ローゼンリッター回想録 ~血塗られた薔薇と青春~
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第3章 しばしの休息 ハイネセン第33中央軍病院
私は9月2日にハイネセンに帰還した。
3回以上もの手術を経てやっとの帰還であった。
その後長期休養の必要ありとされ、ハイネセン第33中央軍病院に入院となった。
そして、その間無所属というわけにもいかないのでハイネセン駐留の第1艦隊第23特別陸戦隊所属となった。
ただただ、真っ白なシーツの上で過ごす毎日。
退屈以外の何物でもなかった。
その間、私は同盟・帝国両軍から発表された「ヘンシェル星系攻防戦」についての情報誌を見ていた。
それによれば、戦闘終結間近に起こった大爆発は帝国軍によるゼッフル粒子散布によるもので、帝国軍接近を受けて砲撃を開始した連隊砲兵隊周辺で大爆発が起き、風に乗って連発的に爆発を起こしたものであった。
これにより、連隊長のレスラー・メッケル大佐(戦死後2階級特進で少将)以下連隊の主要幕僚は全員が戦死したため、終盤での組織抵抗ができたはずもなかった。
また、私の所属していた第1小隊は隊員35名のうち生き残ったのはレナ少尉(戦闘後、昇進)以下7名だけであった。ニコール・コリンズ3等衛生特技下士官(伍長 戦闘終結後、昇進)の第3衛生分遣隊に至っては生存者は彼女を含めてたったの2名であった。
どの部隊もこのありさまで、私と同期修了でこの地区に配置された45名のうち生存者は9名だけ。45名のうち33名は駐留艦隊に配属されていたが、駐留艦隊も我々の援軍に向かう途中で何倍という帝国軍の遠征艦隊を相手に戦い消耗していたようだ。ヘンシェル宙域Dブロックというカーラ=テーベ衛星群に近いところまで援軍は来ていたが、途中で帝国軍の2個艦隊に阻まれたようだ。そんななかでも、同盟軍は善戦したといっていいだろう。結果として無数の戦功を立てた。たとえば
第224巡洋艦群の指揮下にあったオリオン星系区駐留艦隊の第115巡洋艦隊の指揮官ルッセル・ケラー中佐は数の不利を補うために直接敵の空母打撃群に強襲をかけこれを全滅させ、一進一退の消耗戦の突破口を開いたりした。本宙域の交戦全期においてこの上なくよく戦ったのは駆逐艦群と小型戦闘艇空戦隊であろう。第14駆逐艦群の指揮官で生粋の駆逐艦乗りであるのアラン・マスカーニ大佐は駆逐艦の高速を生かしてミサイル艇部隊とともに敵の戦艦群の空間に割って入り近接距離からミサイルやレーザー砲をエンジン部分などに掃射して、実に1000隻近い戦艦を戦闘不可能または撃沈した。この第14駆逐艦群では駆逐艦「スレイマン」の艦長エリー・ファゴット少佐、駆逐艦「コビー7号」の艦長マックス・ヘンドリックス少佐、駆逐艦「アデレード」の艦長ジェームズ・ジャスパー少佐、駆逐艦「シュペンダール」の艦長ニルソン少佐(のちのヤン艦隊旗艦戦艦 ユリシーズ艦長)、ミサイル艇「M-122ミサイル艇」の艇長エリス・ヒューズ大尉、ミサイル艇「M198 ミサイル艇」の艇長メリー・ウォーレン大尉などのいわゆる「エース」と呼ばれる敵艦を10隻以上単独で撃沈した艦の艦・艇長が誕生した。この宙域の戦いだけで。アラン・マスカーニ大佐自身の乗る駆逐艦「オデッセイ」の艦長マリノ少佐(のち同盟軍・イゼルローン革命軍准将 ヤン艦隊の分艦隊指揮官)は本宙域の戦いで戦艦7隻を含む21隻を撃沈し、同盟軍駆逐艦艦長エースの歴代25位113隻を合計で撃沈したことになった。
また、空戦隊ではオリオン星系からの増援部隊である第44打撃空母群とたまたまカーラ=テーベ2-2補給基地にいた第90護衛空母群で特別編成された第134任務空戦団(第44打撃空母群の44と第90護衛空母群の90を足したことから)が編成され、この任務空戦団の指揮官であった、ケルン・ウォーリック中佐は士官学校卒業者の中で4位の97機を撃墜したエースパイロットで彼もアラン大佐同様に空戦隊を敵の戦艦・巡洋艦群の空間に侵入させ、近距離からの攻撃により敵の戦力をそぐ作戦に出た。
任務空戦団はこのほかにも、敵の空母打撃群のワルキューレ空戦隊との空中戦で敵の約6割をドッグファイトの末撃墜し、その後のヘンシェル星系区奪還作戦における制宙権の確保で損害を大きく減らせたとしている(降下部隊は降下しているときが小型戦闘艇に一番やられやすいことから)。また、私の友人である第14駆逐艦群のリスナー・ウィリスは戦場昇進を重ね、結果伍長に正規昇進した。また、敵の駆逐艦を正確な射撃で撃沈に貢献するなど戦功を立てて、第1・2級戦功勲章、第1級勲功章を授与されていた。生存した同期修了者は全員が伍長以上に昇進し、勲章を授与されていた。
私はというと、9月5日付を持って正式に軍曹に昇進し同時に「ハイネセン同盟軍統合士官学校」に入校が決定した。これは異例中の異例で第3学年からの入校ということになった。通常下士官から士官になるには「幹部候補生養成所」を出るか、「選抜下士官士官候補生課程」を経るかのいずれだが、私は当時17歳でいずれも19歳以上が対象で17歳で士官への道は士官学校しかなかったのだ。
これは、ケン中佐(戦闘終結後、昇進)や、第1艦隊司令官のクブルスリー中将などの中・高級士官の方々が推薦したことであった。
また、私には第1・2級殊勲勲章、第1・2級勲功章、第1級戦功勲章、名誉負傷勲章、ヘンシェル星系攻防戦従軍章そして、同盟軍の勲章で第2位の殊勲十字勲章が授与された。
この勲章は、叔父のケーニッヒ准将も受章していたものであった。
同盟軍の発表によれば本戦闘は、苦戦に陥ったものの一応の勝利を収めたと記述されており、帝国軍は目的を達しえなかったが、同盟に大打撃を与えたと書かれていた。
どちらの記事もあってはいるが、この同盟の発表には心底あきれた。あきれるしかなかった。
何が、一応の勝利だ…
あんな辺境で、はらわたを裂かれ、焼き殺され、宇宙の塵や土の栄養になってしまった兵士たちはこんな腐った発表を聞いたらどう思うだろうか?死んでも死にきれないであろう。
ケイン中将やレスラー少将、ロイ予備役中佐(戦死後2階級特進)そしてまだたったの16歳であったウィリアム兵長(戦死後2階級特進)は・・・
と思うと涙があふれてきた。
そこから1週間はほぼうつ状態になっていた。
・・・・・・
入院から1か月後ちょっとした外出なら構わないということを医者から言われて(勲章授与式の時は何も言われなかったのに)私はあるところへ向かった。
「ハイネセン同盟軍戦没将兵墓地」である。
ここには叔父のケーニッヒ准将やケイン中将の墓がある。
ここに来るときは軍人は必ず第1種礼装で来ることが義務付けられており、私は白い第1種礼装に軍曹の階級章をつけ、今までに授与されてきた10個の勲章を胸につけ、下士官用の短剣を吊り下げてそこへ向かった。
胸部が少し痛むが、何とかなりそうであった。
まず向かったのはロイ予備役中佐の墓。
ただの白い石板の上に
「ロイ予備役中佐
ヘンシェル攻防戦にて戦死
殊勲十字勲章受章
宇宙歴789年 7月18日」
そこには多くの花束が添えられており、彼の人望の厚さがうかがえる。
私は、花束を置き、敬礼をしてその場を去った。
その次は第1小隊の戦死者のところへ向かった。
すると、第2分隊の戦死者の墓のところに20個以上の勲章をつけた一人の准尉が立っていた。
それは、「おやじ」であった。
おやじはあのゼッフル粒子爆発に巻き込まれて、大やけどを負ったが運よく生き残って救出された。
第2分隊は連隊砲兵隊の防御を担っていたために爆発に巻き込まれて分隊員10名のうち実に7名を失った。
おやじは今回の戦闘で責任をとって退役するといったが、軍上層部はその申し出を黙殺。逆に2階級も昇進させた上にいきなり5つもの勲章を授与した。
その時のおやじの背中は小さくしぼんでおり、あのユーモアセンスにあふれ、豪快なおやじの原型は1ミリもとどめていなかった。
私は第1小隊の戦死者とおやじに敬礼し、その場を去った。
ケイン中将の墓は将官墓地地区にあった。
私は、そこへ向かった。
そこには先客が1名いた。
レナ少尉である。
レナ少尉は私を見るなり、一言も言葉を交わさずに敬礼してその場を立ち去った。
彼女はケイン中将の愛弟子ともいえる陸戦士官であったから、なおさらのことであろう。
ケイン中将の墓に向かって
「中将。
あなたのおかげで、生きて帰ることができました。
感謝いたします。」
と言っているうちに、涙がぼろぼろこぼれてきた。
拭ってもぬぐっても涙は止まらなかった。
もうそこにいることは耐えられなかった。
私は敬礼をし、墓地から立ち去った。
帰り道私はおそらく死人の顔をしていたであろう。
そのまま、病室に帰るなり私のベッドの横に座ったダンディーな少佐に出くわした。
ローゼンリッター連隊 第1中隊 中隊長 ワルター・フォン・シェーンコップ少佐であった。
・・・・・
少佐は私がまだ、ヘンシェルで入院していたころ訪ねてきて。
一言だけ言って帰って行った
「うち(ローゼンリッター)に来ないか?」
だけだったが、私は敬礼をする間もなく彼はあの悪魔のような美形の笑顔で帰って行った。
・・・・・
少佐は
「元気だったか、ヘンシェルの英雄君」
私は巷でそのように呼ばれていたがこれが大っ嫌いであった。
私は
「はっ。おかげさまで何とか。このように無事でございます。」
私は敬礼を返した。
そのときは人生で3番目に緊張した瞬間であった。
2番目はあのブリュンヒルト内での白兵戦で「奴」と戦ったとき
1番目は…今は言わないでおこう。
この人生3番目の緊張の理由は明白であった。
なんたってあのローゼンリッターでも1位2位を争う白兵戦の名手が私に直接会いに来たのだから。
「あの、少佐何か小官に御用でございましょうか?」
少佐は
「ふん、わかりきったことを聞くやつだ。
貴官は頭は悪い奴ではないはずだ、わかっているよな。」
当然わかっているに決まっていた
「あの事でございますか?
ローゼンリッター連隊の…!」
といった瞬間に少佐のポケットに入っていた左手からコンバットナイフが飛んできた!!
私は瞬時によけようとしたが、体力が落ちていたためによろけてしまった。
が、うまくよけきった。
「合格だ。
この至近距離から、しかも貴官の今の体力でよけきったのは大したものだ。
明日、第8艦隊司令部のローゼンリッター連隊本部に来い。
貴官が少尉任官した後、うちに配属するための手続きだ。」
・・・・・・・・・。
もはや、恐怖と頭の中の混沌以外の何物でもなかった。
すると少佐は
「これはローゼンリッターで使っている訓練という名の実戦でのナイフだ。
貴官にこれをやる。
大事に使えよ。」
と言って投げ飛ばしたコンバットナイフを抜き、鞘におさめて私に手渡した。
そのつかには
「エーリッヒ・フォン・シュナイダー 宇宙歴791年 ローゼンリッター連隊入隊」
と書かれており、裏にはローゼンリッターの部隊章がついていた。
すると少佐は
私の肩をたたき
「明日待ってるから、必ず来い。
もう過去のことは忘れろ。
前を向け。そして、戦い続けろ。
立って、生きて、戦って、生きろ。
シュナイダー少尉」
と言って、私の病室を出て行った。
そのまま、まじまじとコンバットナイフを見つめた。
まさに夢が現実になった瞬間であった。
自分がローゼンリッター連隊に入隊。ついこの前までは夢のまた夢であった。
そして、たった今現実になったのであった。
そして、私は次の日第8艦隊ローゼンリッター連隊本部へ出向した。
宇宙歴789年 11月1日のことである。
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