魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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空白期 中学編 21 「少しずつ……」
少し……落ち着かないかな。
私は今訓練室にいる。といっても、馴染みのあるアースラの訓練室ではない。ショウのようなテストマスターが使うデバイスのデータを取ることに要点を置かれた特別な訓練室だ。
なぜ私がここにいるかというと、ショウやシュテルに頼まれたからである。何でも魔力変換資質に関するデータがほしいらしいのだ。私は電気の魔力変換資質を持っているので声を掛けられたのだろう。
「へいと、今日はよろしくね」
声を発したのは、分かる人には分かるだろうがレヴィ・ラッセル。私に瓜二つの容姿をした元気な女の子である。出会った頃から『へいと』と呼ばれ続け、その度にフェイトだと言ってきたのだが、その効果は全く発揮されていない。
……シュテルは『シュテるん』だし、ディアーチェは『王さま』。こんな感じならあだ名だってすぐに分かるけど、『へいと』じゃ言い間違いの類に思われそうなんだよね。
前にフェイトってきちんと発音できてたのを聞いたことがあるから、レヴィからすればあだ名で呼んでるんだろうけど……別の呼び方にしてくれないかな。年々恥ずかしくなってくるし。
「うん、よろしくね。あと私の名前はフェイトだから」
「うん、知ってるよ。でもへいとはへいとだからね」
あはは……いつもこんな感じで終わっちゃうんだよね。私がもっとはっきり拒絶の言葉を言ったら違うんだろうけど、レヴィは別に悪気があって言ってるわけじゃない。なのにやめてって言うのも嫌な感じがするし……このままずるずると行っちゃうのかな。
そのうちに慣れて気にしないようになったり……まあそれはそれでいいんだけど。
ちなみに何でレヴィがここにいるかというと、彼女も私と同じで電気の魔力変換資質を持っているからだ。またショウのようにテストマスターとして働いていたり、研究の手伝いをしているらしい。私よりもこの場には馴染みがあるのだ。
レヴィと談笑していると、訓練室に入ってくる影があった。私にとって最も付き合いの長い友人のひとりであるショウだ。今日は私服でもバリアジャケットでもなく白衣を着ている。
昔はほとんど変わらなかった背丈も、今ではすっかり私より頭半個分ほど高くなっている。中学1年生という時期を考えれば、もっと高くなりそうだ。あと10センチも伸びれば、間違いなく見上げなければならなくなる。
でも……それはそれでありだよね。今でも充分だけど、見上げるのも悪くない。いや見上げたい気持ちもある……キ、キスとかするとき背伸びするのって憧れるし。
「悪い、最後の調整に手間取った……フェイト?」
「は、はい!」
「……大丈夫か?」
「う、うん大丈夫! ただ慣れない場所だから少し緊張しているというか……!」
「そうか。まあ気楽にやってくれて構わないからな」
我ながら何とも動揺した言い方だと思う。けれど昔からこんなことが度々あっただけに納得されてしまうのが私だ。
これについては思うところがあるけど……でもありがたくもあるかな。
お義母さんやアルフには気づかれてしまっているだろうけど……私には好きな人がいる。今もすぐ目の前に。
淡い想いを抱いていることに気が付いたのは約2年前、偶々ショウを買い物に誘ったのがきっかけでアルフから指摘された日からだ。
あの頃から私はショウのことを他の異性とは別の目で見ていた。それだけに最初は友達としての『好き』が勝っていたが、現在ではすっかり異性として『好き』だと言わざるを得ない。
ただ私は、この想いを伝えようか迷っている。
想いを伝えダメだった時のことを考えると怖くて仕方がない。それももちろんある。でも理由は他にもあるのだ。
ショウは昔からはやてと仲が良い。ふたりは否定してるけど、はたからみれば付き合っていてもおかしくないほど親しげだ。きっと私には見せていない顔もふたりは互いに知っているのだろう。
もしかするとディアーチェもそうかもしれない。彼女ははやてほどショウとの付き合いはないけれど、同じような立場になることが多かったせいか、ショウととても気が合っている。また今は一緒の家に暮らしているだけに身近な存在になっているはずだ。ホームステイの話を初めて聞いたときは、おそらく私が1番大きな声を出したのではないだろうか。
はやてやディアーチェは大切な友達だ……だけど私は嫉妬してしまうときがある。好きな人の隣にいるのは、やはり自分が良い。大切な友達であっても……譲りたくはない。
そう思っていても、やはり私は何も行動に移すことができない。自分からデートに誘ったりもできないし、積極的に話すこともできない。最近は誰かと一緒じゃなければ話すらできていないような気さえする。
好きだけど話せない……ショウの周りには私から見ても素敵な異性が多い。いや、私の友達は全員魅力的だ。私のように内気で口数が多くない子よりも他の子と一緒に居たほうが楽しそうに思える。
「ショウ、ボクはどんなデバイス使うの?」
「それはこいつだ」
「え、これって……ボクが昔使ってたバルニフィカス?」
「ああ、まあ今の時代に合わせたアップデートというか調整はしてるけどな。もしかすると、シュテルが研究している魔力変換システムのテストもすることに……」
「ショウ、ありがと!」
レヴィは満面の笑みを浮かべながらショウに抱きつく。体は今の私とほぼ同じなのに精神の方は出会った頃から何ひとつ変わっていない。それだけにショウはいつも困った顔を浮かべる。
……私とレヴィは似ていない。
見た目に関してはともかく、中身のほうは全くの別人だ。私にはレヴィのような素直さもなければ、積極性もない。いつも彼女は私にできないことを平気でやってのける。
異性意識がないからできることなのかもしれない。でも自分によく似た人間が好きな人に抱きついていたら……内心複雑にもなる。もしも私にレヴィの半分……ううん、10分の1でも積極性があったなら、今は違ったのかな。
私は少し離れた位置からふたりを見ているんじゃなくて、ショウとレヴィの間に入っていて、レヴィの邪魔をしている。そのときにショウは私の恋人だからのような言葉を口にする。
そんな今があったのだろうか。もしそうならどれだけ幸せなんだろう。嫉妬したならきっとすぐに口に出せる。口に出す権利がある。
でも現実は……今だ。
私は嫉妬しても心の内に留めている。嫉妬しても負けじと何かすることもできない。それをしてしまうと、今の関係が崩れてしまいそうで怖いから。
ショウのことは好きだ。でも……なのはやはやて、他のみんなのことも好きなんだ。嫉妬してしまうことはあっても、今の関係はとても楽しくてかけがえのないもの。それを壊したくない。
誰にも渡したくないと思っているけど、変える勇気……壊す覚悟がないから私はいつまでも今の私なのだろう。
もしかすると、アルフの指摘から変に意識してしまい、それを恋だと錯覚。ずっと恋に恋している状態で過ごしてきただけなのかもしれない。本当に好きなのなら一歩を踏み出していそうなだけに……この可能性はゼロではない。
「あぁもう、離れろ。ったく、何度言ったらお前は理解するんだ。そういうのはやめろって前から言ってるだろ」
「えー別にいいじゃん。ボクとショウの仲なんだし。それに好きな人はやっていいんでしょ。ボクはショウのこと好きだから問題ないはずだよね」
……レヴィは本当に素直だ。
たとえLikeとしての好きだったとしても、恥ずかしがることなく簡単に口にする。異性意識を持っていないからショウもこれといって気にしてはいないけど、でもこのままじゃ……。
確かにレヴィは会った頃から変わらないように見える。でも……ほんの少しずつだけど、女の子らしくなってきてると思う。
私とレヴィは似た容姿をしている。それだけに髪型などで区別がつけられるようにしようと話をしたことがあった。そのときに彼女は
『ねぇへいと、ショウってどんな髪型が好きなのかな?』
と言ってきたのだ。そのときは何とも思わなかったが、今考えてみればあのときのレヴィの顔は恋をする女の子の顔ではなかっただろうか。本人が自覚していないだけで私と同じような気持ちを彼女は持っているのではないのだろうか。
だとすれば……レヴィの周りにはシュテルやディアーチェといったしっかりした子達がいる。何かきっかけがあれば、ショウに対する好きが特別なことに気づくかもしれない。そうなれば彼女のことだ。きっと自分の気持ちを素直に伝えるに決まっている。
もしもそれでショウがOKをしてしまったら……そんなのは嫌だ。もちろん、これは自分の勝手な想像だと分かってる、でも嫌だ。やっぱり自分以外の誰かが彼の隣にいるのは嫌だと思う。
私は恋に恋なんかしてない。ショウのことが本気で好きなんだ。
私は執務官、なのはは教導官、はやては捜査官としての道を考えている。ショウは技術者としての道を進もうとしている。アリサやすずかは地球でしばらくは学生としての日々を過ごしていくだろう。時間が経てば経つほど、私達はバラバラになっていく。そうなれば会う機会も減ってしまう。
中学に上がったと思ったらもう秋を迎えている。楽しい時間なだけにあっという間に過ぎてしまった。きっと残った学校生活もすぐに過ぎてしまうのだろう。
だったら私のすべきことはひとつだ。
自分の性格からして急に変わることはできない。でも1日1日を意識して過ごしていれば、少しずつでも変わっていくかもしれない。
今のまま何もせず望まない未来を迎えるなんて嫌だ。どうせ迎えるなら精一杯努力して、報われなかったとしても泣いた後は祝福できる人間になりたい。そのためにも今は、このテストで怪我をしないようにしよう。心配を掛けるのは嫌だし、気の緩みが事故に繋がる恐れもあるのだから。
「俺の精神的に問題があるからダメだ。というか、そろそろ始めるぞ」
「オッケー! ショウ、ボクのカッコいいところちゃんと見ててね!」
「見るのはお前じゃなくてバルニフィカスのほうだから。……フェイト大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。私は普通にレヴィの相手をすればいいのかな?」
「ああ、そうしてくれればいい……ただ頑丈には作ってるけど、結界とか張ってあるわけじゃないから本気でやりすぎないでくれ」
「あはは、それは分かってるよ」
「頼むな」
信頼してくれているのだと分かる笑みを浮かべてショウは訓練室から出て行った。
あのような顔をされては訓練室を破壊してしまうような事態は起こしてはならない。彼ならば苦笑いしながら「まあ仕方がない」とか言いそうでもあるけど、好感度を下げるような真似はしたくない。
「よーし、じゃあへいと始めようか!」
「準備するのはいいけど戦闘は合図があってからね。それとね、少しずつでいいからフェイトに直してくれると嬉しいな」
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