は、色々な問題を抱えている。

「きゃっ!?」
短い悲鳴と、ドサドサッという崩れ落ちる音。それらが聞こえた方向を見ると、金の長髪を持った少女が盛大に本をまき散らして転んでいた。少年が慌てて駆け寄ると、足音に気付いたのか少女が顔を上げた。
「姉さんっ!?何しようとしたの!?」
「う、ううぅ………。」
転んで手をついた痛みで、少女は蒼い目をうっすら涙で滲ませていた。
「昨日、読み終わっちゃったから…。」
くすん、と鼻をすすりながら少女はそれだけ答える。その言葉に、少年が半分呆れたような顔で周りを見渡した。
「……………これ、全部?昨日借りたのに?」
厚さといい大きさといい、普通の大人でもこれほどの量を「1日で」読み切ることはほぼ不可能である。そんな量の本を、今この少女は「1日で読破した」と言ったのだ。そして1人で持っていたのだ。読み終わった本を書庫に戻すために。
「…次から、僕を呼んでね。そのくらいやるから。」
「う、うん。そうする……………。」
ひとまず本を集めて少年がまとめて持ち、少女を立たせて書庫に向かう。何となく少女の歩き方がぎこちないのは、転んだ時に膝でも打ったからだろう。
少女が司書として問題があるのは、一番は「体力が無さすぎる」ことである。とても書架整理なんて任せられない。やらせた瞬間、少女はほぼ間違いなく書架の下敷きになる。
司書たるもの、この屋敷中にある書庫の管理くらいはしなくてはならない。それには魔力だけでなく、それに伴った体力もある程度は必要だ。母親も、この点が懸念材料であると父親に言っていた。
どれほど体力が無いのか。それは今しがた転んだことで説明されたが、書庫前に着いたことでより明瞭に分かるだろう。少年は本を抱えているため、地下書庫の扉を開けられない。ただ大きいだけの木製の扉である故、子供でも頑張れば開く。だがしかし。少女が気を遣って扉を引こうとしても、扉は開かない。開く気配すらない。それは、押しても同じことが言えた。
「………姉さん。ひょっとして。」
少年が不安そうな表情で呟くと、少女はくるっと振り返った。
「ち…違うもん!いつもは開くもん!!転んだから、手が痛いだけよ!」
そう言って体を扉に押し付け、全体重を精一杯かけて開けようとする。すると。
「え、きゃぁぁっ!」
突然扉が開き、少女が書庫内に倒れこむ。扉の先には、先程書庫に入っていった彼らの母親がいた。
「大丈夫ですかレリーシェ!?」
血相を変えて、母親が少女の名を呼ぶ。レリーシェと呼ばれた少女は顔を上げ、
「だ、大丈夫です……お母様。」
と呟いた。そして、心配そうに少年の方を見る。大方、この次に何が起こるのかは少年も少女も分かっているのだ。
「アレン…。何故あなたが開けなかったのです?」
先程の少女を心配していた様子はどこへやら、無表情で少年に問いかけた。少年が弁解をしようとすると、少女がよろよろと立ち上がって少年と母親の間に立つ。
「アレンに本を運んでもらってたから、私が開けようとしたの。自分の意志で私がやったことなの。」
「あなたには聞いていません、レリーシェ。」
びしっと少女を牽制すると、目線を少年に戻した。
「大量の本を抱えていようが、体を押し付ければそこの扉は開きます。レリーシェが頑張っても開かないほど軽いことくらい、知っていたでしょう。だから、何故と聞いているのです。」
答えろ、という威圧を含んだ言葉に、少年は無言をもって返した。反論の余地もなければ、する必要もない。「立場の弱いもの」が何を言っても、この母親には無駄だ。
「それに、この子が転んだ時に怪我をしたらどうするのです。あなたではレリーシェの代わりなど務まりません。現に足を打ってしまったではありませんか。」
「そ、それは今のが原因じゃなくて……。」
再び少女が口を挟もうとする。しかし、今度は少年がそれを遮った。
「分かったよ、母さん。ごめんなさい。」
驚いた表情で少女が少年の顔を見る。それはそうだ、少女が足を打った場所は「エントランス」なのだから。
「あなたには、『催眠の書』の写本を命じます。対象は全ページ。」
「はい。………明日までには。」
少年が期日を定めると、彼らの母親は階段で上に上がっていった。それを見届けると、すぐさま少女が少年に駆け寄る。
「どうして?アレンは悪くないのに。」
「これでいいの。『催眠の書』は内容も字の癖も覚えたから、催眠にかかることは無いだろうし。」
「そういうことじゃなくって……。」
「いいの!!」
どんっ、と本を書庫内の机に置くと少年はすぐに回れ右をして書庫から出ようとする。
「……ごめんなさい。私が、慣れないことをしたばかりに!!」
そう声をかけられ、少年は立ち止まる。そして笑顔で振り返ると、
「後で、またお菓子作ってあげるね」
と言い残して扉を閉めた。そして先程の母親の命令を守るために、自室へと走った。
ほんの僅かの悔しさとやるせなさに、蒼い瞳を潤ませて。
 
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