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竜門珠希は『普通』になれない

作者:水音
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4人兄弟姉妹、☆空レストランへ行く
  結局あなたが一番最低です。会話の内容的に

 

 あのオタ妹との待ち合わせにメールで指定した場所でお兄ちゃんが車を停めると、すぐに結月は見つかった。いや、正確に言えば助手席に座るあたしから結月の姿は見えないけど、たぶん結月は見つけた。

「お兄ちゃん。出撃(ソーティ)

 あたしは視線の先、四人ほどのチャラい感じの服と雰囲気の男たちの群れが何かを取り囲むように円陣を組んでいるのを指差してお兄ちゃんに単独出撃命令を出す。
 これも姉としての本能なのかどうかは別にして、街に出ればほぼ毎回スカウトの名刺をもらってくるような可愛い妹が、こういう雑多な人ごみの中で目立たないわけがない。淡い栗色の髪の毛はさらさらストレートだし、目鼻立ちもすっきりしていて、肌も白いしキメ細かいし――とにかく美少女を三次元化したらこうなるんだなぁ、と言ったほうが一部の人間には理解が早い。
 そしてその丸い瞳を潤ませてじっと見つめた後、う○ちーの声真似して「おねがぁい♡」と訴えかけてくるから(あたしを除いて)あたしの家族は誰も敵わない。ましてや昔からあの()は初対面の赤の他人からも可愛がられる先天性の愛され属性の持ち主だ。本当に、長女のプレッシャーに晒され続けてすっかりくたびれたあたしとは大違いだ。

 ……あ、そう考えるとなんかイラついてきた。
 あたしも実体験してるからこそ言えるし、理解してる。女同士の嫉妬は醜いね、うん。嫉み、妬み、僻み、憎み――若干の違いはあれど日本語の世界にはいろんな言い方があって困るよほんとに。

 けれど、だよ。どこぞの漫画にでもあるんじゃないかと思うくらいキレイに男、女、男、女と生まれてきた4人兄弟姉妹とはいえ、この姉妹格差はどうして生まれてしまったのか。もういっそ結月は突き抜けるところまで突き抜けて可愛がられまくられてしまえばいいよ、とまで思うくらいにね、うん。可愛がられまくられてしまえば、って表現も日本語的におかしい気がするよほんとに。

 まあ、どう可愛がられるかが一般向けと成人男性向けによって大きく異なるけど、この点に関しては今明記しないでおくのが正解だと思う。


「ぅえ?」
実妹好き(シスコン)として、最愛の妹が見ず知らずのナンパ野郎に好き勝手触られ、弄ばれ、舐め尽くされ、ぶっかけられ、嬲られるのを黙って指咥えて見てるのはどうかと思うよ?」

 俺が行くの? と面倒臭そうに尋ねられ、あたしは理由を率直に答える。
 すると、お兄ちゃんもお兄ちゃんで率直に返してきた。

「お前のそのエロ同人的な喩えはさておき、その構図はNTR(寝取られ)好きにはたまらんとおも……ぅぐふっ!?」

 気付いたらあたしの右手はお兄ちゃんの左脇腹にグーパンを放っていた。後悔はしていない。やったのはあたしじゃなくて、あたしの右手だし。
 もちろん後悔なんてしていない。否、するわけがない。
 大事なことなので二度――以下略。

「ちょ、ちょい待、て……っ。俺、これから、出撃する……のに」
「いい。あたしが全員ブチのめしてくる」
「ま、待てって。それはさすがにマズいって」
「何でよ?」

 ノールック状態のあたしが放った右フックを脇腹にクリーンヒットされたお兄ちゃんは脇腹を左手で抑えつつも何とかシートベルトを外し、右手の指の骨を鳴らすあたしの肩を右手で掴んできた。
 口調が普段と違って切迫していたせいもあって、あたしも動かずにお兄ちゃんの次の言葉を待つ。

「だってさ、お前の仕事的に手を怪我したらヤバいじゃん? あと、俺にとっちゃ結月もお前も妹だし。お前だって一応女の子だし?」
「え? あ、うん……」

 お兄ちゃんの言いたいことはわかる。もう一人の妹(あたし)の心配をしてくれてるのもわかる。けど(あたし)としては頭の弱い(ゆづき)の現状に困っているわけで。しかも血が繋がってるとはいえ、実兄とはいえ、イケメンだからっていちいち言い訳するのも様になっているから余計に困るわけで。

 ……あと、お兄ちゃん。あたしの仕事の心配をしてくれるのはありがたいし、あたしを妹だって認識してくれてるのも嬉しいんだけど、どうして「女の子だし」の後にクエスチョンマークが付随するのか教えてほしいなぁ(ニッコリ)


 まあ、あたしはお父さんとお母さんから護身術を習わされたんですけどね。何しろ昔から可愛かったから不審者からの接近事例が多くて多くて――なんて理由言わせんな恥ずかしい。おかげで今じゃ体力と精神力だけはブラック企業社畜レベルですよ。

 それに常識的観点から見ても、一応も何も妹が女性以外ってのはありえないんですけど?
 いや、確かに古典文学的に「我が妹」は実妹でも義妹でもないんだけどね、男の娘(オトコノコ)の中身はどうあがいても男の子なんだよ。生え(つい)てるんだよ、あたしや結月にはないおちん○ん(シロモノ)が。

「――っつーことでさ、俺たちがすることはひとつしかないわけよ?」

 何がどうして、どうしてその接続詞でその発言になるのかは不問にしておこう。
 何にせよ、普段は些細なことで悩みまくるくせに一度これだと決めたら止めても聞かないあたしと、そんなあたしの性格を熟知しているお兄ちゃんの次の行動は決まった。柔道部員と組み合っても負けないお兄ちゃんと、護身術を含めた体術が一通りできるあたしは一緒に車を降り、あたしにとっても最愛の妹をナンパ野郎の手から奪い取りにいくことにした。


 こいつらオタク装った武闘派DQNじゃねえの? という疑問と指摘はさておいて。



  ☆  ☆  ☆



「やっぱおねーちゃんだけじゃなくアキ兄もいると話が早いねー」
「そうかー? でも結月が無事でよかったよー」

 コスプレ衣装の入ったバッグをトランクに積み込み、普段通りの口調に戻ったお兄ちゃんの運転する車の中、久々の兄と妹――あたしもお兄ちゃんの妹のはずなんだけどなぁ……どうしてこうなった?――の水入らずの会話が続いていた。

 なお昔からお兄ちゃんにべったり懐いていたブラコン妹によって、ブラコンどころかお兄ちゃんをパシリにし、現に今もアッシー(死語)にした姉はあっけなく、さもそれが当たり前であるかのように後部座席へと追放された。
 何となくお兄ちゃんと結月の会話に横入りするのも躊躇われたあたしは手持ち無沙汰を解消すべくスマホを取り出し、都心部の交通状況を調べることにした。


 ナンパ野郎から最愛の妹を守ろうとしたあの後――結果だけ言えば、目に入れても痛くないとまではいかないけど可愛い我が妹(実妹)はあっさり奪還できた。

 まあ、腹筋割れてた学生時代に国体レベルの柔道、空手、剣道の選手相手に一歩も退かなかった声優オタと、刃物持った婦女暴行犯を自己防衛がてら徹底的かつ性的にも再起不能にした体術極めたサブカル女子(注:腐ってなんかいない)に、ヤる気――じゃなかった、()る気満々で距離詰められたら、すんなり尻尾巻いて逃げるのも無理ない話。

 けれどあたしが暴行犯に襲われかけたのを逆に捕まえた当時、事後に警官から「徹底的にツブしたのが金○(そこ)だけだったのはちょっと問題かなぁ」と苦笑まじりに言われたのは納得できない。こっちは処女どころか命の危険を感じたっていうのに。
 唯一この件でよかったと思えるのは、警察とその関係者数人にコネとツテができたこと。こんな強力な手札は普段から場に伏せておくに限るけど――思い返せばこの事件以降、あたしの処女には危機どころか喪失チャンスすら訪れてないんですけど? だからこの話はここでストップ。こんな話をしても誰も幸せにならないよ?


「そんじゃお兄ちゃん。次は聖斗迎えに行こう」
「いいよー。で、場所は?」

 後部座席からのあたしの一言に、バックミラーをチラ見してお兄ちゃんは気前よく返してきた。

 聖斗(まさと)はお兄ちゃんとあたしの弟にして、結月の二人いる兄のうちの一人。そしてこの家族内であたしが唯一認める常識人だ。非オタだ。カノジョは……いないと思うけど、年齢=カレシいない歴のインドア志向のお姉ちゃん(あたし)からすると十分にリア充だ。今朝もコスイベに参加する2歳下の妹とは違い、1歳下の弟は中学最後の夏に全力を懸けるべく野球部の県外遠征へ元気に出かけていった。

「埼玉」
「……は?」
「埼玉県さいたま市。ここまで言えばご理解いただけました?」
「い、いえっさー」

 マジかー、とお兄ちゃんの口から漏れたのが聞こえたけど、余計ないざこざは勘弁なので無視。勘違いさせないためにも言っておくけど、多分にシスコン入っているとはいえお兄ちゃんはちゃんと弟も妹も大切にしてくれている。それはたまにワガママを言う結月も理解している。
 ちなみに現在地はあと数十メートルも歩けば腐った女子が闊歩する領域(バトルフィールド)に近い東京都豊島区池袋。次の目的地は弟が所属する部の遠征で向かった埼玉県さいたま市浦和区だった。



  ☆  ☆  ☆



「ありがとうございま(――――)したっ!!!」

 すっかり日も落ちた中、車内にお兄ちゃんが好きな音楽(アニソン)を大音量で流しながらあたしたちが聖斗の遠征先の学校まで到着すると、ちょうど解散の声が響いてきた。

 周囲には息子たちを迎えに来た親御さんたちの姿とその車があって、学校が出したマイクロバスもグラウンドの近くに停まっているのが見える。加えて遠征先で小さな大会でもあったのか、まったく異なるロゴや刺繍が施されたユニフォームが5、6種類はあった。

「うわぁ。結構人いるねぇ……」
「この中から聖斗(アイツ)探すのかー。疲れるー」

 選手とその家族、部の監督、コーチや審判などの関係者、もろもろ含めると100人はいるんじゃないかと思える眼前の光景に、運転席と助手席に座るあたしの兄と妹(オタ2人)は基本的に人ごみが苦手というお約束(・・・)を臭わせてきやがった。
 あたしだって、人ごみ苦手なんですけどねー。

 けれど、車内に引きこもってても仕方ないわけで。


「とりあえずあたしだけ降ろして。聖斗見つけてくる。挨拶ついでに」

 そう言って、あたしは車を降りて人ごみの中に向かった。

 こういう場合、てっとり早く見つけるにはまず聖斗と同じ学校の息子を持つ親を見つけることだ。とはいえ、父兄には当てはまっても保護者ではないあたしが1歳下の弟と同じ部活に入っている息子を持つ親を探すというクエストは相当に難しい。無為無策で末期状態のヤンデレ発症したカノジョとすんなり縁を切るより難しい。そこまで命懸けじゃないけど。

 でも、あたしにはできる。

 なぜなら、あたしはお兄ちゃんや結月(あのオタども)とは違うからッ!

 変に厨二病とか病んでないし!
 あそこまでコミュ障じゃないし!
 ちゃんと普通(ノーマル)の友人いるし!
 ちゃんと隠してるし!(何を? という質問は却下)


 ――とか思って人ごみの中を単独突破していると、前方に見たことのある後ろ姿が見えた。あの後ろ姿の二人は確か聖斗の同級生のお母さんたちだ。しかも、奥様二人ともあたしの顔を知っているし、その同級生とはあたしも顔見知りだ。

「お疲れさまですー。(はやて)くんと凌太(りょうた)くんのお母さん」
「あ、お疲れさま。お姉ちゃん」
「今来たところ?」
「はい。そうです。ちょうど兄が車を出してくれたので」
「あらそうなの? 仲がいいのね」
「いいなあ。ウチの子たちにも見習ってほしいわあ」

 会話の隙間を見つけ、やや後ろからさりげない感じで中学3年の息子を持つ奥様二人のパーソナルスペースに入り込み、さも最初から三人でいたかのように世間話という建前の中身のない話を始める現役女子高生(JK)。あたしの所作や話の運び方に違和感がないというのは今は褒め言葉として受け取っておこう。

 傍から見るとこの奥様二人ともあたしの母親と紹介しても問題ない美貌(がいけん)をお持ちだ。
 颯くんのお母さんは肌が白く、おっとりクール系のいいとこ育ちのお嬢様で、駆け落ち気味に今の旦那さんと結婚したって噂だ。一人息子の颯君が相当可愛いらしく、聖斗づてに母親に対する颯君の愚痴を聞いたことがある。そしてなぜかあたしのことを「お姉ちゃん」と呼んでくる。せめて「聖斗の」という接頭語をつけてほしい。これじゃまるであたしのほうがB○Aだと思われるし。あたしは美魔女とかじゃないし。ちゃんと平成の生まれだし。
 対して凌太くんのお母さんは既に3人の子持ちパートタイマー。すっかり子育てに慣れてしまったせいか、誰に対しても気さくで親しみやすい女性(ひと)だ。聖斗の話によれば、末っ子でお調子者の凌太くんは上二人が兄と姉で、何かと兄姉弟(きょうだい)間で喧嘩ばかりしてきたとか。

 これらは現役女子高生(あたし)が奥様方と些細な日常会話を繰り返すうちに手に入れた情報だ。仲良しお母様のネットワークをナメるなよこの世の息子・娘ども。下手するとおねしょ遍歴はおろか、厨二満載の設定ノートだけじゃなく、オ○ホやバ○ブの隠し場所まで他人様(ひとさま)の母親にバレてる可能性があるんだよ?
 まあ、あたしん家に限ってそんなことはないけど。

 何しろ、家の掃除を屋内・屋外とも仕切ってるのはあたしだし、今じゃさすがに家族の部屋で見つけた性癖の欠片くらいで驚いたりしない。少なくとも兄弟妹(きょうだい)三人のうち一人は女性声優のグラビアやステージで歌ってる姿を見て興奮する変態だし、別の一人は性的なことに興味はあれど三次元の男に興味がないという末期患者だ。お父さんとお母さんの場合は――まあ、仕事のストレスとかもあるんだろうなぁってことで理性的に、見なかったことにして片づけている。
 さすがに聖斗の部屋で『お姉ちゃんが優しく手ほどきシてあげる♡』的なタイトルの成人向け実写動画作品(アダ○トビデオ)を見つけた日には聖斗を正座させて某真っ白い魔砲少女のごとくお話(・・)したけど。話す前にちゃんと中開いてタイトルとディスクと背表紙と実際に収録されていたプレイ内容に虚偽がないか確認しといたけど。あとパケ写のフォトショ修正レベルが酷かった事実も加えて報告しといてあげたけど。
 ……個人的には使えそうなアングルがないか分析したけど。

「そういえば、聖斗くん大活躍だったわよ」
「そうそう。ウチの息子とは大違いよ」
「あら? 凌太くんも砂まみれで駆け回ってたじゃない?」
「あんなん、ボール捕れなきゃ意味ないわよぉ。あんた外野だから後ろにそらすなって言ってるのに、何も考えないで突っ込むんだもん」
「でも、凌太くんって凄い打撃センスあるらしいじゃないですか。聖斗も言ってましたよ?」
「そうよ。私の颯なんて、思い切り振っても球が前に飛ばないもの」
「そんなぁ……。颯くんは足も守備もいいじゃないですか。ウチの旦那も感心してましたよ?」

 数時間後には忘れているような話を続ける子持ちの奥様と現役女子高生(あたし)。所作や話の運び方に違和感がないというのはこの場合、褒め言葉だ。絶対に、たぶん、うん……きっと。

 それにまあ、赤の他人であるあたしが言うのもなんだけど、この奥様方の見る目は間違っていない。
 確かに以前、聖斗たちの試合を――スマホ片手にスク○ェスとデ○マスとブレ○ロしながら――見てたけど、颯くんは打撃が打撃に迫力がなく、凌太くんは守備に粗が目立っていた。その分、颯くんは足と守備は甲子園出てもいいレベルだし、凌太くんは思い切りのいい打撃で次々と外野を越える長打を連発する。で、聖斗はちょうど二人の中間。特徴がないと言えば悪口かもだけど、走攻守において無難に活躍するタイプだ。身内という贔屓目に見れば二人のいいところばかり取っているような感じだけど。

「まあ、あたしからすれば、ウチの凌太(バカ)が来年何をしているかのほうが不安ですけどねえ」
「そうね。私の颯もどこに行きたいとか言ってこないし、今はまだ野球一直線なのかもね」

 凌太君のお母さんの一言で、ガラッと話が変わった。現在中学3年の息子の進学先だ。それぞれの家庭環境と現状とざまざまな親子間の葛藤とかが入り乱れる慎重な話題を前にしても、母親以上に家事全般を担ってきたあたしに隙はない。

「聖斗くんはどう? 何か聞いてる?」
「いえ、あたしもまだ何も」
「まあ、夏まで待ってみましょうか。まさかのまさかで全国とか行っちゃえば進学とかそれどころじゃなくなるでしょうし、今ならネットでも資料集められるんだから」

 さすが既に息子と娘を一人ずつ高校・大学へと進学させた歴戦の兵。凌太くんのお母さんはじっと腰を据えて次男から動き出してくれるのを待つ姿勢を取ることを決めたようだった。

「それに、母親は息子の自主性信じてじっと待ってりゃいいのよ。別に高等遊民(ニート)になりたいとか言ってるわけじゃないんだし、ここまでまっすぐ育ってきてくれたもの」

 凌太くんのお母さんの言葉に、あたしと颯くんのお母さんはほぼ同時に、ああ、と小さく漏らす。子どもを進学させた経験のないあたし――てか、あたしは子どもを産んだ経験も、産むために必要な経験すらないんだけど?――と颯くんのお母さんも、凌太くんのお母さんを見習って、家事を掌握する人間として腰を落ち着かせることにした。

 確かにあんな家族(注:あたしを除いて)の中にいながら、聖斗はまともに育ってきてくれた。時折オタ特有の奇怪な言動をするお兄ちゃんと結月を軽蔑するでもなく、比較的あたしの言うことはすんなり聞いてくれる素直さを残して。


 それ以降もあたしたちがすっかり話に夢中になっていると、不意に声がかかった。

「あれ? どうして姉ちゃんがいんの?」
「うおっ! 聖斗のお姉さんじゃないすか! どうしたんすかこんなところで?」
「お久しぶりです。聖斗のお姉さん」

 奥様方との世間話(建前)を止めてあたしが視線を向けると、そこには野球部のユニフォーム姿の三人の男子がいた。
 丁寧に挨拶してくれた一人は野球部員にしては色白で線も細い母親そっくりな颯くん。あたしがいることの何が驚きなのかわからないけど、驚いている一人は少し悪びれた感じの、怪我でもしたのか口元に絆創膏を張った凌太くん。そしてそんな二人の間にいるのがあたしの弟、聖斗だ。

「久しぶりだね二人とも。聖斗の迎えに来たんだけど、元気だった?」

 最後に二人の顔見たのは去年の冬だっけ?
 あの時期はあたしも高校受験の追い込みと仕事の締め切りが重なって修羅場ってたから、たまに二人が聖斗と遊んでいても挨拶できなかったんだよね。

「はいっ! この通り元気っす!」
「おかげさまで」
「あはは……。あたしは何もしてないよ?」

 いや、本当にこの二人には別に何もしてないんだけどね。
 お菓子と飲み物で軽いおもてなしをしたことはあるけれど、別に大したことじゃないし。

「で、姉ちゃんがどうしてここに?」
「うん、お兄ちゃんが休みで家に帰ってきてたから車出してもらった」
「それだけでわざわざ?」
「結月も出かけてたから、そのついで」
「……ふーん。そういうこと」

 ……あれ? なんか選択肢マズった? 微妙に聖斗の機嫌が悪くなったっぽい。
 選択肢が出たら反射的にクイックセーブする癖はあるけど、現実世界にそんな機能はないのが残念でならない。最近の紙芝居ゲーに100以上のセーブはいらなくても、クイックセーブのなかった時代の――いつのだよ? という質問と指摘はナシの方向で――は選択肢ひとつミスっただけで主人公かヒロイン死んでたからね? ていうか100あれば凄いと思える時代だってあったんだからね?


「凌太。今日はもう解散なんでしょ?」
「そうだよ」
「じゃあ、私たちも帰りましょうか」
「うん」

 凌太くんと颯くんの母子(おやこ)の会話を足がかりに、無事に迎えに来た相手を見つけたあたしたちも解散の運びに向かう。

「それじゃあ、今日はお疲れさまです。颯くんと凌太くんのお母さん」
「ええ。お姉ちゃんもわざわざご苦労様」
「いえいえ。あたしは別に」
「それじゃあね聖斗くん。颯くんもまたね」
「はい」
「お疲れ様です」

 相変わらず静かで滑らかな物腰で颯くんのお母さんは颯くんを連れて校門近くにあった白いスポーツカーに乗ると、空きっ腹に響くようなエンジン音を残して去っていった。

 ――って、今日もまた颯くんのお母さんに「お姉ちゃん」呼ばわりをやめてもらうようお願いするの忘れてた。何気にもう既成事実化してる気がしないでもないなぁ……。


「それじゃあ、あたしたちも帰るわ」
「あ……、はい」
「今日は同乗させてくださってありがとうございます。凌太のお母さん」
「気にしなくていいわよ。そうじゃないと凌太(コイツ)が落ち着きないしね」
「は? 何言ってんだよ母さんっ!」
「別にカッコつけなくていいじゃない。男のそういう気持ちもわかるけどね」

「……へ?」
「なっ!?」
「ん?」

 凌太くんの母親の一言に、あたし、凌太くん、聖斗の三者三様の反応が同時になった。

「それじゃあ二人とも、ウチのバカ息子をよろしくー」
「え? は、はぁ……」

 唖然とするあたしたち三人を置いて、凌太くんのお母さんは親は車のほうへさっさと歩いて行ってしまった。

 ……ちょっと待ってください、凌太くんのお母さん。凌太くんのカッコつける場所はどうでもいいにしたって、どうしてあたしまで凌太くんをよろしくしなきゃならないんでしょうか?
 あと、息子さん置き去りにしないで回収してってくださいよ。


「そ、それじゃあ……な。聖斗」
「お、おう……」
「それじゃあ、お、お姉さんも……」
「う、うん。……い、いろいろ頑張ってね凌太くん」
「はい……。すみません」

 すっかり母親のペースに飲まれてしまった凌太くんは、この気まずい空気に耐えきれなくなったのか、先程までの勢いはどこぞに消え、言葉も少なにあたしと聖斗に別れを告げると母親の後を駆け足で追いかけていった。

 うん。何となくこの場の雰囲気的に「頑張って」と声はかけたけど、やっぱりあたしが凌太くんとよろしくする必要はないんじゃないかな。
 別に凌太くんが嫌いってわけじゃないけど、年下異性に興味はないし。


「さて、あたしたちも帰ろ……って、あれ? 聖斗?」

 気持ちを落ち着かせ、凌太くんのお母さんの運転する車が動き出したのを見送り、あたしは聖斗に声をかけながら振り向いた……が、そこに聖斗の姿はなかった。


「姉ちゃん。置いてくぞ」
「早く来ないと置いてくよー」
「おねーちゃん。まだー?」
「ぅえ? ちょ、ちょっと待ってよ!」

 他の学校も解散に入ったせいで車の数もだいぶ少なくなった中、すぐにお兄ちゃんの車を見つけた聖斗は既にお兄ちゃんの車の中にいた。お兄ちゃんと結月も、あたしを急かしてくる。

 え? 何この仕打ち? なんであたしが置き去りにされなきゃならないの?
 さっきの選択肢ってこういうルート?
 てかこれ誰ルートでもないよね?
 まさかのバッド気味のノーマルエンドとか?

 ってか、挨拶くらい最後までさせなさいっての!


 もう、イミワ――(以下略)

 
 
 

 
後書き
 

  ~帰り道。車内にて~

「ちょっと。なんであたしの台詞がカットされてんの?」
「いやー、それは、ちょっと――だよな結月?」
「うん。アキ兄の言うとおりさすがに……ねえ」
「てか姉ちゃん。そのメタ発言っつーヤツ? やめたほうがよくね?」
「聖斗までお姉ちゃんにそんなこと言うの?」
「え? ……えっ? いや、俺は別に……」

「くっ。あなたたちは最低です! 見そこ――」
「だからおねーちゃん。そういうのがいろいろアウトなんだってば」
「……あ、URダブった」
「――って、人の話聞いてるおねーちゃんっ!?」

「こんなときでも11連ガチャとか、さすが俺の妹(マイシスター)
「それこの場合褒め言葉じゃないからねアキ兄っ!?」



「おーい、聖斗。聞こえてるー?」
「なんだよ兄貴」
「一応注意しとくけど、ウチの妹たちみたいな娘とは付き合っちゃダメだぞー?」
「それどういう意味だよ?」
「外見特上、性格良好、運動神経も人並み以上あって特技(スキル)も満載……けど中身ガチオタ」


「………………それ、兄貴の自己紹介じゃねえの?」


 
 
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