私立アインクラッド学園
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第二部 文化祭
第60話
前書き
リンクスタートの掛け声で同時に妖精郷へと降り立った俺とアスナは、迷わず"あの場所"へと向かった。
そこに、彼女がいる事を信じて。
プーカの少女・マリアは、いつもの広場ですうっと息を吸い込んだ。
きっと、これが最後になるだろうから。
桜まりあは、音楽の才能を認められた。
ならもう、妖精少女マリアになる必要もないのかもしれない。
「……でも」
1つだけ、たった1つだけ、まりあには心残りがある──淡い恋心を抱いた彼の事ではない。ただ──
「……結局、歌えなかったなあ……」
ピアノの才能を褒められた所で、まりあの心は到底晴れやかなものにはなりそうもない──だって、まりあの一番好きな音楽は"声楽"だから。ピアノだって大切だが、しかし。
「やっぱり私は、歌いたかった」
時間帯の問題で、今は人のいない広場。
こんな独り言を呟いたところで、誰かが「え?」とか言って振り向く事も、ましてや返事が返ってくる事もない。
──そう、思っていたのに。
「歌いたいなら、歌えばいいじゃないか」
聞き慣れた声で、そんな言葉が返ってきた。
マリアが慌てて後ろを振り向く。その先に立っていたのは、黒髪の少年と茶髪の少女。
少年は大人びた笑みを浮かべ、少女はニコニコ笑って此方に小さく右手を振る。見間違えるはずもない、その2人」
「……キリト……アスナ……?」
「ふふ。まりちゃん、やっほー」
「どう、して」
「もー水臭いよ、まりちゃん。学園を去る前に、一言くらい声掛けてくれたってよかったのにー」
「そうだよ、まりあ。何も黙って出ていかなくたって……もしかして、何か理由があ──」
──るのか?
そう言おうとしたのだろう。しかしその言葉は、アスナが一歩踏み出した事で先を阻まれた。
その彼女が、キリトの代わりに口を開く。
「ねぇ、まりちゃん。聴かせてくれる? キリト君と初めて会った時に貴女が歌っていたっていう、素敵な歌」
「えっ……」
「やっぱり、わたしには聴かせたくない……かな?」
優しい色を乗せた彼女の瞳が、一瞬、寂しげに揺れる。
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