猫の憂鬱
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第4章
―3―
駆け出した八雲は警視庁を飛び出し、偶々コンビニから帰って来た宗一と出会した。
「おお、何処行くのん。」
「先生ぇ、降りて!」
「何何?」
「ちょぉっと、借ります。」
宗一の被っていたヘルメットを奪い、シートに座った八雲はアクセルを握り、大きく車体を捻った。
「え?ちょ、何!?」
「わいのジープ、帰って来んかったら乗って帰ってええんで。」
鍵と其の台詞だけ残し八雲はあっさり、宗一のバイクに乗って去って行った。
「は…?」
何が起きたか判らず、暫く呆然とした。
ええと此れ、僕、窃盗、されたんかな…?
ぽかんと立ち尽くす宗一に、本庁のエリート達は好色の目と哀れみの目で横を去った。
漸く状況が飲み込めた宗一は、偶々通り掛かった刑事にしがみつき、僕のバイクが部下に窃盗された、と訴えた。腕を掴まれた刑事は、ゆっくり笑い、其れは大変ですね、と落ち着いた声を出した。
「そうなんですよぉ、大変なんで……」
俯いていた宗一は、見た其の顔に、又唖然とした。
え……?
八雲にバイクを盗まれた以上の衝撃で、呆然とした。
「行っても良いですか?」
「え…、あ、はい…」
「加納、何してる。」
「はい、只今、。バイク、返って来ると良いですね。」
刑事は柔らかい笑顔で立ち去り、宗一は色々な衝撃が一度に舞い込み、動けなかった。
狐につままされた気分だった。
「おおい、一寸、かくにぃん。」
「邪魔するなよ。」
「あんさぁ…」
能面兄ちゃん、其処おる?
自分でも何を聞いて居るのか判らなかった。
「加納?加納なら居るぞ。」
「大きに。」
なんだ?と思いつつも課長は電話を切り、パソコンに向く加納を見た。
*****
猪が走るみたく階段と廊下を駆け抜けた八雲は一課のドアーを開き、其の儘脇目も振らず課長の元に向かった。
「課長はんの言うた通りやったわ。」
八雲の言葉に課長は口角を上げ、八雲は脱力し、床に座り込んだ。息を切らす八雲に、加納が寂しそうな顔で近付き、コタちゃんは、と貴様今がどんな状況なのか判ってるのか、と突っ込みたい発言をした。
「あー、御免、馨ちゃん、コタは連れて来て無い。其れどころやなかったんよ。橘さんの膝上で寝てたし。」
「そうですか…」
本当に残念なのか、しゅうん、と侑徒みたく眉と口角を落とす加納は体育座りで八雲の横に座った。
其処迄ショックだったのか?能面。
だったらもう飼えよ。ペット不可なら貴様金だけはあるんだから引っ越せよ。
気持ち悪い程の落ち込み加減に、課長達は引いたが、八雲だけが笑顔で、ほんなら馨ちゃんが今だけコタな、と加納の頭を抱えた。
「課長はん。」
「んー?聞こうじゃないか、コタ様忘れる位の発見を。と云うか、珍しいな、あれだけべったりなのに、車に乗らんかったのか?」
「バイクで来たんですよ。」
「へえ!御前もバイク乗るのか!車種は?なあなあ車種は?」
そんな趣味な話はええからはよ話し!と全員思った。
「いや、先生ぇの、強奪したんですよ…、偶々居てて…、借りますわ、ゆうて乗って来てしもた…」
「宗のバイク…、大型転がして来たのか!?無免じゃないな…?確認だが…」
「ちゃんと大型持ってますよ。やなかったら借りませんわ。扱い判らんのに…」
今だけコタな、を素でする八雲に、全員口が挟めない。此の間加納はずっと、話す八雲に首やら顎やら背中やら撫でられている。加納が、八雲君八雲君と至福そうなのが気に食わないが、なんだか面白い。
「そっち、どんだけ進んだんです?」
「タキガワコウジがタキガワセイジだった、って所迄。」
「お、進んでた。まあ、せやから課長はんが確認せぇ言うたんやろけどな。」
「八雲、話せ。」
「はい。」
立ち上がった八雲に釣られ加納も立ち、何事も無かったように席に着いた。横目で見た木島は、馨ちゃん、馨ちゃんほれ、と腕を伸ばしたが、瞬間引っ叩かれた。
加納馨、直ぐに手が出る性格である。
「此れ、博士が言うたんよ。やから、感謝するなら博士にしてな。」
「よしよし、もう一台セグウェイ買ってやろう。」
「そんな二台も要らん、邪魔や。」
自分でパイプ椅子を出した八雲は課長の横に座り、煙草を取り出した。
「商業のタキガワコウジと同人のタキガワコウジ、此れ、別人よ。」
「ほう。」
「わいはずっと、青山涼子がタキガワコウジの文字を真似てる、て錯覚してた。でも、逆、逆やった。商業誌を出した人物が、同人誌の方を真似てた。…先入観やな。先に出とる方が本物やと、錯覚してた。此れは、わらびにも当て嵌る。本郷はんが持った先入観、青山涼子は猫好き、だからわらびは青山涼子の猫、てな。アレだけ猫好きが公表されとるんや、そら猫居てたら、猫好きの猫やと思うわな。」
「同人誌は?誰が描いてる。」
「青山涼子や。活動開始時期が重なる、日本に帰国した時と。」
「商業誌は、タキガワ本人…、間違いないな?」
「うん、間違いないな。やから微妙に文字が違うのな。最大の難関、利き手。此れはタキガワの癖にある。彼奴は、両利きや。然も、左右対称の。」
木島がちらりと八雲を見、課長は、ふーん、と背凭れに深く座った。
「両利き、な。」
「俺も両利きだよ。」
云ったのは木島だった。
「そうなん!?」
「嗚呼、木島は両利きだ。右でペンを持って、左手で箸を持つ。だから、食事してるのだけ見ると、左利きなんだ、って思うぞ。右で箸が持てないんだ。」
「タキガワは、木島はん以上の使い手や。木島はん、ぎゃっこで文字書ける?」
「左で文字は書けない。」
「タキガワ、本来の利き手が何方かは判らへんけど、両方で文字が書ける。本人見る迄なんとも言われへんけど。」
「木島。」
「はい。」
課長は立ち上がり、ホワイトボードにタキガワと雪村凛太朗の写真を貼った。
「連れて来い、雪村凛太朗を。」
立ち上がった木島は加納と共に部屋を出、課長と八雲はホワイトボードに貼られる写真を見た。
「似てるな。」
「ええ、似てる。」
世の中には、双子や血縁者でも無いのに似た顔がある。実際女優でも似た顔があり、混同する事がある。昔でいえば浅野温子と浅野ゆう子、アイドルでいったら辻希美と加護亜依、最近だと宮崎あおいと二階堂ふみになる。
本人達は嫌だろうが、今回の事件は其れを逆手に取った。
「前の事件とそっくりだ…」
課長は呻いた。
前の事件とは九月に起きた双子の事件で、此れが今回と同じに入れ替わっている。前回は被害者が交換されたが、前回程単純では無い、此れは“タキガワセイジ”が事故死した時から始まっていた。
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