皮肉な結末
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4部分:第四章
第四章
情報は徹底的に隠蔽されていた。わかるものは何もなかった。
けれどだ。噂はまた俺の耳に入って来た。
「あの日本からの女優死んだらしいな」
「死んだのか」
「シベリアで強制労働にかけられてな」
「いつものことだな」
「ああ、本当にあそこに送られたらな」
「死ぬしかないからな」
俺はその噂からおおよそ知った。この国に自由なんてない。共産党に逆らえば、ゲーペーウーに睨まれれば終わりだ。そうした国だ。
労働者や農民に人権はない。本当に一切ない。
そして働き方もだ。
「金は貰えるんだからな」
「今日も行くか」
「で、飲むか」
「そうするか」
労働者も農民も働き方は適当だった。ただ金を貰えるっていうだけでだった。それで酒を飲んで適当にやっていた。それで作られるものは。
酷いものだった。日本の市場にある品物よりもまだ。しかも少なかった。
日本じゃ金を払えばそれなりのものが欲しいだけ手に入った。けれどソ連じゃ。
碌でもないものがしょっちゅうなくなる。国営市場に言っても本当に何もないことがよくあった。それで列がいつもできて賑やかだった。
そんな国だった。けれど俺はその中で。
妻ができた。気付いたら党の方から紹介されてだった。
結婚して子供ができた。そんな中で馬鹿げた戦争が起こった。今度は誰も彼もが戦争に狩り出された。それこそ女も子供も。
俺は映画の撮影に狩り出された。外国出身ってことで党に信用されなかったらしい。それで映画にばかり出ていた。
その映画は戦争映画ばかりだった。とにかく忙しかった。俺はとりあえず戦争に出ないだけでもいいとは思った。そんな中で四年近く過ごして。
気付けば戦争に勝っていた。けれどソ連はぼろぼろになった。戦死者は洒落にならない数で戦争を仕掛けてきたドイツからモスクワまで完全に焦土になっていた。
そんな中でも勝った。すると今度はこんな噂話を聞いた。
「東欧諸国は全部こっちが乗っ取ったらしいな」
「ああ、俺達と同じく奴隷になるんだな」
「それに日本のインテリがかなりなびいてるらしいな」
「スターリン書記長万歳とか言ってるな」
「そうらしいな」
俺の昔いた国の話だった。それを聞いた。
俺のいた国の知識人達がだ。雪崩を打ってソ連になびいてきていた。何でもスターリン書記長は連中の間じゃ生き神様になったらしい。
その生き神様になびいて。連中は日本をソ連にするつもりらしい。それを聞いて俺は一人呟いた。
家族にも呟きを聞かれる訳にはいかなかった。ソ連じゃ女房が旦那を、子供が親を密告する社会だ。その逆も普通にある。
その一人になって。俺はウォッカを片手に呟いた。誰もいない暗闇の中で。
「なればわかるさ。ソ連って国がな」
こう言った。この国の本質を知っていてもあえて言っているのならそいつは正真正銘の葛だとも思った。自分達が権力を握って好き放題、共産党員みたいにしたい奴等だからだ。
そんなことを呟いてだった。俺は連中を鼻で笑った。そのうち事実がわかると思ってだ。
それは随分長く続いた。連中はソ連に招待されて共産党の連中に貴族ですら食ったことのない御馳走を食わされまくって接待されまくってそれでソ連は最高の国だ天国だと言いまくったのも聞いた。それを聞いて。
俺はまた呟いた。
「連中を騙すのは本当に楽なんだな」
何か奴等はソ連が何をしても強引に言い繕っていたらしい。その頃には俺は共産党の上の方からも聞こえてくる噂を耳にするまでになっていた。
その噂はこんなものだった。
「日本のインテリは簡単に篭絡できるな」
「全くだ。奴等は金と権力に弱い」
「ちょっとそういうものを見せればすぐに我々になびいてくれる」
「我々が何をしても擁護してくれる」
「奴等は卑しくて愚かだ」
こう言っていた。
「あの連中を使って日本を乗っ取るか若しくは」
「混乱させて動きを止めるか」
「そうしていけばいいな」
こうした話を聞いた。それでだ。
俺はふとこう思った。
「日本人に教えるか」
実際にノンポリっぽい外交官と会った時にふと漏らしてやった。その外交官は深刻な顔で頷いていた。けれどだ。
学者共は変わらずにソ連を絶賛していた。それを見てだ。
俺はだ。今度はこう思った。
「わからない奴はとことんまでわからないな」
それか、だった。若しくは。
「わからないふりをしてるのかもな」
内心下種な望みを持っていてだ。そうなのだろうとも思った。その頃ソ連は。
今度はアフガンに攻め込んだ。最初は勝つと思った。実際にだ。
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