ロード・オブ・白御前
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もう一つの運命編
第11話 奪還
巴は白鹿毛に変身し、王妃の手刀から次々と生じては飛んでくるカマイタチを躱し、薙刀で叩き落としていた。
(耀子さんの時と同じ。遠距離型だから近づけない限り何もできない。かといって、耀子さんの時みたいにわざと攻撃を受けたら死にかねない威力)
王妃の放つカマイタチは、岩壁にクレーターを開け、地面を抉るほどだ。正面から受ければ胴体が真っ二つにされよう。
「どうしました? あなたのクレシマヘキサへの想いはその程度ですか?」
『そんなわけっ……ないでしょう!!』
白鹿毛はカッティングブレードを2回切り落とした。
《 アーモンドオーレ 》
薙刀を横薙ぎに揮い、王妃が放つカマイタチより大きな剣風を飛ばした。
王妃は掌を正面にかざした。すると、空気が揺らぎ、不可視の壁によって白鹿毛の剣風は弾き返されて終わった。
「よろしいのですか? わたくしが防がねば、あなたの大切なクレシマヘキサは命に関わる傷を負っていましたよ」
はっとした。そうだ。王妃の体は碧沙のもの。直接攻撃して隙を作ろうとすれば、それは関口巴の手で呉島碧沙を傷つけることを意味している。
『…………』
「来ないのでしたらこちらから行きますよ」
再び王妃が手刀からカマイタチをくり出し始めた。
だが白鹿毛は防戦一方で攻勢に転じられなかった。これは碧沙を取り戻すための戦いなのだ。碧沙の体にかすり傷一つでも負わせるわけにはいかない。
「心配ならば戦わずともよくしてあげましょう」
王妃が左胸に両手を当てると、そこが金色に輝いた。
玉座の間は低級から上級のインベスの群れで覆い尽くされた。
『なっ』
「黄金の果実は命を創り出すことさえできるのですよ。この程度は造作もないこと」
『まさか、召喚したんじゃなくて、創ったの?』
インベスの群れが雄叫びを上げ、白鹿毛に殺到した。
『っ、邪魔ッ!』
白鹿毛は薙刀を揮い、キックをくり出し、インベスを退けていく。
雑魚をいくら白鹿毛に差し向けても無駄だ。耀子のトラウマの一件で、群れと戦うスキルは身につけてある。だからこそ、人海戦術で来た王妃の真意が理解できない。
(理解する必要もない)
群れのインベスの最後の1体を斬り伏せ、再び白鹿毛が王妃を向いた時だった。
周囲にある植物が、風もないのにこすれ合う音を一斉に立てた。
蔓、だ。ユグドラシル・タワーの中や街のあちこちに這っていたヘルヘイムの植物の蔓。その蔓が白鹿毛の手足と胴に巻きつき、車折寸前の態勢で宙に浮かせた。
「終わりですね」
王妃が手刀からカマイタチをくり出そうとしている。
白鹿毛は両手両足に力を入れ、蔓に巻きついた四肢を自由にしようとした。
(碧沙。わたしの、たった一人の友達。あなたを救い出せるなら、どんなに傷ついたって構わない)
蔓との綱引きに勝ったのは、片腕だけだった。
だが、片手があれば充分だ。
白鹿毛はすぐにロックシードに手を伸ばし、それを閉じた。
変身が解除され、巻きついていた蔓が目標物を失った。
巴は落ちるように脱出し、キャリーケースから携帯注射器を取り出した。
巴は息を停め、走った。
助走をつけて王妃に飛びかかり、王妃を地面に押し倒した。
すかさず王妃の首に携帯注射器の針先を当て、トリガーを引いた。注射器の中身が一瞬にして王妃の、碧沙の体内に注入された。
(で、きた。できた、できたできたできた!)
歓喜で叫び出しそうだったが、まだ懸念はある。
まだ王妃は碧沙の姿に戻っていない。
「――こうしようと、ロシュオとも話して決めていました。わたくしは正しい“始まりの女”ではありませんゆえ」
巴は何も答えない。
「セキグチトモエ。どうか許してください。わたくしは運命に抗えなかった」
巴は何も答えない。
「ふふ。本当にあなたはこの体の主のことしか考えていないのね」
やがて淡雪が散るように王妃の姿は消えた。
代わりに、いつもの制服姿の碧沙が現れた。髪も目も元通りだ。
碧沙はぼんやりと虚空を見ていたが、すぐに目を閉じて気を失ってしまった。
(やっとわたしの手に取り戻せた)
巴は碧沙を抱き上げ、碧沙をきつく抱き締めた。
初瀬は満身創痍の体を引きずり、城跡へと歩いて向かっていた。
この状態でロックビークルに乗れば、痛みから事故を起こしかねないから、徒歩を選んだ。
(帰ったらきっとトモは、ヘキサを取り戻してるんだろうな)
苦笑した。その未来図は信頼ではなく、ある種の諦めから来るものだったからだ。
どれだけ慕われても、巴の中での順位は、1位が呉島碧沙で、初瀬はどうやっても2位以上にはなれない。今までの交流で嫌と言うほど知っていた。
(でも、これでトモがやることやってたら、俺も、あの時の白いライダーみたいに、トモを守れたって思ってもいいよな?)
――いつからだろう。初瀬亮二の中で“黒影”が「勝つための手段」から、「守るための力」に変わったのは。
“亮二さん”
(分かりきったこと、か)
ようやく玉座の間跡に着いた初瀬。
玉座の下。巴が座り込んでいる。
「トモ」
痛みを悟られまいとなるべく注意して呼んでみた。
「! 亮二さん」
巴がふり返った。いつもの笑みで。命に関わる重傷を負っているらしい姿ではない。
よかった。安堵した途端に力が抜け、初瀬は近くの岩にもたれて座り込んだ。
思いのほか、ロシュオとの戦いで負ったダメージは大きかったらしい。
「亮二さんッ!?」
「だ、いじょうぶ、だ。……ヘキサは」
巴はくしゃりと笑んで、ふり返った。
巴に抱き上げられて眠る碧沙は、初瀬も知る制服姿で、髪もプラチナブロンドでなくなっていた。
――巴も本懐を果たせたのだ。
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