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ミョッルニル

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4部分:第四章


第四章

 それまでは至って普通の岸辺だった。岩が目立つ荒地の様な場所だ。木はなく岩ばかりが見える。不意に水が前からやって来た。嵐が来たように。
「!?これは一体」
「堤でも決壊したか?」
 トールもロキも最初はそう思った。まずはその水を受けるしかなかった。
「いかん、ロキ!シャールヴィ!」
 トールは凄まじい勢いの水の中で咄嗟に二人に声をかけた。トールは水の中で踏み止まっている。見れば二人もまた何とか踏み止まっているといったところだった。
「俺に捕まれ!」
「御前にか」
「そうだ。俺が流されるということはない」
 これは己に対する絶対の自信があるからこその言葉だった。
「だからだ。捕まれ」
「わかった。それではな」
「御願いします、トール様」
 こうして二人は急流の中を泳ぎ何とかトールに近付きその身体を掴んだ。トールは杖をつきそれの力を借りつつ先に進む。すると河の先の方に一人の巨大な女巨人が見えてきた。黒い髪をしたとてつもなく巨大な女だ。その女がこれまた巨大な水瓶を持っておりその中にある水を河に注ぎ込んでいたのである。ロキはそれを見てトールに囁いた。彼はトールの腰にシャールヴィと共に何とかしがみついている。
「トール」
「何だ?」
「あいつだ」
 女巨人に目をやりつつトールに囁いていた。
「あいつが仕掛けている」
「そんなことは見ればわかるが」
「だから話を聞け」
 流石にそれはすぐにわかる。無論ロキもそれは承知のことなのだ。彼はさらに言ってきた。
「あいつはギャールプだ」
「ギャールプ?」
「ゲイルレズの娘だ」
 そのことをトールに囁くのだった。
「あいつが仕掛けていたのか。成程な」
「ゲイルレズの娘か。ならば」
「そうだ、まずはここでわし等を押し流すつもりだ」
「最初にここで俺達を始末するつもりでか。成程な」
「それで。どうするのだ?」
 トールの耳元に口を近寄せてまた囁いてみせた。
「このまま流されるつもりはないな」
「無論だ。まずはあいつを懲らしめるか」
 怒りに満ちた目でそのギャールプを見つつ述べる。
「だが。どうすればいいのだ」
「トール様、これを」 
 ここでシャールヴィが不意に丸く大きいものをトールに差し出してきた。
「!?これは」
「石です」
 見ればその通りだった。どう見ても完全に石である。白く丸い大きな石であった。
「これをあいつに投げればいいかと」
「そうだな。まだミョッルニルを使う時ではないか」
「僕はそう思います」
「わしもだ」
 シャールヴィだけでなくロキもそれは止めたのだった。
「切り札はいざという時にまで隠しておくべきだ。いいな」
「わかった。それではな」
「ではトール様」
 またシャールヴィが言ってきた。
「この石をお使い下さい」
「わかった。それではな」
「はい」
 あらためて石をトールに対して差し出す。トールがそれを受け取るとすぐにそれをギャールプに向かって投げた。石は勢いよく一直線に向かうとそのまま彼女の頭を直撃した。巨人はそれで思いきり倒れ込むと何とか立ち上がりほうほうの体で逃げ去った。しかしトールも無事では済まず石を投げたことによりバランスを崩しロキとシャールヴィを己の身体に掴ませたまま河の流れの中に流されてしまった。
「おい、トール!」
「このままでは僕達!」
「わかっている!」
 トールは慌てて自分に声をかけてきた二人に対して応える。しかしその間にも急流の中に流されていく。最早一瞬の躊躇も許されなかった。
 咄嗟に上にあったナナカマドの木を掴んだ。その瞬間に力を込めて身体を河から引き上げさせた。無論ロキとシャールヴィも一緒だ。これで何とか助かったのだった。
「何とか助かったな」
「うむ」
 河から上がったところでロキがトールに対して応えた。三人は何とか無事だったのだった。シャールヴィも口から水を吐き出しつつそれでも無事だった。
「どうやらゲイルレズは本気だな」
「ああ、そうだな」
 ロキは立ち上がりながらトールの言葉に対して頷いた。
「このまま館に入っても只では済まんな」
「予想通りだな」
 最早これで驚く一同ではなかった。とりわけロキは冷静な顔であった。
「おそらく中に入ってすぐにまた仕掛けてくるぞ。覚悟はいいな」
「無論だ。ではいざという時はな」
「その時は待て。いいな」
「ああ、わかった」
 まだ切り札を見せないことを確かめ合いその中でまた歩きはじめた。暫くして巨大かつ重層な城を思わせる館が見えてきた。入口には巨人の若い兵士が立っていた。トールは彼に対して雷を思わせる周囲を圧する様な低くそれでいて響き渡る声で告げたのだった。
 
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