ONE PIECE《エピソードオブ・アンカー》
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episode10
「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!
なんで、お前はそんなに醜いんだ! 小さい体! 少ない蹼! 目立たないエラ!」
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
「こっちを見るな! その姿で、私を母と呼ぶな!」
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
「近寄るな! お前の作った物なんて食べたくない!」
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
「泣くな! お前の醜い顔を、更に醜くして...私を見るな!」
ごめんなさい。もう、泣かないから。...ごめんなさい。
「お前の笑った顔はもっと醜い!」
ごめんなさい。もう、笑わない。泣かないから。
でも、どうして、そんなことを言うの?
「......それは、お前が特別だから」
特別? 特別って、なあに?
「カイブツだよ! この世で、最も嫌われる存在! お前は、私にとって、特別だッ!!」
どうして? お母さん。ワタシは、お母さんが好きだよ。
嫌われるようなことはしない。
ワタシからは近寄らない。ワタシからは口も聞かない。ご飯も作らない。たくさん殴られても嫌がらない。泣かないし、笑わない。だから......。
だから、特別だなんて言わないで。
お母さんは、最期の最後まで、ワタシを特別だと罵った。
特別だと言われても、お母さんは好きだった。
肩を並べて歩きたかった。たくさんお話したかった。手を繋ぎたかった。一緒にご飯を作りたかった。同じテーブルで同じご飯を食べたかった。笑い合いたかった。頭を撫でられたかった。
特別扱いしないで、大好きって言ってほしかった。
でも、もう無理。お母さんは、もう、いない。
いるのは、気持ち悪い笑顔の男だけ...。ワタシは、この男が大嫌いだった。
「君にも名前を付けなきゃ」
どうでもいい。
「そうだなぁ...。彼女の意思を汲んで、海底に留まる者......よし! 君は今日からアンカーだ。よろしくね、アンカー」
どうでもいい。
「アンカー。こっちにおいで。一緒にご飯を食べよう」
嫌だ。
「アンカー。こっちにおいで。一緒にお話しよう」
嫌だ。嫌だ。
「アンカー。こっちにおいで。一緒に寝よう」
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
「アンカー。こっちにおいで。一緒に、気持ちいいことしよう。...大丈夫。痛いのは最初だけ。時期に気持ちよくなるから...」
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。
「俺の言うことを聞かねえなら、お前なんかいらねぇ! 拒まれてから10年も待った! 10年も我慢したんだ! お前みたいな特別な存在は、人間に売り飛ばしてやる。最初で最期の親孝行だァ!!」
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだいやだいやだいやだいやだ......あああああぁぁぁッ!!!!
目を覚ましたアンカーの目に映り込んだのは、大きな男の掌。それが、自我のコントロールを壊す引鉄となった。
「わあああああぁぁぁッ!!!!」
「っ! ア、アンカー!?」
「く、来るな! 来るな来るなぁ! ワタシに触るな! 構うな!」
大きな掌を払い除け、部屋の隅に逃げ込む。もうそれ以上、下がれはしないのに、まだ体を壁の方へ押し付けていた。
騒ぎを聞き付け、乗組員のほとんどがアンカーの部屋の前に集まる。それが、更なる悪化の原因となった。
今の彼女には、目の前の男たち全てが育ての親にしか見えていない。常識的に分かっていても脳がそう認識してしまい、幻覚となって彼女を襲う。
「アラディン! これは何の騒ぎだ!?」
「船長...。コアラから、アンカーの具合いが悪そうだと聞いたんで様子を見に来たんだが...」
「それが何故、こうなっている!?」
「それは分からない......」
2人のこの会話も、歪んで聞こえている。
心配する表情さえ歪んで、嘲り笑う表情や、邪な想いが滲み出た表情に見えてくる。
アンカーの口からは、もうずっと「ごめんなさい」と繰り返されていた。
部屋の隅で膝を抱えてしゃがみ込み、頭を細い腕で抑え付けながら、僅かな隙間から見える男たちの様子を伺っている。
男たちの誰かが体を大きく動かす度に、小さく悲鳴を上げて体を震わせた。
「アンカー、落ち着け。俺たちはお前に何もしない」
「ごめんなさい...」
「大丈夫だ。俺たちは仲間だろう?」
「ごめんなさい、ごめんなさい...」
その必死な態度に、皆が感じた。
初めて会った頃のコアラに似ている...と。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
こんな姿で生まれてごめんなさい。変な言葉を使ってごめんなさい。醜くてごめんなさい。近寄ってごめんなさい。殴られて泣いてごめんなさい。笑ってごめんなさい。ご飯作ってごめんなさい。床に落ちたご飯を残してごめんなさい...。特別で...カイブツでごめんなさい。ご......」
遂に、アンカーは泣き出してしまった。
子供のように大声を上げて、顔をぐしゃぐしゃにして、何度も「助けて、助けて」と叫んだ。
誰も手が付けられない。体が動かない。
初めて見る仲間の一面に、誰もが釘付けになっていた。
「痛いのは嫌だ。気持ち悪いのは嫌だ。誰か、助けて...! 誰か...たす、助けてよぉッ!! うわああぁぁぁ......!!」
落ち着く様子も無い。だからといって、放っておくわけにもいかない。
困り果てている乗組員たちを掻き分け、1人アンカーに近寄る男。アラディンから「刺激するな」と注意されたが耳に届いてはいない様子の男は、そのままアンカーを抱き寄せた。
元から体の小さいアンカーは、男の太い腕や厚い胸板に覆われて身動きが取れなくなる。
「大丈夫。大丈夫だ、アンカー」
「っく......ひっ...。特別は嫌だ。カイブツは嫌だ。...ごめんなさい。特別で...カイブツで、ごめんなさい」
「誰も、お前をカイブツだなんて思っちゃいねぇ。俺も、お前に“特別”だなんて言って悪かった」
大きな手でアンカーの小さい頭を撫で、落ち着かせるように背中を軽く叩く。
次第にアンカーに落ち着きが見られ、最終的にはそのまま眠りに落ちてしまったが、乗組員たちの動揺は見るからに明らかだった。
タイガーによる船長命令で、このことを口外することを禁止し、本人が落ち着きしだい話をさせると言ってその場はなんとか治まったのだった。
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