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戦国異伝

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第二百十二話 死装束その十五

「そのお心をです」
「天下にお見せする」
「そうした宴です」
「ですから」
「氏真殿もお楽しみを」
「勿論でおじゃる」 
 氏真は笑って答えるのだった、そして。
 そのうえでだ、旗本達にこう言うのだった。
「竹千代殿のあのお心は天下の宝でおじゃる」
「氏真殿もそう思われますな」
「流石殿をよくご存知です」
「ほっほっほ、幼い頃から共にいるでおじゃる」
 家康が駿府で人質になっていた頃からだ、氏真は彼と親しく付き合ってきた。それだけによく知っているのである。
「知らぬ筈がないでおじゃる」
「殿の宴は氏真殿好みではないと思いますが」
「料理については」
「最初は驚いたでおじゃる」
 歯黒の口を開いての言葉だ、その眉と化粧といいまさに公家の顔だ。
「幾ら何でもこれはないと」
「ははは、確かに」
「他の家の馳走とはですな」
「殿の馳走は違います」
「それも全く」
「目を剥いたでおじゃる」
 そうもなったというのだ。
「今川でも都の料理を考えて」
「山海の珍味を揃え」
「美酒も置かれていましたな」
「今川家は豊かでおじゃったからな」 
 百万石、実質百十万石だった。これだけの力があれば豊かでない筈がない。
「それに相応しい宴であったでおじゃる」
「しかし殿の宴はです」
「確かに前は五十万石程度でして」
「力はありませぬが」
「それでもです」
「今は、でおじゃるな」
 今の徳川家はとだ、氏真も言う。
「その今川家の全てを受け継いだ」
「はい、百六十万石です」
「百六十万石となりました」
「石高では織田殿とは流石に比べられませんが」
 織田家はまた別格だ、やはり天下を治める家のそれは違う。六百万石もの石高は他の家を全く寄せ付けない。
 だが、だ。徳川家もというのだ。今のこの家は。
「天下で第二です」
「百六十万石ともなれば」
「どの家にも引けを取りませぬ」
「まさに天下第二の家です」
「そうなりました」
「そうでおじゃるな、しかし」 
 それでもというのだ。
「竹千代殿はそれでもでおじゃる」
「殿は殿です」
「あくまで質素です」
「贅沢は好まれません」
「民のことを考えられ」
 それで税も軽いのだ、ただ政をするだけでなく民のことを考え税を軽くし彼等を苦しめまいとしているのだ。
「贅沢もされませぬ」
「居城も駿府城となりましたが」
「無駄な建築もされず」
「着ておられる服も質素です」
「お住まいもです」
「実に質素です」
「うむ、しかしその質素の中にあるものをな」
 氏真もわかっていて言う。
「天下にお見せするのじゃな」
「では氏真殿も」
「共に」
「安土に参ろうぞ。それに父上じゃが」
 義元、既に出家している彼のことも話された。
「お元気じゃった」
「おお、それは何より」
「お元気ですか」
「仏門に戻られ学問に励んでおられるとのことですが」
「お元気ですか」
「そうなのですか」
 徳川の旗本達もその話を聞いて喜んだ。
「ではあの方もですな」
「ご心配は無用ですな」
「そうであった、麿もほっとした」
 父の元気を確認してだ。
「これで都に上がったかいがあった」
「ですか、よく都に来られてますが」
「お父上とも会われていますか」
「そして公卿の方々とも会われ」
「蹴鞠と和歌も楽しまれていますか」
「茶道も好きでおじゃる」
 こちらもなのだ、とかく氏真はそうしたことに造詣が深いのだ。
「もっとももうでおじゃる」
「石高等はですか」
「これ以上は」
「竹千代殿から五千石頂いているでおじゃる」
 それで家を保たせられているのだ、今の氏真は言うならば徳川家の客分もっと言えば居候である。それで気楽なところもあるのだ。
「これで充分でおじゃるよ」
「ですか、では」
「このまま」
「天下の泰平を願っているでおじゃる」
 こう言って笑うだけであった、氏真は何の野心もなく悠々自適なものだった。


第二百十二話   完


                       2015・1・4 
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