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超越回帰のフォルトゥーナ

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ep-1─それは突然に舞い降りて
  #01

 
前書き
  

 
 今でもよく覚えている。

 焼け付く様に熱い空気。四方八方に飛び散る鮮血。切り裂いた肉の感触を馬鹿正直に伝えてくる剣の柄だけが、唯々異様に冷たかった。

 そう──自分の剣が、大切な存在たちを切り裂いていくその光景を。

 愛剣は躊躇うことなく一瞬前までの仲間を切り倒し、その鮮血の中で光り輝く。

 記憶の中の『どこかでのこと』と、目の前で起こっている出来事が、寸分たがわずリンクする。愛すべき毎日は彼方へと消えて、残ったのは虐殺の悲劇。

 それは、二年前──《神域戦争》と呼ばれる事になる、第二の災厄、その最終盤の時の事。

 (オレ)は、『仲間殺し』になった。



 ***



「おい、釈放だ。出ろ」

 ぶっきらぼうな男の声が、レンの耳朶を打った。顔を上げてみれば、既におなじみとなった看守の顔がこちらをのぞき見ている。

「……釈放?」
「ああ。早くしろ、後が詰まってんだ」

 四十代半ばかと勝手に推測しているこの看守は、レンが此処にやって来てから以来の付き合いとなる。無愛想なように見えて、ことあるごとに話相手になってくれた、情に厚い男だという事を知っている。

 もっとも、看守としてそれはダメではないか、と思うのだが。実際、囚人と私語をしたとして、何度か処罰されてはいるらしい。

 まぁ、ここは本格的な豚箱ではなく、いわば簡易的な収容所の域を、結局出なかったのだが……それ故、看守の男は精々減俸ですんだ訳である。普通なら辞めさせられてもおかしくないのだが。

 ──人手が、足りなすぎるのかもしれない。八年前から始まって、二年前に終結した『あの戦』は、今でも世界に爪痕を遺している。

 『あの時』の事を思い出すと気分が悪くなってくる。首を降って意識を変えた。

 ともかく、看守はレンの牢獄の鍵を外すと、そのまま足かせも外し、レンを廊下へと導いた。

 ──久しぶりだな。何の枷も嵌っていないのは。

 レンはそう内心で一人ごちた。それを知ってか知らずか、隣を歩く看守がぽつり、と問いかけてくる。

「……二年になるのか、お前がここに来て」
「ああ」
「長かったな。来た時は餓鬼だったのによ……一丁前な面構えするようになりやがって」
「……」

 己の顔を一撫でする。そうだろうか。今でも、レンは自分の顔が二年前の『あの時』となんら変わらぬ表情に歪められているのではないか、と思ってしまう。それほどまでに、あの時は長い間、全く同じ表情をしていた。

 ──慟哭と、憤怒と、悲愴。

 輝いていたはずの全てをこの手で破壊した、あの時を思い出すと、今でも右手が震えだすことがある。ここ最近はすっかり少なくなったが……。

「これからどうするつもりだ?」
「どう、するんだろうな……もう軍役は出来ないだろうしな……まぁ、ゆっくり隠居でもするさ」
「はっ、羨ましい限りだな」

 この二年間の間に、色々なことが変わった。おそらく、レンが現役だったころとは、上層部も含めて様々な部分が様変わりしている事だろう。新しい戦術や兵器、仲間たちに、すぐに慣れることができるとは考えていない。

 現役時代は誰もが親しみやすい男、として慕われていたらしいが、レン自身は自分が何とかしなくては、という責任を感じてはいても、決して自分は世話上手な人間ではない、と思っていた。

「ともかく、もう二度と戻ってくんじゃねぇぞ」

 収容所の出口近くまで来ると、看守が珍しく泣き笑いの様な表情を取りながら、そう告げた。

「おっさんこそ……もう俺みたいなのに構って、処罰されるなよ」
「おいおい、おっさんはひでぇな。俺はまだ二十代だ」
「……」

 さすがのレンも呆然としてしまう。いや、まさか二十代だとは夢にも思わなかったのだ。てっきり四十を過ぎているモノかと。

「じゃぁな──死ぬなよ」
「……ああ。この恩は、いつか返す」

 そう、看守へと告げると。

 レンは、二年ぶりとなる帰路へと、足を踏み出した。



 ***



 既に空は夕暮れの朱に染まっていた。この空をまともに見るのも、一体何時ぶりだろうか。ゆったりとした足取りで、レンは舗装された道を歩いて行く。
 
 街角の街灯が、白い光をともし始めている。そうか、もうそんな時間なのか、と内心で一人ごちて、俗世とずれてしまった感性を、早く取り戻さなければならない、と直感した。

 思ったよりも変わっていない。街の風景を見て、思ったことはそれだった。この二年で、何もかもが変わってしまったのかと思っていたが、それほどでもないらしい。見慣れた建物や道路が大半を占める。

 だが、それでも戦火の後は所々に残る。知らない建物もある。何より、工事現場で動くとあるヒトガタの機械を見た時に、レンは大きく驚いた。

「《アバンダン》……! ワーカロイド型が実装されたのか……」

 嘗ては真紅だったボディは、今は純白に染められている。バイザー型の頭部レンズの奥に光るカメラアイは変わらないが、露出していたはずの関節は、最低限の動きしかしなくて良くなったからだろうか。少し装甲の量が多くなった気がした。かつての戦場を蹂躙して回った武器の多くは、今や工業用の重機へと取り換えられている。

 名を、《戦闘騎械(アバンダン)》。
 
 八年前から続いた『あの戦争』で、兵士としてのシェアを二分した、強力な戦闘機械だ。軍部が有しているというとある一つのAIから取り出されたデータ。それを利用して生み出された、汎用性に長けたロボットで、様々な武器や高い機動性で、戦場を瞬く間に制覇していく。

 大戦中は人型と陸戦型、そして航空型の三種類が活躍し、一般の人間の兵士たちが生身で戦場に繰り出すことを徐々に徐々に減らさせていった原因でもある。

 その、大戦を象徴する戦闘機械が、重機の代わりに工事を行っている。

 終戦後に、通常の、《バトロイド型》と呼ばれる戦闘機械ではなく工業機械として運用する《ワーカロイド型》の開発が提案された、という話は聞いていたのだが……まさか、既に採用されていたとは思わなかった。

 そもそも、かつての戦闘機械が一般大衆に受け入れられた、という事自体が驚くべきことだろう。

 ただ……アバンダンが、ある意味では民衆に感謝されていた、という事も事実なのだ。

 前述の通り、アバンダンは生身の人間が戦場に出るという事態を著しく減少させた。開発前よりも一般市民の死者数は確実に減ったらしい。

 では、何故アバンダンだけが戦場に繰り出すわけではなかったのか。アバンダンとシェアを二分した、もう一つの存在とは何なのか。


 その名を、《運命の担い手(カルマドライバー)》という。

 五十年前。新暦1344年に、突如として人類が覚醒した特殊能力、《超越回帰(プロバブリー)》。身に覚えのない記憶と共に、《運命》に約束された超常の力を授かる、いわば一種の『超能力』である。

 形式や内容は千差万別。大きく分けて《事象侵蝕型》、《個体顕現型》、《特殊発現型》に分けられるものの、明確な区分をすることは不可能であり、ロジックも今になってすら解明されていない。

 ただ、そんな能力が存在して、人類の命運を大きく変えたのだ、と言うのが、間違えようの無い事実。

 《超越回帰》の出現から間もない頃、己こそが最強の担い手(カルマドライバー)であると名乗りを上げる者達が世界中に現れた。それらを平定するために、天から遣わされた、いわば《神々》。

 彼らは圧倒的にして冷酷無情。当時の担い手たちは例外なく駆逐されたらしい。

 しかし、担い手の出現は止まらなかった。失われたはずの能力すらもが現世へと帰還し、受け継がれていくのだ。

 いつしか彼らを中心に国家が制定されるようになり、人類の覇権を掛けて争うようになった。二年前に終結した『あの戦い』もまた、そう言った戦のうちの一つ。八年前から続くその規模は、神々の降臨の後では、歴代最大規模。大量の《担い手》が徴兵され、戦った。

 レンも、そんなうちの一人だ。所属する国家の一兵士として、化け物の様な力を持った上位の《担い手》たちと争った。今でも時折思い出す、悪夢のような毎日。

 だが、そんな中でも仲間たちと過ごす日々は、それなりには楽しかったと思う。生来、絆を重んじる性格だったから、と言うのもあるのだろうが……。

 故に。

「レン君、かい?」
「……! ……ルークか?」

 二年ぶりに、偶然街角で旧友と出会った時も、特に歪を感じる事無く会話に入ることができた。

 ルーク・アルヴァート。白い髪とコートを纏った、常に笑みを浮かべたこの青年の名前だ。レンとは四年前、ルークが一時期だけ兵役していたころに知り合った。

「久しぶりだな……元気にしていたか?」
「そっちこそ、久しぶり。……元気だよ。おかげさまでね」

 微笑むルーク。

「そうか……妹と二人だけじゃぁ、大変だろう」

 そう返して、レンは彼にしては珍しく、いたずらっぽい笑みを浮かべた。戦場では鬼の様な強さを見せるルークだが、妹のフィアーネに対しては死ぬほど甘い。俗に言う『シスコン』という奴だろうか。

 苦笑して頬をかくルーク。

「まぁ……昔からそうだったしね。というか、君の方が大変だっただろう……災難だったね」

 神妙な顔でうつむいたルーク。彼はかつてのレンの仲間たちとも面識があった。それだけに、彼らがもういない、という事が、友人思いのルークには辛いのだろう。

「……お前が気にするなよ。全部俺の仕業なんだから」
「君もそう自分を卑下するなよな。ユメさんから、あの状況じゃぁ、仕方なかったことなんだ、って聞いてるよ」

 ルークが口に出したのは、レンの旧来の知人の名前だった。のうりに、おせっかい焼きの少女の姿が映し出されてしまう。

「アイツ……」

 ──そんな事を。

 それを「余計な御世話だ」と言いたくなる気持ちもあるが、同時に嬉しくもあった。誰もがレンを「仲間殺し」とののしっていた時期さえあるのだ。今ではさっぱり気にならないが、当時は苦痛に感じていたことを覚えている。

 それだったら、世話を焼かれた方がマシだ。

「今度会いに行ってあげなよ。君が釈放される、って聞いて楽しみにしてたよ」
「やめろ。そんな仲じゃない」
「言うねぇ。……っと。買い物に行くところだったんだ。じゃぁ、僕はこれで」
「ああ。引き留めて悪かったな」

 ルークと別れ、薄らと暗くなり始めた街を歩く。

 思いのほか自然と、『その道』をたどることができた。段々と当たりの風景が簡素で味気ないモノになっていく。その中で見えてきたのは、簡素だけけれどもきちんとした造りの一軒家。

 かつて、レンと仲間たちが使っていた家。今、戸籍上だけでもあそこに住んでいるのはレンだけだ。ほかは、皆死んでしまった。

 金だけは軍部の方が払っていてくれたらしいので、差し押さえられたものはない。

「……家具を、片付けないとな」

 もう、要らなくなってしまったモノならあるのだが。

 とにかく、今日は休んで、明日から今後の事を考えよう。今日は働く気になれない。


 そんなことを思いながら、久しぶりの我が家に近づいた時だった。

「──ッ!?」

 レンの鋭敏な五感が、何者かの気配を捉えた。

 それは、自分のすぐ周囲ではない。と言うより、そもそも屋外ですらない。

 発生源は──屋内。それも、レン達の…今は『レンの』、か…家の中。

 ──誰かがいる。何故だ。此処に入れるのは俺だけのはず。だって鍵を持っているのは俺と隊長だけ。そして隊長は死んで、鍵は両方とも俺が……

 ──もしかして、亡霊か何かなのだろうか。仲間たちの霊が、俺に恨み言の一つでも言うために還ってきた……?


 もはや衝撃で正常に働かなくなった思考で、何とも言い難いことを考えながら、レンはゆっくりと開錠。ドアを開ける。

 そして。


「あら……お帰りなさい」


 簡素な部屋に──幼げながらも美しい、薄金色の少女が居るのを見た。 
 

 
後書き
 というワケで始りました、『超越回帰のフォルトゥーナ』! 第一話はレン君のエピソード。『少年と贖罪の剣(原作)』の第一話みたいな感じにしてみました。

 そしてアルマ君登場。初期は真人間&シスコン。マレイド族の名前って名字・名前・種族名だったような気がしたのでこの名前に。そのうちマレイド族に進化(?)します。

 所で本来ならばレン君の一人称は『オレ』らしいのですが、諸事情で『俺』とさせていただいています。その内『オレ』になるシーンも出てくるのでご安心を。

 さて、本作は亀更新の癖に文字数は非常に少ないです。ご容赦下さい。取り合えず続きの更新は明日となります。

刹「それでは次回もお楽しみに!」 
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