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化かす相手は

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6部分:第六章


第六章

「誰じゃ?」
「むっ、やはりおったか」
「ではそこにおるのは」
「左様、わしの名は信長」
 簾の向こうの声は言う。
「織田信長じゃ」
「ふむ。では間違いないわ」
「きんきん声じゃ」
 彼等は今までの話からきんきん声というのは織田信長であるということがわかっていたのだった。それを確認してまずは喜ぶのだった。
「遂に巡り合えたか」
「それでは。覚悟はよいな」
「覚悟とな」
「そうじゃ。一つ言っておこう」 
 妖怪達を代表してぬらりひょんが言ってきた。
「わし等は御主に会いたくてここに来たのじゃ」
「わしに会いたくてか」
「わし等は妖怪じゃ」
 自分達から名乗ってみせる。
「あやかしとな」
「左様、何を隠そう御主に用があって参った」
「あやかしとの付き合いなぞ持った覚えはないぞ」
 簾の向こうの声はとぼけたように言ってきた。
「それがまたどうしてじゃ」
「御主に用がなくともわし等は違う」
「あらためて言う。覚悟はよいな」
 この言葉をまた言ってみせる。
「わし等は容赦せぬ」
「ここで御主を」
 一斉に姿を現して上座に駆け寄る。そうして一気に簾を開けて叫ぶのだった。
「覚悟せよ!」
「喰らってやるわ!」
「うむ、喰らおうぞ」
「何っ!?」
 今の言葉を聞いて妖怪達は。一斉に声をあげたのだった。
「喰らうとな」
「どういうことじゃそれは」
「それはこういうことじゃ」
 見ればそこにいたのは何と。昨日のあの男だった。微笑みつつ一人上座に座っていたのだった。
「まさか御主が」
「きんきん声じゃったのか」
「左様」
 また妖怪達に笑って言ってみせる。妖怪達もその動きを完全に止めていた。鬼に至っては右手に大きく振り被った金棒をそのままにして硬直していた。
「実はそうだったのじゃ」
「何とまあ」
「これは」
 妖怪達は思わぬ事態に呆然とするばかりだった。
「思いも寄らなかったわ」
「御主がきんきん声だったとは」
「意外だったようじゃな」
「意外も何もじゃ」
「こんなことは思わなかった」
 妖怪達は呆然として言葉を出し続けるばかりだった。
「わし等が化かされたのか」
「妖怪であるわし等が」
「人間も化かされているばかりではないぞ」
 彼は破顔して妖怪達に告げる。
「こうして逆に化かすこともあるわ」
「抜かったのう」
「完全にしてやられたわ」
「参ったか」
「参った」
 皆苦笑いを浮かべて彼に答える。
「まことにのう」
「人間も強かじゃ」
「さて、化かしたついでにじゃ」
 きんきん声がここでまた言ってきた。
「今宵はこのまま帰るのか」
「化かしたつもりが化かされた」
「それではのう」
 実際に気落ちしていた。それでそれをきんきん声に対しても言う。
「どうしようもないわ」
「今宵はこのまま帰るわ」
「いやいや、それには及ばぬ」
 しかしここできんきん声は彼等を呼び止めてきた。
「何じゃ?」
「今宵も楽しくやろうぞ」
「楽しくじゃと」
「そうじゃ。もう用意してあるぞ」
 こう言って後ろを指し示すと。そこには酒と肴、それに菓子等が山の様に置かれていた。既に用意してあるのだった。
「さあ遠慮はいらんぞ」
「もうあるのか」
「用意がいいのう」
「だからじゃ。早く食うがいい」
 また妖怪達に対して述べる。
「何度も言うが遠慮する必要はないからな」
「遠慮せんのがわし等じゃが」
「しかし」
「それはそれ、これはこれじゃ」
 項垂れる妖怪達に対してまた言ってきたのだった。
「早く食べよ。よいな」
「これはこれ、それはそれか」
「違うか?御主等は確かに化かされた」
 彼はまた言う。
「じゃがそれはそれではないか」
「そうか」
「そうじゃ。だから早く食べよ」
「ううむ」
「遠慮はいらんか」
「だから何度も言っておろう」
 きんきん声はいい加減不気味なまでに遠慮する彼等に対して顔を顰めさせてきた。
「早く飲んで食うがいい。あやかしは遠慮せんのじゃろう?」
「ううむ、そうじゃな」
「それでは」
 何度も言われて彼等も遂に従うことにした。静かに酒や菓子のところに向かいそれをきんきん声を中心に置いて円座を作った。そこにそれぞれ座るのだった。
「ではそうさせてもらおう」
「喜んでな」
「うむ。しかし何じゃな」
 彼等が座りそれぞれ言ったところできんきん声はまた言ってきた。
「こうしてみればあやかしも面白いのう」
「ほっほっほ、そうじゃぞ」
 今の彼の言葉にはあやかし達も笑ってみせる。
「妖怪の世界は楽しいぞ」
「一度なればもう止められぬ」
「止められぬのか」
「御主も人でなくなったら妖怪になれ」
 かなり奇妙な言葉ではある。
「嫌なことは何一つないぞ」
「何一つか」
「そうじゃ、何もな」
「だからいいのじゃ」
 彼等は口々にきんきん声に対して言う。
「そうじゃな、御主はさしづめ」
 ももんじいがきんきん声を指し示して笑いながら述べる。
「きんきん声じゃな。その声で」
「ははは、そうじゃな」
 それにぬらりひょんも頷く。やはり彼も笑顔だった。
「声がそれじゃからな。やはりな」
「ふむ、妖怪きんきん声か」
 本人もそれを言われてまんざらではないようだった。
「では五十年の人間、それが終わったらなってみるとしよう」
「うむうむ、待っておるぞ」
「楽しみにしておるからな」
 妖怪達は今のきんきん声の言葉を受けてどっと笑って言ってみせた。京の都であった面白い話だ。古い話だが幸いにして伝わっている話である。


化かす相手は   完


                 2008・6・10
 
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