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妖女

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1部分:第一章


第一章

                     妖女
 また随分と古風な外見の少女だった。
 髪は黒のストレートで絹の様な美しさを見せていた。その黒髪を腰まで伸ばしている。髪は身体までを覆っていた。学校のセーラー服を端整に着こなしスカートは今時珍しく膝まである。肌は白く紙を思わせる。華奢な身体は思いの他長身でそのスラリとした姿を映えさせていた。細長い目は意外にも垂れ気味でありそれが微妙な違和感と印象を与えその美貌をさらに周囲に見せつけさせていた。そんな少女だった。
「紹介しよう」
 担任の先生がここで皆に言う。彼女は今教壇の横で先生の側に立っていた。
「姉小路清子さんだ」
「はじめまして」
 その彼女が挨拶をしてきた。表情を変えないまま低めの硬質の声で。皆に対して告げたのだった。その声は何処か上から下へ向けられている響きのするものだった。
「姉小路清子です」
 自分でも名乗るのだった。
「これから宜しく御願いします」
「姉小路君は京都からこちらに移ってきた」
 京都育ちであるらしい。だが言葉にそちらの訛りはない。
「色々とわからないこともあると思うから皆宜しくな」
 最後に担任の先生が言う。それで朝のホームルームは終わりだった。清子はクラスの一員となった。彼女は抜群に頭がよくどんな問題も解くことができた。その為忽ちのうちにクラスでも有名人となったのだった。
「あのクラスの転校生よね」
「そうよ、あの娘よ」
 他のクラスどころか学園全体でも評判となるのにも左程時間はかからなかった。彼女が歩けば必ず何処かでヒソヒソと彼女について話す面々が端に出る程だった。
「すっごく頭がいいそうよ」
「頭がいいだけじゃないわよね」
 噂になるのはそれだけではなかった。
「奇麗よね」
「そうね。まるでお人形さんみたい」
 こう言われるのも常だった。その美貌も噂になっていたのだ。
「この世のものじゃないっていうか」
「何かね」
「特にあれよね」
 ここで彼女のある部分が話される。
「あの目が」
「垂れ目よね」
「その垂れ目がいいのよ」
 目について最も話されるのだった。どちらかといえば頭よりそちらがであった。
「普通ああした顔の人って吊り目じゃない」
「ええ」
 おおむねという感じでだ。確かに清子の様な外見ならば目は狐の様な感じであることが多い。実際に彼女の印象は狐を思わせるものがあった。
「けれどその中で」
「あの目はやっぱりないわよね」
「そうなのよ、そこなのよ」
 話されるのはその『ない』ということについてだ。
「普通はあんな顔にはならないのに」
「けれどそれが余計にね。いいわよね」
「この世のものじゃないみたい」
 それが余計になのであった。切り揃えられた前髪と流麗な眉の下にあるその目がだった。垂れ気味でそれに目をやるとすぐにその黒い、琥珀色の輝きを放つ瞳に見せられる。穏やかでそれでいて離さないような光を放つその瞳に。誰が魅入られるのだ。
「女の子なのに」
「同性なのに」
 これは学校の女生徒達の言葉だ。
「好きになってしまいそう」
「このままね」
「付き合えないかしら」
 その中の一人がふと言った。
「姉小路さんと。どうなのかしら」
「女の子でしょ」
 周りもそれを言う。当然と言えば当然の突っ込みだった。
「無理に決まってるじゃない」
「けれどもよ」
 それでもその少女は言うのだった。諦めきれないような顔で。
「それでも。告白してみようかしら」
「じゃあしてみたら?」
「法律じゃ禁止されていないんだし」
 それは事実だった。日本においては同性愛は法律では全く禁止されていないのである。それどころが我が国は歴史のうえにおいても同性愛者がそれを理由として公で批判されたり逮捕された者のいない国なのだ。織田信長がそれで批判されたことも一度もない。これが日本の文化なのだ。
「そんなに言うのならね」
「わかったわ」
 この突き放しがかえって彼女を後押ししたのだった。
「それじゃあ。行ってみるわ」
「告白するのね」
「ええ」
 意を決した顔で頷くのだった。
「チャレンジしてみるわ」
「そこまで言うのならやりなさい」
「応援はするわ」
 突き放してはいるがそれでもこう言うのだった。
「頑張ってね」
「わかったわ」
 こうして彼女はまずは清子に声をかけた。精一杯の勇気を振り絞って。
「話があるの」
「・・・・・・ええ」
 同級生なのでタメ口だ。しかしそれでも緊張は隠せずその顔は真っ赤で表情も強張っていた。その顔で必死に彼女に告げたのである。
「放課後にね。場所は」
「何処なの?」
「体育館の裏側」
 そこなら人はいないからだった。実はこの学校のそうしたスポットでもあるのだ。
「そこに来て。いいかしら」
 言いながら目線はじっと上の方だった。清子の反応を窺っているのである。
「それで」
「ええ」
 そして清子もそれに応えた。頷きはしないが言葉で頷くのだった。
「わかったわ。じゃあそこで」
「・・・・・・いいのね?」
 もう一度清子に問う。上目で。
「それで。いいかしら」
「いいわ」
 また答えた。答えに変わりはなかった。
「それでね。じゃあ放課後にね」
「え、ええ」
 清子の方から言われたので逆に戸惑いを覚える。しかし何とかそれを隠して応えるのだった。
「御願い。その時に」
「わかったわ」
 清子は彼女のその言葉に頷いた。こうして放課後にその体育館裏で告白することになった。その放課後。体育館裏は至って静かであった。
 
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