憎くはないが

「余に國松を殺せと」
「全ては幕府の為に」
「ここで為せば幕府はさらに落ち着きます」
「幕府が揺るげばそれが民にかかります」
「天下乱れて困るのは民です」
　だからだというのだ。
「ですから」
「天下と民を乱さぬ為にも」
「そうされて下さい」
「何とか」
「仕方ないのか」
　家光は頭を少しだが下げて呟く様にして言った。
「余は国松を殺すしかないのか」
「これまでもありました、いえ」
　ここで林が家光にこのことを話した。
「これまでの幕府も」
「鎌倉、室町共にじゃな」
「はい、どちらもです」
「弟を殺しておるな」
「頼朝公も尊氏公も」
　源頼朝は源義経を、そして足利尊氏は足利直義をそれぞれ殺している。どちらの幕府もそうした過去がある。林はこのことを言ったのだ。
「そうしています、しかし」
「その弟殺しはじゃな」
「どちらの幕府の為です」
「弟に人が寄るからじゃな」
「お家騒動、ひいては天下の騒動となります故」
　まさにそれが為であった、この度のことは。
「ですから」
「それしかないのか」
「はい、これは公の為です」
「天下を乱す元を断つ為か」
「ですからそれしかないのです」
　忠長の切腹しか、というのだ。
「お願いします」
「そうか」
　家光はその目を血走らせていた、そして。
　その目でだ、背を向ける様にして言った。
「よい刀を用意せよ」
「小柄と、ですな」
「介錯のそれもな」
　そのどちらもというのだ。
「苦しまぬ様にしてやれ」
「畏まりました」
「そして亡骸は篤く弔え」　
　家光はこのことも命じた。
「よいな、出来る限りな」
「さすれば」
　林も他の者達も頷いた、こうしてだった。