結局のところ俺の青春ラブコメはまちがっている
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結局のところ鷹巣隆也はわからない
青春とは嘘であり、悪である。
青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺き自らを取り巻く環境 を肯定的にとらえる。
彼らは青春の二文字の前ならば、どんな一般的な解釈も社会通念も 捻じ曲げてみせる。
彼らにかかれば嘘も秘密も罪科も失敗さえも、青春のスパイスでし かないのだ。
仮に失敗することが青春の証であるのなら友達作りに失敗した人間 もまた青春のド真ん中でなければおかしいではないか。
しかし、彼らはそれを認めないだろう。 すべては彼らのご都合主義でしかない。
結論を言おう。 青春を楽しむ愚か者ども、
爆発しろ。
平塚先生から聞いたこの学校に伝わる作文らしい。その話を聞いたとき、もの凄い共感的な何かを感じた。きっと宗教とかに入る時はこんな気持ちなのだろうと思う。
この作文は高校生活を振り替えってというテーマのもと作られたものらしいのだが、かなり的を射ている。近頃の高校生は大体こんな感じではないだろうか。
特に最初の一文が強く心に刺さった。一度これを書いた人に会ってみたいと思わせる一文だ。
しかし、この作文は自分を肯定してくれていると同時に否定している物の様にも感じた。
今まで積み上げてきた、今は無きその関係を否定している様な気がしたのだ。
別に過去の事なんてどうでも良くて今はその関係は無になったのだから気にすることは無い。
だけど、流石に今まで自分信じてきたものを否定されるのは、いい気分はしなかった。
人は過去の経験からその先の未来へと成長していく。ならばその過去そのものを否定されてしまえば未来は見失うってしまうのでは無いだろうか。
これからは何を目指していけばいいのだろう……。
◆◆◆
「何だ、この作文は?君はこんな文章を書く奴じゃなかっただろ?」
平塚先生は額に青筋を浮かべ、俺に見覚えのある紙を見せつけた。
奉仕部に入部した翌日の昼休み、俺は平塚先生に呼び出され、何事かと来てみると今の状況に至っていた。
「今更当たり障りの無い事書いても意味無いんで、もう突き抜ける事にしました」
俺の言葉に平塚先生は心底疲れたように溜め息を吐いた。
「まったく、君たちはどうしてこうも舐めた作文を書いてくるかね?」
「君たち?」
先生の言葉が引っ掛かり、尋ねてみる。すると先生は平然とかぶりを振った。
「すまない、私の言い間違いだ。まぁその事はいい、この作文を見てくれ」
そう言って先生は今まで持っていた作文、まぁ俺が書いた物なんだが、それを机の上に置き、引き出しの中から一冊のクリアファイルを取り出した。その中から一枚の紙を抜き取ると俺に見せてきた。
本来名前が書かれている場所は先生の指で塞がれている。個人情報の保護という奴だろうか、中々に徹底している。
俺は差し出された作文を一行ずつ目で追っていく事にした。何々、青春とは嘘であり、悪である?やべぇなすげぇ共感できるんだけど!もう一行目からテンション高くなったんだけど!このままスーパーはいテンションまで言って攻撃して大ダメージを与えるしかないじゃん。
その後も読み進め、最後の一文まで読み終わった。俺が顔を上げたのを確認した先生は作文をしまった。その最中も名前を見ようと視線を動かすがうまいこと先生の手が邪魔で見えなかった。くそっ、本当に徹底していやがる。
俺が目を酷使していると、俺の目的に気づいたのか先生は呆れた様に溜め息を吐いた。
「君が気にすることは無い。それよりもこの作文を見てどう思う?」
「どう思うって……」
俺はある程度話すことを纏めてから口を開く。
「素晴らしい作文だと思いますよ、作者に是非会ってみたいですね」
俺の言葉にまたしても先生は大きな溜め息を吐いた。すると今度は深呼吸するように息を吐く。そして右手に握り拳を作り右腕ごとそれを後ろに引いてって……。
「ちょっ、待ってください!話せば分かります。きっとわかり合えるはずですよ。だから暴力だけは勘弁して下さい!」
顔の前で両手をぶんぶん振ると、その拳を下ろしてくれた。
「まったく、とことん似ていると感じるよ。とにかく、作文は提出し直すこと、良いな?」
「はい」
気になる単語が有ったが、今は当たり障りの無い事を言って先生の機嫌を直すしかない。
俺の返事を聞いた先生は急にふっと破顔した。
「鷹巣、色々言ってしまったが私は君の作文、そこまで嫌いではなかったぞ」
「先生……」
先生の言葉に思わず涙しそうになる。これがアメとムチという奴か。
「ちょうどこのくらいの紙を引き裂きたいくらいにストレスが溜まってたんだ。これなら破っても文句は言われまい」
俺の気のせいだった。貰ったアメが超激辛だったんだけども?辛すぎてハバネロが刷り込まれてるんじゃないかと疑うレベル。先生優しくする気皆無だったよ。
俺が呆然としていると昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。次期に5時限目の授業が始まる。流石に帰らないとまずいんだけど早く帰してくれないかな?
俺が声をかけようとしたときそれより早く先生が口を開いた。
「時間だな、帰りたまえ。いい暇潰しになったよ。ありがとう」
「ひでぇ」
先生が笑顔でお礼を言うもんだから怒りを通り越して呆れてしまった。もう帰ろう。
「失礼しました」
「ちょっと待て」
平塚先生に言い残し、職員室を後にしようとすると呼び止められてしまった。そのまま平塚先生は少しだけ早口で用件を述べた。
「ちゃんと、放課後奉仕部に行けよ?行かないとどうなるか分かってるだろうな?」
どこからかポキポキトと指の骨を鳴らす音が聞こえる。止めて先生。こわいよ!僕何もしないから!
「ちゃんと行きますよ」
俺は当たり障りの無い返事をしてその場を後にした。
◆◆◆
放課後、部室へと向かうため特別棟を歩いていた。部室に行かずにバックれるという選択肢は平塚先生の鉄拳制裁により消え去ってしまっているためやむを得ず行かなくてはならない。
とぼとぼ歩いていると突然右肩に軽く重みがかかった。何事かと振り返ると比企谷が笑っていた。こんな経験が滅多に無いものだからたじろいでしまう。
「やっはろー、隆也君」
比企谷の底抜けに明るい声に半歩引き下がった。なんだよ、その頭の悪そうな挨拶。どこかの部族の挨拶ですか?どうでもいいけどやっはとろー間に点を入れてやると外人の名前みたいでかっこいいな。ヤッハ・ロー。
俺の反応を見た比企谷は愉快そうに笑った。その笑った顔が癪に障ったので文句の一つでも言ってやることにした。
「そんなことされるとうっかり惚れそうになっちゃうから止めてくれ、俺みたいなやつに好かれると困るだろ?」
俺の言葉に比企谷は尚も笑顔を崩さなかった。この子すごいメンタル強くね?
驚きが顔に出てしまってたのか比企谷はいよいよ声を出して笑い出した。
「君みたいな人の相手はお兄ちゃんで慣れてるからね」
俺が質問しようと口を開くよりも早く比企谷が「とりあえず行こっか」と言って一歩前に出た。似たような光景を以前、ていうよりも昨日見ている。違うのは目的地くらいか。
俺は彼女の一歩分くらい後ろをついて行く。頃合いを見計らってから声を出した。
「お前の兄さんってどんな人なんだ?」
「隆也君みたいな人だよー」
俺の質問に比企谷はあっけらかんと答えた。だがそれくらいのことは知っている情報だ。むしろさっき比企谷が言っちゃってたので知らないほうがどうかしてると思います。
そんな回答では満足できるわけがないのでもっと詳しく聞くことにした。
「世の中同じ人間なんていないだろ?だから俺と比企谷の兄さんとどう違うのか教えてくれ」
聞かれた比企谷はこのままでは通せないと思ったのかため息を吐いた。
「そういうめんどくさいところはホントお兄ちゃんにそっくりだと思うよ」
「人間なんてだいたいめんどくさいだろ」
確かに、俺は面倒くさい人間なのかもしれない。自分でもそれなりにはめんどくさいって思うもん。
だけど、それは俺に限った話なのではないと思う。きっと人とは面倒くさい生き物なのだ。
俺の言葉に何を思ったのか比企谷は微笑んだ。
「そだね、人って面倒だもんねー」
それきり俺たちの間に会話は無く、そのまま部室にたどり着いた。
前を歩いていた比企谷が教室のドアを勢いよく開けた。
「舞ちゃん、やっはろー!」
え?またヤッハ・ローさん出てきちゃうの?
比企谷が謎の挨拶をすると、舞浜も挨拶を返す。
「こんにちは、比企谷さん」
よかったよ、普通の挨拶で。あの謎の挨拶が流行ってたらどうしようかと思ったよ。
挨拶を終えた舞浜は今度は俺のほうを見た。
「それと、鷹巣君もこんにちは」
笑顔で挨拶する舞浜に不覚にも見惚れてしまった。そんな経験が滅多に無いものだから
反応に困ってしまう。
「うす」
やっとの思いで声を絞り出しお辞儀代わりに首だけを僅かに下げた。
そんな無下な反応でも彼女は悪い顔ひとつせずに微笑んでいる。その対応にどこか薄ら寒い物を感じ僅かに身を強ばらせた。だからといって特別何かするわけでもない。比企谷が昨日と同じ席に座るのを確そ認してから俺も昨日と同じ席に座った。
それ以降は昨日と変わらない時間が過ぎていった。
比企谷が頬杖をつきながらスマホを弄り、舞浜は静かに読書する。昨日までの俺だったらこんな時間は手持ち無沙汰だったが今日は違う。実はこんなことになるかと思って俺も文庫本を持ってきたのだ。まぁ文庫本と言ってもラノベなんだけどね、はい。
俺は鞄から取り出した本を机に広げ、頬杖をつきながらページをひらりと捲った。
この本には見た目が100%、見た目がよければ人生イージーモードなんて書描かれている。まぁ確かに見た目がよければ人生はイージーモードだと思う。実際美男美女だったらその気になれば結婚して養って貰うことくらい出来るような気がする。悲しいことに俺のルックスでは養って貰うどころか俺が養わないといけないまであるかもしれない。嫌だなぁ……。
俺が結婚意欲を下げていると不意に二人の少女が視界に入った。
この二人も見た目は間違いなく良いので人生イージーモードなのではないだろうか。その点俺はと言えば話すのも億劫になるような見た目だ。
いやね、確かにイケメンでは無いけどもそこまで悪くは無いと思うよ?顔はそこそこ整ってるしこのそこまで長くない黒髪も駄目では無いはずだ。しかしまぁ他の二人と比べるとどうしても埋めようのない差が有ることを認識させられてしまう。
まぁそれほどまでに見た目が良い二人でも誰かと付き合っているリア充って事は無いだろう、多分、知らないけど。
この事から見た目が良くてもそれが全てでは無いことがお分かりいただけるだろう。
だから俺は見た目が全てだなんて思わない。
はてさて、彼女たちの中身は一体どうなってるのか。いや、変な意味じゃないからね?
そんなことを考えながら本をペラペラ読み進めていく。
誰も一言も発しない空間。そこは俺にとって心地が良いものに感じた。思えば今まではこんな時間は家でしか味わうことが無かったのだ。ぼっちになる前は意味が有ったかどうかは別としてほとんどの時間友達とも呼べないような誰かと一緒にいた気がする。だからこうして一人でいる時間は無かったように思う。誰かと一緒にいるというのは何だかんだで気を使ってしまってとても安らげるような場所では無い。その点一人ならば何も気兼ねが無いので落ち着くことができる。いや、正確には今も一人ではない。実際この部屋には俺の他に二人の少女がいる。しかし、今はさして気を使うようなことは無い。一体何故かと考えるとそれはこの三人が独りであることなのだと思う。
例えば電車に乗った際に隣の人に気を使う事はまず無いだろう。少なくとも俺は気を使わない。中には気を使って席を譲ったりすることは有っても言葉が無いからと言って会話をするような事等は有り得ない。
詰まるところ比企谷と舞浜は電車で隣り合わせた人の様な物なのだ。なるほど、気を使わなくて済むわけだ。
もし、この空間が電車の中と変わらない空間だとするならばこの心地よいと感じた心境は実は違うものなのかもしれない。それはただ、何も無い無変化な時間。ただ通りすぎるだけのその時間は俺がかつて信じてきて、そして手放した物と何が違うだろう。
俺は余計な思考のせいで頭に入らなかった部分を文庫本のページを戻して読み直した。
そんな時間が暫く続いているとドアをノックする音が聞こえた。一言も喋らない空間では自然と音がハッキリと聞こえる。
ノックを聞いた比企谷が軽い感じで声を出した。
「どぞー」
比企谷の言葉から一瞬の間の後男性の声が聞こえてきた。
「失礼します」
そう言って入ってきた男性は、短く切った黒髪に、えーとうん。特徴はそれくらいです。特徴が無いのが特徴みたいな人が入ってきた。
「大志くん!いらっしゃい」
比企谷の明るい言葉に大志と呼ばれた男は「うす」と軽く頭を下げた。
こいつどこかで見たような気がするんだがはて、誰だったか。
俺があれこれ考えているうちに舞浜がパタンと本を閉じた。
「一体何の用かしら?」
舞浜の言葉に大志がまたもや「うす」と頭を下げてから説明し始めた。
「最近高校生活を振り返ってていう作文が有ったじゃないっすか」
大志の言葉に俺を含めた三人とも頷く。特に俺なんかは再提出を命じられているのでかなり身近な話題だ。そうでなくても皆一度は授業で書いているだろうから記憶には残っているはずである。
俺たちの反応を確認した大志は更に続けた。
「それで授業中に書き終わる事が出来なかったので完成させるために手伝ってほしいと思って来たっす」
ほーん、つまり作文が書けなかったから手伝ってほしいと。なるほどねぇ……よそでやれよ! 作文くらい一人で書けよ!てか書けないとまずいだろ、将来的に。
俺が戦慄の表情を浮かべていると比企谷がガタッとイスを鳴らして立ち上がった。
「よし、手伝おう!」
「ちょっと待って」
比企谷の提案を舞浜が遮った。何があったのかとそちらを見れば、舞浜はゆっくりかぶりを振っていた。
「ここでただ単に手伝うのは彼の為にならないわ。それは本来の奉仕部のやり方から反するはずよ。自分で書かせるべきだわ」
舞浜の言葉に比企谷が言葉を詰まらせる。
実際舞浜の意見は正論だ。ここで俺たちが手伝ってしまうと助け無しでは作文が書けなくなってしまうかもしれない。特に作文は自分自身の事を描く物だ。人に頼ってしまってはそらは自分の文章とは言えないだろう。だからどんな形であれ作文は大志本人の手で書き上げるべきなのだ。別に高校の授業での作文で再提出を喰らうような事は滅多に無い、はずなんだけどなぁ。
それに対して比企谷の言い分も分からなくは無い。成り行きっぽかったが今この部活内では誰が一番奉仕できるかガンダムファイトだかビルドファイトだかが行われている。それに勝つことで誰か一人に何でも命令できる権利を得ることができる。その初めての依頼人をみすみす取り逃がすのは非常に勿体ない気がする。それにまぁなんだ、折角頼ってきてくれたんだから少し位は力になってやりたいという思いも無くは無い。
「やり方だけ教えてやりゃいいんじゃねぇの?」
俺の提案に舞浜は暫し考えるような間の後、頷いた。多数決的には俺と舞浜で過半数を得ているのでやり方だけを教えるという方向で問題ないだろう。比企谷にも異論は無いようなので早速大志に作文のなんたるかを教える事になった。俺たちは比企谷の提案でまずはなんかそれっぽい配置を作ろうということになったんだがなんだそれ?俺としては物凄くどうでもいのだが比企谷がやると言って聞かないので謎の席を作ることになった。
教室の中央に長机を置き、黒板側のに俺たち三人の席を設け、その向かい側に大志用の席を用意した。机を挟んですぐ近くに居ることを除けば面接と良く似ているかもしれない。
俺たちの席順だが、真ん中に比企谷を置き、窓側に舞浜、廊下側を俺という形になっている。
これでようやく始めることができるな。
セッティングを終え各々が席に着くと早速比企谷が両手で机を思いきり叩いて立ち上がった。
「早速行ってみようか、舞ちゃん!」
呼ばれた舞浜は重い溜め息を吐いて立ち上がり黒板の前まで移動した。
口頭で説明するのだとばかり思っていたから舞浜の意外な行動に視線が釘付けになる。
舞浜は近くにあった白のチョークを手に取るとこちらに向き直った。おそらく黒板を利用して説明するのだろう。比企谷も同じ考えに至ったようで、席に着き話を聞く体制に入った。
比企谷が席に着くのを確認した舞浜は大志へと視線を移し、説明し始めた。
「まずは作文の基本から教えていくのだけれど基本というのは作文の構造を『起承転結』にすることね」
言い終えると黒板に起承転結と綺麗な字で書き上げていく。その光景はさながら授業である。
書き終えた舞浜は更に続けた。
「起承転結の起は導入部分のことね。基本的には結論を最初に明記する感じかしら」
舞浜は横に書かれている起承転結の起の部分の下に結論と書いて丸で囲った。 そして考えるような僅かな間の後舞浜は再び口を開いた。
「例えば今回のテーマは高校生活を振り返ってっていうことだけれども私の学校生活はなになにでしたとか少し趣向を変えて私にとっての青春はなになにだ。とかでもいいわね」
「青春とは嘘であり悪である。とかな」
舞浜の話を聞いて頭の中をよぎった一文を口にした。すると辺りの空気が一気に変わった。
なんか比企谷と大志が「うわー」とか言っている。
「いや、青春が嘘とかは無いっすよ……」
大志がないないと首を、横に振る。
うっさいな、青春とか嘘だらけだろ。
「いやー、流石の小町もそれはないと思うよ?」
比企谷に言われ俺は渋々引き下がる。多数決の理論では俺に勝ち目は無い。ここは諦めるのが無難だ。おそらく舞浜も俺の意見を否定してくるだろう。
そんな注目の舞浜さんは場を静めようと軽く咳払いをしてから静かに口を開いた。
「まぁ考え方は人それぞれということで次に進めてもいいかしら?」
舞浜の言葉に比企谷と大志が頷いた。てかよくよく考えると元々の原因は舞浜が変な話を振ったからではないだろうか?
俺の疑問はよそに舞浜の講義は進められていく。
「それで起承転結の承の部分だけれどもここでは最初に出した結論を掘り下げるための具体的体験なんかを書いていくところになるわね」
舞浜が承の部分をさらっと説明する。まぁ実際そんな物だからしょうがない。承だけに。でも承が無かったら作文としてはダメだなうん。
俺がどうでも良いことを考えていると舞浜は補足的な説明を加えた。
「実際の作文ではここがメインになるわね。全体の7割りは占める位書いても問題ないと思うわ」
舞浜の解説に比企谷と大志が感心したように頷く。いつの間にか比企谷も講義に参加していた。
舞浜は少し考える様な間の後クスリと笑った。
「例えばそうね、起承転結の起の部分は青春と嘘であり悪である。という事にしてみましょうか。そうすると承の部分は……」
舞浜はそう言って息を吐いた。そして喉の調子を確かめるように咳払いをしてから話始めた。
「俺が一年間高校生活を過ごして見てきた奴等は皆俺に気さくに話しかけてきた。中学校までぼっちだった俺は凄く舞い上がった。無理もない、これからはひとりじゃない、楽しい毎日を送る事ができるのだから。
だけどそれは長くは続かなかった。あることをきっかけに今まで仲良く話していた人から『うわ、あいつヤバイ奴じゃん』『マジ無いわー』という様な言葉と共に一緒に話す事は無くなったのだ。今までは仲良くしていたのに、『何が有っても友達だからな?』と言ってくれたのに、そんな事は無かった。嘘をつかれたのだ。友達として近付き、自分に都合が悪くなったらお前は他人だと突き放す。これを悪以外のなんと呼ぶだろう。まぁこんなとこかしら」
今までの声のトーンより少し低い声で話していた舞浜は疲れたであろう喉を潤すために鞄からペットボトルの綾鷹を取りだし少し口に付けた。
比企谷と大志が舞浜の話に感心したように頷いた。俺も一応は頷いておいたが一応、仕方なく言っておかねばならないことがあった。
「それ俺の話じゃねーか!一人称俺になってるし」
俺の抗議に舞浜はクスクス笑った。
「誰も貴方だとは言っていないでしょ?私はただどこかの誰かさんがぼっちになった話をしただけよ。被害妄想が過ぎるんじゃないの?」
軽くあしらわれた俺は返す言葉が思い付かなかった。確かに俺だなんて一言も言っていないけどなぁ。俺のこと見ながら笑いを堪えようとしている姿を見てると疑いたくもなっちゃうよね。
それにしても。俺にとっての舞浜舞という少女のイメージはあまり人と関わらず寡黙なイメージが有ったのだが、あんな事もするんだなと感心してしまった。
俺が元々持っていたイメージだって勝手な押し付けでしかない。それと実際が違っていたからって俺がとやかく言う権利は有るわけがない。だが実際とイメージがかけ離れている事なんてざらにあるしその度に幻滅していたら切りがない。それでも人は他人に勝手なイメージを持ち続ける。結局人が他人をどういう人物か認識するときはその人を見て、或いは聞いて、自分が抱いたイメージを持ってその人であると認識するのだ。それはイメージの押し付けに他ならない。そんなのは理解とは程遠い、偽物であり嘘なのだ。
「鷹巣君?」
舞浜に呼ばれ思考の世界から解放された。呆然と舞浜を見ていると彼女の顔がとびきりの笑顔を見せた。
「何か反論は?」
「ねぇよ」
別に反論なんて無い。どこかの誰かさんの話だったら俺には関係ないしな。
なら一体どこの誰なのかと、俺は自問自答を繰り返した。
◆◆◆
作文の書き方講義もいよいよ後半戦。起承転結の話も残りは転と結である。
舞浜が黒板に書かれた転という文字の上にチョークで大きなばってんを書いてこちらに向き直った。
「最初に起承転結にしなさいと言ったけれども高校生に求められるような作文に転の部分はいらないわ。そういった構成を序破急なんて言ったりもするわね」
「最近はアニメの映画のタイトルにもなったりしたな」
逃げちゃダメだで有名なあの作品ですね。
他にもオープニングとか超有名。
一人脳内でオープニングを流していると舞浜の補足が加わる。
「一応転の部分は文章を書く上でとても重要な部分なのだけれども、話を転じさせないといけないから難しい部分でもあるのよ。大学入試や就職でもそこまでは求められないそうだからここでは書かないということにさせてもらうわ」
舞浜のわかりやすい説明に比企谷と大志が頷く。
実際文章を書く上ではそこまで重要ではないが現代文なんかで話を読むときはこの転の部分が結構重要だったりする。これマメな。
舞浜が咳払いをすると僅かに緊張感が辺りを包んだ。
「最後になるけれども結は文字通り結論を書くところね。今までの事を踏まえて最初に書いた結論をまた書けば良いと思うわ」
舞浜は説明を終えるとチョークを置いた。
「以上で終わりよ、何か質問は?」
舞浜が言ったのは良いが、誰も手を挙げたりはしなかった。まぁこの手の講義全般に言えることだがその辺の高校生がわざわざ質問を持つほど真面目に聞くような事はほとんどない。ただ何となくしか聞いてないのだから仕方が無いと言えば仕方が無い。俺だってろくに聞いてないからな。しかし、今回に限っては問題がある。大志自身が作文を書けるようにならなくてはいけない。ただ何となく聞いてもらっては困る。実際どれくらい頭に入ってるか確認する必要があるな。
しかし、その心配は杞憂だった様で舞浜が言い放った。
「それでは早速書いてもらおうかしら」
そう言って彼女は席に着いた。
相手の事を想っての言動なのかそれともたど意地が悪いだけなのか分からないがその笑顔には何かしらの意味が有るように感じる。大志もそれを感じたのか体を少し緊張させた。
最初は渋り気味の表情だったが程なくして諦めたような溜め息を吐いた。鞄からシャーペンと原稿用紙を取りだし、机の上に広げる。ペンを手に取り原稿用紙と向かい合った。まず始めに名前を書く。こいつの名前川崎って言うんだな。知らなかったぜ!それから2分ほど、特に大志改め川崎は特に動く様子を見せなかった。
秒針はとどまることなくカチッカチッと音を鳴らしている。その状況に堪えかねた舞浜が思いきり机の上を叩いた。
「さっさと書きなさいよ!」
「えぇ!?」
舞浜とは思えない口調に俺は返す驚きの声を上げた。
声の主に視線を向けると結構本気でイラついているのが見てとれる。チラリと比企谷に視線を向けると彼女も意外だったのか驚き顔だ。俺よりも舞浜との付き合いが長いであろう比企谷ですら驚くのだから俺が驚かないはずがない。それはもちろん川崎にも言える。言われた本人である川崎はかなり緊張した面持ちだ。小刻みに震えているのが見てとれる。この後彼女は一体どんな行動に移るのだろうか。
舞浜は座ったまま腕を組んで川崎を見つめている。対する川崎は舞浜が次にいつその口を開くかびくつきながら警戒している。このピリついた空気の中やはりと言うべきかこの空気の中で声を出せたのは舞浜だった。
「私の話ちゃんと聞いてた?どうして書けないの?あそこまで聞いてたら何かしら書けて当然ではないかしら?それでも書けない貴方は――」
「お、落ち着いて舞ちゃん!」
流石に見かねた比企谷が間にわって止めに入った。言われた舞浜は数回深い息を吐いて何とか落ち着いた様子だ。矢継ぎ早に言われた川崎なんかもう意識無いんじゃないかってくらいフラフラしてるよ?
このままではまずいな。主に川崎の体調が。ここは一旦コイツらを引き剥がすのが得策だろう。
「明日までに書いてきてもらえばいいんじゃねぇの?」
俺は比企谷に目配せすると比企谷は俺の意図を汲み取ってくれたのかどうか定かではないが頷いてくれた。すると唐突に手を叩いた。
「それじゃ、大志くんは明日までに作文書いて来るってことでっ、じゃねー」
そう言って比企谷は俺の方を見て顎で入り口の方をクイックイッ指してくる。こいつ、ほぼ初対面なのに顎で使いますか。しかしそんなことよりもそのサインだけじゃあ何をしてほしいのかわからないよぅ。
少しの間比企谷を見ていると俺に視線を向ける前に川崎にも目を向けていることに気付いた。どうやら川崎の事を連れて行けという事の様だ。いや、行きたくないんだけど?タルいし。だけどまぁ今の舞浜の相手をするのはもっと嫌だな。そもそもろくに話したこと無い相手と一緒に居たくないしね。それは川崎も一緒か。まぁそれに高校生活において男子と女子はそれぞれ別離されるのが世の常だ。男子と女子が混ざるのはDQNの方々位だろう。流石に偏見か?
そんな事はどうでもいいからさっさと川崎を連れていくことにした。
「行くぞ。てか出てけ」
俺が川崎の背中をく叩くと、その抜け殻のような人物はゆっくりと頷いてフラフラな足取りで入り口を目指した。軽まぁ川崎を帰したんだからどんな方法でも問題ないよね?
川崎が無事に部屋を出るのを確認した俺は視線を二人へと戻した。
舞浜も大分落ち着いた様でいつもの冷静さを取り戻したように見える。といっても普段の舞浜がどんなやつか知らないけどな。
俺は頬杖を突いて二人の会話に耳を傾けることにした。
「ごめんなさい。さっきは取り乱してしまって」
「そんなの全然気にしなくていいよ。まぁちょっとはびっくりしたけど」
比企谷の言葉に舞浜は申し訳なさそうにうつむいた。こうして彼女の事を見ていると本当に分からなくなってしまう。いや、そもそも誰かの事を理解するなんて出来っこないから分からないなら分からないで構わない。普段なら特別知りたいだなんて感情を持つことは無いのだ、別に興味なんて無いからな。だけど、彼女にはそれを知りたいと思わせるような不思議な魅力があった。その原因が何なのかはハッキリとしない。俺はその理由を見せる顔のギャップが大きいからという理由で無理矢理納得させた。事実彼女が見せた顔はどれもこれもバラバラだ。最初は物静かな奴かと思えば悪戯した後のような笑顔も見せる。ともすれば突然暴君が如き顔も見せる。では一体、本当の彼女はどれなのだろうか。
「今日はそろそろ終わろっか」
答えが見つからないような問いを考えていると比企谷がそう言って確認のため俺たちに目配せした。その表情は心なしか疲れが滲んでいる気がする。
「そうだな、早く家帰りたいし」
俺の言葉に比企谷が呆れたようにため息を吐いた。
「舞ちゃんもそれでいい?」
比企谷の質問に舞浜は無言でうなずいた。その様子を確認した比企谷は「よし」と立ち上がった。
「それじゃ、本日の奉仕部終了!」
比企谷はそう言って謎のポーズをとった。おい、そのネタは伝わらんだろ特に舞浜には、どこの生徒会だよ!
事実舞浜は小首を傾げている。このままではいつまでたっても帰れないだろう。
俺は足元に置いておいた鞄を手に取って立ち上がった。
「じゃ」
俺はそれだけを言って部屋を後にした。
ぼーっと廊下を歩いていると後ろから扉の開く音がしたので後ろを振り返る。そこには予想通り舞浜と比企谷が居た。
「それじゃ、私は鍵返しに行くから」
比企谷はそう言って職員室へと駆け足で向かっていった。
廊下は走ってはいけません!等というどうでもいい事を考えながら俺はまた前を向いて歩き始める。
歩いていると俺とは違う誰かの足音が聞こえてくる。確認はしていないが舞浜のものであると思われる。別に彼女をと一緒に帰る理由もない、ならばわざわざ後ろを振り返る理由もなかろう。
「ねぇ」
後ろから声が聞こえ立ち止まり振り返る。この場には他に人は居ない。ならば誰が声をかけたのか。また、誰に向かって声をかけているのかも明白だ。
舞浜とはおよそ5、6歩位の距離が空いている。その距離を一歩一歩詰め寄って来る毎に強くなる妙な緊張感に堪らず生唾を飲んだ。
俺と舞浜の距離に大して差はない。直ぐに俺の元まで追い付いた。俺の隣に着いた彼女はピタリと立ち止まり俺を見る。そして俺の方を見据えて言った。
「青春とは嘘であるってあれ本気で言ってるのかしら?」
舞浜からの突然の質問に少し驚いたが俺は頷いたのを持って答えとした。
先生にあの作文を見せられる以前からその思いは持っていた物だ。だから俺の思想だと言えるだろう。
俺の答えを聞いたと言うよりも見た舞浜は満足そうに頬を緩めた。
「二人は否定していたけれども私はその考えは嫌いじゃないわ」
そう言って俺の一歩前を出て振り替えり言った。
「どうしようもない、自分よがりで低俗な考え方だと思うけどね」
舞浜はそう言い残してこの場を去って行った。
俺の頭の中で彼女の言葉が繰り返し再生される。
何も根拠はないが、あの言葉は、俺に言ったのではなく、自分に言っているような気がした。強いて言うならばあの表情。あの時見せた力ない表情が俺をそんな風に思わせるのだ。
いったいなんだったのだろうか。
俺は彼女の後姿を見えなくなるまで追い続けた。
後書き
まずは読んでいただきありがとうございました。
今回は川崎大志の登場経緯について話します。
と言っても川崎沙希ことさーちゃんがつきっきりで勉強見てあげてそうだから受かると思うんですよね。だから総武高には入ってると思うのでだったら出すしかないと言うことで登場しました。
果たして川崎は無事に作文を書き上げられるのか?次回も読んでいただけたら幸いです。
最後にもう一度お礼を。
こんな駄文に付き合って頂きありがとうございました。
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