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エディプス

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5部分:第五章


第五章

「私にはなおせるのです」
「この目もまた」
「そしてです」
 今度はテーセウスが彼に告げてきたのだった。
「償いきれない罪もありません」
「貴方はまさか私のことを」
「知っています」
 穏やかな微笑みでエディプスに告げるのだった。
「あのことは」
「そうでしたか」
「だからこそ貴方にこの者を会わせたのです」
 そのアスクレピオスに顔を向けての言葉であった。
「それでなのです」
「そうだったのですか」
「貴方の目はなおりました」
 あらためてのこのことを告げるテーセウスだった。
「そしてその罪も償われました」
「罪もまた」
「貴方が自らを罰する為に潰したその目はなおりました」
「はい」
「それが何よりの証です。ですから」
 彼はさらに言った。
「貴方はもう彷徨う必要はないのです」
「彷徨うこともですか」
「ここに留まって下さい」
 彼は言った。
「このアテネに」
「アテネにですか」
「罪は償われたのです」
 このことをまた言うのはエディプス自身の心にこのことを知らしめる為であろうか。
「ですからこのアテネに」
「私をこの街に」
「如何でしょうか」
 さらに勧めてきたのだった。
「貴方さえ宜しければ」
「御前達は」
 エディプスはここで娘達に顔を向けて問うた。
「御前達はどう思うか」
「私もテーセウス様と同じです」
「私もです」
 娘達の言葉はこうであった。
「ですからどうか」
「このアテネに」
「そうか」
 エディプスは娘達の言葉を受けて遂に頷いたのだった。そして。
「それでは私はこのまま」
「既に屋敷を用意してあります」
 テーセウスはまた彼に告げた。
「ですから」
「有り難うございます。それでは」
「はい。このアテネへ」
 こうしてエディプスはアテネに迎え入れられた。娘達も一緒である。彼女達はそれぞれ夫を貰い女としての幸せを得た。エディプスは屋敷で静かで幸福な生活に入ることになった。その中で屋敷に毎日来る娘達に対して話すのだった。
「罪は償えるのか」
「はい」
「その通りだと思います」
 娘達もまた父の言葉に答える。再びその目が見えるようになったエディプスは今は遠くを見ながらそのうえで娘達に話していた。
「だからこそ御父様の目も再び」
「アテナ様の御言葉通りに」
「償えない罪だと思っていた」
 エディプスはさらに言うのだった。
「私の罪は。だが」
「御父様は救われました」
「だからこそ今」
「己では償えないと思っても」
 娘達の言葉を聞きながら呟く。
「そうではないのだな。決して」
「その通りだと思います」
「今の御父様が何よりの証です」
「そうだな」
 今度は娘達のその言葉に対して頷いたのだった。
「私の罪は償えた」
「はい」
「そうして今。魂の平穏を得ることができた」
 言いながら遠くを見続けていた。そこにはそれまで彼が彷徨ってきた荒野がある。しかしその荒野は今は見える。見えるその荒野は決して美しくはなかった。だが見えるというこのこと自体に深い喜びを感じその中で見続けているのだった。その元に戻って目で。


エディプス   完


                    2009・8・28
 
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