魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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空白期 中学編 23 「聖夜のひと時」
12月25日。世間で言うところのクリスマスだ。
私の両親が営んでいる翠屋という店は、このへんではそれなりに有名であり常連客も多いため、毎年大いに繁盛する。だがそれは言い換えれば忙しいということだ。
これまではフェイトちゃん達とパーティーを行ったりしていたが、私も中学生になった。今までのように甘えてばかりにも行かないと思った。無論、他にも理由はある。
私と違って……お兄ちゃんには忍さんという素敵な恋人もいるわけで、クリスマスとか特別な日はふたりっきりで過ごしたいだろうし。普段お世話になっているわけだから、こういうときくらいは恩を返さないといけないよね。
そのような想いから今年は店の手伝いをすることにした。来年も可能ならしたいところだけど、魔導師としての仕事が入る可能性もある。半社会人とも言えるような立場としては、仕事を優先させてしまう可能性が大だ。まあこれは今考えても仕方がないんだろうけど。
「ふぅ……」
「ずいぶんとお疲れのようですね」
隣から聞こえた落ち着いた声の主は、知人には私のそっくりさんとして知られているシュテルだ。ちょうど着替えを終えたようでメガネを掛けようとしている。
なぜシュテルがここにいるかというと……情けない話ではあるが、私ひとりではお兄ちゃん達の分の仕事を処理しきれないからだ。
本当はショウくんだけだったんだけど……ショウくんがシュテルを助っ人として呼んだんだよね。
シュテルは今までに翠屋の仕事を手伝ったことがなかったし、あまり感情が顔に出るほうがじゃないから心配だった。だが午前中はたどたどしいところもあったのだが、午後にはほぼ完璧な接客をこなすようになり……。
もしかすると……私よりも仕事ができてたんじゃないかな。
いやいや、そんなことはないよね。だって私は昔から手伝ってたし……けど久しぶりだったから何度かミスをしたというか、危なっかしいところがあったと言いますか。でもお皿を割ったり、注文を間違ったりはしてないわけで。
「……何を百面相しているのですか?」
「え、いや、別に何でもないよ!」
「そうですか」
……え、それだけ?
何だか反応が薄くないかな。普段なら言葉は発しなくても引いたような仕草をしたり、冷たい視線を向けてくるのに。
あっでも、何だかいつもよりも声に元気がなかったかも。平気そうな顔をしているけど、シュテルも疲れてるのかな。ううん、疲れて当たり前だよね。ただでさえクリスマスで忙しかったわけだし、初めての手伝いだったんだから。
「えっと、最初に言うべきだったんだろうけどお疲れ様。今日はありがとうね」
「そちらこそお疲れ様です。別に感謝の言葉はいりませんよ。手伝うことを決めたのは自分の意思ですし、最近研究ばかりで体が鈍っていましたから」
「そっか」
私から見ればとてもテキパキ動いていたように見えるんだけど……あれかな、私が無駄な動きが多かっただけとか。冷静に振り返ると慌てた時間帯もあったし、可能性を否定しきれない。
はぁ……何で私はシュテルと違って要領が悪いんだろう。私が普通でシュテルが優れてるだけかもしれないけど、やっぱり人から似ていると言われる存在なだけに比較しちゃうんだよね。
人知れず落胆する私だったが、シュテルがロッカーから出て行くのを見てすぐさま追いかける。言っておくけど、別に寂しいから追いかけたとかじゃないからね。ここは大切なところだから。
「ん? ショウ、何をしているのですか?」
先に出たシュテルの発した疑問の言葉が気になった。彼女の肩から覗き込むように確認してみると、仕事着のままのショウくんがテーブルにケーキとジュースを並べていた。
「何ってクリスマスだから……って言いたいところだが、実際のところは材料が余ってたから作らせてもらっただけだけどな。ジュースは桃子さんから」
「桃子さんの部分はともかく、ケーキに関する部分は最初のだけで良いでしょうに」
貶すような言い方をした割にシュテルの声はどことなく弾んでいるように思えた。表情も心なしか嬉しそうである。
テーブルには2人分しか用意されていないようだが、これはどのように考えればいいだろうか。
多分ひとつはシュテルのだよね。ショウくんが誘ったわけだし、その感謝的な感じだと考えられるわけで。
問題なのはもうひとつ……ショウくん自身が作ったことを考えると、私の分の用意にも思える。だけど私はショウくんに手伝ってとお願いした立場であってお礼のようなことをされる身分ではない。むしろ私のほうがしないといけないわけで。
それに……ショウくんはシュテルと仲が良い。これを言ったらショウくんのほうは否定しそうな気もするけど、何だかんだできちんと相手をしているんだから仲が良いって言っていいよね。はやてちゃんとの関係に似ているわけだし。
他にもふたりの仕事の関係上、一緒に居ることが多いって理由もある。も……もしかすると、ふたりがそういう関係という可能性もゼロじゃないわけで。
……いや、落ち着いてなのは。
普通に考えれば、シュテルよりもはやてちゃんのほうが親しいはず。はやてちゃんと付き合っているわけじゃないんだから、私が考えるような関係にはなっていない気もする。でもでも、可能性としてはゼロではないわけで……。
「やれやれ……ショウ、あなたが2人分しか用意していないから1名困っているようですよ」
「そう言われてもな……残ってた材料がそれだけだったし、俺は味見とかしてたからな。別に腹も減ってないし食べる気はないぞ」
「だそうですよなのは。せっかく用意してくれたのですから食べることにしましょう。先ほどあなたの腹の虫も鳴っていましたし」
「う、うん……って、私のお腹別に鳴ってないんだけど!?」
さらりと嘘を付くのやめてくれないかな。ショウくんは男の子なんだよ。シュテルだって異性にそういう話されるの嫌だよね。自分がされて嫌なことは人にはしないでよ!
なんて言ったところで華麗にスルーされるのが分かっている私は、小さなため息をひとつ。それで気持ちを切り替え、シュテルのあとを追ってケーキとジュースが置かれているテーブルの前の座った。
「では……なのは、乾杯の音頭を」
「え、えぇ私が!?」
いやまあやれって言うならやるけどさ。でもやれって言うならさらりとじゃなくて分かりやすく振ってくれないかな。今みたいな振り方されるとテンパるから。
「えっと、じゃあ」
「頂きましょう」
綺麗に両手を合わせるシュテルに苛立ちもしたが、目の前に美味しそうなケーキがあるだけに早く食べたいという気持ちもあった。
生クリームの塗り方といい、フルーツの飾り方といい……何でこんなのが作れるんだろう。私もたまにお母さんから教わって作ってみることはあるけど、不恰好なのしか作れたことがないのに。
パティシエの娘がそれでいいのかと思ったりもするが、お母さんはお母さんであって私は私だ。作れないものは仕方がないし、今は早く目の前にあるケーキを食べないとケーキに悪いだろう。そう割り切った私はシュテルと同じように両手を合わせて食前の挨拶を行った。
「――っ!?」
こ、これは……一言で言って美味しい。
これまでに何度かショウくんの作ったお菓子を食べたことはある。そのときはやてちゃんがふざけて自分のお嫁さんになってほしいとか言っていたけど、年々腕を上げる彼を見ていると冗談で言いたくなる気持ちは分かる。
こんな美味しいお菓子を作ってくれる人が居てくれたなら、仕事で疲れきって帰ってきても幸せな気分になれる。そんなことで幸せになれるのかって思う人もいるかもしれないけど、女の子にとって甘いものはそれくらい価値のあるものなんだから。
でも食べすぎは注意なんだよね。いくらカロリーが低く作ってあっても、これだけ美味しいとついつい食べ過ぎちゃう。フェイトちゃんやレヴィみたいに体質的に太りにくい子はいいんだろうけど……フェイトちゃんはまだ食べる量が少ないから分かるけど、レヴィはおかしいよね。運動量はありそうだけど、それでも食べる量が量だし。
「ショウ」
「ん?」
「……はっきり言って、少し腕が落ちましたね」
……え?
今のは私の聞き間違いかな。ショウくんの腕が落ちたみたいな発言が聞こえたんだけど。これのどこからそういうこと分かるの。普通にお店で売ってても問題ないレベルだよ。
シュテルがお菓子作りを趣味にしてるってのは知ってるし、ショウくんと同じくらいの腕前だってことは聞いてたけどさ。でもだからって今みたいにはっきり言えるのかな。
もしかして……私は昔からお母さんのお菓子は食べてきたから分からないとか。ショウくんは前からお母さんに教えてもらってるからかお母さんと似たような味がしそうだし。
でも味の違いについて分からないのはパティシエの娘としては思うところがあるといいますか、会話に参加できないのが悔しいというか寂しいというか……。
「しょうがないだろ。最近はあまり作ってなかったんだから。それにディアーチェから、つい食べ過ぎるから作るなって言われてるし」
「それは惚気ですか? 相変わらず仲がよろしいようで」
そうやって毎度のようにからかうのやめてあげようよ。シュテルも小さい頃と違って女の子らしくなったんだから、体重を気にするディアーチェの気持ちだって分かるでしょ。
だって……こんなにも美味しいんだもの。
私だったらあったら我慢できずに食べちゃうよ。一緒に暮らしてたならおねだりしちゃうかもしれないよ。おねだりしないどころかやめるように言えるディアーチェは尊敬する。
……流れ的に仕方がないかもしれないけど、私はいったい何を考えてるんだろう。
ディアーチェは勉強のためにショウくんの家にホームステイしているだけであって、別にショウくんと云々かんぬん……みたいなことで暮らしているわけじゃない。
――もう私のバカバカ。何で一緒に暮らしてたら、とか考えちゃったの。
というか、ディアーチェって凄いよね。私もアリサちゃんから子供だとか言われることがあるけど、昔よりは異性との距離感とか意識している。一緒に暮らすどころか、お泊りでも緊張で無理かもしれない。
あれ、だけどフェイトちゃん達の家には何度か泊まったことがある。フェイトちゃんの家にはクロノくんがいるときもあるわけで、はやてちゃんの家にはザフィーラさんがいるよね。
いや、でもショウくんの場合はレーネさんがあんまり家にいないことが多い。けどみんなの家では誰かしら他に人がいたわけで、つまりは条件が違うというか。あぁもう、何でこんなこと考えちゃうんだろう……そっか、今日がクリスマスだからか!
「……なのは、あなたはそんなにもお腹が空いていたのですか?」
「え?」
シュテルの問いかけに意識をケーキに向けてみると、つい先ほどまであったはずのものが完全に無くなっていた。口の中に甘さが残っていることから考えて、私が全て食べてしまったのだろう。
「あ、そ、その……これは」
「百面相しながら凄まじい勢いで食べていましたよね。私の食べかけでよければ食べますか?」
「いや、その、だから……別にお腹が空いてたとかじゃなくて」
「遠慮せずに食べてください。……まあ『シュテルの食べかけなんか食べられるわけないじゃん』ということなら無理にとは言いませんが」
「何で途中で私の声にしたのかな!」
ただでさえ声色が似てるんだから意識してやるのはやめてほしいんだけど。使いどころ間違われると私の評判が下がっちゃうから。あまりやるようだと私もシュテルの真似するんだからね……似てるようで似てないって言われそうだけどさ。
シュテルに言いたいことは山のように浮かんできたものの、そっと前に置かれた食べかけのケーキを私は食べることにした。もちろん、お礼の言葉は言ったよ。何で食べたのかって聞かれたら……美味しいからに決まってます。
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