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オシツオサレツ

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1部分:第一章


第一章

                   オシツオサレツ
「いないって」
「いるよ」
 牧野定文と稲垣昌信は学校の帰り道にこう言い合っていた。見ればいると言っている昌信の手には一冊の本がある。どうやらそれは小説らしい。
「間違いなくいるよ」
「それは小説だよ?」
 定文は眉間に皺を寄せて言って来た。
「小説のキャラクターじゃないか」
「けれど何処そこにいるって別の本で書いていたし」
「そのシリーズに?」
「ううん、別の作家の別の本」
 首を横に振ってから定文に答える。とにかく学校の帰り道でお互い必死な顔で言い合う二人だった。
「それに書いていたんだよ。アフリカのさ、中央アフリカにいるって」
「まさか。いる筈がないって」
 定文はとにかく昌信の言うことを否定する。そう言って自分より少しだけ背の低い色白で太目の少年を見るのだった。目がグレムリンという映画のギズモそっくりでとにかく奇麗だ。
「そんなさ。前後に頭が一つずつついてる山羊なんて」
「じゃあドリトル先生のこの話は嘘だっていうの?」
「だからそれは小説じゃないか」
 定文は昌信が今持っているその小説を指差した。見ればそれはドリトル先生の本だった。言うまでもなく世界的なベストセラーのあのシリーズである。そのうちの一冊なのだ。
「小説。本当じゃないよ」
「いないっていうんだね」
「賭けてもいいよ」
 定文はこうまで言い切る。
「絶対にね」
「じゃあいたら?」
「まさか」
 頭からその可能性を否定するのだった。
「そんなことはないって。有り得ないよ」
「中央アフリカにはいるんだけれど」
「じゃあ確かめたいね」
 定文はいる筈がないと確信してこう言い切ってきた。
「その中央アフリカに行ってね」
「言ったね」
「うん、言ったよ」
 胸を張って昌信に答えた。
「是非共ね」
「じゃあ行こうよ」
 昌信はそれに応えるようにしてまた言うのだった。
「中央アフリカにね」
「行けたらね」
「今にでも行けるよ」
 しかし彼はまた言ってきた。
「何時でもね」
「!?アフリカだよ」
 定文は昌信が何を言っているのか全く理解できなかった。冗談とさえ思えなかった。そうだと考える程の余裕すらないというのが実情だった。
「アフリカなんだけれど」
「だから行けるんだって」
「どうしてなんだい?」
「ほら、これ」
 ここで彼はあるものを定文に対して見せてきた。
「これがあるからね」
「それ・・・・・・何?」
「パスポート。ほら、うちの中学校って修学旅行台湾じゃない」
「うん」
 修学旅行先としては珍しいと言える場所だった。
「そういえばそうだったね」
「だからもうパスポートはあるし」
「けれどそれだけでアフリカは行けないよ」
 まだ言う定文だった。最早話のペースは完全に昌信のものだった。彼はそれについているだけといった状況になっていた。
「アフリカに行くには」
「だから。それも大丈夫なんだって」
「どうしてなんだよ」
「ほら、高等部の美作先生」
「美作先生!?」
「今度アフリカ行くんだよ」
 このことを定文に話してきた。
「アフリカにね」
「っていうと中央アフリカに?」
「そうだよ。夏休みにね」
「夏休みにかい」
「お金はいらないらしいし」
 残る最大の問題は定文が言う前に解決してしまった。
「だからさ。行こうよ」
「美作先生、何でまた中央アフリカなんかに」
 定文はそれが不思議でなかった。首を捻りながら述べるのだった。同時に腕を組んでもいる。深く考える仕草である。
「行くんだろう」
「あの先生の専門ってアフリカの地理学らしいし」
「アフリカの!?」
「そこで宝石を集めたりもしているんだってさ」
 このことも定文にとって意外なことだった。
「その宝石を奥さんにあげて結婚指輪にしたらしいし」
「何気以上に凄い話なんだけれど」
「とにかくさ。行くよね」
 もう半分以上話が決まってしまっていた。なおまだ定文は一言も答えてはいない。その前に昌信が一人で決まってしまっていた。
「中央アフリカに。夏休みに」
「アフリカかあ」
 あらためてそのことについて考える定文だった。
「何かなあ」
「アフリカが嫌なの?」
「っていうかオシツオサレツだよね」
「うん」
 行く目的は変わらない。やはりそれである。
 
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