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メフィストの杖~願叶師・鈴野夜雄弥

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第四話
  epilogue



「そんなことが…。」
 釘宮は頬杖をつきつつ、何処と無く寂しげに言った。
 なぜ寂しげだったか…釘宮は気付いたのだ。

- この件で…家族を引き離したことを…。 -

 そう…鈴野夜は後悔していたのだ。恐らく、アキと言う人物は、生きているうちに再会は出来なかっただろう。そして、木下の家族を引き離さざるを得なかったことも、きっと心に重く伸し掛かっているに違いない…。
「まぁ君…彼女が僕を探しに来たってことは…もう、彼女の命が尽きようとしているんだ…。」
「どう言うことだ?」
 釘宮は目を細めて鈴野夜を見ると、鈴野夜は俯いて返した。
「彼女…梓ちゃんはね、別れ際にこう言ったんだ。“老いて命が尽きる時、必ず会いに行きますから"って…。」
 それを聞くや、釘宮スッと背筋を伸ばして言った。
「行ってこいよ。」
「いや…それじゃ…」
「ダメだぞ?このままじゃ会えずに終わるかも知れない。」
 釘宮にそう言われ、鈴野夜は少し考えてからメフィストを呼んだ。
 さして間を開けることなくメフィストが部屋へ入ると、彼はもう何もかも分かっている様子だった。
「行くんだな…梓ちゃんのとこ。」
「ああ。」
 迷いなく鈴野夜が答えると、メフィストは「分かったよ。」と返した。
 するとその刹那…二人はその場から消え去っていたのだった。
「全く…せっかちな奴らだ。」
 釘宮はそう言ってまた頬杖をつき、寂しげな笑みを見せたのだった。

 さて、二人はとある洋館へと来ていた。
 そこは三階建ての大きな洋館で、修と梓がどれだけ頑張ったかが窺えるものであった。
「梓ちゃん…来たよ。」
 二人は直ぐに彼女の眠る和室へ入り、眠る彼女へとそう言った。すると、梓は直ぐ様目を覚まして二人を見たのだった。
「あ…あぁ…天河先生…グスターヴ先生も…。」
 彼女は起き上がってそう言うや、子供の様にポロポロと涙を溢した。
「梓ちゃん、泣かないで。」
 優しく鈴野夜がそう言うと、梓はどうにか笑みを作って返した。
「お会いしたかった…。お二方がいらっしゃらねば、私は今、こうしていなかったのですから。主人も亡くなる前、お二方のことばかり話していたんですよ。」
「修君…幸せだったんだね。君が幸せだったんだから…。」
 鈴野夜はそう返して梓の手を握った。その手は皺々で枯れ木の様だったが、その分の歳月を物語っていた。
「先生はあの頃と全くお変わりなく。私はこうして老いてしまいましたが…。」
「今でも可愛いよ。」
「ご冗談を。グスターヴ先生もお変わりなく…。」
「ああ。」
 メフィストはそう突っ慳貪に返したが、その顔は笑っていた。どうやら、メフィストも彼女と話せることが嬉しい様だ。
 だが、二人がここへ来た理由は、ただ再会するためではなかった。
「梓ちゃん、どうやらまた願いがあるみたいだね?」
 鈴野夜は静かに言った。もう分かっていたのだ。彼女が自らの死期を悟り、その上で自分の家族や親族をどうにかしたいのだと…。
「ご迷惑は百も承知しておりますが…」
「今更でしょう?梓ちゃんのためだったら、その願い…叶えよう。」
 鈴野夜がそう言って微笑むと、梓も満面の笑みを見せた。しかし…それが最期となった。
 彼女…木下梓は、鈴野夜の手を握り締めたまま、その八十九年の生涯を静かに終えたのであった。
「笑ってるね…。」
「あぁ…笑ってるな…。」
 二人はそう言うと、梓をそっと横にした。
「梓ちゃん…ゆっくり休んでね…。」


 その後、二人は持てる力を駆使し、梓の最期の願いを叶えた。
 梓の最期の願い…

- 皆が争わず、欲に負けることなく、仲良く幸せであってほしい…。 -

 それが本当の願いであり、修も同様にそう考えて梓へ遺産配分を一任したのだ。
 鈴野夜はまず、梓の亡くなった朝に親族全てをその力で一ヶ所に集めた。かなり強行な手段だが、始めに力を誇示した方が分かりやすいと考えたのだ。
 尤も、梓の葬儀前に終わらせたかったと言うこともあるが。
 鈴野夜はそこで、修も梓も語らなかったであろう過去を細かく語って聞かせた。
 最初は欲のために鈴野夜とメフィストに食って掛かった者も、次第に静かに二人の話を聞くようになった。そして…皆は話が終わる頃には、自分達を恥じるしかなくなっていた。
 祖父母の一途な愛が、今の自分達を生かしている。こうして見捨てることなく、幸せでいてほしいと思っていてくれた…。
 こんな醜い争いを繰り返していた自分等を、皆は恥じる他なかったのだった。
 梓の葬儀は、その三日後に執り行われた。親族は一人も欠けることはなかった。
 そして、出来得る限り梓の友人、知人にも出席してもらえるよう手配していたのだった。せめてもの罪滅ぼしなのだろう。その中には、あの敬一郎も入っていた。
 敬一郎はあの後、父である藤一郎から会社を継いで発展させた。あれから六年後に出会った紫織と言う女性と結婚し、子供を男女の二人儲けていた。男子には修治、女子には梓と名付けていた。
 葬儀の際、敬一郎は梓の棺の前で涙を流し、「済まなかった…そして…有難う…。」と言ったという。



「なぁ…メフィスト。」
「ん?」
「梓ちゃん…これで良かったって、思ってくれるかな?」
 とある公園にあるベンチに座り、鈴野夜は青空を見上げてメフィストへ問い掛けた。
 メフィストも同じ様に青空を仰ぎ見、静かに返した。
「良いと思うんじゃねぇか?」
 それだけだったが、鈴野夜は何か心が軽くなった気がした。

「鈴虫の

  野に鳴く音の

      夜を渡り

 雄々しき弥勒の
 
   世を見たりけり」

 それは二人があの時…修と梓の二人と別れる時に、梓が二人へと詠んだ短歌だった。
 草原の中、たった二人で旅立つ時に詠んだ歌…。
「弥勒ってさ…確か、釈迦の入滅後五十六億年だかしねぇと来ねぇってんだろ?」
「いや、その力を今見た気がする…そう彼女は言いたかったんだよ。」
「雄君…いつから仏教徒に?」
 メフィストは半眼で鈴野夜を見るが、鈴野夜はそれに対して苦笑しつつ返した。
「なってないよ。ただ…彼女にとっては、それ程の救いだったと言うことじゃないかな。」
「ま、いいさ。お前の名前が…今回の対価だからな。」
「そう言うことだ。」
 そう言うと、鈴野夜はスッと立ち上がってメフィストに言った。
「さぁてと、そろそろ店に行かないとね。」
「あ…そうだった…。今日は遅番だったっけな…。」
 メフィストは嫌そうな顔をするが、鈴野夜はそんな彼に苦笑して手を出した。
 メフィストは鈴野夜の手を掴んで立ち上がると、二人はゆっくりと歩き出した。
 今は悲しみも喜びも全て、あそこにあるのだ。

- バイバイ…修君、梓ちゃん…。 -

 寄り添って今へと歩く二人を、太陽はただ優しく照しているだけであった。


         end


 
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