傾奇
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7部分:第七章
第七章
「その責は取ってもらうぞ。よいな」
「はい、それでは」
「慎んで」
こうしてだ。二人は信長に騒ぎを起こした責を取らされた。それはだ。
前田は己の屋敷にいた。その責はというと。
「謹慎ですか」
「数日の間のう」
前田は己の部屋の中でだ。胡坐をかいてまつに答える。
「この屋敷から出るなということじゃ」
「ではお城への出仕も」
「無論ならんとのことじゃ」
こうだ。信長に言い渡されたというのだ。
「そう殿に告げられた」
「左様ですか。しかしそれは」
「軽い処罰じゃ。殿にしてはな」
信長の賞罰は厳しいことで知られている。悪事を犯した者には容赦がない。
それを考えればだ。今はというのだ。
「やはり悪者を成敗したことを考慮されてくれたのじゃ」
「それは事実だからですね」
「店を壊したことがまずかった」
自分でもわかっている前田だった。
「弁償もさせられることになった」
「当然ですね。ただ」
「ただ。何じゃ」
「あなたも慶次殿も」
どうかとだ。まつは微笑んで夫に述べた。
「頑固ですね」
「ははは、頑固か」
「そうですよ。ただ傾くだけでなく」
「傾き通るからじゃな」
「まことに頑固です。何処までも意地を張られるのですね」
「傾くのなら中途半端では駄目じゃ」
それはだ。何としてもだというのだ。
「だからじゃ。わしはわしの考えは貫く」
「意地はですね」
「そうする。それはあ奴も同じじゃな」
「そうでしょうね。では」
「うむ。これが終わればじゃ」
謹慎がだ。それが終わればだというのだ。
「少し遠出に出るか」
「御一人とですか?」
「あのふべん者を誘うとしよう」
そのふべん者とやらが誰かはもう言うまでもなかった。
「ではじゃ。それではのう」
「やれわれ。今度は殿を怒らせないようにして下さいね」
「そうじゃのう。今度は謹慎どころか拳が飛んできかねないからのう」
笑ってまつに言う前田だった。そうしてだ。
二人に謹慎を命じた信長はだ。己の座からだ。
重臣である柴田勝家、見るからに厳しい髭だらけの顔の彼にだ。こう言うのだった。
「又左も慶次もじゃ」
「ああした風でなければですか」
「そうじゃ。つまらぬ」
そうだというのだ。
「多少以上に頑固でじゃ」
「やんちゃでなければですか」
「あ奴等ではないわ。だからいいのじゃ」
「では殿はあの者達は」
「嫌いではないぞ」
にやりと笑ってだ。信長は柴田に答えた。
「むしろ傾け。傾かねば面白くとも何ともないわ」
「やれやれですな。それがしにとっては」
「権六、逆に御主はじゃ」
「堅物でなければそれがしではないと」
「その通りじゃ。人それぞれじゃ」
信長は柴田にもだ。笑みで言うのだった。
「それぞれの持っているものがありじゃ」
「そこを進むからこそですか」
「人は面白いのじゃ。ではわしもじゃ」
「殿もこれまで通りですな」
「傾いていくわ。そうしていくぞ」
「そこは幼い頃から変わりませんな」
柴田は少し呆れた顔になった。だがそれと共にだ。
彼もまた笑みを見せてだ。こう言うのであった。
「しかし殿らしいですな」
「だからじゃ。傾いていくぞ」
「ではわしは堅物を通します」
「それがわしの意地じゃ」
そうなるとだ。信長は言いだ。柴田に二人が謹慎が解けたことを伝えよと命じた。そしてそれからすぐにだった。二人に拳を振るうことになった。
傾奇 完
2012・3・30
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