傾奇
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5部分:第五章
第五章
「御主等程度の小者。刀も槍も使う必要はないわ」
「何っ、手前言わせておけば」
「俺達を何だと思ってやがる」
「言葉はもういいわ」
前田はゴロツキ達にこれ以上は言わせなかった。そうしてだ。
彼等を見据えてだ。こう言ったのである。
「その娘から手を放せ。さもなくばだ」
「うるせえ!俺達を馬鹿にしたことな」
「後悔してやるぜ!」
こう言ってだ。彼等は刃を抜いて前田に襲い掛かった。しかしだ。
前田は織田家においてその武勇で知られた男だ。槍の又左とも言われている。
だが今は槍は使わなかった。素手でだ。
刃を振るってきたゴロツキを殴り蹴飛ばしぶん投げた。そうして忽ちのうちにのしてしまったのである。
だがここでゴロツキの一人を傍の店にぶつけて店を壊してしまった。そこに番所の足軽達が来てだ。たまたま都に来ていた信長の耳に入ってしまった。
慶次も慶次でだ。その僧侶と茶の勝負を続けていた。その中でだ。
僧侶はだ。茶室の中で難しい顔をしてだ。こう彼に言った。
「むう、これは」
「何処の茶ですかな」
「大和ですな」
そこの茶だとだ。僧侶は慶次に述べたのである。
「大和の。斑鳩の辺りでしょうか」
「あそこも最近茶をはじめましたからな」
「はい、そこの茶でしょうか」
「いや、わしは違うと思いますぞ」
その巨大な手に小さな茶碗を持ってだ。慶次はその緑の茶を飲みながら述べた。
「この茶は近江ですな」
「近江の茶だというのですか」
「そうです。近江の長浜の茶です」
「いえ、これは斑鳩でしょう」
むっとしてだ。僧侶は慶次に言い返した。
「拙僧は斑鳩の茶も飲んでおります。ですから」
「間違えられぬというのですか」
「左様、そして長浜の茶も知っております」
だからだ。間違える筈がないというのだ。
「これは間違いなくです」
「では。どうでござろうか」
慶次は二人と共にいる茶人、審判役の彼に問うた。どちらなのかをだ。
「この茶はどちらでしょうか」
「はい、長浜のものです」
茶人は微笑んでこう答えた。
「近江の長浜の茶です」
「何と、そうでござったか」
僧侶は茶人の判定を聞きだ。目を瞠って述べた。
「これは長浜の茶でござったか」
「左様です。慶次殿の仰る通りです」
「ううむ、拙僧が誤るとは」
僧侶はまずは己の不明を恥じた。そうしてだ。
そのうえで慶次を見てだ。感嘆する顔でこう言うのだった。
「いや、慶次殿これはです」
「わしの勝ちですな」
「御見事です」
深々とだ。正座で一礼して慶次に対して述べた。
「拙僧の負けでございます」
「いやいや、それではです」
「それでは?」
「茶は終わりましたし」
茶の勝負はこれでいいとしてだ。慶次はその僧侶に対して述べた。ついでに茶人にも。
「どうでござろうか。今度は酒利きをしませぬか」
「何と、酒」
「酒でございますか」
「般若湯でございます」
僧侶のことを考えてだ。慶次は笑って酒の寺での表現を使ってみせた。
「それの利きでもしませぬか」
「おお、今度はそれですか」
「酒、いや般若湯でございますか」
「はい、今から」
二人が乗ってきたのを見てだ。慶次もさらに言った。こうしてだ。
彼等は茶の次は酒利きと称してだ。店に行きどんちゃん騒ぎを行った。だが僧侶と茶人が前後不覚になり酔って暴れてだ。彼等も番所の足軽達の世話になり信長に知られた。
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