傾城
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3部分:第三章
第三章
「王があの娘の言葉に惑わされるが為に」
「そなた、今何と言った」
「王はあの娘に惑わされています」
頭を垂れだ。王にまた言った。
「その為にこの呉は」
「わしが女の言葉に惑わされているというのか」
その言葉にだった。王はだ。その酒と女に溺れやつれ黒ずんでしまった顔を向けてだ。そしてそのうえでこう伍子胥に言うのであった。
「わしがその様な愚か者だと」
「そうは言っておりませぬが」
「いや、言った」
王の身体が震えていた。怒りでだ。
そしてその怒りのままだ。伍子胥に告げた。
「死ね」
「何と」
「伍子胥、貴様は死ね」
殺意に満ちた目での言葉だった。
「貴様の言葉なぞ聞きたくもないわ」
「王よ、そう言われますか」
伍子胥は王のその言葉を聞いてだ。無念の顔になった。
そしてそのうえでだ。こう言うのだった。
「西施に溺れますか」
「溺れているというのか、私が」
「惑わされておいでです。ですからどうか」
「黙れっ、聞きたくないと言った筈だ」
王はまた言った。そしてだった。
腰にある剣を抜き伍子胥の前に放り出してだ。忌々しげに告げた。
「くれてやる。最後の褒美だ」
「この剣で死ねと。私に」
「貴様は先王からの臣、殺すには忍びぬ」
こう言いながらもだ。警戒の念は解かない。王自身も剣を抜いている。
そしてだ。周りの兵達もだ。
皆剣を抜いて伍子胥の周りにいる。こうなってしまってはだった。
元よりその剣で王に向かうつもりもない。伍子胥にあったのは呉への忠義だけだった。それを無念の中に封じるしかできなかった。
その無念のままだ。彼は剣を取りだ。王に最後に言った。
「王よ。私が死ねば」
「早く死ぬのだ」
「私の目を越の方への門に置いて下さい」
「そこにだというのか」
「そして見たいと思っています」
こう王に言うのである。
「越がこの国を滅ぼす姿を」
「最後まで言うな」
「では。これで」
唇を噛み締めて。それからだった。
伍子胥は王が己の前に放り出したその剣を取りだ。首にかけ一気に引いた。こうして呉は国を支える者を自ら失った。それと共にだった。
越は呉の隙を衝いてだ。一気に攻めるのだった。そして遂にだった。
呉を滅ぼした。そうなってからだった。
王は逃げ延びた山の中でだ。こう残っていた僅かな臣下達に話していた。
「伍子胥の言う通りになってしまったな」
「確かに。最早呉はです」
「滅びました」
「あの方の仰る通りになってしまいました」
臣下の者達もだ。無念の顔で話す。
「それで越王から臣下になってはどうかと言ってきていますが」
「それについてはどうされますか」
「一体」
「剣はあるか」
王は項垂れた顔で彼等に問うた。
「毒でもよい。何かあるか」
「王よ、まさか」
「最早」
「わしが死ねばだ」
項垂れたまま話すのだった。
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