打たれた後で
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第三章
あらためてだ、こう彼に言った。
「続投や」
「有り難うございます」
「ここを抑えたら勝ちや」
西本は山田にこのことを言うことも忘れなかった。
「御前のな」
「そしてチームの」
「そういうこっちゃ」
ここから先は言わずにだった、西本は山田に全てを託した。まさに彼が王を抑えられるかどうかが全てであった。
そのマウンドでだ、山田は自慢の速球を投げた。下から上に右腕が唸りそうしてだった。速球が放たれ。
ボールは勢いよくミットに収まる、筈だった。だが王のバットが一閃し。
一瞬、一瞬だった。後楽園球場は沈黙に包まれた。白球は凄まじい速さでライトスタンドまで一直線に飛び。
その中に飛び込んだ、その瞬間に球場は歓喜の渦に包まれ。
王は寡黙な彼にしては珍しく感情を表に出してベースを回った、そして三塁ベースを回り牧野コーチに迎えられ。
巨人ナインが待っているホームベースに辿り着きホームインした、その瞬間に巨人の勝利が決まったのである。
逆転サヨナラスリーランだった、まさにシリーズの流れを決めると言っていいまでの。それは誰が見てもこの試合だけでなくシリーズ全体を決めるアーチだった。
打たれた山田はマウンドの上に蹲り動けなくなった、勝利を祝う巨人ナインと観客達の中で彼は動けなかった。
その山田のところにだ、一人でだった。
西本は向かい彼をマウンドからベンチに連れ戻した、その時山田は泣いて西本に謝った。
「監督、すいません・・・・・・」
「ご苦労さん」
普段は炎の様に厳しい、しかしこうした時には決して怒らないのが西本幸雄という男だ。彼はそれだけ言って山田をマウンドからベンチに連れて行った。
このアーチは山田にとって忘れられないものだった、それでだった。
彼は速球だけでは駄目と思いそのうえで西本に相談した。
「監督、あの時で思ったんですが」
「速球だけではやな」
「はい、あかんと思います」
こう西本に言うのだった。
「そうですさかい」
「そやな、御前はアンダースローや」
西本は山田にこのことから言った。
「それやったらや」
「足立さんですか」
「あいつに教えてもらったらどや」
こう山田に言うのだった。
「投げ方をな」
「わかりました、ほな」
「ああ、御前がここでさらに大きくなったらな」
「チームも」
「ぐっと強くなる」
山田の実力を知っているが故の言葉である。
「そやから足立のところに行って来るんや」
「わかりました」
こうしてだった、山田は足立にアンダースローのピッチャーとしてのあり方を教わることにした、具体的にはである。
「シンカーや」
足立が得意とするこのボールを教わろうと思ったのだ、それで足立に直接シンカーの投げ方を聞いた。だが。
足立はその山田に怒ってだ、こう言ったのだった。
「アホか御前は」
「えっ、アホかって」
「わしはプロやぞ」
もっと言えば山田もである。
「ピッチング、そして特にシンカーは何や」
「決め球です」
「そや、決め球はまさに商売道具の中の商売道具や」
だからこそというのだ。
「教えられへんわ」
「そうですか」
「どうしても知りたいんやったら盗め」
足立は山田に表情を消して言った。
「ええな、プロやったらな」
「わかりました」
山田はこう言うしかなかった、それでだ。
彼は足立がピッチング練習に入るとすぐにその隣に来て自分も投げる様にした、そうして彼の投球を位一から十まで全て観た。
それを毎日続けた、そして。
その山田を見てだ、西本はコーチ達に言った。
「今日も足立の横で投げてるな」
「はい、山田は」
「そうしていますね」
コーチ達もその山田、そして足立を見つつ答える。
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