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竜門珠希は『普通』になれない

作者:水音
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プロローグ:4人兄弟姉妹、☆空レストランへ行く
  そもそも現状BADEND√

 
前書き
 
プロローグ最終話です

  

 
 


「た、だ、いま~」

 ――現在時刻、日付も変わって午前1時。

 聖斗と結月は自分の部屋に引き上げ、中学時代の友人とスマホでLINEしながらタブレットで刀○乱舞をプレイするあたしと、テレビでライブ映像を垂れ流すお兄ちゃんだけが残されたリビングダイニングに、玄関からの声が聞こえた。

 ちなみにあたしは実際の名刀や名剣に興味なんぞない。けど腐ってもいない。


「お? 何か珍しい声がすると思ったら」
「本当は仕事だったんだけど、急遽延期になってさー」
「ふーん、ドタキャンか。相手はどこの誰だ?」
「それは仕事上のことなのでー。さすがに親父でも無理ですー」

 姿を見せたのはあたしたちのお父さん。
 とうに50歳近いはずなのにシワも白髪もなく、未だに10歳近く若く見られる昔の言葉でいうハンサムな男性だ。実話で喩えるなら、休日の父娘の外出を同級生から援助交際と見間違えられるくらいに。それ以降、勘違いを恐れて一緒に行動するのを控えるようになった娘の目から見ても少なくとも美形の部類で、メタボやオヤジ臭さとは無関係な体格や精悍さはお兄ちゃんや聖斗にも無駄なく引き継がれている。

 それはさておき、久々に顔を合わせるお兄ちゃんと何やら仕事の話を始めているけれど、男同士ってどうしてこう会話のお題が仕事か趣味かギャンブルかゲームくらいしかないんだろう?
 ……あれ? でもギャンブルとゲームって趣味の中に入るよね? まあいいや。


「で、暁斗は泊まってくのか?」
「俺は明日も休みだからね。もう少ししたら寝るけど」

 お父さんに尋ねられ、お兄ちゃんはリビングのテレビで観ていたライブ映像の一時停止を解除した。再び聞こえてきたのはあたしの聞いたことのない洋楽アーティストのライブ演奏。裏名義を特定するほどの声優オタとはいえ、社会人である以上、24時間声優のことばかり考えているわけではない。
 さっき尋ねたところ、このアーティストの最新スタジオアルバムのレコーディングに携わったエンジニアの中にお兄ちゃんのスタジオの先輩が尊敬する人がいるとかで、今回そのアルバムを引っ提げてのライブツアーを行っているこのアーティストがライブを前提とした音作りとレコーディングやミキシングにこだわったとかと音楽雑誌でコメントしていたらしくて――あとはもう右から左に聞き流しちゃったけど。
 まあ、とにかくお兄ちゃんはライブ音源とCD音源を借りてきて、その先輩が尊敬するエンジニアに触れておきたいらしかった。

「そうか。まあお前はそれなりにしっかりしてるから心配はしないけどな」
「それなりに、ってどういうことだよー」
「そういう喋り方だ。喋り方」

 ああ、やっぱりお父さんもお兄ちゃんの会話の語尾が伸びるところは気になってはいるんだ。そう思いながら、L○NE(スマホ)とう○ぶ(タブレット)も切り上げたあたしは、洗面所ではなくキッチンで手洗いとうがいを済ませたお父さんと入れ替わるようにキッチンに入った。

 何度も言うけど、あたしは腐ってなんかない。小さい頃はちゃんとディ丸ニーとかサ○リオにも興味はあったんだ。あったはずなんだ。
 そのかわり、じゃあ今は(・・)――などとは死んでも聞かないでほしい。


「そんでお父さん。こんな時間だけど何か食べる? それとももう寝る?」
「そうだな……。何か軽いものが食いたい」
「ん。わかった」

 冷蔵庫の脇にかけてあるエプロンを身に着けると、冷蔵庫の中に残っていた野菜をいくつか手に取り、調理の準備を始めようとしたあたしは、ふと対面式のキッチンカウンターを挟んでお父さんが立っていることに気付いた。

「……どうかした? もっと軽いもののほうがいい?」
「なあ、どうしても塗りできないか?」

 ……やっぱそれかぁ。いつか切り出してくるだろうと予想はしてたけど。

「無理なものは無理」
「本当に無理なのか?」
「あたしの身体はひとつしかないんだけど?」

 そう言うと、それ以上のお父さんの質問を遮るようにあたしはまな板の上に並べた野菜を切り始める。それほどの大きさも量もないけれど、あえて大きな音を立てて。食べやすいようという建前のもと、本当は微塵切りにしてやりたいけれど――ここはぐっと堪えて一口サイズにして。

「でもなぁ、お前ならウチの会社のやり方を知ってるだろう?」
「そりゃ教わったのがお父さんの会社の人たちだからね」
「だから――」
「でもあたしは今別ラインにいるんですけどー?」


 野球少年の聖斗を除けば、あたし含めて我が家にはクリエイターないし創作活動に関係する趣味・職業を持つ人間しかいない。
 ただ、その趣味や職業を堂々と名乗れないところがあり、うまく隠してぼやかしてごまかすしかないというのが痛い。心が、というよりは、精神的にという意味で。

 コスプレが趣味の結月は表現者でもありながら、その衣装の型紙や大まかな縫製まではほとんどを自分一人で制作してしまう。あたしが関わるのは基本的に最終縫製とそのチェックくらいで、そして毎回スカートの短さや胸元の開き具合で言い合いになる。
 見せちゃいけないところを見せてまで魅せなくていいというのがあたしの言い分なのに対し、結月はあくまで原作を忠実に再現してこそだと主張する。別にどっちが正しいとかぶっちゃけあたしはどうでもいいんだけど、やっぱり露出癖と勘違いされそうなキワドい衣装着た中学生(JC)の写真がネットにアップされているのを見ると、何とも言えない気分になる。被写体が実の妹なのだから余計に。

 毎日が脳内ビビッドピンクなお母さんは【春日景大】というPNで活動する男性向け官能小説家。日常生活と性癖が破綻して倒錯していても、その作品の中身は水も漏らさぬほど緻密で、瞼の裏に光景を思い浮かべると匂いがしてきそうだと評された濃密かつ繊細な描写は熱心なファンから「芸術と呼んでもいい作品をありがとうございます」とファンレターが来るほどだ。
 しかも普段は仕事したくない病を発症して、仕事場である離れか母屋(ここ)のリビングのソファーで寝転がっているくせに、いざ仕事のスイッチが入ると寝食を忘れ、まるで何かが降臨したかのように鬼気迫った顔でPCに向かい続け、40時間ほどで文庫1冊分の文章を仕上げてしまう。しかも作業風景(それ)はあたしも同じらしい。嫌なところばかり似たもんだよほんと。

 そしてこの声豚……じゃなくて、萌えぶ――でもないや。
 とにかく、お兄ちゃんは創作活動こそしないけれど、一部の創作活動に必要なレコーディング作業に携わるスタジオレコーディングエンジニアで、その職を目指した理由が声優と会えるからという不純なものであることを除けば、同じスタジオに勤めるエンジニアさんたちからの受けもいいらしく、今みたいに声優以外のライブ映像を見て研究するほど日々切磋琢磨している。


「そこらへん、時間余るように調整してるんじゃないのか?」
「してますよー。あくまであたしのプライベートのために、ですけどね」

 業界大手からの依頼に浮かれ、調子に乗ったがために起こしてしまった大失態を経て、少しばかり――数えきれないリテイクとかインセンティブとか大量消費した栄養ドリンクや精力剤と引き換えに失われた肌や髪のツヤとか――嫌な方向にオトナになったあたしは、自分の日常生活を疎かにしない程度に仕事をセーブする技術を身に着けた。

 そして地獄を彷徨っている間に失った偏差値10相当の学力を――あと美容と健康も――取り戻したあたしは、気付けば滑り止めすらも危うかった状況から第一希望の進学先に無事合格し、日々これ以上は鍛えたくもない家事スキルを鍛えながら着実に4年制大学進学を視野に学生生活を楽しもうと考えているというのに、どうやらあたしをこの現状に至る過程に引きずり込んだ当の本人は、娘のプライベートよりも自分の仕事のほうが大事らしい。

「てかさ、ラインの管理責任者は?」
「城戸さん」
「ぅげ、あの人かぁー……」

 ――城戸(きど)さん。確か名前は義孝(よしたか)だっけか。
 あたしにグラフィックを教えてくれたお父さんの会社の中でも古株で、お父さんの先輩にもあたり、四方八方にコネとツテを持つ顔の広い人だ。ただし役職は主に外部交渉やディレクターなので、現場(という名前の自室)に立つあたしが直接関わったことはあんまりない。

「てかさ、制作スケジュール管理できないディレクターなんていらないっての」
「いや、あの人の顔の広さは本当に必要なんだ」
「ぅあああぁ……」

 もはや何と言っていいのか、言ったらいいのか――とにかく管理能力ゼロの管理職はどこの組織でも不要と明言したあたしは頭を抱えた。たぶん目の前に城戸さんがいたら右手に持った包丁を思い切りまな板に叩きつけてたか投げつけてたと思う。きっとそう。
 他業種に効果覿面な顔の広さを称賛するより、複数の役職を兼務するのが平常運転なerg制作(じてんしゃそうぎょう)の場において制作進行管理できない無能ぶりのほうを追及すべきだと思うんだけど、あの人もあの人で仕事できるタイプの人間だ。唯一、スケジュール管理が結構苦手ってだけで。前職でバリバリ営業やってたらしく、交渉力は凄いと同業他社の人から聞いたことがある。現場に立つあたしにはわかんないけど。
 今回のCG追加もきっとたまにある直感的行動が出たせいだ。けれどその直感が結果的に注目されたり、人気上昇の鍵になったりするもんだから、会社の人はお父さん含めあまり強く出れないのも理解できるってばできる。


 とりあえず、耐熱皿に一口大に切った野菜を入れ、そこに適量の水を注いで電子レンジへ。あとは温めれば温野菜はできるから――と、回転しない頭脳の一部を切り離してあたしは着々とお父さんに出す料理を作っていく。


 ――そして、そこであたしはふとあること(・・・・)を考えつく。
 と同時に、この仕事バカだけど家族想いな父親に軽い反逆を起こそうと思った。

「……お父さん」
「なんだ?」
「今、あたしの立場ってどうなってるっけ?」
「一応、急場の手伝いってことになってるけど」
「そう……」

 急場の手伝いにしかすぎなかったグラフィッカーに、現在進行形でフルプライス一本分の原画描かせて、そのうえで別ラインの追加CGの塗りまで追加でやらせるとは――。
 しかもそれらに特別手当などないにもかかわらず、それを別におかしいと思わなくなってしまっているあたしは、相変わらず自分に染みついてしまったブラック企業の社畜精神に辟易しながら、駒を進めていく。

「……条件付きならやってあげてもいいよ」
「条件? なんだ? 何かやってみたいことでもあるのか?」

 あたしの策に気付かず、出す条件が今までと同じだと思っているお父さんはあたしの希望を尋ねてきた。

「別に今から新しい作業を覚える気はないよ。グラフィックも一通り教えてもらったし、原画家としてもスタートを切れたし、簡単なスクリプトやUIデザインもできるようになったし」
「うん、うん。お前は本当に飲み込みが早いからなぁ」
「だからね――」

 お父さんの生きる業界は斜陽と言われて長いerg業界。その中でもお父さんの在籍するメーカー【CalmWind】は今年デビューから8年を迎えるいわゆる中堅。過去作には3万本売り上げたソフトもあるけれど、大御所や有名どころには規模も数字も及ばない。
 あたしがどうしてそんなerg会社の人たちにグラフィックの教えを乞うことになったかというと、元々暇潰しで絵を描いて色を塗って遊んでいたあたしの技術にお兄ちゃんが目をつけ、お父さんが遊び道具のひとつとしてPCにペンタブレット、複合式プリンタといった周辺機器を買ってくれたことだった。
 そこからあたしはCGでの彩色にハマり、あたしの技術を自分の勤める会社に活かせないかと誘ってきたのが諸々の始まりだった。指定したとおりに色を塗ればお金になるという甘言に、当時中学1年のあたしは何も知らないままergの彩色を行い、物覚えの早かったせいもあり、わずか1年で、契約の重みも知らないままに一部原画も担当――そして今に至っている。
 ……思い返せばお父さんとお母さんには騙されてばっかりだな、あたしって。

 だから、これはあたしなりの反逆かつ恩返しってことにしよう。


「百歩譲って今回の分だけでいい。インセンティブくれなきゃ、あたしはこのままフリーになる」


「………………は?」

「いや、いつ打ち明けようか考えてたんだけどさ、あたしもあたしで個人的に【エリュシオン(ソフトウエア)】さんや【白草社】さんとかと繋がりあるわけじゃん?」
「あ、ああ。そうだな」

 あたしは個人的な範囲でこれでも国内ゲームメーカー最大手と、堅実な成長を遂げつつある出版社から仕事の依頼を受け、少なくとも成果は出してきた。『シンクロ』は最初からオンライン対応を想定して制作されたということもあるけど世界規模のRPGになったし、続編もただ今制作中。挿絵を任されている『S.G.D ―麗峰学園探偵部―』は現在2巻までしか発刊されていないけど、発売直後からすぐに重版がかかってしっかりその分のインセンティブももらえた。

 けれど、あたしがフリーをちらつかせた理由はそれだけじゃない。
 元々、原画家なんて一過性の職業だと思っている。しかも人気商売という側面がある以上、御大や練り餡のように名前とともに長年売れるには、それで食べていくには不安が尽きないわけで――。

「もちろん、あたしに色々手ほどきしてくれたことは感謝してる。だからこそ、そろそろあたしも自分の立ち位置を固めようと思ってね」

 出版社や他のゲームメーカーから専属契約や引き抜きの誘いを受けているのは事実。それだけあたしのクリエイターとしての名前は今が売り出し時で、あちら側からすればあたしの名前を追い風にして稼ぎたい時期で、なおかつお父さんのとこのergメーカーである【CalmWind】に正式に在籍していないあたしは他人の目から魅力的な物件に映らないわけがない。

 ただ、残念なのはまだあたしが高校生活を楽しみたいから正社員(しゃちく)にはなりたくないというその一方、あと3年もしたら――と思いつつも3年後まであたしの名前が残っているかどうかの保証もないのが流行り廃りのあるゲームや出版の業界というもの。
 とはいえ、果てしなく闇は深い……とか悟ったフリして言ってみる。

「どこの誰からそんなこと吹聴されたんだ?」
「強いて言えば、いろんな人。クリエイターとしてのあたしと直接契約したいって言ってきた人たち」

 お父さんの立場的にヤバいのでは、と思いつつも本来は社内秘にしておくような技術や資料も見てきたし、教えられてきた。出来る限り原画もグラフィックもスクリプトも、デバッグだってしてきた、社員でもないのに功労してきた。そんなあたしのメーカー脱退発言に、お父さんの口調もいつになく真剣なものになっていた。

 今まであたしがこなしてきたほとんどの仕事はお父さんの斡旋か仲介があった。ergの原画も彩色も、雑誌の表紙やWeb小説の挿絵も、そこには必ず城壁のごとくお父さんが立ちはだかっていた。まあ、それはまだ中学生の娘を持つ父として心配したがゆえの行動だろうし、その親心に気づかないで『シンクロ』制作の契約を快諾しておよそ1年に渡る地獄を見た(あたし)からすれば、今のお父さんの心情を量れなくもない。

 ――にしても。

 エリュシオンさんの『シンクロ』プロデューサーにディテクター、白草社の編集部部長さんに『S.G.D.』の作者さんとかとか――編集部部長さん除いてみんな20代から40代の独身男性だったんだけど、肉食女子とか婚活女子どこ行った? いつも留守で、元気がいいかはわからないけどそれなりの亭主候補がごろごろ転がっていたんだけど?

 あと「個人的に(・・・・)スポンサーになりたい」と言ってきた自称8ケタの貯金持ちのキモオタハゲピザ――いや、あたし的にキモいのもオタもハゲもピザも許容できなくもないけど、いっそスキンヘッドにしろよと言いたくなる中途半端に禿げた髪型とか、他人の前なのに拭いもしない脂汗とか、ヨレヨレのシャツin股のあたりにシミついたズボンとか、最低限の清潔感やその自覚がない人はもう生理的にも人間的にも無理だった。
 うん。思い出すだけで吐き気が……。


「もちろん、年齢とかの理由であたしを正式採用するわけにもいかないのはわかってる。けれど、今までも十分あたしは多少の無茶にも応えてきたつもりだよ?」
「ああ、それはこっちもわかってる」
「ならさ――これ以上(・・・・)、感謝の念をもブチ壊すような依頼はしないでもらえるかな?」

 あのキ――以下略――のせいもあって、気分も機嫌も悪くなったあたしはわざと冷たい声を使い、強気に出る。
 家では父と娘であるお父さんとあたしの関係は、社会に出ると使う側と使われる側、雇用者と従業者という立場になる、けどそれは契約が成立してからの話。依頼する側とされた側。どちらが優位に立てるのかは言うまでもない。依頼しているのがお父さん側である以上、それを受けるも拒否するもあたしの匙加減ひとつで、お父さんは結果を待つことしかできないのだから。

「……本気でフリーになるつもりか?」
「だって現状、別にどこかに在籍してるわけじゃないし、今あたしがいるラインもあたしはメイン原画ってだけじゃん」
「それが不満か?」

 トラウマもキツく植えつけられたし、一時的な老化現象と体調不良とそれに伴う体形変化も味わったけれど、少なくとも今までの仕事でお世話になった人たちとはいい関係を築けている自負はある。

「最悪、家を出ろと言われたら出てくよ。それに、現状で必要なら法的(そういうの)に強い人をつけてくれるっていうところもあるし」

 学生の身においては厳しい家族からの追放も、あたしには大した障害にならない。
 あたしが持っているスキルは一部業界から引く手数多で、多少職種を変えても潰しが効く。どれもその筋ひとつで生きてきた先達からすれば未熟すぎると謙遜抜きで自覚しているけれど、グラフィック、原画、スクリプト――UIやロゴや背景のデザインもできないこともない。今のところ高校卒業しても美大に進むつもりはないけれど、BGMと大まかなプログラムと時間さえもらえたら簡単なキャラ音声抜きのPC向け紙芝居は作れてしまうくらいのスキルがある。

 だからこそ、今こうして売り時・売られ時を迎えているのと同時に、義務教育でなくなった以上留年や退学の不安がある高校生活も満喫するには、今までは目を瞑ってきたゆがみ(・・・)を是正せざるを得なくなったため、こうしてあたしは父娘の情を抜きにして、契約を間に挟んでお父さんと対峙した。


 ――そして、しばらくあたしとお父さんはそこから動かず、互いに押し黙っていた。


 はっきり言って、あたしは現状に満足していない。満足したらクリエイターはそこで終わりだって、そう教えられてきた。アーティストやアスリート同様、そういうものだと。
 お金や時間や待遇の問題もあるにはあるけれど、本質はそこじゃない。だからきっと、このままじゃ一生かかっても満足できない。ただ言われるままに線画を描いて、色を塗って、プログラム組むよりも、できることならもっとそれ以前の段階からあたしはモノを作りたい。
 そのために、あたしは次のステージに行く。今までよりもっとちゃんとした立場から、ちゃんとした意見を、ちゃんとした場所で言えるように。今は知識も経験もないに等しいけど、年齢とか性別とか関係ないと説き伏せられるくらいに。

 それが今のあたしがしたいことで、できること。


「……わかった。今回は諦める」
「そうだね。それがいいと思うよ」


 先に折れたのはお父さんのほう。
 温野菜の完成を告げる電子レンジの音で決意を固めたのか、仕方なさそうではあるけれど、これが目の前の押し迫った納期や発売延期の可能性に伴う損害と、ゲーム制作に必要な複数の要素――原画、グラフィック、スクリプトがこなせるあたし(スタッフ)を失うことを天秤にかけた結果だ。
 妥協と断じてしまえばそれまで。不完全商法もあたしとしては嫌いだけど、より良いものを作るためなら何度でもやり直したいのに、実際は結果を出す期日というのが決められていて、時間はどんな手を使っても止められない。それを思い知らされたのもあたしがお父さんの手伝いをするようになってからだ。


 電子レンジから温野菜を取り出し、押し黙っていた間に作れずにいたスープに必要な材料をガラス戸や冷蔵庫の中から引っ張り出しながら、あたしはダイニングテーブルに引き返したお父さんに向けて思い出したように言っておいた。

「……あ、追加CGとシナリオは完全版商法にでも使えばいいんじゃない?」

 それに対しての返事は、考えてみよう、その一言だけだった。



  ☆  ☆  ☆



 仮にフリーになったとして、一歩踏み出す先で、もう『普通』じゃいられないことは百も承知している。
 そもそも、こうなる前まで十分に『普通』じゃなかったとあたしは思い返す。

 お父さんもお母さんもメディアこそ違えどともにアダルト産業従事者で、お兄ちゃんは10人中8人がイケメンという外見をまったく有効活用しない声優オタ。この時点で何かが間違ってる。しかも弟は野球バカなのに、妹は見事にお父さんとお母さんとお兄ちゃんの手によってオタの世界に染められてしまった。

 そして世界的に治安がいいこの国で、大抵の少女は幼い頃に近所のおじさんに誘拐・乱暴されかけたりしない。誰もしない家事ができるようになったからって職業:専業主婦()と対等かそれ以上の家事スキルを易々と手に入れたりしない。絵が描くのが好きだったからって小学生のうちからフォトショップ使いこなして、中学生でergの原画に彩色して、原画を描いてお小遣い稼ぎなんてのもしない。警察呼びながら足技だけで連続婦女暴行犯を生殖機能ごとツブしたりもしない。制作参加したゲームのスタッフさんたちと一緒に収録現場に出向いて、自分の描いたキャラに声をあててくれた声優さんと運よく知り合って、嬉々として握手求めてサインもらったりしない。

 ちなみにその時もらったサイン入り台本は今でも宝物として保管しているけど、死んだら一緒に棺桶に入れてもらおうとか思ってる。

 そんな生活しながら、今年から現役女子高生始めたり――とか、それ全部あたしじゃん……って誰もわかりやしないノリツッコミは期待してないんだからね!


 簡単に言えば、仕事とプライベートの完全分離。
 文字にすればたったたった14文字のことがなぜできなかったのか。
 いろいろと心当たりはあるんだけど――まあ、とにかく。

 だったら、今からでもできる限り『普通』になろう。
 原画家でグラフィッカーもこなせるクリエイター【天河みすず】の名前を背負って、そのネームバリューを高める一方で、あたしはこれから『普通』の学校生活ってのを送ってみせる!

 あたしはそう心に決めた。

 ……そのためにもやっぱりカレシいない歴=年齢を何とかしないと。
 少しはリア充(たぶん使い方は間違ってない)にならないと。

 早めに、何とかしないと。



 ……
 …………
 ………………



 こうして、今年から女子高生となった【竜門珠希】は二足の草鞋を完璧に履き替える二重生活を選んだ。
 売出し中の新進気鋭クリエイター【天河みすず】の裏の顔は、どこにでもいるような『普通』の女子高生――そんな風なナレーション(CV.水○奈々)を脳内に響かせながら。


 なお、「女子高生のほうが裏なのか?」という疑問は、もはや彼女の耳には届きやしない。



 
 

 
後書き

これにてプロローグは終わりとなります。

なお作者は『星空レ○トラン』は時間が合えば見てます。
大抵その時間は友達と遊んだり涼しいけど煙草臭い18歳未満入っちゃいけない店にいますからね。

別に宮川大輔やゲストが目的なのではなくて、珍しい食材や料理を知ることは珠希のような家事万能キャラを描くのに必要なエピソードを盛り上げるネタになるからです。
使うかどうかは別にしても、ね。


さて、ここから先、第1章以降は基本的に3人称視点となります。
1人称視点のままのほうがいいという方はメッセージなり感想なりに書き込んでください。


……まあ、たぶん希望者はいないでしょうけど。
 
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