山本太郎左衛門の話
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11部分:第十一章
第十一章
「こちらに毎夜化け物が出るとお聞きし参上したのですが」
「いかにも」
隠すつもりもなかった。素直に真実を語った。
平太郎はこの上田という男を家にあげた。そして何時何が起こったか詳しく話した。
「ふうむ」
上田はそれを黙って聞いていたが聞き終えると腕を組んだ唸った。
「また色々なことが起こっておりますな」
「何だと思われますか」
「そうですな。犬を怖がらぬところを見ると狐狸ではないようですな」
「やはり」
それは平太郎も幾らか予想がついていた。では一体何だろうか。
「今夜ここに留まらせては頂けぬでしょうか」
上田はあらためて平太郎にそう申し出た。
「退治されるおつもりですか」
「はい、その化け物が一体何者かわかりませぬが放ってはおけぬでしょう」
「そういうわけでもありませぬが」
これは彼の偽らざる本音であった。害はあるが命の危険はない。むしろ長い夜を飽きさせない有り難い存在であった。最初の頃はともかく退治なぞ思いもよらぬことであった。
「家、そういうわけにはいかないでしょう」
上田はそれを否定した。
「化け物を放っておくことは出来ませぬから」
「そういうものでしょうか」
平太郎はそうは決して思わなかった。この程度ならよいのではないか、そう思っていた。
「はい、化け物は害を為すもの。このままだといずれ貴殿の御命にも関わりましょう」
「はあ」
納得がいかなかったがどうも逆らえない。確かに彼も今まではそう考えていたし刀を振るった。今も用心して寝ている。だがそれでも違うような気がするのである。
「私は特に困っておりませんが。今はこの家に一人でおりますし」
「その油断が命取りですぞ」
だが上田は引かない。どうもかなり頭が固いようだ。
「御命をなくされてから後悔されても手遅れです。そうならない前に手を打たないと」
「まあそうなのですが」
どうしても納得できない。どうも一方的に過ぎるようにしか思えない。
「どうしてもそうしなければなりませんか」
最後のつもりであった。そう尋ねてみた。
「どうしても」
やはり強い声であった。もう言っても無駄だと思った。
「わかりました」
平太郎は観念してそれを認めた。
「それでは宜しくお願いします。謝礼は明日お支払い致しますので」
「いや、それはいりませぬ」
だが上田はそれは断った。
「拙者は暮らしには満足しておりまする。それにこれは武芸者としての勤め」
「左様ですか」
「はい。ですから安心してお任せ下さい。必ずや化け物を退治して御覧に入れましょう」
「わかりました」
そこまで言うのなら仕方がない。平太郎は彼に任せることにした。
こうして上田は平太郎の家に留まることになった。そして夜になり化け物が姿を現わすのを待った。
「どの様なものが出ますかな」
二人は居間で話wそひながら待っていた。上田が彼に問うてきた。
「わかりませんな。何しろ色々出て来ておりますので」
「確かに。お話を聞くと実に多く出ていますな。こんなのは拙者もはじめて聞きました」
「やはり」
平太郎自身も薄々そう思っていた。これ程までに様々なことが起こり、化け物達が入れ替わり立ち代わり出て来ているのだ。
こんなことは書でも読んだことがない。彼はそれをよくよく考えてみた。
「一つのものでしょうか」
「違うでしょうな」
上田はきっぱりとそう言い切った。
「それにしては種類も数も多過ぎます。一つのものならばいささかそれぞれの趣きがあるのですがどうもそういったものはありませぬ」
「はあ」
「これは何やら黒幕がいると思われます。確か貴殿は比熊山に登られたのですな」
「ええ」
「おそらくあの山に問題があるのでしょう」
上田は確かな声でそう言った。
「やはり」
平太郎にももうおおよその見当はついていた。
「山には昔から様々なものが棲んでおります」
「はい」
それは平太郎も知っていた。鬼や天狗の話は子供の頃からよく聞かされているからだ。
「今ここに現われるという物の怪共は比熊山に棲む者共でしょう」
「やはりそうですか」
「はい、そして貴方は彼等の気に触る様なことを知らず知らずのうちにしてしまった。思い当たることはありませんか」
「そうですなあ」
彼は言われてふと考え込んだ。
「そういえばあの時石に少し腰掛けましたが」
それをふと思い出した。
「それですな」
上田はそれだとすぐに直感した。
「おそらくそれです。その石は化け物にとって何か特別なものであったのです」
「あの石がですか」
今思い出しても何の変哲もない石であるが。平太郎にはそれがどうして化け物と関係あるのはよくわからなかった。
「化け物には化け物の世界があります故」
上田はそれについてはこう言った。
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