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悪徳

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3部分:第三章


第三章

「急にな」
「よし、それではだ」
「天国だな」
 応えるその声にも邪なものが含まれてきていた。
「そうするか」
「では他の競争相手にもだな」
「マレンチーノ枢機卿にも使うか」
「ああ、あの枢機卿は若いし能力もある」
「しかも野心家だ。法皇の座も狙っているしな」
「完全に我々の敵だ」
 政敵というわけであった。
「だからだ。彼にもだ」
「天国だな」
「その通りだ。しかし彼は用心深い」
「実にな」
 言葉に忌々しげなものが宿る。それはそのマレンチーノ枢機卿に対して向けられたものであった。
「若しそれが失敗したらだ」
「そういえばあの枢機卿はベッドを毎日変えているらしいぞ」
「眠るベッドをか」
「部屋も変えているらしい」
 このことが話されるのだった。
「毎日な。違う部屋だという」
「当然だな」
 それを聞いて闇の中にいる男のうちの一人が納得したように呟いた。
「毎日同じ部屋なら天国に行きやすい」
「だからだ」
「そうだ。だからこそ毎日部屋を変えているな」
「面倒な話だな」
「何、それならそれでやり方がある」
 しかしその一人はすぐにこう言うのであった。その声に邪悪なものが宿っていた。彼もまた、であった。
「それならな」
「剣か?」
「それとも橋が落ちるのか?」
 橋という言葉が出た。
「以前のパルミエーリ伯爵の様に」
「あれは苦労したがな」
 パルミエーリ伯爵というところで出て来た言葉であった。
「事故に見せかけるのはな」
「そうだったな。あの時はまず馬車に工夫をして」
「うむ」
 その時のこともまた語られるのであった。
「車輪が外れ易いようにしてな」
「そのうえで橋が崩れ落ち易いようにした」
 実に周到であるようだ。
「それで落としたからな。だがそのかいがあったな」
「あれは誰も疑わなかった」
「今もな」
 闇の中の声がそれぞれ勝ち誇ったような、それでいて陰惨な、決して表の世界には出ることのない陰湿な感じの声になっていた。
「それと同じだ」
「ではまた橋を落とすか?」
「それとも急に落馬してもらうか?手綱かあぶみを切っておいて」
「いや、あの枢機卿はやはり用心深い」
 このことがあらためて語られるのであった。
「それも無理だ」
「近寄ることは無理か」
「しかしだ」
 だがここで別の方法が語られるのであった。
「城の周りには行ける」
「城か」
「そう。そしてだ」
 また闇の中の声に邪悪で剣呑なものが満ちた。
「その城に火だ」
「火か」
「そうだ。それは自然に起こる」
 あくまでそういうことにしておくのだった。
「自然にな」
「不思議なこともあるものだな」
「全くだ」
 わざととぼけた言葉であった。
「いきなり城が燃えるのか」
「偶然とは恐ろしいものだな」
「全ては神の御意志だ」
 白々しいがわざと言っているから彼等にしろわかっている。
「これもまたな」
「そうだな。全ては神の御意志」
「何もかも」
 他の者達もそれに合わせて白々しい言葉を出した。
「そういうことだな。そういえばあの枢機卿殿は領民には好かれていなかったな」
「ではそこに鼻薬を用意しておくか」
「もう一ついいプレゼントを彼等に贈ろう」
 こうした言葉も出るのだった。
「よい領主をな。これでいい」
「そうだな。若し何かがあろうとも」
「彼等がこっそりとやってくれる」
「そういうことだ。そして」
「まだ何かあるか?」
「邪魔になりそうな方はまだおられるか?」
「宴の用意だ」
 ここで急に話が変わった感じになった。それまでの邪悪な白々しさに満ちたものから急に楽しいものになったのだった。だが何故か宴という言葉にも隠微さが含まれていた。
 
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