ローゼンリッター回想録 ~血塗られた薔薇と青春~
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第2章 ヘンシェル星系攻防戦 中編 殺戮の嵐
トマホークを振り下ろす。血しぶき。目の前が見えなくなる。
血しぶきで前が見えなくなったので防御プラスチックカバーを上に上げる。
私の「ポイント3-B1攻防戦」7日目はこうして幕を開けた。
敵の砲撃部隊による砲撃、ワルキューレによる対地援護そして装甲擲弾兵による突撃が行われていた。我々第100空挺白兵戦連隊戦闘団は実に8回の総攻撃を退けてきたが、こちらの損害も尋常ではなかった。すでに連隊の戦闘員3割が負傷または戦死していた。
その中に、ウィリアム1等兵が右腕を失い、意識不明の重体で、小隊長のレナ准尉を肩を打ちぬかれていた。
今、目の前に敵の第9派攻撃が迫っていた。
レナ准尉は防御塹壕にいる各分隊に命令伝達を行っていた。
「第1分隊は特級射手ぞろいだから、Bブロックから敵が300メートルに入ったら狙撃を開始しなさい。第3分隊は白兵戦の猛者ぞろいだから敵がぎりぎりまでくるまでDブロックで待ち構えてて、敵が来たらそれ以降はコートニー軍曹の指示に従いなさい。第2分隊は私と一緒にいなさい。」
こういうときにこのレナ准尉はだれよりも落ち着き払っている。
的確な指示、いつも通りの口調、そして、笑顔。
指揮官にはこういうときにこの三拍子そろってれば大丈夫なのだということをここで実感した。
Bブロックから第1分隊が狙撃を開始し始めた。我々もDブロックに移動し始めた。
擲弾装甲兵部隊はすでに2個小隊近くを第1分隊の狙撃によって失っていた。
それでも敵は、ぐいぐい押してくる。
そして、擲弾装甲兵の1個小隊が我々のいるDブロックに入りかかったときにおやじが
「野郎ども行くぞ!!」
と言ってトマホークを敵に振り下ろした。
あっという間に乱戦になった。私は一人の装甲擲弾兵に襲い掛かった。
そいつは、トマホークで私の攻撃を受け止めた。ように見えた。
まあそう見せたのは私で、面フェイントから相手の胴をこの新品トマホークで切り裂いた。
そいつの首元に槍の部分でとどめを刺す。こうしないとケイン中将の右腕のようになりかねないのだ。そう、あのケイン中将のように。
なぜ、彼が中将か。
ケイン中将は戦死したからである。
私は彼の死にざまを目の前で見た。
彼は、宇宙港での戦いでこれ以上持ちこたえることは現実的ではないとして宇宙港設備の爆破と撤退を自ら陣頭に立って指揮していた。
撤退作戦は難を極めた。
擲弾装甲兵部隊による追撃と包囲。ワルキューレによる対地攻撃。絶え間ない駆逐艦からの艦砲射撃。などである。この中でどうやって撤退しろというのかという状況下で行われた撤退作戦であった。
彼はまず、敵をできる限り引付け、その後宇宙港を爆破させこの混乱の隙をついて、装甲車による高速離脱を図るというものであった。
しかし、このためには数名の生贄が必要であった。
つまり敵を引き付けておくために1個分隊近くの抵抗戦力が必要であった。
私はこの生贄分隊に自分から志願したが、中将は
「お前は若すぎる。お前と一緒だとあの世の息子たちに俺たちと同い年のガキと一緒じゃなきゃ怖くてこれなかったのかい?
って笑われる。」
と言って、退けられた。
ケイン中将には2人の息子がいたが、一人は宇宙艦隊戦で、もう一人は地上白兵戦でなくされていた。そういえば、ケイン准将の2人の息子さんも私と同い年だったんだよなと思いながら、脱出用の装甲車に乗り込んだ。
そうして、ケイン中将以下8名が宇宙港防御陣地に張り付いた。
レナ准尉はもちろん宇宙港爆破ののち、数両の装甲車で引き返してケイン中将らを救出する予定であった。
そして、爆破予定時刻になり宇宙港のいかにも民間施設であるというような建物がTNTやゼッフル粒子等の大量の爆薬により吹き飛ばされた。その直後我々の脱出装甲車部隊は宇宙港を離れた。その途中何重にも張り巡らされた敵の防御網を突破したが、レナ准尉の乗る装甲車とわれらがおやじ殿が乗る装甲車は宇宙港に引き返した。
その後、宇宙港に攻め入る擲弾装甲兵を何人も跳ねながら宇宙港防御陣地に到達しケイン中将らを探した。が、そこには焼け焦げて、身元不明の5名の死体と頭部をきれいに吹き飛ばされた第2小隊のエド・ウィンザー伍長と腹部を負傷した星系本部幕僚のケン・マシューズ中尉、そしてケイン中将が倒れていた。
ケン中尉はもはや戦死。ケイン中将は何とか生きている状況だった。
「貴官ら、戻ってきたのか。馬鹿者・・・
早く離脱せい。この俺にかまうな。ここまで生きてきて十分だ。
私は多くの部下を失ってきたし、多くの敵を殺してきた。
騒がしい人生だったが、楽しかった。おれを置いて早くいけ。」
と切れ切れの声で言うケイン中将はどこか遠くを見ているようだった。
「ああ、ウェルナー、グレッグそう焦らせるな。
俺には最後にやることがあるんだ。」
中将には戦死した2人の息子が見えているようだった。
「ケイン准将!しっかりしてください!
あなたには、まだやってもらうことが多くあります。
こんなところで戦死されては困るのです!」
防御陣地外苑で警戒していたウィリアム1等兵が
「レナ准尉!敵がこちらに流れ込んできます!
准将を連れて早く離脱しましょう!」
すると、ケイン中将は
「シュナイダー、ゼッフル粒子発生装置とTNTと手榴弾をくれ。
最後の仕事をする。」
「准将それはいけません!
こんなところで、死なないでください!」
すると、今まで切れ切れだった中将の発声が
「シュナイダー!!
これは私の最後の命令である!
それらをとれ! 私によこせ!」と怒鳴り声になった。
いつもは、そんな口調をする人では中将はなかったはずだが・・・
それに動揺した私の代わりにおやじことコートニー軍曹は
「シュナイダー、これは准将の最後の貴官に対する命令だ。
ちゃんとお勤めをして差し上げろ。」
と低く、ゆっくりとした口調でおやじは言った。
私は、泣きながら言われた3つを武器庫から出して倒れている准将に渡した。
「よしよし、いい子だ。
泣くなシュナイダー。必ず生き残れよ!」
そして、中将は
「レナ准尉。今後の指揮をレスラー・メッケル大佐に任せると伝達してくれ。
そして、貴官に命ず。必ず生きて、この戦闘を終えろ。
以上だ。」
レナ准尉は、とんでもなくきれいな敬礼で
「レナ・アボット准尉
了解しました。准将閣下。」
中将はさも満足そうに
「よろしく頼んだぞ、准尉。
さらばだ。」
と敬礼を返す。そして、レナ准尉は
「諸君行こう!
必ず生きて、生きてこの星系から生還するぞ!」
レナ准尉は振り返って
「では、准将閣下 しばしのお別れです。
閣下のもとで戦えたことを誇りに思います。
次もしも、生まれ変わりという概念があったら
また、閣下のもとで戦わせてください!」
中将は
「貴官らが生き残ったらいいぞ。
だから必ず生き残れ! 健闘を祈る!」
こうして、ケイン中将を置いて私たちはその場を離れた。
救出に向かった全員はそこから脱出するために全力を尽くした。
私は装甲車上部ハッチから機関砲を打ちまくった。
ケイン中将のために。
そして、我々が宇宙港を離れてからだいたい5分後に後方で大爆発が起こった。
ケイン中将が自爆したのである。
すでに周囲には敵はおらずただただ敵、味方多くの血を吸った赤土、岩などがあるだけであった。
レナ准尉は全員に下車を命じた。
「総員整列!
ケイン准将閣下に向けて敬礼!」
おそらくその場の全員が泣いていたと思う。
こうして、私は尊敬する上司を失った。
ケイン中将の命令にこたえるために、こうして今擲弾装甲兵をまた一人殺した。
生き残るために。
敵が側面から攻撃を仕掛けてくる。かわす。後ろから、無防備な背中に向けて一撃、一息も入れずに首にトマホークを振り下ろす。
また、敵が来た・・・
そうこうしているうちに、2時間に及ぶ血みどろの銃撃・白兵戦は終わった。
また、わが小隊でも2名が戦死し、1名が重傷を負った。
帝国軍はその日の夜中にも夜襲をかけてきた。
まったくの不意打ちではあったものの、レスラー大佐の綿密な防御戦術により敵を撃退した。
しかし、この時ロイ予備役大尉が戦死した。
敵が引き上げた後、防御陣地の再構築を行っていた時であった。
敵のレンジャー小隊であったと思われるが、1個小隊くらいの擲弾装甲兵が強襲をかけてきたのである。
ロイ予備役大尉はついこの間の鉱山攻防戦での戦功により予備役中尉から予備役大尉に昇進し、中隊長が戦死した第2中隊の指揮官に任命されていた。その日の夜は陣地ローテーションの一介として第2中隊がポイント3-B1に回ってきてまだ2日目のことだった。
第2中隊の防御するKブロックがレンジャー小隊の強襲を受けて、ロイ中尉が陣頭指揮を執っていた時だった。
私たちのいるLブロックはその隣だったのでレナ准尉の即決で第2・3分隊は救援に回ることとなりそれに向かった。
私たちがKブロックに到達し防御塹壕になだれ込み、
私は容赦なく1人の擲弾装甲兵を側面からそいつの顔をトマホークで切り飛ばした。
レナ准尉からの命令で一人を必ず捕虜にするように言われていたので、それに従い敵の小隊長を探し求めていたところ、一人の擲弾装甲兵と格闘する一人の若き予備役大尉がいた。
敵はなかなかの腕前であったがロイ予備役大尉もなかなかの腕前だったので何とか防ぎ切っていた。
私が、後ろからそいつに切りかかると彼は素早くかわして私に攻撃を仕掛けてきた。
しかし、間合いは1メートル未満。私は振り返るなりそいつの懐に飛び込んで、のど元にコンバットナイフを突き立て、一撃。暗闇ながら、目の前が赤く染まるのがわかる。
そして、起き上がるなりロイ予備役大尉のところへ向かったが、そのとき後ろでホルスターを引き抜く音が聞こえたのだ!。
私は衝動的に右へ転がり、コンバットナイフをそいつに向かって投げ飛ばした!
ナイフは当たった。確かに相手の手に。
その衝撃で、相手はレーザーピストルを放ってしまったのだ。それもロイ予備役大尉に!!
ロイ予備役大尉はそのとき一人の擲弾装甲兵を切り倒したところであった。
そして、ロイ予備役大尉にレーザー光線が吸い込まれるのを私は見てしまった・・・
ロイ予備役大尉はそのままゆっくりと倒れた。
私は、ロイ予備役大尉のもとに歩み寄った。
彼の首からは大量の血が流れ出し、止まることはなかった。
ほぼ、即死であったであろう。
涙も流す暇もなく敵の小隊長と思われる中尉が私に攻撃を仕掛けてきたので私は発狂しながら相手の右腕めがけてトマホークを切り上げる。
敵は、右腕を切り落とされ痛みにうごめいていた。
周囲の戦闘はほとんど収束していた。
私は彼に対して
「貴官の氏名と階級を名乗っていただこう。
貴官は同盟軍の捕虜だ。」
すると彼はロイ予備役大尉の遺体を指して
「そこに倒れている大尉は貴官らの上官か?
大尉のくせにこんなところで戦死するとは愚か者だな。ふっ
私の名前か。私の名前は、・・・・・」
そいつが口を開く前に私はそいつの顔面を踏みつぶした。
そいつは私の逆鱗に触れたのだ。私は自分の尊敬する人物をさげすまされることに対しては到底許すことのできない人間であった。
私は、血みどろの右足をロイ予備役大尉に向けた。
中隊のメンバーが彼の遺体に集まっている。
私はその中に入ろうと思ったがやめた。
もう尊敬する上官が死ぬのはケイン中将で十分すぎるほど見た。
歩いてLブロックに戻っている途中で、拭ってもぬぐっても流れ落ちる涙が零れ落ちた。その日の残り少ない夜は、防御塹壕線の奥で一人号泣してしまった。
また、その次の日にあのウィリアム1等兵が第33野戦病院で戦病死した。まだたったの16歳であった。最後の最後に意識を取り戻した彼はこのように言っていたという
「シュナイダーによろしく頼む。」と
友人である、ニコール・コリンズ3等衛生兵長が教えてくれた。
「彼は、私の手を握ってシュナイダーに頼むって繰り返していたわ。
医薬品もない、麻酔薬もない何にもない絶望的な野戦病院でね。」
と涙ながらに語るニコール兵長。彼女は数少ない私の女友達で1歳年上の17歳であった。いつもは、おしゃべりでニコニコしているかわいらしい少女であったがここまで暗い顔をしているのは、初めて見た。
「僕だっていやという人の死を見てきた。いやというほどね。
戦友もいたし、尊敬できる上官もいた。そして、敵もいた。
僕の最も尊敬する上官だった、ケイン准…いや、中将は僕たちに死ぬな、といったし、僕の家族の無念を思うとだからこそ僕たちは死ぬわけにもいかないし、こんな面白くないところで死にたくない。」
と独り言のように話した。
「そうね、みんな同じってことかしらね。
私たちの連隊付第3衛生分遣隊も衛生兵が25人と衛生下士官が10人、軍医が5名もいたのに、今では軍医は多分知ってると思うけどカール・フォン・ケルン軍医中尉しかいないし、衛生下士官も戦場昇進した伍長が一名と軍曹が2名と曹長が1名、衛生兵なんて私含めて7名しかいないのよ。
私の尊敬する衛生下士官だったマリーカ・アストン曹長は衛生下士官なのに自分からライフルを持って戦っているような人よ。まったくヘンな話よね・・・」
お互いに、黙ってしまう・・・
そうしたら、ヘルメットのヘッドセットからおやじが
「シュナイダー兵長。
姉貴(レナ准尉)殿が呼んでるぜ。あとリリーもだ。
今から、小隊戦闘指揮所に迎え。」
レナ准尉が呼んでいる・・・しかも、リリーもだ・・・・
何か、特殊任務だろうか?
私は
「いかなきゃ。また生きてたら話そうよ。」
と言って、トマホークとヘルメットを持ち、立ち上がって塹壕を歩き始めた時だった
後ろから、
「生きてたらじゃなくて、必ず生きて、生き残って。
そして、この私とまた話をして。
そんな弱気なのあなたらしくないわ。
だから、もっと強気に生きて、生き残って。」
とさっきまで落ち込んでいたマリーの声とは思えない言葉だった。
「だったら、僕と約束してくれ。僕も必ず生き残る。
だから、君も必ず生き残れ。」
私は、そのまま戦闘指揮所に向かった。生き残るという意志のために。
戦闘指揮所ではリリーと一緒になった。
リリーは
「あらあら、まったく相変わらず童顔ね。
ほんとかわいいし、なごむわ」
完璧に弟扱いかそれ以下である。
「はいはいそうですね。
リリー1等兵もご機嫌うるわしゅうございますね。」
するとリリーは
「まったくここで階級を持ち出さなきゃかわいげがあるっていうものなのに。この兵長さんは」
と含み笑いと怒ったフェイクを組み合わせた顔をしてこっちを見ていた。
そして、レナ准尉が
「貴官らいいかしら?
姉弟君たち? 本題に入るわ
貴官らは本日付を持って戦場昇進することになった。
エーリッヒ・フォン・シュナイダー兵長!
貴官を同盟軍最年少の伍長に任ずる。」
と言って、レナ准尉は私に伍長の階級章を渡した。
あまりにも衝撃的過ぎて、私はリリーの任命を聞いていなかった。
16歳で下士官というのはスパルタニアンのパイロットたちは16歳で現役か予備役伍長または軍曹の階級からスタートするが、宇宙艦隊や地上部隊での16歳兵士は訓練中の2等兵か私が兵士になった年から行われるようになった「短期志願兵養成訓練課程」を卒業すれば16歳には1等兵ないし上等兵になっているものであるが16歳で伍長、つまり下士官昇進は当時ではありえなかったことであった。
しかし、伍長への昇進は戦場昇進なのでおそらく平時になれば戻ると思っていたが、おやじから
「レナ准尉とケン大尉がお前を推薦して伍長にしたはずだ。」
つまり、2人以上の士官または准士官の推薦による戦場昇進は通常昇進と同様である。というのが同盟軍の決まりであったから私の昇進は完全決定事項になってしまった。
しかし、ゲームのように昇格したからと言って特殊技能が得られるわけでもない。
また今日から激戦の1日が始まる。
連隊のもはや5割は戦死または負傷。弾薬、医薬品はほぼ底が見えている。食糧に関しても1日1.5食で済まさなくてはいけいない。こんなので、今日は生き残れるだろうか?
いや、生き残らなくてはいけない。家族のためにも、ケイン中将やロイ予備役大尉のためにも、そしてニコールのためにも。彼女の悲しむ顔をできる限り見たくない。というよりは絶対に見たくない。
こう決心してからまだずるずると戦闘は続いた。そして、8月に入って我々に凶報と吉報どっちもがもたらされた。それが
「同盟軍第2・8艦隊救援のためにヘンシェル星系区に到達す」
と、敵の捕虜からもたらされたもので
「8月4日 帝国軍、総攻撃を敢行す」
であった。
宇宙歴789年 8月3日のことである。
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