ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
意見交換
傍らのボックス席に腰を落ち着け、俺はレンとユウキはテーブルを挟んで向かい合った。
連れ立った少女は俺が男だったことに驚愕しており、まったく口も聞いてくれずにレン達と一緒にいた少女二人に絡まれながらどこかへ行ってしまった。
しかし、彼女の怒りは当然ではあるものの、こっちだってべつに「女です」と嘘をついたわけでも、語尾に「だわ」を付けたわけでもないのだ。そりゃ確かに勘違いを利用したかもしれないが。あそこまで露骨に態度を変えなくても…………。
だんだん愚痴っぽくなる思考を抱えつつ、ちらちらとこちらを見る二人組に焦点を戻す。
一人は腰ほどまである艶やかな黒髪とアメジストのような紫がかった瞳が特徴的な女性アバター。もう一人はGGOにこんなアバター生成パターンがあったのかと驚くぐらいの小さな身長に、肩ほどまで伸びる濡れ羽色の黒髪。そしてその最奥に秘せられたように光る美しい碧眼。一種妖精めいた容姿を醸し出す二人だが、しかし俺はこのプレイヤー達が女性達でないことを知っていた。
せっかく忘れかけていたのに、知識ではなく我が身に降り注いだ実体験という形で。
「まさか……お前らもココに来てたとは思ってなかったよ」
俺と同じ、一見すると女性に見える男性アバターになっていしまった元六王第三席《冥王》レンホウは桜色の唇を尖らせた。
「それはこっちのセリフ。どーしてキリトにーちゃんがGGOで、しかもバレット・オブ・バレッツに参加してるのさ。アスナねーちゃんは?ALOは?」
それこそお前はマイちゃんやカグラさんはどうしたんだ、という反論をぐっと堪え、俺は警戒を解かずに口を開いた。
「……お前らがここにいるってことは、本当なのか」
「それはひょっとして……《死銃》、のこと?」
ためらいがちにユウキの唇から放たれたその単語に、思わず天を仰いだ。
溜め息のような長く重苦しい吐息をゆるゆると吐き出し、俺はゆっくりと首を縦に振った。
「あぁそうだ。クリスハイト……って会ったことがあるだろ?あいつに頼まれたんだよ。死銃の正体を探って来いって」
「クリスハイトってあの水妖精の?魔道師の?」
「何であの人が」
「ちょっと借りがあってな。レン達は?」
二人は軽く顔を見合わせた後、どちらともなく肩をすくませた。
「こっちはシゲさん。まぁ、頼まれた内容はキリトよりもうちょっと踏み込まれたんだけど」
「……心意、か」
インカーネイト・システム、心意。
意思によってシステムに干渉し、上書きを引き起こすあの力はSAO勢、並びにALOでも最古参の領主くらいしか感付いた者はいないほど極秘にされてきた禁断のものだ。
そのため、あの菊岡でさえ心意についての殺害の可能性については言及してこなかった。あまり内心を明かさないというか、どこか食えない奴であっても、おそらくそれはただ単に知りえていないのだろう。
チラ、と。
真正面に座る小さな幼女――――もとい少年に視線を向ける。
俺は知っている。この小さな体躯が提示した可能性を。いや、俺だけじゃない、ユウキもそうだ。
ALO事件の最期にこの少年が現したあの白い槍の正体は、正直今でもそこまで解かっている訳じゃない。いや、解かりたくないというのが真相かもしれない。
だって、それを認めたら本当にコイツは殺人――――
「キリトにーちゃんも調べてるくらいなんだから、本当にいたんだね、死銃」
「ね。ボク、まだ半信半疑だったんだけどなー」
信じたくなかった。
言外にそう言う二人に、同意の返事を返すのをかろうじて堪えた。
クリスハイト――――総務省仮想課、菊岡誠二郎との対談で、未知のテクノロジーによる殺害については否定していたが、やはり俺の心は重かった。なぜなら、俺は殺人の可能性を認識し、理解しているからだ。
六王の参謀であったシゲさんが動いているならば、おそらくあの老人も確信をもっているのだろう。俺やレン達とは違い、確固たる意志を。
「………………」
「……ねぇ、キリト。その、いた?死銃っぽいような人」
「いや、俺もGGOに来てすぐだから、なんとも」
「来てすぐにあんなおねーさんと一緒にいるトコを見ると、やっぱりキリトにーちゃんはキリトにーちゃんだなー」
どういう意味だよ、と目を半眼に――――
「アスナに報告しよっかなー」
「すいませんそれだけはやめてください」
額を天板に打ち付ける俺に、悪魔のような笑い声が頭上から降ってくる。
悔しいが、ことをアスナに知られたら何を言われるかもわからない。ここはどうやら大人しく人質を取られてやるしかないようだ。
「と、とにかく、死銃とはこのBoBで会うしかないな。俺はFブロックだけど、レン達は?」
「ボクはBブロックだよ」
「こっちはCだね」
ということは、少なくともこの三人は予選トーナメントで当たることはない訳だ。六王(仮)の身としては、このバケモノらに勝てる見込みがどう考えても出てこないのでありがたかったりするのだが。
いや待て。そうなったらなったで死銃の銃口の先に命を張ってまで出なくても良くなってるのではなかろうか。
う~ん、と悩む俺の前で、ユウキがためらいがちに口を開いた。
「でも……でもね、キリト。ちょっといい?」
「ん?」
「実はここに入った時――――」
そこから、普段のユウキにある快活さがいくらかナリを潜めた口調で紡がれた話は、到底受け入れがたものだった。
今いる選手控室にエレベータから降りた時、はっきりと敵意が分かるほどの視線を感じたらしいのだ。ここで最重要なのは、その視線が複数だったということだ。
菊岡との話し合いで、当然ながら俺達は死銃が"単独犯"という前提で話を進めていた。
だが、逆にその根拠は何だ?
今のところ、殺されたことが確認されているのは二人。前バレット・オブ・バレッツ優勝者と、大規模スコードロンの長だ。だが、それは裏を返せばたった二件しか実例がないということだ。それだけであらゆる可能性を絞り込んでいくのは早計すぎるというものだ。
新たに出た、まったく考えられなかった可能性に背もたれに体重を預けながら頭を巡らせる。と、そこで妙に静かになっている少年が気にかかった。
「レンはどうなんだ?死銃……というか、その視線についてどう思う?」
肩まであるセミロングの艶やかな黒髪を深く目元に垂らす少女のような少年は、しばらくの間置き去られた人形のように沈黙を貫いていたが、ふっと息を吹き返すように言葉を紡ぎだした。
「……今のところ、二つの可能性がある」
静かな口調とともに、突き出された手は指が二つ立っていた。
「一つ目は、あの視線が死銃のものということ。その場合、死銃は複数いるということになって、さらに僕達はもうロックオンされている」
つまり、今この瞬間も命を狙われているということか。仮にその死銃達全員に仮想空間で他者を銃撃しただけで殺害するほどの心意の心得があるとしたら、事態は限りなく絶望的なことになるまいか。
二つ目、と少年が続ける。
「死銃とは全く関係のない人達。……つまり――――」
第三勢力の――――勃発。
放たれたその言葉はどこか空虚で、俺の背中を震わせるには充分な重みを伴っていた。ユウキも同じような感想を抱いたのか、テーブルの下で二の腕をかき抱く。
なぜなら、レン達の言葉が真実ならば、その視線の持ち主は二人や三人では収まらない。少なくとも今この場にいる者達よりも多い、ただでさえ警戒すべき死銃とはまったく別の未知なる勢力が存在しているのだ。どう控えめに見積もっても不気味さは否めない。
「べつに悲観視するつもりはないけど、やっぱりこの二通りの可能性は頭に置いておいたほうがいいと思う。何も予想してないうちに襲われるよりは、多少考えてから戦うほうがよっぽど気が楽でしょ」
確かにそれはそうだ。
沈黙が訪れるボックス席に、ガンガンと粗雑なノックの音が響き渡った。
「ちょろっとー、いつまでムズカしい話してんのよ。もー十分前よ」
胡乱な目線で入口のところにもたれかかっているのは、レンとユウキと一緒にいた二人の女性プレイヤーだ。一目で強気と分かる視線が柔らかなブロンドの奥から不機嫌に細められている。その一歩後ろには垂れ目気味の弱気気味なほうがあわあわと狼狽えている。
さらにその後ろには、山猫のように柳眉を逆立てた少女がいた。一瞬だけ目が合ったが、あっという間に逸らされた。だが、即座に距離を取られた先刻から比べたらある程度譲歩してくれているところを見ると、少なからず機嫌は戻ってくれたらしい。
思わずほっと息をつく俺の隣で、意味ありげに微笑んできたユウキがレンの肩を押して腰を持ち上げた。
「はいはいレン。ボク達は行くよ~」
「え、でもキリトにーちゃんも」
「もー、なんでそういうトコで気が回せないかなー」
唇を尖らせながら、ボックス席から退出する少女は、すれ違い様に肩を叩いてくる。そっと耳に流れてきた限りなく圧縮された囁き声は、ギシリと俺を凍らせるに足る威圧感を持っていた。
「――――でもキリトォ。あんまりおイタが過ぎると……わかってるよね?」
「は、はぁっ……!?な、ななな何を言って」
裏返ったりどもったり忙しい俺の様子を最後に一睨みしてから恐ろしく満足げな笑顔を浮かべ、《絶剣》と呼ばれた少女は少年の背を押しながらゆっくりと退出した。
それと入れ替わるように、しっかりとした足取りでペールブルーの髪を持つ少女がボックス席に入ってくる。
藍色の瞳がじろりと俺を見下す。猫っぽい、というよりもすでに豹レベルの剣呑さだ。
「……や、やぁ」
放って置いたら永遠に続きそうな重い沈黙に耐えかね、軽く片手を上げたが、反応してもらえるどころかチッと鋭い舌打ちのようなものが聞こえてきた。
それが口を開くきっかけにでもなったのか、小さな唇が大きく空気を吸引し、うわあついに怒鳴られるのか、と俺は首を縮めたが、発せられたのは勢いのいい溜め息だった。
どすん、と俺の向かい側の席に腰を投げ出し、少女は再びそっぽを向いた。
ドーム中央のホロパネルを見上げると、予選開始までのカウントダウンは六分を切っている。
この後どうすればいいのか、俺はまったく知らない。開始前に更にどこかに移動しなくてはならないのか、あるいは何らかの手続きが必要なのか、それらの情報がどこに書いてあるのかすら解からないのだ。
首を縮めつつもそわそわ身体を動かす俺を、少女は再度一瞥した。そして再度、深い深いため息。
「……名前」
「はい?」
ぽつりと放たれた言葉を危うく聞き逃しそうになり、俺はとっさに聞き返した。すると倍以上になった声が耳朶を打った。
「名前!教えなさいよ!……あれだけ色々レクチャーさせたんだから、それぐらいの対価は要求したっていいはずよ!」
「き、キリト……です」
少女の剣幕に圧され、思わず名乗ると、意外にも彼女は食い気味だった身体をあっさりと引いて顔の半分をマフラーを下に埋める。
キリト……キリト……と、名前をしっかりと脳裏にインプットするかのように何回か呟いた後、キッと少女はこちらを睨みつけた。
思わず口元を引きつらせる俺を睨み続け、右手を振ってメニュー・ウインドウを出す。短い操作で、その指先に小さなカードが出現した。
それをテーブルの上に滑らせ、俺が受け止めると少女は重い口を開いた。
「こうして話すのは今日が最後になるだろうから、ここで名乗っておくわ。――――それが、いつかあなたを倒す者の名前」
無言で目を落とす。表示された名前は――――【Sinon】。性別は、もちろんF。
「シノン」
俺が呟くと、少女は水色の髪を揺らして軽く頷いた。さらにそれから、少し考えるように視線を止めてから、どこか諦めたようにがしがしと乱暴に髪を梳くと、それからと言った。
「…………最低限のことだけ説明しておく。ここまで来たんだもの、最後の一つも教えておきたい」
「最後?」
「敗北を告げる弾丸の味」
その言葉に、俺は思わず微笑していた。揶揄や苦笑ではなく、本心からの笑みだ。こういうメンタリティの持ち主は、まったくもって嫌いではない。
「……楽しみだな。しかし、君のほうは大丈夫なのかい?」
少女はフン、と小さく息を吐き出した。
「予選落ちなんかしたら引退する。今度こそ――――」
広いドームに満ちる敵手達を凝視する瞳が、強烈な瑠璃色の光を放った気がした。
強い奴らを、全員殺してやる。
その言葉は、ほとんど実際のボリュームを伴わずに発せられたにもかかわらず、俺の聴覚いっぱいに響き渡り、仮想の鼓膜を暴力的なまでに揺さぶった。
少女の――――シノンの唇が動き、獰猛な獣のような笑みを形作る。
それを静かに眺めながら、俺は背筋を、久しく感じたことのなかった氷のような戦慄が駆け上がるのを感じていた。
後書き
なべさん「はいはい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「……BoBまだぁ?」
なべさん「導入部分は大事だよ」
レン「したじゃん!導入部分オリジナル含めてもうどれくらいになると思ってんの!?」
なべさん「あーあー聞こえなーい聞こえなーい」
レン「おいこら、下手な芝居口調やめろ」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー!」
――To be continued――
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