パヨカカムイ
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1部分:第一章
第一章
パヨカカムイ
アイヌに残っている古い話だ。昔ある村にシャクシャという男がいた。
彼は猟師だが実は狩は上手くはなかった。そのせいでそちらでは生きていくことが難しくもっぱらユーカラ、つまり民話詩を話してそれで生きていたのだった。そのせいで村では人気があった。
しかし猟師で狩が下手なのは確かでそのせいで暮らしは貧しかった。この日も家の中で大勢の子供達を寝かした後で妻のナマウシと共に酒を飲みながら暗い話をしていた。
「今日も捕まえられなかったんだね」
「済まん」
申し訳なくナマウシに謝る。女房の白い顔がかがり火の中に見える。だがその表情もまた暗く顔は痩せたものに見えていたのだった。
「わしが不甲斐ないばかりに」
「今日もあれだよね。ユーカラの話で」
「兎と鮭をな。貰っただけだ」
「それとこのお酒だね」
「済まんのう、本当に」
如何にも申し訳なさそうに身体を小さくして女房に謝る。着ている服までみすぼらしく見えて仕方がなかった。
「わしのせいで御前にまで」
「けれど何とか食べられるからいいよ」
しかしナマウシはこう答えたのだった。
「それでもね」
「食べられればいいのか」
「食べられると食べられないじゃ随分違うじゃないか」
そう言いながら一杯やる。白く濁った酒を。
「違うかい?」
「確かにその通りだ」
シャクシャもナマウシのその言葉に頷いた。
「それはな」
「まあ確かに沢山食べられるに越したことはないけれどね」
一応はこう述べる。
「それでもだよ」
「そうか」
「それでね」
さらに夫に言ってきた。
「今日のユーカラはどんな話だったんだい?」
「今日の話かい」
「そうだよ。兎と鮭とこれを貰った話」
ここでまた一杯飲む。どうもシャクシャより彼女の方が酒が好きなようだ。どんどん飲んでいっている。それに対してシャクシャはちびちびとだ。
「それはどんな話だったんだい?」
「前と同じさ」
シャクシャは素っ気無く妻に答えた。
「あのパヨカカムイの話だよ」
「それかい」
「ああ。何度も話しているから説明はいいよな」
「そうだね。あのいるだけでこっちが貧乏になってしまう神様だね」
「そう、それよ」
妻に対して述べる。述べながらちびりと酒を口に含む。
「その神様が福の神に入れ替わる話さ。それで家が」
「豊かになると」
「いい話だろ」
妻に対してそれを問う。
「これ自体は」
「そうだね。夢のある話だね」
シャクシャの話をこう答えて肯定するのだった。
「全くね」
「わしもそうなればな」
ここでふう、と溜息を出すのだった。
「どんなにいいか」
「そうなったら有り難いよ、本当に」
ナマウシも溜息を出しつつこう言うのであった。
「けれどあんたはね。やっぱり狩はね」
「どうしても上手くならんな」
「せめて魚を釣ってみたらどうだい?」
それで今度はこう提案してきた。
「魚を釣るのはそこそこいけるんだろう?」
「そっちの方はな」
まんざらでもないといった感じでの返事であった。
「そんなにな。狩程はな」
「じゃあ明日はそうしなよ」
その言葉を受けてこう言ってきた。
「是非。どうだい?」
「そうだな。そうしてみるか」
彼も妻の言葉に対して頷いた。
「釣りをしてみるか」
「それなら少しはましかもね」
それをまた夫に告げるのだった。
「だからね」
「わかった。じゃあ早速」
思い立ったが何とかというやつだった。シャクシャはすぐに立ち上がった。そうしてナマウシに対して言うのだった。
「網と釣り糸を持って来る」
「竿は?」
「勿論竿もだよ」
にこりと笑って述べる。それも忘れていないのだった。
「忘れたらどうにもならないだろ?」
「確かにね」
「わかったら外から持って来るな」
「ええ」
「今日はそれを用意したら寝るか」
こう言って一旦家の外に出て網等を用意した。一式全て手に取ると家の中に戻る。しかしここで家の玄関のところに小さな木像を見つけたのだった。それはカムイ、つまり神の木像であった。
見れば木像は倒れていた。彼はそれを見て自然と信仰を思い出しそれを立たせた。そのうえで家の中に戻って一旦網等を置いた後で残っていた兎の肉を捧げた。粗末ではあるが捧げものをしたのだった。
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