101番目の哿物語
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第二十一話。妖精の神隠し
少女が呟いた直後、辺りは茨の壁に囲まれた美しい広大な庭園になっていた。
その庭園の花壇には色とりどりの花が咲き乱れていて、その庭園の中央にあるアーチの先……一番奥の壁に。
「音央……」
制服姿の六実音央が、まるで囚われたお姫様のように茨の中に捕まっていた。
その光景を見て呆然とした俺に、『神隠し』の少女が囁く。
「あの子はあの日、自分が見ている夢が貴方を消すかもしれないと思って……自分の存在を無意識のうちに放棄しようとしました。それ以来、ずっとここに逃げていたのです」
「それでも、逃げた先でも俺と過ごす夢を見てしまったっていう事か……やれやれ」
絶対に『助けて』と言わない気の強さを持つ少女。
だからこうして想いが溢れてしまうんだ。
素直に生きられれば楽なのだろうが……まあ、ツンツンした天邪鬼な性格だからこそ音央らしいとも言える。
「さてと。それじゃあ……お姫様を助けに行くかな」
そう言って俺が一歩を踏み出そうとした瞬間。
「あ!」
『神隠し』の少女の叫び声が聞こえ、俺を阻むように両サイドの壁からシュルシュルと地面を這うように茨の蔦が伸びてきた。
その蔦は俺の進路を阻むかのように、俺の目の前でうねり始めた。
「どうして来たのよ」
瞳を閉ざしていた音央がその目を開けるやいなや、強気な眼差しを俺に向けて睨みつけてきた。
音央の言葉と今の状況から察するとこの蔦植物を操っているのは音央なのだろう。
そして、この阻みっぷりからして俺に近づいて欲しくないという事なのだろう。
「どうして、って囚われのお姫様元に騎士が来る理由なんて昔から変わらないものだよ?
君を______救いに来たんだ!」
「なっ……ば、馬鹿じゃないの⁉︎」
「馬鹿で結構。目の前で苦しんでいる女の子を救えるのなら俺は一生馬鹿でいい」
「馬鹿よ。あんたは本当に大馬鹿よ!
なんで……なんでよ。なんでよりによってあんたが来ちゃうのよ」
「誰かさんが俺の夢を見たからじゃないか?」
「うぐっ、それは……」
「冗談だ。友達が、しかもとっても可愛いらしい美少女が困っていたら助けるのは当たり前だろ?」
目の前で畝っている蔦植物を気にせずに歩き出そうとした瞬間。
「あ、危ない!」
『神隠し』の少女の叫び声と同時に、茨の蔦が俺の両腕に絡みついてきた。
茨の棘がジャージ越しに肌に食い込み、全身に鋭い痛みが走った。
「来ないで!」
「まあ、君ならそう言うよね」
全身が痛む。
だがそんな痛みを気にする事もなく、俺はそのまま歩き始めた。
「疾風さん! この『妖精庭園』は……彼女の心の中そのものです! 何者にも踏み入れられないように、固く閉ざした絶対の空間……疾風さんを敵とみなしたら、無限の茨に襲われます!」
「ああ、解った! ありがとう」
外敵とみなすならみなせばいい。
そんな程度じゃ俺は止まらない。
そんな思いで、俺はさらに一歩、足を踏み入れた。
シュルシュルと伸びてきた茨によって腕に傷が付けられるが……。
こんなもの、アリアや一之江から受ける痛みに比べたら全然大した事はねえ!
桃まん買い忘れただけで銃撃された前世や突然背中を刃物で刺されたりしている今の俺の日常を舐めるなよおおおお‼︎
「いや……嫌だ、来ないでよ‼︎」
うっ、涙目になってそんな風に言われると結構来るな。精神的に。
「なんかその言い方だと暴漢してる犯罪者みたいに聞こえるからやめてほしいな」
「う、うっさいバカ!」
そんなやり取りをしながらも、絡みついてくる茨の蔦の中を気にせず歩いて音央に近づいて行くと、蔦の刺によって腕や頬、足、胸といったように全身を切られるが、そんな事は大して気にならない。
______それくらい、俺は怒っているんだ。
「っ、バカっ、ち、血まみれになってるじゃない!」
「そうしたのも君だろ?」
我ながら意地の悪い言い方だなぁ、なんて思う。
だけど俺は彼女に解ってほしい。伝えたい想いがあるんだ。
俺の想いを知らない彼女は俺を睨み、唇を噛みながら泣き出しそうな顔をしながら叫んだ。
「どうしてよ! どうしてそこまでして、あたしなんかを!」
「なんかって。ファンがいるくらい皆んなから好かれているじゃないか」
「なんかはなんかよ! あたしが、あたしが、皆んなを消したかもしれないんでしょ?」
音央のその言葉に、俺の後ろで見守っていた『神隠し』の少女が息を飲むのが伝わってきた。
「先生も、パパも、ママも、お友達も……皆んなみんな、あたしが夢を見たせいでいなくなっちゃたんでしょ⁉︎
そして、モンジも……!」
そうか。気づいてしまったのか音央は。
……いや、薄々感じていたのかもしれない。
自分の身の回りの大事な人がいなくなっているという事に。
周りから人が消えていけば、そりゃあ違和感も残っただろう。
いくら『世界』が上手い事修正しても、人の『心』にある欠落まで綺麗に埋める事は出来ないのだから。
それに……音央は覚えていたんだ。
夢を見て、その人と一緒に過ごした、という事を。
楽しく過ごして、いなくなったら悲しかったという気持ちを。
記憶は調整出来ても、気持ちまで『世界』は弄れなかったんだ。
「だから、だから消えてしまえばいいのよ……あたしなんて……あたしなんて、いなくなっちゃえば、いいのよ‼︎」
何て言えばいいのだろう?
何て声をかければ音央を救えるんだ?
かける言葉なんか見つからない。
どうやって声をかけたらいいのか解らない。
だから俺は行動に移す。
言葉で現せなくても気持ちで現せる事もあるから。
だけどさらに近づこうとした俺に、両サイドの壁だけではなく四方八方の壁から伸びてきた茨の蔦が立ち塞がった。
これ以上一歩たりとも進ませないというかのように、念入りに、凄まじい力でぐるぐると俺に絡みついてくる。
「だから……だから、来ないで、モンジ……あたし、気づいたの」
ボロボロ、と大粒の涙が音央の瞳から溢れ落ちた。
「あたし……あたしは、本物の音央じゃないのよ」
音央がそう言った瞬間。
辺りの全ての茨が。庭園の花々が。
全て真紅色に染まった。
『妖精の神隠し』。
それは、妖精が人間の子供と妖精の子供を入れ替えるという話。
一晩、行方不明になった音央は、周囲の人々からまるで『別人のようになった』と言われ、噂された。
そう。その噂こそが今回の本当の原因なんだ。
無事に帰ってきた音央は『妖精』で。
本物の音央は『妖精の国』にいる。
それが実現してしまったんだ。
つまり、みんなの前で明るく過ごす『薄い茶色の髪』をした、アイドル的な存在である『音央』こそが『ロア』であり。
______『本物の音央』は……『神隠し』として夢の中でずっと過ごしていた方だった、というのが今回の『神隠し』事件の真実だ。
「どうして偽物のあたしの為に、あたしなんかの為に、ずっとずっと……本物のあんたが、本物のくせに『神隠し』なんてやっていたのよ‼︎」
泣きながら絶叫する音央。
俺の後ろからも鳴き声が聞こえる。
「それは……だって……」
「だって、何よ‼︎ 大好きな人、大事な人を消し去ってまで、なんであたしみたいな化け物の為に人を消したりしてたのよ‼︎」
前門の『音央』、後門の『神隠し』。
俺を挟んでの、音央と音央の喧嘩。
美少女二人に挟まれるなんて、ヒステリアモード時の俺には嬉しい至福の時間だが……いかんせん、シリアスな空気のせいか素直に喜べる状況ではないのが残念だ。
「それは……貴女は、私の希望でしたから」
そう、涙声で告げる『神隠し』の音央。
「き、希望?」
『妖精』の音央は意味が解らないというように疑問気味に言った。
だが俺はその意味に気づいた。
気づいてしまった。
______そう、多分、希望だったんだ。
二度と人間の世界、外の世界に出る事が出来ないと理解した音央は、夢の中からずっと『妖精』の事を見続けていた。同一人物である以上、好きになる人も嫌いになる人も一緒だったのだろうからな。
だから、消える前に。
せめて気分を良くしようとしていた。
消えてしまうのだから、せめて心穏やかなままいなくなるようにしていた。
……消失の痛みは、自分が負えばいい。
妖精は、何も知らずに明るく楽しく過ごしていればいい。
そう、諦めるしかなかったんだ。
『妖精』はロアだから、噂が無くなったら消えてしまう。
でも、『妖精』である彼女は何も知らない……自分の事を『音央』だと思っているから、誰かを消したりする事も出来ない。
もしかしたら『妖精』が消えれば自分は元の世界に戻れるかもしれない、と考えた事もあった。
だけど出来なかった。
______何故なら『妖精』は自分の思い描く最高に素敵な人生を、楽しそうに歩んでいたのだから。
そして、その楽しさと喜びは、自分の中にも流れていたのだから。
だから、そんな彼女を生き延びさせる為には______自分が人を消すしかない。
『神隠し』として、人を消し続ける事でしか『妖精』の存在は維持出来ないのだから。
あの明るい笑顔を絶やさない為に。
自分の分身……自分自身の『希望』を絶やさない為に。
少女は『神隠し』という鬼になる事を選択したんだ。
それがこの『妖精の神隠し』という都市伝説______だと言うのなら。
俺はその都市伝説を……。
「変えてやる!」
「えっ?」
「変えてやるよ!
どちらかしか幸せになれないような物語なんてそんなの認めない!
そんな物語はみんな俺が変えてやる!」
「も、モンジ?」
「……は、疾風さん?」
突然大声を上げた俺に驚いたのか喧嘩を中断して俺の方を見つめる二人。
俺はそんな二人の視線を感じつつ、言葉を続ける。
「本物じゃないから?
希望の存在だから、自分はどうなってもいい?
……ふざ、けるな‼︎」
『そんなの俺は認めねえええええ‼︎』
「うおおおおお‼︎」
大声で叫びながら俺は体を動かす。
肌に大量の刺が食い込んできた。
このまま無理矢理動かして、歩けば大事な血管すら傷つけて俺の体は修復不可なダメージを負ってしまうかもしれない。
だけど、それがどうした!
目の前で泣いてる女の子がいる、それだけで自分の体の事なんてどうでもよくなる。
傷ついた女の子がいる、それ以上の辛さなんてないのだから。
ヒステリアモードが続いているせいか、何がなんでも目の前にいる女の子を助けたい!
そう、思える。
いや、違うな。目の前にいる女の子だけではない。
俺の背後にいる『神隠し』の少女も俺は助けたいんだ!
俺が救いたいのは、『音央』なんだから。
だから俺は……。
「俺は怒っているんだ、音央! どっちの音央にもだ‼︎」
「っ‼︎」
「っ⁉︎」
同時に息を呑む気配を感じながらも俺は体を動かし続けた。
刺が瞼に刺さるが、俺は気にせず顔を突き出した。
刺が手首に刺さるが、それも気にせず俺は腕を振るった。
刺が首筋に刺さるが、それも気にせず、俺は足を踏み出した。
踏み出した途端、真紅の蔦に俺の血がさらに降りかかった。
「や、やめてモンジ‼︎」
「やめて下さい、疾風さん‼︎」
前と後ろからかかる悲痛な叫び声。
いつもの俺なら、女の子にそんな声を出させたりしないだろう。
女の子は笑顔じゃないといけない、と思っているからね。
いや、そもそも普段の俺なら、女性と関わろうとすらしないかもしれないけど。
だが……。
今の俺は腸が煮えくり返っている状態だから、そんな事を気にしていられない!
「間違ってないが、気に入らないな‼︎」
俺の姿は血まみれになっているだろう。
大量の茨に刺されたせいか、かなりの出血をしているのが自分でも解る。
貧血でぼんやりして意識を失いそうになるが、倒れそうになるのを気合で堪える。
ここで俺が倒れたら彼女達を救う事なんて出来ないからな。
「自分が消えればいいとか、自分が辛い目に遭えばいいとか、そんな事は言うなよ!
音央は音央らしく『うっさいバカ!』とか言って強がれよ!
君の悩ましい体型に癒やされる男の子は俺だけじゃないんだよ?
君は弩級戦艦級の立派な武器を持っているんだ!
それに女の子のファンがいるって理亜も言ってたんだ!
明るくて、元気でスタイルもいい……。
一之江が欲しくて堪らないものを持っているのに……。
人に求められてるのに、勝手に消えようとするなよバカ!」
「なっ……あ、あんたに言われたくないわよ、バカ‼︎」
「『神隠し』の方の音央もバカだ!
自分が犠牲になればいいとか、そんな事言うな!
本当は自分も外に出たかったんだろう?
音央と一緒に、笑顔で過ごしたいと思っているんだろう?
なら、何で諦めて達観してるんだよ、バカ‼︎」
「っ……一緒に、なんて……それが出来ないから……!」
「出来る‼︎」
無理、という言葉は禁止されてるからな。
前世の相棒に……。
前世でも色々な事件に巻き込まれ、そして今まで体験してきた経験から断言出来る!
人間、死ぬ気になってやれば出来ない事なんてない。
それを俺は学んだんだ。
だから俺は音央に伝えたい。
諦めないで挑むという『強さ』があるという事を。
「出来る‼︎ 俺がやってやる! だから諦めるな‼︎
二人とも、自己主張するのは胸だけじゃなくて、思っている事を……ちゃんと本心を言え‼︎」
そう、本当だ。
本当の気持ちを俺は知りたいんだ。
「う、うるさい、うるさい、うるさいいいいい‼︎」
『妖精』の方の音央が叫んだのとほぼ同時に、大量の茨の蔦が襲いかかってきた。
万力のように締め付けてくる強力な蔦。
その刺は既に鋭利な刃物のように硬く鋭くなっている。
その蔦が俺の全身を包み、巻き取ろうとしてきた。
だけど……。
俺は『全身』を巻き取られる事はない、と知っている。
さっきから……いや、ずっと。
背中に感じる温かさがあるからだ。
「あ、あの……疾風さん?」
背後にいる『神隠し』の少女は気づいたようで。
おずおずとした態度をしながら尋ねてきた。
「どうして疾風さんの背中は……茨に包まれないのですか?」
彼女がその疑問を口にした瞬間だった。
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ!
突然、着信音が鳴り響き。
『神隠し』と『妖精』。
二人の音央が驚いている間に、それは勝手に鳴り止み……。
『もしもし、私よ』
ズボンのポケットに入れていたDフォンからそんな電子音っぽい声が聞こえた。
『今、貴方の後ろにいるの』
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