恋姫†袁紹♂伝
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第7話
諸侯の子息が多数集まる私塾内にいた彼女は、憂鬱な気分に苛まされていた。
―――あの娘が曹操、宦官の孫
―――さっき質問されたから教本の通り答えたのに苦笑されたぞ
―――仕方あるまい、あやつに言わせれば教本の答えは合理的では無いらしいからな
―――なんと!そこまで高慢な奴は見たことが無い!!
―――噂ではかなりの同性愛者らしいな
―――曹操タンハァハァ……
―――罵られたい、罵られたくない?
私塾内で飛び交う会話は全て彼女に関する事であり、小声でありながらも嫌でも耳に入った。
(好き勝手言ってくれるわね……、上辺と噂だけでしか相手を量れないのかしら?それよりも最後の二人は誰よ!)
変態発言に身震いした曹操が、発言者を探そうとした時だった。教室の扉が大きな音を立て開かれ『彼』がゆっくりと入室する。
扉は窓際の反対に位置しており、日の光が入ってくるようなことは無いはずであったが『彼』が姿を現すと、室内にいた全員は太陽を直視したような光を感じ思わず目を細めた。
無論そんな光は無かったため即座に目を開き、入室者に目を向けるとそこに『彼』がいた―――
金色に輝く美しく長い髪は後ろで三つ編みににまとめられ、顔はどちらかというと女顔に近く端正な容姿、これだけだと他の貴族の子息にも同程度の者達は居たが、彼等とは違い体が服の上からでも良くわかるほどに鍛えぬかれ、目は鷹のように鋭く意志の強さがうかがえた。
そして皆が視線を向け続けていると彼は口を開いた。
「フハハハハハ、我、天元であるっっっ!!」
「いや、あんたは違うだろ!!」
天元――― 天子をも意味する言葉を発した『彼』に赤毛の少女が思わず席を立ち上がりながら声を上げた。
「ほう、我の威光の前でそのような物言いが出来るとは……、気に入ったぞ小娘」
「し、しまった思わず……。ってか私達はそんなに年は離れていないだろうに」
「フハハハハハ、我こそが袁紹である!娘、名を聞かせよ」
「え、ええ袁紹様!?失礼しました私は公孫賛と申します!」
「そう畏まらずとも良い、これから学友となり共に学ぶのだ。先ほどのようなツッコミを期待しているぞ!」
「つ、つっこみ? しかし――」
「良い、許す」
「……わかりま―――わかった、これでいいか?」
「何と無礼な!衛兵、こやつを捕らえよ!!」
「わわっ申し訳―――って、あんたが許可したんだろうがぁぁぁっっっっ!?」
「フハハハハハ、良い、良いぞ!ノリツッコミも完璧ではないか!!」
言葉の一部は意味が解らなかったものの自分が持て遊ばれている事に気がついた赤毛の彼女―――公孫賛は頭をかかえた。
(何かこの後も私で遊ばれ続ける気がする―――)
それは確信に近い予感だった。そして一連のやり取りを見ていた塾生達は喋りだした。
―――え、袁紹ってあの?
―――齢三歳にして教本を読破した神童らしいぞ
―――英才教育の一環で武の鍛練も欠かさないとか
―――ウホッいい名族
―――まず家の屋敷さぁ、屋上あるんだけど……
先ほどまで曹操一色だった室内の話題は袁紹へと変わっていた。
(正直助かったけど、またえらく濃い人物ね……、皆の視線や言葉をまったく気にしていないようだけど貴方は噂通りの大物かしら、そうじゃなかったらただの馬鹿ね)
曹操が彼を観察していると目が合った。
今更だが室内には多数の座席があり、曹操を中心に円が出来る形で空席があった。
「隣よろしいかな?『曹操』殿」
「あら、高名な袁紹様に名を知っていていただけるなんて嬉しい限りだわ、でも私がそうだとどうしておわかりに?」
「先の公孫賛にも申した通り畏まらなくてもよい、難しいことでは無い、ただ室内で覇気を持つものが一人しかいなかったからな、覇王の器に嘘偽りは無いらしい」
「っ!?そこまで高く買って貰えるなんて光栄ね、改めて自己紹介するわ曹孟徳よ」
「フム、孟徳とは字か?成人はしていないと思うのだが」
「あら、別に成人してからじゃないと字をつけれない訳じゃないわよ?まぁそれが一般的だけどね、早い人では七歳から持つ者もいるわ、早熟な人間ほど早い時期に持つみたいだし貴方は違うのかしら?」
「ほうなるほどな、ならば我も改めて名乗るとしよう、袁本初である!!以後よろしく頼む」
「本初?それって――」
「字だ、今つけた、もとよりこれ以外考えられぬしな」
「まぁ、あなたがそれでいいなら特に言うこともけどね」
………
……
…
初日の私塾は教師と生徒達の簡単な自己紹介と明日からの説明だけで昼前に解散となった。
「孟徳、このあと食事に行くんだがお主も一緒にどうだ?」
「……いいわよ、いろいろ話したいこともあるし」
「うむ、公孫賛お主も共に行かぬか?」
「え、私もいいのか?じゃあお言葉に甘えて」
三人で曹操のオススメである料亭で食事をすることになり、私塾を出ると再び彼女が口を開いた。
「少し待ってちょうだい、私の側近が二人来るはずだから」
「ほう、奇遇だな我にも二人――「ぬぉりゃああああ!!」うおっ!?」
返事をしている最中に急に横から斬撃が迫ってきたので慌てて剣を抜きそのまま受け――
「クッ(重い!――ならば)」
そして横に受け流した。
「うわぁっ!?」
受け流されたことで斬撃を放った者は体勢を崩しかけたが、ころんだりする事無く構えなおした。
「貴様ぁぁぁっ!無駄な抵抗をするな!!」
構えた相手に目をやると、猪々子ほどではないがかなりの大剣を下段に構え、仇を見るような目でこちらを威嚇するデコの広い娘がいた。
そして視界に入った二人――公孫賛は突然のことで口をあけたまま呆け、曹操は片手で頭を押さえていた。
「娘―――なんの真似だ?」
「ぬぐっ!?男にしては少しは出来るようだな、だが!華琳様をかどわかそうとする「春蘭」はい!華琳様!!」
「ごめんなさい袁紹、彼女は少し短気なところがあるの。怪我が無くて良かったわ」
曹操に声をかけられ静止するデコの娘、真名で呼び合っているようだがまさか……
「察しがついていると思うけど、この子が私の側近の一人よ……春蘭、自己紹介なさい」
「し、しかし華琳様」
「春蘭」
「……はい」
しぶるデコ娘を曹操が諌めると先ほどの怒気が嘘のように鳴りを潜め、心なしか頭上から出ている毛――所謂アホ毛と言われる物が萎れていた。
「いや、自己紹介以前に斬りかかった事に対してもっと何かあるだろ!?」
呆けていた公孫賛が意識を取り戻したようで慌てて声を上げたが
「心配しすぎよ公孫賛、さすがの春蘭もこんなところで刀傷沙汰を起こすつもりはないわ、そうでしょう?」
「うむ!悪かったな、ちゃんと首筋で止めようと思っていたぞ!!」
「だとしても問題だらけだろうがーーー!!」
「それに、彼の技量があったから大した事にはならなかったわ、そうでしょう袁紹?」
「うむ、我に掛かればあのくらいは造作も無い。フハハハハハ!!」
公孫賛の心中をまったく意に返さない三人のやりとりに思わず彼女は「あれ?私がおかしいのか?」と頭を抱えた。
「まったく姉者は、今回はやりすぎだぞ?」
「おおっ秋蘭!」
するとどこからか秋蘭と呼ばれた女性がやって来てデコ娘を諌める。
その姿に自分以外の常識人の登場かと顔を輝かせた公孫賛であったが――
「そんな姉者も可愛いなぁ……」
その一言でまた頭を抱えた。どうやら彼女も只者ではないらしい、そして恍惚の表情でデコ娘を見た後こちらに向き直し自己紹介した。
「お初にお目にかかります。私は華琳様の側近の一人『夏侯淵』と申す者、以後お見知りおきを――そして此方が」
「その姉で華琳様の一の家臣『夏侯惇』だ! 」
丁寧に自己紹介の挨拶をする夏侯淵に対し、夏侯惇は腰に両手を置いて発育途中の胸を突き出すようにして声をだした。
どうやらこの二人が有名な夏侯『姉妹』らしい、双子にもかかわらず二人は真逆の気質を持っていた。
そしてそんな二人を見て袁紹は
「ふむ、我が側近に少し似ているな」
自分の側近達と少し似た二人の関係性や雰囲気に思わず口にだすと
「おーい、麗覇様ーー!」
少し遅れて猪々子と斗詩の二人がやって来た。
「あら、その娘達が貴方の側近? へぇ可愛らしい子達じゃない。」
どこか含みのある言い方をし、二人を舐め回す様な視線を送る。
どうやら同性愛者の噂は本当らしい、しばらくして口を開いた
「気に入ったわ、私にちょうだい?」
と、笑みを浮かべながら軽くそう提案してきたが
「たわけ!犬猫じゃあるまいし、我が大事な側近をホイホイとやれるか!!」
そう袁紹が口にすると彼女もはじめから返事はわかっていたようで「残念ね」と笑みを変えず口にした。
「予約していた時間を過ぎるのもまずいし、彼女達との自己紹介は料亭でやりましょう?」
「うむ、そうしよう皆もよいな?」
はい、とそれぞれ返事をしたが何故か公孫賛はうかない顔をしていた。
「あれ、私の影が薄くなってきてないか?」
………
……
…
その後料亭に到着し自己紹介を終えて、料理が運ばれると一同は―――
「へぇ、じゃああの時は受け流したわけね?」
「うむ、夏侯惇の剣はとても我に受けられるものではなかったからな」
袁紹と曹操が話しに花を咲かせ――
「やるな夏侯惇!こんだけアタイについて来れた奴は始めてだぜ」
「当然だ文醜!それに私の丼はもう二桁目だぞ!!」
何故か春蘭と猪々子が大食いで競い合い――
「あの時の姉者は本当に―――」
「うわぁ……すごいです夏侯淵様、そういえば私も――」
秋蘭と斗詩は互いの半身の苦労話で共感し合い――
「……」
公孫賛は一人黙々と食事していた。
………
……
…
「じゃあな春蘭また会おうぜ」
「うむ、次こそは決着をつけるぞ!」
「では秋蘭さん、また今度」
「ああ、実に有意義な時間だった。夜道には気を付けてな、斗詩」
「……貴方達、いつの間にか真名を交換するほど仲良くなっていたのね」
「なんなら友好の証として我等も交換するか?」
そう袁紹は提案したが曹操は少し考えた後首を振った
「む、それはまだ友として見れないと?」
「別に真名を交換しなくても友になれるでしょう?私と真名を交換したかったら何かで認めさせることね」
「手厳しいな、せいぜい頑張るとしよう」
「フフ、そうしてちょうだい、そして逆に貴方が私を認めたら真名をもらうわ」
「……」
(すでに真名を交換しても良いくらいに孟徳の人のなりと器は認めているつもりだが、それだけでは彼女にとって不満なのだろう。
よかろう時間はあるのだ、お前の真価――見せてもらうぞ!)
その日の袁紹と曹操等一行の出会いは互いに好印象で締めくくられた。
「ところで、何か忘れていないか?」
「あら確かに……、でも何かしら」
………
……
…
「う、うぅぅん、いつの間にか寝ていたのか」
目をこすりながら顔を上げた彼女―――公孫賛の目には誰もいない料亭の部屋が映った。
「あ、あいつら私を置いて帰ったのか!? おぼえていろよぉぉぉっ!!」
いきり立ち、帰路につこうとした彼女だったが
「あっ、お客様」
「え?はい何でしょう」
「お会計がまだです」
「……」
「……」
その日、とある『高級』料亭で赤毛の少女の悲鳴が木霊した。
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