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3部分:第三章
第三章
彼等はだ。お互いにある国の名前を出したのだった。
「このままですとオーストリアとプロイセンの独壇場ですからな」
「全く。神聖ローマ帝国はもうなくなったというのに」
「彼等はまだ力を欲していますな」
「ドイツの地に」
それはこの時代では只の地理的な概念でしかない。政治的には無数の国に分かれている。三十年戦争によりそれが決定的なものになったのだ。
バイエルンもザクセンもその中にいる。その彼等が今こうして話しているのだ。
「我等としてはこのままいきたいですな」
「その通りです。国家の主権は守らなければなりませんから」
「折角あの小男が置いていってくれたのです」
その小男とは誰か。彼等の間では言うまでもなかった。
「それならばですな」
「その置き土産を守っていきたいものです」
「我等の主権」
神聖ローマ帝国消滅以前よりさらに確かなそれをだというのだ。
「オーストリアにもプロイセンにも害させません」
「何があっても」
こう話していたのだった。その少し離れたところでは。
スペインの者達がだ。ほっとした顔でいてだ。先程とは別のイギリスの外交官達、フランスの者達も交えてだ。こんなことを言っていた。
「長かったです」
「長かったですか」
「はい、まことに」
こうだ。スペインの彼等は安堵した顔でイギリスとフランス、双方の外交官達に言うのである。
「あの小男が攻めてきてです」
「そうですな。あの成り上がり者」
「風呂と香水ばかり好きなあの男が」
「そうして我が国を滅茶苦茶にしてくれました」
ナポレオンはフランス軍を攻め込ませスペイン王家を追い出しそのかわりに己の兄をスペイン王にしたのだ。彼等が言うのはこのことだった。
「しかもです」
「その後の戦争ですね」
「スペインにおける」
「多くの血が流れました」
そうなったとだ。スペイン側は忌々しげに言うのだった。
「フランス軍によってどれだけの血が流されたか」
「少し待って下さい」
スペイン側がフランスの名前を忌々しげに出したところでだ。フランス側がすぐに出て来てだ。そうして彼等にこう言うのだった。
「それは違います」
「違うとは」
「あれはあの男がしたことです」
ナポレオンが悪いというのだ。
「あの男がしたことです。フランスではありません」
「そう仰るのですか」
「そうです。あの男はそもそもです」
そのナポレオンはだ。どうかというのだ。
「フランス人ではありません」
「コルシカの小男だというのですね」
「はい、その男がしたことです」
こうだ。しれっとして言うのだった。
「間違っても我々ではありません」
「しかしです」
スペイン側は彼等のその主張にむっとした顔になってだ。そのうえで言い返すのだった。
「兵も将軍もフランス人だったではないですか」
「確かにその通りです」
「では貴方達がやったのではないですか」
スペイン側にすれば責任逃れにしか聞こえない。それで抗議する様に言うのである。しかしだ。
フランス側はそう言われてもだ。やはりしれっとした顔で返すのだった。
「そうではないのですか」
「私達は無理強いされたのです」
「あの男にですか」
「そうです。あの男が決めて主導していたのです」
「我が国のことを」
「貴国のことだけではありません」
そのだ。スペインだけではないというのだ。
「他のあらゆることもです。我々はあの稀代のペテン師に乗せられ騙されそして挙句には無理強いされていたのです」
「では貴方達は」
「はい、被害者です」
見方によってはだ。臆面もなく言うのだった。
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