ルドガーinD×D (改)
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五十七話:揺ぎ無き信念
睨み合う両者の目には様々な物が浮かんでいる。ルドガーの目には必ずヴィクトルを倒すという強い信念と、こうする以外に幸せになる方法が考えられない、自分とは違う道を歩むもう一人の自分に対する悲しみが浮かんでいる。
一方のヴィクトルの目には生まれながらに本物の幸せを得ることを約束された人間に対する憎しみと選択の余地を与えられ、後悔のない選択を選ぶことが出来たもう一人の自分に対するある種の羨望だった。
「頼むぞ、みんな!」
「大船に乗ったつもりでいいぜぃ」
「バカ猿の場合、泥船の間違いじゃないの?」
「何だと、アホ猫!?」
「喧嘩するなら後でやってくれ」
今度はガイアスの長刀を創り出して構えながら後ろの仲間に声をかけるルドガーに対して美候が如意棒をクルクルと回しながら調子良く答える。そんな姿に黒歌がからかうように続けると美候は戦闘もそっちのけで噛みつくがイッセー達の方を気にかけてチラリと目を後ろに向けたルドガーに止められて悔しそうに顔をしかめる。黒歌はしてやったりと笑うがルドガーにコツンと額を叩かれて直ぐにばつが悪そうな顔をする。
「あなた達は緊張感というものがないのですか?」
「まあ、堅くなるよりはいいじゃない」
「私はもう少し緊張した方がいいと思います……」
明らかに緊張感のない二人にアーサーがため息混じりに問いかけると何故かヴァーリが面白そうな顔をしながら答える。その答えにルフェイは少し困ったような顔をして真面目にするように促す。
以前に負けた相手にも関わらず穏やかな雰囲気を醸し出すルドガー達にヴィクトルは強い苛立ちを覚える。仲間が居れば怖いものなど何もないとでも言いたげな様子がかつての取り戻したい自分を思い出させて。
「ここに連れてきたということは殺しても構わないということだな、ルドガー」
ヴィクトルは苛立ちのままに黒歌に斬りかかるがその剣は横から流れるように入って来た長刀で防がれてしまう。
「俺が黒歌を殺させるとでも?」
「殺せる、殺せないじゃない―――殺すのさ」
ルドガーが長刀でヴィクトルを弾き返し、一旦距離を取らせる。そこに黒歌が妖術をよういた炎を四方から飛ばして追撃をかける。
「守られるだけの女と思われるのは心外にゃ」
「ふふふ、それは失礼したな」
口調は軽いものの顔つきは真剣な黒歌に軽く笑いかけながらヴィクトルは飛んできた炎を後ろに跳び去って避ける。だが、着地点には既に美候が待ち構えており、鞭のようにしならせた如意棒を相手の胴目掛けて振り下ろした。
ヴィクトルは避けられないと判断して如意棒を双剣で受け止める。かん高い音が響き渡ると共に彼の手に電撃を受けたかのような痺れが走り僅かに顔を歪めてしまうが、直ぐに双剣を滑らせて美候との鍔迫り合いを止めて背後に迫っていたアーサーの剣を避ける。
「あなたは必ずここで止めてみせます。そうでなければ誰も報われない!」
「貴様が知ったような口を利くな! 当たり前に幸せを約束されている貴様達には何もわかりはしない!」
「やはり私の声では届きませんか…っ!」
怒鳴り合うように言葉をぶつけ合いながらも両者は剣を交わさせる。圧倒的に手数の多い双剣のヴィクトルに対してもアーサーは少したりとも遅れを取らずに自身の剣でさばいていく。片方が心臓を貫こうとすれば受け流され、その隙にもう一方が相手の頸動脈を引き裂こうとすれば素早く戻された剣で弾き飛ばされて反撃に移るという。
どちらも一撃必殺に近い、一瞬でも気を抜けばその瞬間に勝負がつくという高度な斬り合いが幾度となく繰り返され、金属音と共に眩い火花が散っていく。その光景は見ているものに一種の幻想さを感じさせる。だが、この戦場にそれに見惚れる暇など無い。斬り合う両者の近くに白銀の閃光が煌めいたと思った次の瞬間に、ヴィクトルが大きく吹き飛ばされてしまったのだ。驚くヴィクトルをよそに吹き飛ばした張本人であるヴァーリは彼が立っていた場所に拳を振り抜いた状態で立っていた。
「極限まで空気抵抗を半減して速度を限界まで速めた突進は流石に避けられなかったみたいね。……でも、剣で防いで私の手に体を触れさせなかったのは予想外だったわ」
「君に触れられると力を半減されてまともに戦えなくなるのは分かっていたのでね。だとしても、厄介な能力には変わりがないがね」
「あら、手のかかる女性は嫌いかしら?」
「嫌いではないが好きとも言えないな」
「残念だわ。それじゃあ、お話はここまでにして―――踊りましょうか」
それまでの明るい声からは打って変わってヒンヤリとした物を感じさせる声になり再び消える様に動き始める。常人では黙視することすらかなわない速度で動くヴァーリに対してヴィクトルは下手に動こうとはせずにジッと感覚を研ぎ澄ませてカウンターを狙う。そして、ついに来た背後から自身の頭部を狙った死神の鎌の様な蹴りを紙一重で躱して持ち替えておいた銃を振り向きもせずに放つ。
鉛玉が白銀の鎧に当りへこみを付けるがその程度の傷ではヴァーリが止まることは無い。すぐに鎧は自動修復されて元通りになり、続けざまに文字通り地面を抉り取る下蹴りを繰り出してヴィクトルの足を狙うが軽く飛び上がりながら躱され、逆に真上から腕を骸殻化された状態でハンマーが振り下ろされてしまう。ヴァーリはそれを避けるために宙に飛ぶ。
ハンマーが振り下ろされた地面は粉砕され、巨大なクレーターが作り上げられる。彼女は凄まじい威力に冷や汗をかくどころか嬉しそうな笑い声を上げて地上に残る彼へと容赦なく巨大な魔力弾を連続で撃ち込んでいく。
「うふふふ、いいわぁ。もっと、もっと踊りましょう」
「先程の言葉は訂正させてもらおう。手のかかる女性は嫌いだ」
「悲しいこと言わないで、楽しみましょうよ」
「なら、今度は私がリードさせてもらうとしよう」
足と腕に骸殻を発動させ、飛んでくる魔力弾を槍で払いながらヴァーリの元にまで飛び上がって行き、彼女の胸目掛けて容赦なく槍を突き立てようとするヴィクトルだったがその槍の切っ先は彼女の胸に届くことは無かった。何故なら彼女が切っ先を両腕で抑え込みながら槍を押し返そうとしていたからだ。
だが、彼とて一歩たりとも引くことはしない。雄叫びを上げながら全身に力を入れ直し、一気に押し切ろうとする。その力は炎に姿を変えて彼女を焼き尽くさんと襲い掛かるが、その程度で怯むような軟弱な精神などはしていない。彼女は負けじと気力を振り絞り押し返す。両者共そのままの状態で拮抗するかと思われたが、突如として均衡は崩れる。
「少し小細工を使わせてもらおう」
「この状況で槍を踏み台にしたっていうの!?」
ヴィクトルが槍から手を離したかと思うと、すぐにその槍を踏み台に変えて縦に回転しながら飛び上がり驚くヴァーリの後ろへと回り込んできたのだ。しまった、と思うヴァーリだったが先程まで全力で押し返していたために振り返ることが出来ずに彼に無防備な背中を晒してしまう事になる。
「落ちろ!」
「クッ!?」
落下による重力と回転による遠心力の恩恵を受け威力を高めた蹴りをヴァーリの光翼目掛けて勢いよく叩きつけるヴィクトル。さらにヴァーリに当たる一瞬だけ足に骸殻を発動させて破壊力を最大限にまで高める。それをまともに食らわされたヴァーリは地上へと勢いよく落下していく。
だが、彼女とて簡単にやられてやる気はない。すぐに持ち前のセンスで体勢を立て直そうとする。しかし、どういったわけか自身の翼が上手く機能せずに結局、為すすべなく地上へと叩きつけられる事になってしまう。
『ヴァーリ、先程の攻撃で翼が欠損した。今の状態で相手から力を奪えば暴発しかねんぞ』
「そう……狙ってやられたわけね」
「白龍皇ほど有名な物は逆に対策も立てやすいのでね」
「うふふふ……そう、そうね」
遅れて地面に降り立ったヴィクトルが皮肉気に告げてくるがヴァーリは特に気に留めたようなそぶりも見せずに笑い声を上げる。ヴィクトルは訝しげに眉をひそめるが直ぐに何故笑っていたのかを悟って立っている場所から逃げ出そうとする。しかし、それは間に合わなかった。
「これが私の全力です!」
「グウゥッ!?」
辺り一帯に巨大な魔法陣が浮かび上がりそこから無数の極太のレイザーの様な光の光線が縦横無尽に噴き出てくる。ヴィクトルは光線に対して受け身を取ることも出来ずにくぐもった悲鳴を上げながら吹き飛ばされ、その身を焼かれていく。魔法陣はルフェイが、戦闘が始まった直後から用意しておいた物だ。発動までに時間がかかるのが難点だがその威力は折り紙付きだ。
「ルドガーさん! 美候さん!」
「任せろ!」
「おう!」
ルフェイの声に威勢よく答えた二人が一気にたたみかけるためにヴィクトルの元へと駆け出す。ヴィクトルは手傷を負ったものの、持ち前のタフさから直ぐに体勢を整えて二人に相対する。まずは美候が八人に分身して数で押していく。苛烈な猛攻の前に守勢に回らざるを得ず、苦々しげな顔をしながらも猛攻をさばいていくヴィクトルは流石と言う他ないだろう。
「私の存在を無視されるのは困るにゃ」
だが、相手の攻撃はそれだけに終わらず、守勢に回っているヴィクトルの背中に向けて遠距離から黒歌が仙術と妖術を混ぜ合わせた青白い波動弾を放ってくる。目の前の美候達のせいで満足に回避することも出来ずにヴィクトルは攻撃をもろに受けてよろめいてしまう。そこにチャンスとばかりに美候達が一斉に襲い掛かってくるがヴィクトルは何とかすぐに持ち直して逆に敵の半数をハンマーで吹き飛ばしてしまう。
「痛って! やっぱこの程度じゃやれねえか」
その中には本体の美候も入っていたらしく三体が消えて一人が残っていた。吹き飛ばされなかった他の四人は本体が戻ってくる時間を稼ぐためにヴィクトルを囲い動けないようにする。ヴィクトルは油断なく周りを取り囲む美候達と周囲を見渡して、ふと、あることに気づく。
ルドガーの姿が先程から見えないのだ。同時に自身に影がかかるのを察知してまさかと思い、急いで上空を見上げる。するとそこには長刀の切っ先を真っ直ぐこちらに向けた状態で腕に力を込めて突き出そうとしているルドガーの姿があった。ヴィクトルはその構えがなんであるかをよく知っていた。それは王の技―――
「食らえ、覇道滅封!」
「グゥゥッ!?」
長刀が突き出された瞬間、刀身から圧縮された赤い闘気が解放される。解放された闘気は立ち塞がるもの全てを滅ぼし封じる、覇道を体現するかのように一直線にヴィクトルを貫く。咄嗟に双剣でそれを受け止めるが堪え切ることが出来ずにヴィクトルは吹き飛ばされて倒れてしまう。だが、この程度では終われないと言わんばかりにヴィクトルは血の混じった唾を吐き捨てながら立ち上がり『サイカトリス』を使って回復する。
「ガイアスの技も使ってくるとはな……ただの真似ではないな」
「ああ、これは“みんな”との旅の記憶を思い出した後に至った
禁手……揺るぎなき信念との絆だ」
「ジュード達の技を借り受けているのか。ふふふ……懐かしいな。だが……忘れたのか? どこの誰が彼等を―――殺したのか」
やけに芝居がかった声で告げるヴィクトルに対してルドガーは何も言わずに今度は指揮者のサーベルに持ち替える。軽く指揮棒を振るうとヴィクトルを中心に巨大な水の渦が生まれる。そして、ルドガーが左腕を振り上げると巨大な水柱が荒々しく立ち上がり無抵抗なヴィクトルを飲み込んでいったかと思うと凍り付き一種の彫刻の様な優雅さを醸し出す。
「聞こえるかどうかは分からないが言っておくぞ。お前が殺したジュード達は俺の仲間とは全くの……別人だ!」
ルドガーは確固たる意志を持って俺とお前は違う人間だと宣言すると共に力強く腕を横に振るう。その瞬間、巨大な氷柱は凄まじい音と共に砕け散っていく。
「これでお終いだ。グランドフィナーレ!」
砕け散った氷は光を浴びてまるで煌めく宝石のように美しく辺りを照らしていく。その光景を作りだしたルドガーだけでなくヴァーリ達やイッセー達も見惚れたように見つめていたが、突如として現れた余りにも馬鹿げた力を感じて一斉に細かな氷が舞い上がり見通しの悪い中心地に目をやる。
「なんだ……このふざけた力は? フル骸殻でもこんな力は出せないぞ……」
初めはヴィクトルの力かと思ったルドガーだったがヴィクトルとは明らかに質の違う無限とも呼べる力に恐れおののく。そして、宙に舞った氷がゆっくりと地面へと落ちていくにつれて立っている者の姿があらわになっていく。まず初めに見えたのは黒色だった。どこまでも黒く、まるで一切の光を奪った闇のような結界があった。
その結界が解かれると始めにヴィクトルの姿が見え、次に彼の足もとに立つ肌以外が全て黒い少女の姿が見えてきた。少女の姿を見た瞬間にルドガー達は血が凍るような感覚に襲われた。その可憐な姿に似合わぬ圧倒的な存在感と力が確かな敵意をルドガー達に向けられていたのだ。
「我……ヴィクトルをイジメる奴、許さない」
以前であれば虚無以外何も映していなかったであろう黒曜石の様な瞳に怒りを灯した無限の龍神―――オーフィスがそこに立っていた。
「オーフィス、何をしに来たのだ。私には助けなどいらない」
「でも、ヴィクトル、イジメられてた」
「戦いなのだ。仕方のないことだ。お前は家に帰っていなさい」
「やだ。我、ヴィクトルを守る」
オーフィスが来たことはヴィクトルにとっても予想外の事であったらしく若干戸惑いながら帰るように促すがオーフィスは言う事を聞こうとはせずにヴィクトルを守ると言って聞かない。子供には殺しの現場を見せたくないという思いを抱くヴィクトルは内心頭を抱えたい気分であったが何とか頭を働かせてオーフィスにあるお願いをする。
「私を守りたいのなら、私とルドガー以外を戦いに入ってこられないようにしてくれ」
「ヴィクトルに似てる者?」
そう言って、小さな指でルドガーを指差すオーフィス。何気ない行動だが指を差されたルドガーは生きた心地がしなかった。
「そうだ。私はルドガーと戦いたいのだが邪魔が入ってね……私の願いを聞いてくれるかい?」
「わかった。我、ヴィクトルの力になる」
「ありがとう、オーフィス」
礼を言い、本人も気づかぬままに優しげな笑みを浮かべながら軽くオーフィスの頭を撫でるヴィクトル。撫でられたオーフィスは気持ちよさそうに猫のように目を細める。そして、撫でられるのが終わると少しだけ張り切ったように抑揚のない声に嬉しさを滲ませてヴァーリ達とイッセー達に向き直る。
「我、がんばる」
それだけ呟くと軽く腕を振るうオーフィス。すると、線を引く様にヴァーリ達が立っている場所以外の地面がいとも簡単に消し飛び、地層がむき出しになる。黒歌はその光景に世の中には理不尽という物が確かに存在するのだと理解し、ルドガーの元に行こうとすれば蚊でも殺すようにやられてしまうだろうと悟る。
「これは……今の私だと戦っても勝負になりそうにないわね」
ヴァーリは己の夢の為にいつかは世界最強であるオーフィスとも戦う事があるだろうと思っていたが格の違いを見せつけられて夢の実現にはまだまだ時間がかかりそうだと苦笑いを浮かべながらここから先には立ち入り禁止とでも言いたげに引かれた線を見る。オーフィスは黒歌達が入って来ることがないことを確認すると満足したのかその場にちょこんと座りルドガーとヴィクトルを眺める。
「ルドガー……」
「黒歌、悪いけど俺からも頼むよ。こいつとの戦いは俺に任せてくれ」
「……分かったにゃ。絶対勝ってよね」
「ああ」
心配そうに自分を見つめる黒歌にルドガーが自分だけに戦わせてくれと頼み込む。黒歌は何か言いたそうな顔をしたが、それを飲み込んでエールを送るだけにとどめる。ルドガーはエールに力強く答え、背を向ける。黒歌は愛しの人の背中を見ながら無意識の内に祈るように手を胸の前で組み合わせてしまう。悪魔であっても何かに祈らずにはいられなかった。愛する人にどんな形であっても生きて帰って来て欲しいと。
ヴィクトルとルドガーはしばしの間、様々な思いを胸に抱きながら見つめ合っていたがやがて、どちらからともなしに時計を取り出し鏡合わせのように構える。ルドガーは真鍮の時計を、ヴィクトルは黄金の時計を。
「これで、今度こそ終わりにしよう。ルドガー・ウィル・クルスニク」
「元々そのつもりだ。“ルドガー・ウィル・クルスニク”」
二人が同時に黄金の光に包まれてその姿を変える。全身を鎧の様な装甲に覆われた骸殻の到達点、フル骸殻。二人の姿で違う点はその色だけ。希望を表すような金色のラインを持つルドガー。絶望の末に殺した、愛する者の血で染まった赤色のラインを持つヴィクトル。両者が巨大な槍を構え共に直線的に動き出し、信念を籠めた槍がぶつかり合い、静まり返り、息をする音すら聞こえない周囲に轟音が響き渡る。それこそが最後の戦いの開始を告げるゴングだった。
後書き
次回で決着がつく予定です。
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