大晦日のスノードロップ
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1部分:第一章
第一章
大晦日のスノードロップ
ロシアにまだ皇帝がいた頃の話だ。ペテルブルグの側の小さな村に三人の家族が暮らしていた。
家にいるのは母親と二人の娘。三人はつつましやかながらも仲良く楽しく暮らしていた。
母親の名前はオリガという。ロシアの女らしく豊満な身体で気のいい性格をしていた。夫を早くになくしたが明るい性格で子供達を包んでいた。そして娘達は可愛らしく素直な性格をしていた。
姉はマーシャという。金色の髪に青い目、そして白い雪の様な肌を持つ可愛らしい少女だ。母と妹は茶色の髪に緑の目だが彼女だけ違うのは父親の血らしい。
「御前は御父さんに似たんだね」
母はそんな彼女を見て優しく笑っていつもこう言うのであった。
「その青い目で幸せを掴むんだよ」
そのうえでいつもこう言うのであった。
妹のリーザに対してもそれは同じだった。そばかすのある可愛い顔を眺め、自分と同じその茶色の髪を手に取って言うのだ。
「この茶色の髪で幸せを離さないようにね」
子供達にそれぞれ幸せになれと言う。自分が早くに夫をなくしたせいであろうか。子供達には幸せになって欲しいと思っているのである。本当に優しい母親であった。つつましやかで何もない、生活だったが三人は幸せだった。互いに身を寄せ合って暮らしていた。
そんな日々を過ごしていたある日。都の方から変な話がやって来た。
「スノードロップを!?」
「うん、皇帝陛下が好きだからって」
家の中。暖炉の火をあたりながらリーザが驚くマーシャにそう話していた。
「それで新しい年には宮殿のあちこちをスノードロップだらけにしたいって言ってるらしいよ」
「皇帝陛下がそんなことを仰ってるの?」
「あれ、お姉ちゃん知らないの?」
妹は向かい合って座っている姉にこう言った。その側では暖炉が暖かい火を出していた。
「今の皇帝陛下はね、女の人なのよ」
「それは知ってるわよ」
マーシャは何を今更といった顔でリーザに返した。
「ドイツの方から来た方よね」
「そうそう」
この時のロシアの主はエカテリーナ二世であった。ロシアきっての啓蒙専制君主であり今もなおロシアの歴史において名君と讃えられている。文化を愛する女帝として知られとりわけフランス文化に耽溺していた。元々ロシアは西欧文化と言えばフランス文化という程フランスの文化や芸術を追い求めていた。花も好きなことで知られているのである。
「それでお花をって」
「今冬よ」
マーシャは困った顔で述べた。
「おまけにここは」
「寒いよねえ」
ペテルブルグは極めて寒い。そもそも花自体が少ない。それなのに女帝はそんなことを言い出しているのである。
「おまけにスノードロップって無理よ」
「そうよね」
この辺りではスノードロップはあまりにも寒いせいか春にならないと咲かないのだ。無理な話にしか思えなかった。今は言うまでもなく冬である。
「けれどね、お姉ちゃん」
「何?」
リーザはさらに姉に話した。
「若し見つけてきたらね。お金たっぷりだって」
「お金が」
「そうよ、皇帝陛下だから。お金もたっぷりと出してくれるわよ」
「そうしたらおうちもお母さんも」
「ずっと楽になるわよ」
「そうよねえ、それだけお金があれば。お母さんだって」
「ああ、そんなの気にしなくていいんだよ」
ここで奥で家の用事をしていたオリガが二人に言った。
「お母さん」
「こんな冬にスノードロップが咲くわけないじゃないか」
「それはそうだけれど」
「確かにね、お金は欲しいよ」
「ええ」
「それでもある筈のないものを探しに行くなんて馬鹿なことなんだよ」
「けれど森の奥に行けばひょっとしたら」
リーザはそれでも言った。
「あるかも知れないわ」
「森の中かい?絶対に行っちゃ駄目だよ」
お母さんはリーザがそう言ったのを聞いてすぐに止めた。
「どうして?」
「森の中はね、とても危ないからだよ」
「狼とか?」
「それだけじゃないんだよ。怖い妖精まで一杯いるから。だから行っちゃ駄目なんだよ」
「そうなの」
「そうなのっていつも行ってるじゃないか。いいかい」
そして二人に対して言った。
「私はね、あんた達さえいてくれたらいいんだよ。お金は幾らあってもあんた達がいないと何にもならないんだよ」
これは母親としての言葉であった。
「お母さん」
「わかったね、だから馬鹿なことを考えるんじゃないよ、いいね」
「うん」
二人はその言葉に仕方なしだが納得して頷いた。お母さんの気持ちはよくわかったからだ。
「わかってくれたらいいよ」
娘達が頷いたのを見て安心した。その日はそのままベッドに入ってしまった。
だが。そのベッドの中で娘達は話していた。
「ねえお姉ちゃん」
子供達の部屋でリーザはマーシャに声をかけていた。
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