ハリー・ポッターと蛇の道を行く騎士
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第十三話 期待はずれの勧誘
本屋に入ろうとしたエメは突然後ろから声を掛けられた。
全く気配を感じなかった事に驚きながら振り返ったエメの目の前には肌は青白く、鼻は無理やり切り込みを入れたように潰れ、切り裂いたように細い赤い瞳をした男が立っていた。
まるで数ヶ月前に動物園で見た蛇を思い出させるような容姿をした男は、エメのことを値踏みするかのような視線で舐め回すように見てくる。
「お前がエメ・アーロンか?」
「そうですが、どちら様ですか?」
相手と同じく、エメも男のことを観察しながら質問する。
印象的な見た目をしているのに、存在が凄く希薄な男の様子に違和感を感じて眉をひそめるエメ。壁や物に話しかけているとは言わないが、生き物に話しかけている気になれないのである。
「俺様はヴォルデモート卿だ」
「へぇ、あなたがあの……」
「少し話しがしたい。ついて来い」
強引な物言いで、人気
ひとけ
の無い場所へ連れられる。
「……で? こんなとこまで連れてきて、あんた一体何がしたい訳?」
「フィースとジャンヌの息子と何でもいいから少し話しがしてみたかった……では駄目かね?」
「はっ、冗談。闇の帝王とまで呼ばれるあなたがそんな下らないことに時間を使うわけ無いでしょうが。用件は何ですか?」
互いに含みを浮かべた笑みを交わす。
本当のところ、聞くまでもないのだ。力の殆どを失っている現状で、ヴォルデモート自らが赴く理由など1つしかない。それは──
「勧誘だよ。お前を俺の配下に加える為に来た。俺様が歴代最強の魔法使いであるとは言わん。今に限っては最弱だと言ってもいいぐらいだ。だが、現存する魔法使いの中で俺が最も最強に近いことは確かな事実だ。そして、アーロンの血はスリザリンと同じ位古い。つまり、お前は俺様と共に戦うに値する血を持っているのだ。俺につくのならそれなりの待遇を約束しよう」
「却下だ。お前には気合いが足りん、力が足りん、志しが足りん、全くもって話にならないな。お前のことに関してはこの数ヶ月でそれなりに調べた。その上での結論だ。出直して来いヴォルデモート、今のお前には俺が従いたいと思う程の魅力が無い」
「なんだと?」
苛立ちを見せるヴォルデモートと静かに睨み合いをするエメ。
やがてヴォルデモートはゆっくりと力を抜き、エメの勧誘を一旦諦めることにした。
「まぁいい、時間はあるから誰につくべきしっかり見極めることだな。よく考えたら自ずと結果は1つしかないと分かる筈だ。
さて、エメ・アーロン。お前はこの後まだ用事はあるのか? 俺様も後しばらくは時間に余裕がある。俺様が直々に手伝ってやるぞ」
「確か杖を買うとか言っていたな。どこに店があるのか分かるのですか?」
「無論。最高の杖が欲しいのならばオリバンダーの店へ行くべきだ。俺様もそこで杖を買った。が、エメ・アーロン、お前は駄目だ」
最高の杖があるのに、その店には行ってはいけないと言うヴォルデモートを不思議そうに見る。
「お前より前のアーロン家の人間が、数人続けてあの店で騒ぎを起こし続けた結果、アーロン家の人間は出禁をくらってしまっている」
「…………」
呆れて物も言えないとはまさにこの事だろう。一体何をやらかして出禁をくらったのか気になるエメだったが、ヴォルデモートに質問したのは別の内容だった。
「その店が駄目ならば、どこの店に買い物に行くのですか?」
「隣の夜の闇横丁
ノクターンよこちょう
にも杖を扱っている店がある。アーロン家とも何度か取引をしている。そこで買うぞ」
「分かりました」
場所が分からないので、ヴォルデモートの案内に従ってついて行く。
夜の闇横丁
ノクターンよこちょう
では闇の呪文に関わる物が多く売られている。そんな怪しい店が立ち並んだ中の1つに、杖を売っている店があった。
主に呪い持ちや、忌避的な材料を使って作られた杖を売っている店だ。当然、こういう類の杖はオリバンダーの店では扱っている訳が無い。
閉店中と書かれた看板が掛かっているにもかかわらず、一見ボロボロに見えるがしっかりとした頑丈な黒い扉を開いて、ヴォルデモートは店内へと押し入る。
後から続けて店に入ったエメが辺りを見回すと、杖以外にもいろいろと怪しげな物がいっぱい置いてあるのを確認した。
「オイ、誰かいないのか!?」
「おやおやおやおや、まあまあまあまあ!!」
ヴォルデモートが呼び出すと、ごちゃごちゃと混雑して物が積み重なっている店の奥から、這いずるような姿勢で物と物の隙間をすり抜けて、継ぎ接ぎだらけの高級マントを纏った小柄な男が出てきた。
男はさっそく視界に入ったヴォルデモートにすり寄ると質問をする。
「ヴォルデモートの旦那じゃございませんか! 一体全体まったくもって、こんなところに何の御用でありますか?」
「こいつの杖を買いに来た。さっさと用意しろ」
「んん? どちら様で? こちらブチコロの杖の家、杖を専門に扱っておりますよ」
「エメ・アーロンです。初めましてブチコロさん、杖を売って欲しいのですが」
「ああ、ああ、ああ、ああ、なる程ね。アーロン家の御方ですか、一番有名なのは腕の骨の1つを杖と取り替えた当主がいたことですね、そういうのはウチの店ぐらいしか挑戦してくれませんからね。じゃあじゃあ、さっそく会いそうな杖を見繕ってきますよ」
驚き、納得して、杖を探し始めたブチコロ。
直ぐに何本かの杖を店の中から引っこ抜いて周り、エメのところに持ってくる。
「ああ、先ずは……どっちが杖腕ですかな?」
「杖腕? ……ああ、利き腕のことか。それなら両利きですね。でも普段の日常生活では基本的に右利きの生活をしています」
「ふむふむ、じゃあ取り敢えずこれから」
ブチコロは持ってきた杖の山から一本手渡す。
「椿にヘルハウンドの毛、18センチ。炎の魔法に最適」
その杖を振るとなかなかの熱気が杖から放たれ、室内をまるで真夏のように暑くする。良いのか悪いのかも言わず、次の杖に入れ替えられる。
「イチイの木にドラゴンの心臓の琴線、25センチ、わがままで力強い」
杖を受け取り軽く振る。すると杖先から風が吹き、店内のものをいくつか巻き上げる。
また次の杖に入れ替える。
「樫に不死鳥の羽根、27センチ、少々頑固」
杖を受け取り再び軽く振る。今度は何も起きない……と思ったら、天上に吊されていた生首が1つ落ちてきた。
「柊にドラゴンの心臓の琴線、34センチ、柔らかく柔軟」
いささかウンザリしながら次の杖を握ると、驚いた事にその杖がガタガタと震え出して真っ二つに折れてしまった。
持ってくる杖を握っては振るい、握っては振るいを幾度となく繰り返す羽目になった。しかしエメにぴったりの杖が中々見付から無いのか、杖を持ち替える度に店の中がどんどん荒れていく。
「流石はアーロン家、やはり普通の杖じゃ駄目なようですね。取り敢えずこの中で一番相性が良かったのはこの杖ですね」
「杖なら何でもいいわけじゃないのか?」
エメの疑問にヴォルデモートが答える。
「杖には意志がある、故に杖の方が持ち主の魔法使いを選ぶのだ。どんな杖でもある程度魔法を使うことが出来るが、最高の力を発揮したいのであれば自分と相性の良い強い杖に好かれる必要がある。つまり、強い魔法使いほど強い杖を持っているということだな」
「ほいほい、もうちょっとお付き合い願いますよ?」
ヴォルデモートの自慢話が始まる前に会話を切ってブチコロが声を掛けてきた。
「ハルニレにヴァンパイアの牙、16センチ、使う度に体から力が抜けます」
軽く降っただけで、凄い虚脱感と倦怠感に襲われる。軽く頭を振り、ブチコロに杖を突き返す。
「樟にゴーストの涙、22センチ、連続で使うと発狂します」
「怖っ!!」
使うとデメリットのある杖をほいほいと渡される。嫌そうに振り続けるエメを面白そうに見ているヴォルデモート。たまに自身にも攻撃が飛んできているが、軽く打ち払って防御している。
どの杖もそれなりに力を発揮してスムーズに使いこなすことが出来たのだが、その中でも他の杖よりも明らかに威力が高まるものが何本かあった。
しかしブチコロはそのどれにも首を振らず新しい杖を振らせ続ける。
「棗椰子
なつめやし
にキメラの骨、82センチ、闇の魔法の効果を高め、剣としても使える。天の邪鬼で感覚的」
その杖を手にしたとき、エメの全身に衝撃が走った。持っただけで分かる。今まで振っていたどの杖も霞んでしまう程の力が溢れる。
これを運命と言わずに何と言おうか。エメはニヤリと笑みを浮かべるとその杖を高らかに掲げ、空気を切り裂くようにヒュッと一気に振り下ろす。
埃っぽかった店内に冷たい暴風が吹き荒れ、無秩序に散らばっている道具を、混沌として積み重なっている荷物を全て巻き上げ、整頓してひとまとめにしていく。
僅かな狂いも無く、使い手が思い描いた通りの結果を出した杖は、自分の所有者と成るべき者に相性の良さと性能の高さを示す。
エメが満足気に指先を見下ろすと、杖もまた呼応するように震え、獰猛な獣の如き唸り声を出す。
「ふーむふむ。どうやら決まったようですな。毎回のことながら、相変わらず変わったモノに好かれる一族ですな」
大ざっぱとはいえ、店内が綺麗に片付いたことを大喜びするブチコロは、その気持ちを内心に隠して接客を続ける。
かれこれもう数時間も経っているのだ。自分よりも下の者に対して気が短いことで有名なヴォルデモート卿を待たせ続けてしまい、いつ怒り出してしまうのかヒヤヒヤしている。
かといって時間短縮の為に生半可な杖を選べば、確実に明日の朝刊の一面はブチコロの名前が飾られることになるだろう。主に10年振りのヴォルデモート卿に制裁された者として……。
「棗椰子
なつめやし
にキメラの骨、82センチ、を左で使います。それで……普段はこっちのニワトコに不死鳥の羽根、13センチを日常用として使って下さい」
何故だか2本の杖をエメに持たせようとするブチコロ。
「2本? 棗椰子の杖だけじゃ駄目なのか?」
「あいあいあいあい、理由は2つあります。実はこの杖に使われている木なんですが…………聖樹認定を受けています。それを夜中に切り倒して裏ルートで流通していたのを入手しました。分かる人には分かるので、バレたら処刑されます」
笑っちゃいますよね。と、笑えないことをいうブチコロ。さんざんエメの一族を変人扱いしておきながら、自身も相当な変人であったらしい。
「次に、キメラの骨も曰く付きです。こっちは博物館から奪って来たんですが、キメラの成獣を討伐出来たのは過去に一件だけなので、バレたら言い訳が効きません。後、依頼主は私ですが、盗みに行ったのは死喰い人の1人なので連鎖的にヴォルデモート卿と繋がっているのもバレます。…………後、82センチの杖を日常的に持ち歩き、振り回すのは非現実的です」
2つと言っていながら、3つ言っているのはご愛嬌。気にしないことに致しましょう。
そんな中、ヴォルデモートが意味深に呟いた。
「……ニワトコの杖が何故ここにある?」
「!! 昨年、このブチコロめが作った新しい杖で御座います! ええ、ええ、吟遊詩人ビードルの物語、三人兄弟の物語に出てくる最強の杖には及ばないまでも、今までの実験の全てをつぎ込んだ最高の杖を自称しております」
ヴォルデモートが杖を探していることを知っているブチコロは、命の危機を感じて、必死になって説明する。
作っているときは伝説の杖を作ろうと夢中になっていたが、紹介した後に重要なことを思い出すのは、職人らしいというべきだろう。ヴォルデモートの探し物を隠し持っていたりなんかしたら、その場で処刑されかねない。
探していた杖とは違うことを理解したヴォルデモートはあっさりと杖に対する興味を失った。
命の危機を免れたブチコロが、そっと安堵の溜め息を吐く。
やるべきことを全て終えたエメは、ヴォルデモートについてダイダゴン横丁に戻ってきた。棗椰子の杖を入れた袋を背に括り付けて、ニワトコの杖を上着の内ポケットに差し込んで歩く。
因みに、エメの手元にあったお金では杖の代金には足りなかったので、後払いで来年払う約束をしてきた。
趣味全開の超高級杖を2本なので、スネイプに預けてあるお金を足しても足りなかっただろう。
この後ヴォルデモートは配下の者から報告を受けることになっていた。やることの無いエメはヴォルデモートについていくことにした。すっかりスネイプのことを忘れて動きまわっているので、思い出して合流するのに更に数時間はかかることだろう。
目的地に向かうヴォルデモートについていきながら、エメは途中店で買ったお菓子を片手に店内を覗き込んだり、道を歩く人を眺めていた。
ふと、箒を売っている店に掲げてあるクィディッチというものがエメの視界に映った。ショーウィンドウには、数本の箒に人形が載って小さいボールを追いかけているミニチュアがある。魔法界で大人気のスポーツ、クディッチのチームロゴや名前の入った色んな旗があり、色鮮やかだ。
「ヴォルデモート卿。あの箒屋にあるミニチュアで動いているのって、魔法界でのスポーツか何かですか?」
「……そうだ。クィディッチという魔法界で最も人気のあるスポーツだ」
ああ、そういえば家にも専用の施設と設備があったな。と、いつも朝の運動に使っている場所を思い出したエメが納得したように頷いた。
ひとのいない場所でヴォルデモートは襲撃の成功を知らせる配下の報告を待っていた。エメは怠
だ
れたようにその足下にしゃがみこんでいる。
既に予定していた時間より30分が過ぎている。
「……どうやら、罰を与えないといけないようだな?」
苛立ちから、カツカツと音を鳴らしている。下っ端の死喰い人であればそれだけで寿命の縮む思いだろうが、生憎エメはそこまで気にしない。
エメが呑気に欠伸
あくび
でもしていると、一人の男がバタバタと駆け込んで来た。そのままヴォルデモートの前に平伏すとおどおどとしながら結果の報告をした。
「も、申し訳ありません! 賢者の石はにゅ、入手できませんでした」
「ふざけるな!! 襲撃に失敗しただと?」
「ひぃぃっ、し、失敗はしておりません! 襲撃は成功させました! 金庫から既に移された後だったのです」
「クソっ、読まれていたか。ダンブルドアめ、どこまでも忌々しい」
賢者の石さえ手に入れれば、目的の不老不死と失った力の回復の両方が出来るのだ。今回の失敗でまた勢力復活が遅くなった。ヴォルデモートはさっそく次の計画を考えなくてはならなくなった。
そんな時、エメがヴォルデモートに問いかけた。
「ヴォルデモート卿。貴方の口からお聞かせ願いたい。貴方の願いとは何だ?」
結局、エメ・アーロンが満足できるだけの答えをヴォルデモートは持ち合わせていなかった。
期待外れ。いってしまえばそんな所だろう。
エメは己の父母が命を懸けて仕えた男に全く魅力を感じなかった。上に立つ者が持つ、何かが足りないのだ。
気迫が無い。熱意が伝わらない。心が弱い。魂が希薄。カリスマ性に繋がらない。言い方は人それぞれだが、エメが求めていたのは利害を超えた魅力だった。
恐怖だけで人は従わない。多くの人が集う以上、ヴォルデモートには何らかの魅力が有るはずなのだ。いったい何があの男を魅せるのだろうか? どうして彼らはヴォルデモートに集うのか?
そんなことを考えながら一人でダイダゴン横丁を歩いているエメに向かって、正面からスネイプが駆けて来た。
「どこに行っていた、エメ・アーロン。余計なことはするなと言っておいた筈だが?」
「杖を買いに行ってました。何か問題でも?」
互いにピリピリとした空気を発している二人は険悪な雰囲気で互いを見つめ合う。両者揃って、自分が相手に敵意を見せている根元の感情がただの八つ当たりであることに気付いているので、それ以上は会話をしない。
やがてどちらからともなく小さく舌打ちをすると目を離す。
「……まあいい、帰るぞ」
来た道を通ってアーロン家へと帰宅する。
どうやらスネイプとエメは相容れることは出来なかったようだ。
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