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妖女

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3部分:第三章


第三章

「そのあんたがそんなこと言って」
「こっちが知りたいのよ」
「だからどうなったのかわからないのよ」
 それでも彼女の返答はこうなのだった。やはりわかっていないのだ。
「体育館裏で姉小路さんと出会って。けれど」
「けれど?どうしたの?」
「何だろう」
 ここでふと不思議な感触が残っていることに気付いたのだ。
「この感触。不思議なのよ」
「不思議?」
「ええ」
 また答える。
「満足してるの。何もわかっていないのに」
「それはまたおかしいわね」
「どうしてかしら」
「だから。それもわからないの」
 返事はここでも要領を得ないものだった。話すその顔もまた同じく要領を得ていない。
「どうしてなのかしらね」
「おかしな話ね」
「本当ね」
 彼女に関してはこうだった。そしてそれは状況が異なり男でもそうだった。やはり告白しその次の日には告白したその相手は要領を得ていない顔になっている。それでいて心は満足しているというそんな矛盾した状況だったのだ。そしてそれを誰も不思議意思わないのだった。
 その不思議に思わない中で。街で所謂柄の悪い連中が清子に目をつけた。学校の帰り道で待ち伏せしたうえで彼女をつけ狙い人気がなくなったところで取り囲んだのだった。場所は公園の前だった。寂れた、しかも深い森のある公園だった。襲うには絶好の場所だった。
 しかし清子はそこにいても表情を変えない。逆にその連中に対して問うのであった。
「何なのかしら」
「わかってるよな」
「楽しませてもらうぜ」
 彼等は下卑た笑いを浮かべて清子に対して言うのだった。
「さあ、わかったら来るんだ」
 中の一人が公園の森の方を指差して言った。もう一方の手には得物がある。アメリカ映画で三下が持っているような、そんな得物だった。他の面々も同じものを持っている。
「下手に暴れても無駄だぜ」
「女が一人でどうこうできるものじゃないぜ」
「そうなの」
 すごまれても態度は変わらないのだった。
「無駄なのね」
「わかったら来いよ」
「いいな、こっちだ」
 また森を指差す。
「相手をしてやるからよ」
「いいな」
「わかったわ」
 意外なことというか信じられないことに。彼女もまたそれに頷くのだった。
「森の中ね。丁度いいわ」
「何だ、物分りがいいじゃねえか」
「だったら早くよ」
「誰もいないから」
 不意にこう呟いた清子だった。
「お腹も空いたし」
「お腹!?」
「何言ってんだこいつ」
「まあいいじゃねえか」
 彼等は深く考えなかった。元々考える頭がないからこそ清子に声をかけたのだが。彼女が森を出たのは一人だけであった。その唇に満足させたものすら浮かべていた。その後この不良達を見た者はいなかった。親達が捜しても何処にも見つかりはしなかったのだ。奇怪なことに。
 このことはすぐに清子が今いる学校でも噂になった。皆怪訝な顔で言い合う。
「何人も一度にか」
「何処に行ったのかさえわからないそうよ」
 そう噂するのだった。
「何処に消えたのかさえね。わからないそうよ」
「まあいいんじゃないのか?」
 だが元々評判の悪い連中なのでこう結論付けられるのだった。
「あんな連中。いない方がね」
「それもそうね」
「そうだね」
 彼等の出した結論はこうなるのだった。
「どっちにしろ街が奇麗になったよ」
「害虫がいなくなっただけなのね」
「害虫ね」
 それを聞いて清子は呟くのだった。
「そういえば。蜘蛛は害虫を食べるものだったわね」
「?姉小路さん」
 隣を一緒に歩いていたクラスメイトの一人が今の清子の言葉にふと顔を向けた。
「今何て」
「何でもないわ」
 だが彼女はこう言葉を返して打ち消すだけだった。
「別にね」
「そうなの。それじゃあいいわ」
「ええ」
 それからも彼女に言い寄る男女は多かったが告白してからのことを思い出す人間はいなかった。それがどうしてなのかさえわからない。しかも清子について悪感情を抱くこともない。これもまた不思議なことであった。
 その不思議な輪、いや網の中に彼女はいた。だが彼女はその中央から一歩も動かないのだった。まるでそこでいつも待っているかのようにだった。
 今日もまた清子に告白する者がいた。それは近くの学校の中学生だった。
「あの、姉小路清子さんですよね」
「そうだと言ったら?」
 登校中だった。通学路で声をかけられたのだ。
「どうするのかしら」
「そ、それは」
 清子に問われておどおどとしだす。見ればまだ初々しい顔をしていて女の子の様にきめ細かな肌をしている。まだ華奢で小さい身体を学生服で包んでいる。そんな少年だった。
「一つ御聞きしたいことがあります」
「聞きたいことがあってここに来たのかしら」
「それはその」
 それを問われてまたおどおどしだす。清子はからかっているつもりはなかったがそれでも彼女は少年を弄ぶようなやり取りをしていた。
「あれなんです」
「あれ?」
「まず御聞きしたいんです」
 勇気を振り絞るようにして清子に言ってきた。
「姉小路清子さん」
「ええ」
 フルネームを言ってきたのだった。
「今、お付き合いしている人はおられますか」
「お付き合いしている人?」
「はい」
 泣きそうな顔で清子に問う。
「おられますか。そういう人は」
「夫・・・・・・いえ」
 何故かここで夫と言うのが謎だった。
 
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