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desert cats' counter

作者:zrid
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プロローグ

降り頻る雨の中、何故この日を選んでしまったのだろうと後悔する自分がいた。

僕の名前は神ヶ岳来夜。

「にゃあ……」

聞き慣れた甘えた声とは違う、自身の運命を悟ったような、そんな声であった。
顔を上げ周囲を見やれば、静かな公園が広がっている。

こんな時間にもなると人影は全く見えない。

街灯に照らされた地面だけが点々と散らばり、ただでさえ見通しの悪い並木道は気味が悪いほどだ。

早く家に帰りたいのだが、段ボールが僕の手を離さない。

何日も悩んで出した結果だ。

その場にしゃがみ、段ボールを置いた。

訴えるようにに見つめるその瞳は確かに僕のだった猫だ。

さよなら、と言おうとした。言ったかもしれない。

その時の僕には喉が詰まって声にするのは難しかったはずだ。






来夜……
なんで遠くへ行っちゃうの……

怖いよ…
こんなところで一人にしないで……

きっと帰ってくるんだよね?そうだよね?

――――

ねぇ、寒いよ……

雨も風も嫌い……

もう、何時間も経ってるよ?

どうして……

――――

太陽……

雨雲のせいで全然暖かくない……

僕…このまま死んじゃうのかな……

――――

まだ死にたくない……

ルナミアに会いたい……

悔しい……

――――

気付いてたよ、来夜……

最近様子がおかしかったもん……

僕、捨てられたんだよね……

――――

お腹すいたな……

誰か拾ってくれないかな……

でも……

――――

死にたくない……

助けて……

「嫌だね。」

えっ?




「ここに来て三日、もうわかっただろう。お前みたいな奴を誰が助けると思う。」

声をかけてきたのはくすんだ黒い毛をした猫であった。耳と尻尾にある切り傷と目付きの悪さに身がすくんでしまう。

「何か話せないのか?だらしのないやつだ。」

「え、あの、喋れます……」

「そんなことは知っている。…はあ、人に飼われ、自分の言葉を失ったか……」

「そんなこと……」

ない、とは言えなかった。彼が何を言っているのか、何を意図して言ったのか、分からなかったからだ。

「……ふん。まぁいい。ほら、食べろ。」

渡されたのは魚肉ソーセージだった。久々に嗅いだ美味しそうな匂い。限界に近かった空腹には苦痛でしかない。

「食わないと死ぬ。」

本当は食べたいのだが、なぜか躊躇われる。わいてくる食欲とは裏腹に手は一向に動こうとしない。

「要らんか。」

といって下げようとする手を止めるときは今までに無いくらい早く動くのに。

「……わからないやつだ。」

日中だと言うことを忘れてしまうくらい厚い雲に覆われた空は、二人をただ見つめていた。絶えず漂う空気に逆らうことなく時は流れる。

「お前は本当に生きたいのか?」

生きたいに、きまってる。

「いや、言わなくていい。」

言おうとしたのに遮られた。彼の考えていくことについていけないのが少し悔しかった。

「そうだな……一週間、俺に付いてこい。そうしたら本物の魚を食わせてやろう。」

唐突過ぎてさっきまで何をすべきなのか考えていた自分が惨めだった。

「とりあえずここで死なれたら色々不都合だ。まず食え。」

無言で頷き、手を伸ばす。さっきよりは比較的動きやすかった。
来夜にも何度か食べさせてもらったことがあったなぁと思いながら、夢中になってかぶりついていた。
悲しいのか、嬉しいのか、自分の気持ちの整理はつかないままに涙を流していた。
ただわかることは、よっぽどお腹が空いていたんだということだけだった。

「まずは体力が低下してるだろうから、暖をとるか。いつまでも段ボールじゃ寒いだろう。」

そういって爪で段ボールを破り、出やすいようにしてくれた。今気づいたことはその爪の鋭さだった。
素直に頷いて段ボールの外へ出た。

「行こうか。俺達の根城へ。」

俺達。そう言ったのは気になったが、考える暇もなく早足で歩き始められてしまい、付いていくのに必死だった。

「そういえば名前を聞いていなかったな。」

草をかき分けながら進みつつ、そんなことを聞いてきた。

「俺の名前はグリードだ。野良猫として生きてる。」

「えっと、僕は、アルマ、です……」

「それは飼い主に付けられた名前か?」

「そうですけど……」

今まで軽快に足を運んでいたグリードは急に立ち止まった。

「もし、飼い主に恨みがあるのなら、その名前は名乗らない方がいい。少なくとも俺と共に行動するときはな。」

「恨みは……ない……きっと、捨てられたのには理由があるはず……だから……」

「……そうか。」

そっけない返事をして、またすぐに歩き出してしまった。
しばらく同じ景色が続き、もう戻れない不安と闘いながらグリードの背中を追うしかなかった。
次にグリードが口を開いたのは大木の前だった。

「ここだ。」

そこは今まで歩いてきた道無き道ではなく、かなり広い空間があった。

「ここで毎日6時に会合を開くことになっている。」

「誰と?」

「私たちとっ!」

急に飛び出してきたのは美しい女性だった。身長は自分と同じぐらいなのに、どこか大人びていた。

「なになに?新入りの子?どこ出身?」

「まだ入っていない。また後で説明するから、定例会まで待て。」

「はぁーい……」

彼女はグリードが一切目を合わせてくれないからか、少しすねたように去っていった。

「ここに入れ。温泉だ。」

すぐ横に流れていた川の近くに小さな囲いがあった。湯気が出ていたのでかなり温かそうだ。

「心配するな。体を拭くものはある。」

そうではなく茶色く濁っているのが嫌だったのだが、贅沢言ってもいられない。
湧き出た水は予想以上に熱く、完全に浸かるまで時間がかかる。

少し肌が慣れてきたところでグリードも入ってきた。

何か言うのではないかと思って待っていたのだが、一向に話し出す気配がない。
何故あなたは僕を助けたんですか?
そう聞けばよかったかもしれないと、今になって思う。

「傷、染みないんですか?」

睨むでも呆れるでもなく、ただ前を見据え、大丈夫だ、と一言。

お互いを正面に見ることなく時間は過ぎ、凍りつきそうだった僕の体は徐々に昨日を取り戻していった。

グリードは温泉から上がり、全身を震わせて水飛沫を飛ばす。そして、なぜか草むらに戻ってしまった。

慌てて追いかけると、そこには何かの実がなっていた。

「吸水性の高い実だ。使え。」

きっとこれがさっき言っていた体を拭くものだろう。
タオルほど感触は柔らかくないものの、軽く残った水気を無くすには十分だった。

「俺はこれから狩りに出る。付いてくるもよし、ここで待つもよし。日が沈むまでには戻る。」

僕の頭の中に付いていかないという選択肢は無かった。それを見透かした上で言っているのも分かった。
グリードは何かに迷っているのだろう。
口数の少ない彼だからこそ何の変哲もない言葉にも重みがある。
言い方の問題かもしれないが。

「あまり前に出るな。」

そんなに危険な狩りなのか?
そもそも狩りなど初めての僕にとってこれから何が起こるのか、全く想像もつかない。

「また会ったね。」

いつの間にか背後にあの女性がいた。

「うちのボス変わってるでしょ?あんまり真に受けない方がいいよ?」

ボスは多分グリードの事だ。

「あたしみたいに適当に生きたほうが楽。本気で付いていくなら覚悟がないと。」

何を覚悟するのかは分からなかったが、自分が変わらなければいけないのは分かった。

「あたしはフルーメル。」
フルーメルさんは、絶対に僕なんかが手の届く存在じゃなかった。

「よろしく。」

その笑顔にルナミアを重ねてしまう。
あの子は今何処にいるんだろう。

「行くぞ。」

そう呟くと同時に辺りから五、六匹の猫が現れ、グリード、フルーメルと共に走り出した。

一瞬体が固まり、次に追いかけなければいけないと思った。しかし、先程の言葉がまた僕の足を固くした。

視界は悪く、ここからではほとんど何も見えない。
水の飛沫く音だけが今起きている状況を知る手掛かりだった。

ものの3分でその音は止み、彼らは帰ってきた。口に血にまみれた魚をくわえながら。

グリードは無言で横を通り過ぎる。

僕にはやはり付いていくしか能がなかった。









「こいつは捨て猫だ。」

大木の前には様々な色をした猫たちが集まっていた。

「なぜ捨て猫がここにいる?」

少し強面のおじさまが発言をした。

「俺が気に入ったからだ。まだ捨て猫の団体には入っていなかったようだからな。」

「貴様はまた独断で……親父とは似ても似つかんわ……」

「古株があまり口出しをするな。」

仲は良くないようだった。
「とにかくだ、しばらくこいつは一緒に行動することになる。」

「名前は何て言うの?」

フルーメルはにこやかに聞いた。彼女は悩みなど無いのだろうか。

「どうした、自己紹介くらい自分でやれ。」

それもそうだった。前に立って何も言わないのはおかしい。

「ぼ、僕の名前は……」

グリードに言われたことを思い出す。

沈黙は元からの緊張をさらに悪化させた。

「アルマです……」

そういうしか、無かった。
後悔はしていない。来夜に恨みはないし、この名前は気に入っている。

グリードは特に反応することなく前を向いていた。

「アルマくんかぁ!よろしく!」

歓迎してくれているのはフルーメルだけのように見えた。





七日後。

「行くぞ」

グリードの合図は毎日変わることはなかった。
僕がそれに付いていけるようになったのはつい昨日のことだった。
手際よく魚を追い詰めていく彼らに混じって、足手まといをする。やっとのことで狩り場に出ても僕はその程度のようだ。

水から上がり、水滴を振り飛ばす。

「帰るぞ」

この声も変わらない。
それが少し気掛かりだった。
僕の記憶が正しければ今日は約束の日のはずだ。なのにグリードは何も言わない。それに、まだ本物の魚を食べていない。自分で取った、本物。

「今日もダメだったねぇ」

フルーメルはいつも励ましてくれる。そのせいで彼女が孤立してないかと不安になる。

「まぁ、明日も頑張んなさい!」

そうか、グリード以外は約束知らないんだな…
生返事を返しながらそう思った。

魚はいつも通りグリードに分けてもらい、お腹を満たした。

一班の軽いミーティングが終わると、それぞれの寝床へ散り散りに歩いていく。
僕だけがグリードに付いていった。

彼は何も言わなかった。
でも、いつもの帰り道とは違う気がした。
あぁ、きっとお別れなんだ。これからどうすればいいのだろう。

星も月も無い空はただ雲で埋め尽くされていた。

やっと明かりが見えたと思えば、街灯だった。僕が捨てられたあの場所に連れられていたことに今気づいた。

「すまんな」

第一声、予想もしなかった言葉が飛んできた。

「お前に魚を捕まえさせられなかった」

「そんな、いいですよ、下手くそな僕が悪いんです」

「しかし、約束を守れなかったのは俺だ」

彼にあのときのような威圧感がなかった。僕が慣れてしまっただけかもしれない。

「お前はこれからどうするつもりだ?」

「え?」

わかっているのに、聞き返してしまう。

「俺たちについていくのか、一人で生きていくのか。」

わからなかった。そもそも、なぜ一緒にいるのかすらわからなくなった。

その時、意外なものが目に映った。


ルナミア。


唖然とした。美しいモノトーンのグラデーションは暗闇ではあまり見えなかったが、僕には確かにいることが分かった。

僕の反応を見て、グリードも振り返る。
そしてなぜか、ルナミアへ近づこうとする。

理由はわからない。グリードを止める理由もわからない。ただ、付いていく。

ルナミアがこちらに気付いた。グリードにおびえているようだった。僕の顔は見えているはずなのに、安心した顔は見せてくれなかった。

グリードが挨拶する。

「なんで、そんなのと一緒に…」

そう聞こえた。

逃げていくルナミアを追いかけることはできなかった。

「……これだから飼い猫は嫌いだ」

「グリードがいるから……」

「ん?」

「グリードがいるから逃げ出したんだろう!そんな、そんな怖い顔してるから!」

「お前……」

なぜ、いま、怒っているのか。

「僕一人なら、笑いかけてくれるのに!あんな辛そうな顔、初めて見たよ!」

八つ当たりだった。嫌われたと思って、全部グリードのせいにしたかった。

何がしたいのかわからなかった。

でも、わからないなりにしたいことはある。

ルナミアと一緒にいたい。

その欲望に忠実になった。

「そうか」

「もうどっかいけよ。グリードに頼らなくたって……」

「なぜ、今すぐルナミアを追いかけない」

「……早く行けよ!」

「わかった」

グリードの威圧感は以前のものに戻っていた。 
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